1日目:Ⅲ 頼果、唯我を信頼する。

「ねぇ、お爺さんとお婆さんからお団子をもらって旅に出るって、なんだか桃太郎みたいじゃない?」


 歩いていると突然、後ろから望月頼果が話しかけてきた。


「ああ、確かにな。丁度猿もいる。」


「え、どこに?」


 頼果は周囲をキョロキョロと見渡す。


「猿っぽいのはいないよ…、あ、もしかして私のこと⁉」


「ご名答。ちゃんと自覚あるんだな。」


「はぁ?だから、私はヒロイン役だって。こんなに可愛い女の子を猿だなんて、唯我ってモテないでしょ?」


 あぁ、また始まったよ。


「だから、なんでお前がヒロインになるんだよ。それに、仮にお前がヒロインだと仮定したなら、お前は鬼に捕まってるはずだ。まあそっちの方が楽だけどな。」


 俺は足を速める。こいつと話すの、面倒くさすぎる。


「ねえ、ずっと聞きたかったんだけどさ、なんでそんなに冷たいの?もしかして、ツンデレってやつ~?」


 頼果は冷やかすように俺の顔を覗き込んだ。


「おまえ、ウザいんだよ。とっととどっか行ってくれ。」


「唯我、最低。絶対友達いないでしょ。」


「勝手な妄想するな。友達ぐらいはいる。ただ、俺は人と関わるのが好きじゃないんだ。」


「さっびしい人生。どうせ何にも出来ないくせに強がってるんでしょ。全然かっこよくないし。」


「成績は学年一位。ちなみに偏差値70の学校だけど?体力テストも最高ランクのA。それと、格好よさとかいう他人からの評価には全く興味がないね。」


 あんまり自慢は好きじゃないが、この際仕方ない。黙ってくれ。


「うぅ…。」


 唸って、頼果は黙った。よし、やっと口をふさげた…。


「へぇ~、完璧マンじゃん。やっぱりいるんだ、そんな人。相棒が無敵なんて、私ラッキー!」


 まだ喋るのかよ…。あと、勝手に相棒呼びすんなよ…。


  ○ ○ ○


「ねえ、疲れたよ。ちょっと休憩しよーよぉ。」


「疲れたって、まだ30分も歩いてないぞ。」


「そもそもさ、どこに向かってんの?道に迷わない?」


 頼果は木の影に座り込んだ。しょうがない、俺も一休みするか。俺も、頼果の隣に腰を下ろした。


「道には迷わないさ、来た道を覚えてるだろ?とりあえずは、さっきの神社周辺の地形を確認しておくんだよ。それに、この先には大きい町があるようだし。」


 そう言うと、俺はお婆さんに貰った竹の水筒で水を飲んだ。


「え、なんでそんなこと知ってるの?」


「ほら、この道、足跡がいっぱいある。人通りが多い証拠だ。それにこの道、さっきと比べて広くなってる。町に近づいてると思うんだ。それに、こんなに広くて住みやすい平野には人が集まってくるものだからな。」


「すごい、名探偵みたい。」


「これぐらい、誰でもわかるだろ。」


「私わかんなかったよ、はい、唯我間違えた~。大したことないね。」


 揚げ足を取って、頼果はからかってきた。


「じゃあ、お前は馬鹿ってことだな。ちなみに、間違いは悪い事じゃない。間違いから反省することで成長できる。」


「チッ。」


 舌打ちをして、頼果は悔しそうに遠くを見た。よっしゃ、黙ったぞ。


「ねえ、誰かこっちに来るよ。」


 頼果が言った。見ると、向こうから一人の人が歩いてきていた。和風の服を着ている。ただ、虎のお面を付けていて、どこか異様な雰囲気を漂わせている。どことなくあの狐に似ている。


「すみません、この近くに町ってありますか?」


 頼果が虎のお面の人に尋ねた。すると、虎はゆっくり頷き、虎が歩いてきた方向を指さした。そして低い声で言った。男の声だ。


「二十分程で着く。」


「すごい、唯我の言った通りだよ!」


 やはりな。虎のお面の男はそのまま、俺たちが歩いてきた方向へ進もうとした。俺は声を掛けた。


「あの、魂の迷宮って何か知ってますか?」


 虎のお面の男はゆっくりとこちらを向いた。そして頷いた。


「望みが現実になる、理想郷だ。」


「じゃあ、俺がいた元の場所とは違う、別の世界ってことですか?」


「ああ。お前たち、新入りだな?教えてやろう、この世界について。」


「ちょっと、勝手に話進めないでよ。別世界なんて何で分かるの?」


 案の定、頼果は話についてこれていないようだ。


  ○ ○ ○


「この世界は、人々のイメージから形作られている。この辺りは昔の日本を基にして作られた世界。中世ヨーロッパや古代エジプト、中華的な地域もある。科学や物理法則では説明の出来ない、ファンタジーの世界もある。」


 虎のお面の男は言った。


「つまり、この世界全ては誰かのイメージで作られた場所ってことですか?」


「そうだ。そして誰も足を踏み入れたことのない空白の場所に行けば、その人が世界を作ることができる。そうやって、この世界は無限に広がっていく。」


「それが、魂の迷宮…。」


 思っていた以上に壮大な世界だった。開拓した場所が理想の世界になる、ということか。


「まだこの世界に来た者は少ない。だから、この世界はまだそこまで広がっていない。お前たちはラッキーだな。この世界で自由に暮らせる。」


「そんなの嫌だよ、元の世界に帰りたい。家族や友達ともう会えないなんて、嫌だ。」


 頼果が口を挟んできた。確かに、今回ばかりは俺も頼果に同意だ。確かに理想は叶うかもしれない。だが、俺は元の世界に戻りたい。


「そうか?ここならどんな望みも叶えられるぞ?」


 虎のお面の男が言った。


「それでも私は…。」


 頼果は言い返そうとして、口ごもった。感情だけで主張するのが、ディベートでは一番悪い手だ。結局理論には叶わない。


「俺たち以外の、この世界に、人はどれくらいいるんですか?」


 気になって尋ねてみた。椅子取りゲームの参加人数を確認しておきたい。


「さあな、数えたことは無いから詳しくは知らない。だが、お前たちの世界から来た人間はまだ二十人くらいなんじゃないか?」


「へー、意外と少ないんだ。世界は無限に広がるのに。」


 頼果は不思議そうに言った。


「ちょっと待てよ、俺たちの世界から来た人間、と言ったということは、別の場所から来た人間もいるということなんですか?」


 俺はその点が引っかかって、虎のお面の男に聞いた。


「まあな。この世界にいる者には、四種類のパターンがある。参加者、未練者、復活者、そして管理者。お前たちは参加者だ。そして、お前たちがさっき会った老夫婦は、未練者だ。」


「どういうこと?全然意味わかんないし。そう言うあんたは何者なの?」


 頼果が尋ねた。


「管理者の端くれ、と言った所だ。ほとんどの管理者は、動物のお面をつけているから、それで見分けろ。」


 虎のお面の男はゆっくりと答えた。じゃあ、あの神社にいた狐の人影も、「管理者」ということなのか。


「いろいろありがとうございます。最後に聞きたいんですけど、この世界から帰るにはどうしたらいいんですか?」


「残念だが、帰る方法は無い。」


「え、ちょっと待ってください、狐のお面の人は、迷宮の中心に行って、頂点に立てば帰れるって言ってましたけど…。」


 言ってることが違う。どっちを信じたらいいのか。


「狐に化かされた、ようだな。」


 そういうと虎のお面の男は歩いて行ってしまった。


  ○ ○ ○


「ねえ、やっぱり帰れないのかな、私たち。」


 歩いていると、頼果が話しかけてきた。


「俺に聞くなよ。俺だって知らないんだから。でも、俺は狐の言葉に賭けてみる。少しでも可能性があるなら、それを試すだけだ。」


「でもさ、唯我、元の世界に帰りたいの?」


「ああ。」


「友達いないのに?」


「他人なんて関係ない。理想ばっかりの世界なんて馬鹿らしいだけだ。満たされないからこそ成長がある。満たされた先には堕落しかない。お前は違うのか?」


「うーん、迷うな。唯我が言ってることはなんかよく分かんないけど。でもさ、元の世界に帰ったとこで理想が叶う訳じゃないし、成長できるかも分かんない。どうせ私なんか八十億人の中のちっぽけな存在なんだから。でも、ここだったら好きなように自分を作れるんでしょ?私が優秀なお姫様になることもできるし。」


「そういうものか?なんでも自分の理想通りになるなんて、無意味なんじゃないか?」


「あー、そっか。唯我は完璧マンだから、あんまりそういうの分かんないか。私たち凡人はさ、埋もれちゃうんだよね。八十億人に。」


 頼果はあきらめたように溜息をついた。


「でも、友達とか家族とはまた会いたいし、元の世界には戻りたいんだけどね。」


 そういうと頼果はしばらく黙っていた。俺も、前を向きながら歩き続けた。虎のお面の男に教えてもらった町に向かうために。


「俺は埋もれない。八十億だろうが百億だろうが、一兆、いや、一無量大数だろうが俺は絶対に埋もれない。」


「すっごい自信。どうやったらそんなに自信持てるの?」


 頼果に尋ねられた。でも、そんなこと聞かれても知らない。自信なんて、勝手に溢れてくるものだろ。でも、これだけは言える。


「天上天下唯我独尊。俺の名前の由来でもある言葉だ。」


「出た、俺様系キャラの決め台詞。やっぱり、唯我ってそこから取られてたんだ。私は嫌いじゃないけどね。でも、自己中の極みみたいな言葉だよね。この世界で自分だけが尊い、なんて。」


「かもな。確かに、そう捉えられやすい。でも、この言葉の本当の意味、知ってるか?お釈迦様の言葉なんだが。」


「お釈迦様って、仏教を始めた人?」


「そうだ。お釈迦様は、生まれた時に七歩歩いてこう言ったと言われてる。だけど、その言葉の本当の意味は、お前が言った意味とはちょっと違う。」


「え、違うの?じゃあどういう意味?」


「人間は、一人ひとりが尊い。自分という存在は、誰にも取って代わることは出来ない、唯一無二の存在だ。そういうことだ。」


「へぇ~…。」


「だから、俺たちは八十億に埋もれることは無い。決してな。お前もな。」


 俺は歩き続けた。後ろから頼果はついて来る。


「なんか、うれしいな。そう言ってくれるなんて。意外と優しいんだ、唯我って。」


「優しいとか意地悪とか、そういう他人からの評価は気にしない。」


 俺の言葉に頼果はふふっ、と笑った。俺は真っすぐ前だけを見ていた。


「あ、あれ見てよ、町じゃない?」


 頼果が指さした方を見ると、遠くに町らしき、木造の建物の集まりがあった。よし、行ってみるか。俺と頼果は町へと向かった。

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