2章 風は吹き、自由は笑う

2日目:Ⅰ 唯我、殿様に刃向かう。

 まるで江戸時代に来たかのような雰囲気だ。町には野菜を入れた籠を背負った商人や、ちょんまげ姿の侍が歩いている。路傍には蕎麦や天ぷらの屋台が建っている。


「時代劇みたいだ、すごい。」


 私は辺りを見回しながら言った。


「おなか減ったな~、蕎麦食べようよ。」


「ああ。太陽の位置的に、そろそろ夕食の時間だ。」


「やった!じゃあ、あそこのお店行こ。」


 私は唯我の袖を引っ張る。


「でもさ、お金ないよね、俺たち。」


 唯我の言葉に、私は固まった。ほんとだ、お金無いよ。どうしよう…。


「それにさ、私たちどこで寝るの?」


 私は唯我に尋ねた。でも、唯我は黙ったままだ。


「ちょっと、黙んないでよ。助けてよ、私を。」


「知るかよ。なんで俺がお前を助けなきゃいけないんだよ、面倒くさい。」


 どうすればいいんだろう。その時、大きな声が響いた。


「お殿様の、おな~り!」


 長い行列の中心に、馬に乗った男が向かってくる。町人は皆、道の脇に寄り、ひざまずいた。


「これって、私たちもひざまずかなきゃいけないやつだよね?」


 私も道の脇に寄り、ひざまずいた。


「おい、貴様。頭が高いぞ!」


 行列の先頭に立っていた男が槍を向けながら言った。町人たちはざわついた。私は恐る恐る横を見る。槍の先には、堂々と直立した唯我がいた。


「なんだ?」


「ちょ、唯我、早くひざまずかないとまずいよ。」


 慌てて唯我の腕を引いた。


「なんで俺がひざまずかなければいけないんだ?」


 唯我はその場に突っ立ったままでいる。


「お殿様の前だ、立場をわきまえろ!」


 先頭の男が言った。


「だからどうした?俺は誰にも屈しない。」


 そう言うと唯我は道の真ん中に立った。ちょっと、何やってんのよ…。


「ちょっと、馬鹿なの?変に敵作っても面倒になるし、ひざまずいてよ。」


 私は唯我に言った。


「お前に馬鹿とは言われたくない。」


 何なの、この人。せっかくさっきいいこと言ってたのが台無し。


「貴様、道を開けろ。死にたいのか?」


 先頭の男が身構えた。するとたちまち、数人の男が唯我を取り囲み、腰の刀を抜いた。


「待て。」


 馬上から大きな声が響いた。一気に辺りは静まり返った。


「お前たち、その服装は…、もしかして参加者だな?」


 馬を降り、お殿様が唯我の方へ歩いて行く。ヤバいよヤバいよ…。


「ああ、そうだ。お前も参加者、ということだな?そのことを知っているということは。」


「その通り。俺様は、斯波武琉。この辺り一帯を支配する殿様だ。」


 貫禄の割には若い感じだ。煌びやかな着物を着て、腰には刀を指している。そしてやはり、ちょんまげだ。


「あ、私、望月頼果。こいつの無礼を許してください。よろしくお願いします、武琉殿様!」


 私は慌てて謝った。分かればいいんだ、という風に、斯波武琉は偉そうに笑った。


「あんたがこの地域を作ったんだな?」


 唯我が聞いた。この和風な町は、この人のイメージから生まれた理想郷、ということか。時代劇や歴史が好きなのかな。


「そうだ。察しが良いな。お前、気に入ったぞ。俺様の家臣にならないか?」


 斯波武琉は唯我を見て笑った。


「悪いが、殿様ごっこに興味はない。俺は頂点に立つ男だ。他人の下に立つなんて、まっぴらごめんだね。」


「そうか。それは残念だ。俺様も頂点に立つ男。貴様とは相容れないようだ。」


 そういうと、斯波武琉は腰の刀を抜いた。家臣たちも刀を構え、唯我を取り囲んだ。ヤバいって、何人いるの?一人で相手する量じゃないよ…。


「俺を敵に回すとは、愚かだな。」


 唯我も、腰の刀を抜いた。神様の物と言われる、燃える刀。炎が吹き出した。


「なんだ、妖術か?」


 驚いたように、家臣たちは後ずさりした。


「俺に敵はいない。」


 唯我はその場で刀を構えた。なんか、カッコいい…。


「刀を振らずに我が家臣たちを恐れさせるとは、なかなかやるな。だが、お前は何も理解していない。日本刀の素晴らしさを。剣道の技、見せてやる。」


 斯波武琉は刀を抜いて唯我に向かってくる。剣道をやってるのかな、ピシッと型が決まっている。こっちも強そうだ。頑張れ、唯我…。無意識のうちに、私は唯我を応援していた。


 唯我は刀から噴き出す炎を止めた。一対一の真剣勝負になった。走ってくる斯波武琉の刀を受け、払う。次の瞬間、斯波武琉の喉元には、唯我の刀が突きつけられていた。え…、勝ったの?


「勝負あったようだな。」


 唯我はゆっくりと言った。


「き、貴様、一体何者だ?」


「俺は、日野唯我。」


 斯波武琉は、悔しそうに俯いた。


「すごい、唯我、剣道してたの?」


 私は驚きながら尋ねた。


「いや、したことは無い。時代劇で見たようにしてみただけだ。」


「してみただけって、何で出来るのよ…。平然と言わないでよ。」


 取り敢えず、唯我がメチャクチャ強いことが分かった。


「素人ごときが、この俺様を…。」


 その時だ。


「きゃぁ!」


 突然、体を掴まれる感覚を感じて、私は悲鳴をあげた。気が付くと、忍者のような何者かが、私の首に苦無を突き付けていた。


「その燃える刀を渡せ。あんたの彼女さんがどうなってもいいのか?」


 忍者が言った。


「ナイス、風間!」


 斯波武琉が叫んだ。風間とは、忍者の名前だろうか。私を人質に…。


「ああ、別にいいぜ。それと、そいつは彼女じゃない。」


 唯我は淡々と答えた。え、ちょっと待ってよ、なんで…。


「ちょっと、唯我、助けてよ!」


 なんで、なんでよ…。唯我を信じた私が悪かった。この人は、優しくなんかない。人の心が無いんだ。いつの間にか、私の目からは涙が溢れていた。この人なら今度こそ、ずっと一緒にいれそうだったのに…。


「刀は渡せない。」


「ちょっと、私と刀、どっちが大事なの?」


 私は、最後の希望を託して叫んだ。お願い、唯我。信じさせて…。


 ふぅっと溜息をついて、唯我は鞘ごと剣を投げ捨てた。


「ほらよ。」


「分かればいいんだ。」


 そう言って、斯波武琉はどこかへ行ってしまった。忍者はいつの間にか消えていた。バランスが崩れて、私はよろめいて転んだ。でも、嬉しかったよ、唯我。


  ○ ○ ○


「助けてくれてありがと。ごめんね、刀、取られちゃった。」


 頼果が言った。綺麗な目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「ああ、全くの迷惑だ。まあ、どうせあいつらにはあの刀は使えない。」


 俺は敢えて冷たく言った。あの刀は燃える刀だ。持ったら燃えて火傷する。


「でもさ、ずっと気になってたんだけど、なんで唯我は使えたの、あれ。」


 頼果に聞かれた。


「俺も知らないよ。それよりどうすんだ、どこで寝る?」


 俺は頼果に尋ねた。その時だ。突然声をかけられた。


「あの~、大丈夫でしたか?」


 一人の町人が声を掛けてきた。優しそうなおじさんだ。


「はい、何とか。」


 頼果が答えた。


「もしかして、泊まる場所を探してたりします?」


「はい、そうですけど…。」


「よかったら、うちに泊まりませんか?」


 町人は、そういうと俺たちの顔を見た。


 よかった、これで今夜寝る場所は確保できたね。そう言って頼果が俺を見つめた。俺は頷いた。初日からラッキーだ。この調子で行けば無事帰れそうだ。いや、帰ってみせる。必ず、元の世界に。


  ○ ○ ○


「ありがとうございます。ご飯まで頂いて、本当にいいんですか?」


「全然問題ないですよ。好きなだけ食べてください。」


 私と唯我は今、町の中の一軒家に泊まっている。それにしても、本当に昔の家だ。戸を開けた右側にかまどがあり、左側には板の間がある。板の間の真ん中には囲炉裏がある。典型的な昔の家っていう感じだ。私は、味噌汁をすすった。出汁が効いていて美味しい。


「それにしても、あなたたち勇敢ですよね。お殿様に逆らうなんて。」


 男が言った。


「唯我は最強なんです!」


 私は唯我を見て言った。勝手な紹介するなよ、といった風に唯我は目線を逸らした。


「そういえば、あなた、名前はなんて言うんですか?」


 唯我が男に聞いた。確かにまだ名前を聞いていなかった。


「ほんとだ、失礼失礼、まだ名前名乗ってなかったなあ。おいらは大助です。」


 男は頭を掻きながら笑顔で答えた。


「苗字は?」


 私は尋ねた。


「おいらは、苗字なんて名乗っていい身分じゃないんで。」


 大助は、にこにこと答える。


「そっか、江戸時代みたい。」


「身分、か。」


 唯我は箸を持ったまま、神妙そうな顔で天井を見た。


「お殿様は、すんげー強いんですよ。でも、唯我さんも滅茶苦茶強かったですよね。」


「まあな。それにしてもこの野菜、美味いな。」


 新鮮な野菜がおいしい。とれたてなのかな。


「そういえば、殿様の城ってどこなんですか?」


 キュウリをかじりながら唯我が聞いた。確かに、刀を取り返さなきゃ。


「こっからは歩いてすぐのとこですよ。辰巳の方向です。」


「辰巳?」


 聞き慣れない言葉に、私は首を傾げた。


「南東のことだよ。昔は方角を干支で表してたんだ。」


「へぇ~、そうなんだ。」


 唯我って物知りだなぁ。唯我を見つめる。


「そんじゃ、おいら洗い物してきますんで、ゆっくりしていってください。おやすみなさい。布団は押し入れの中にありますんで。」


 俺たちが食べ終えたのを見ると、大助は台所の奥に行ってしまった。


「それじゃ、ゆっくりするか。」


 唯我はさっさと布団を敷いて寝転がった。


「お風呂入れないの?」


「銭湯ぐらいどっかにあるだろ。明日探してやる。」


 唯我は言った。寝る場所があるだけマシってことか。それにしても、今日は疲れたな。突然変な神社に迷い込んだと思えば、幽霊に襲われて、唯我と知り合って、お爺さんとお婆さんに団子をもらって、虎のお面の男と会って、唯我が殿様と戦って、忍者に刀を奪われて…。唯我、優しくてよかった。冷たい所はあるけど、根はいい人なことがひしひしと分かる。あの人も、こんな感じだったな。


「寝た?」


 唯我に囁いた。


「寝た。」


 唯我はわざと、大きないびきをかいた。

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