1日目:Ⅱ 唯我、望月頼果と出会う。

「ようこそ、魂の迷宮へ。」


 狐の人影が言うと、辺りはしばらくの間沈黙に包まれた。魂の迷宮?どういうことだ?何もわからない。一体ここはどこなんだ?


「ねえちょっと、帰りたいんだけど。ここ、どこなの?」


 さっきの女子が狐に強い口調で言った。さっきの怯えた姿とは真逆だ。感情の浮き沈みが激しい性格のようだ。


「魂の迷宮です。」


 淡々とした口調で、狐の人影は答える。子供の声だ。それにしてもこの狐、何かを知っているのは間違いない。一体何者なんだろうか。


「魂の迷宮って、何なの?帰らせてよ。」


「魂の迷宮は、魂の迷宮です。」


「どういうことなの?魂の迷宮って何か聞いてるんだけど。答えてよ。」


 女子はイラついた様子だ。


「魂の迷宮は、魂の迷宮です。」


 なんだ、この狐。会話になっていない。魂の迷宮とは何か、どうやら答える気は無さそうだ。なら、質問の形式を変えるだけだ。俺も聞きたいことがあったので、狐のお面を付けた人影に質問した。


「聞いて言いか?ここからはどうやったら帰れるんだ?」


 狐の人影は、こちらを向いてゆっくりと答える。


「帰る方法はあります。しかし…。」


 狐の人影は途中で言葉を遮った。なんだよ、じれったい奴だな。けど、帰れる方法があるならそれをする一択だ。俺は狐の言葉を待った。


「帰れる人は一握りだけです。」


「どういうことだ?」


「この魂の迷宮には多くの者が閉じ込められています。その中で頂点に立った者だけが、この迷宮から抜け出せます。」


 どうやら、とんでもないことになったようだ。


「頂点に立つためにはどうすればいい?」


 俺は聞いた。おそらく、生き残りを懸けた、サバイバルのようなことになるのだろう。容易に推理できる。


「椅子取りゲームです。限られた椅子を得るために、他者を排除してください。それしか方法はありません。」


 なるほど、予想通りだ。ならば、俺がやるべきことは一つ。誰よりも先に椅子に座るだけだ。だが、その「椅子」とは何なのか。それを聞き出さなければいけない。


「椅子はどこにある?」


 俺は狐の人影に尋ねた。


「迷宮の中心にあります。そこまでの道のりは、あなた自身が切り開くものです。」


 煙が舞ったかと思うと、曖昧な答えだけを残して、狐の人影は姿を消していた。手がかりが途絶えてしまった。取り敢えず、俺がやるべきことは情報収集のようだ。俺は本殿から離れ、鳥居に向かって参道を歩いて行った。


「待って、今の話、どういうことなの?」


 さっきの女子だ。どうやらまだ状況を理解出来ていないようだ。


「知らないな。」


 冷たく言い放ち、俺は足を進めた。狐の話によれば、こいつもライバルになる。あまり深く関わるのは良くないだろう。


「あのさ、一緒に行動してよ。」


 服を引っ張られて無理矢理引き留められる。


「今の話を聞いてなかったのか?ライバルなんだよ、俺達は。別にあんたに恨みがある訳じゃないけど、敵同士なんだ。行動を共にするのは無理だ。」


「ねえ、さっきの話を理解できたの?意味わかんないし。私どうしたらいいの?」


「知るかよ、俺だってよく分かんないんだ。」


 知らないふりをして突き放す。ライバルになるということだ。だがその女子は俺の前に立ちふさがった。


「とりあえず、一緒にいてね。私、弱いから。そだ、まだ自己紹介してなかった。私、望月頼果。名前なんて言うの?」


「何でお前に名乗らなきゃいけないんだよ。初対面のくせに馴れ馴れしいな。」


 舌打ちをして、さっさと歩いて行く。後ろから望月頼果が叫ぶ。


「名前教えるのも渋るって、君、友達いないでしょ?」


 うるさい女だ。友達は、いないことは無い。


「一度しか言わないぞ、日野唯我だ。分かったならどっか行ってくれ。」


「ゆいが?かっこいい名前じゃん。しかも結構イケメンだし。決まりだね、ゆいが!一緒に行こう!」


 いきなり呼び捨てにするな。それに、さっきとは機嫌が百八十度変わっている。随分と調子のいい奴だ。気に食わない。


「ゆいがって、高校生だよね、私もだよ!何年生?らいかは高二!」


 聞いてねえよ。しかも同い年だし。なんて面倒な奴だ。ガチャで大ハズレを引いた気分だ。元々人と関わるのはあんまり好きじゃない俺だが、せめてもうちょっと話が通じる奴の方がよかった…。


「ねえ、なんで無視するの?あ、もしかして緊張してる?らいかが可愛いすぎた?え~、照れるなぁ~。」


 関わらないようにしようっと。


  ○ ○ ○


 長い長い参道を進み、神社の入り口の鳥居に着いた。鳥居の向こうを見た俺は、驚きのあまり、声も出なかった。俺の目の前には見慣れた大通りでは無く、見知らぬ田んぼが広がっていた。所々にぽつんと、古い茅葺屋根の家が建っている。日本人ならどこか懐かしさを感じる風景だろう。


 この風景、どこかで見たことがある。どこだったかな。


「何ここ、昔話の絵本に出てきそうな場所。どーなってるの?」


 望月頼果が驚いたように呟いた。そうだ、思い出した。昔、何度も読んだ昔話の絵本に出てきていた挿絵にそっくりだ。なんだか昔にタイムスリップした気分だ。取り敢えず、まずは情報収集。俺は一番近くにある民家に向かって歩いて行った。


「ちょっと、どこいくの、唯我?」


 後ろから望月頼果が追いかけてくる。あぁ、面倒くさい奴だ。俺は黙って足を速めた。


「ちょっと、私のことも考えてよ?一緒に行動するんだからね?」


「お前、もしかして構って欲しいのか?」


「はぁ?そんなのじゃないし。唯我強かったじゃん、強き者は弱き者を助ける。それがヒーローでしょ?」


「俺がいつヒーローになった?」


「燃える刀とか、まさに主人公って感じじゃん。あ、じゃあ私はヒロインだね!可愛いヒロインでよかったね~!」


「勝手に妄想してろ。」


 俺は吐き捨てる。そもそも何故俺が燃える刀を使えたのかは全くの謎だ。


「あんたたち、ここでは見かけない人だね。旅人さんかい?」


 突然、声をかけられた。振り向くと、柴を背負った白髭のお爺さんが立っていた。


  ○ ○ ○


「じゃあ、あんたたち、あの神社からここに迷い込んだってことかい?」


 お爺さんが不思議そうな顔で俺たちを見つめる。お爺さんはさっきの民家の持ち主だった。


「不思議なこともあるもんだねぇ。はい、よかったらこれ。お口に合うか分からないけど、どうぞ。」


 お婆さんが、団子を出してくれた。


「ありがとうございます、いただきます。」


「おいしいね、これ!おかわりありますか?」


 望月頼果が団子を頬張りながらはしゃぐ。


「お前、図々しいんだよ。あと、口に物を入れたまま喋るな。」


 俺は望月頼果を睨んだが、彼女はそんなことは気にせず、お婆さんが持ってきた団子に夢中だ。


「おかわりね。どうぞどうぞ。家にお客様が来たのはもうずいぶんと久しぶりだから、ゆっくりしていってね。」


 お婆さんは笑顔で答えた。


「ありがとうございます。」


 随分と親切な人たちだな。でも、この場所についての情報は全く聞き出せなかった。話によれば、お爺さんとお婆さんはここでずっと暮らしていたらしい。魂の迷宮、という言葉も聞いたことが無いようだ。俺も、団子を口に入れた。もち米が美味い。それに、中に入っている餡子も美味しい。


 その時、お爺さんが驚いたような声で俺の刀を見た。


「こ、これは、あの神社の刀じゃないか。あんた、祟られるぞ、早く返してくるんじゃ。」


「祟り?」


 俺は驚いて聞き返した。


「抜くと、刀が燃えると言われておる、恐ろしい刀じゃよ。神様の刀なんじゃ。」


「こういうことですか?」


 俺は刀を鞘から抜いて見せた。刀は燃え上がり、俺は腕まで炎に包まれた。お爺さんとお婆さんは慌てふためき、腰を抜かしてしまった。だが、ちっとも苦しくない。


「あんた、平気なのか?一体何者なんじゃ?」


 恐る恐る、お婆さんは俺に聞いた。


「何ともないです。自分でもなんで熱くないのか分からないんですが。」


 俺は答える。理由は全く分からない。俺以外の人で、使える人はいるのだろうか。さっき出会った山中夕陽は使えなかった。


「あんた、すごいことだよ。大切にしなさいよ。神様の刀なんじゃからな。」


 お爺さんが言った。


「もちろんです。」


俺はお爺さんの目を見て、頷いた。そろそろ行かなきゃ。俺にはやるべきことがたくさんある。俺は立ち上がった。


「お団子、ごちそうさまでした。俺は色々調べなきゃいけないんで、そろそろ出発します。」


「もう行くのかい?もっとゆっくりしてもいいんだよ。」


 残念そうにお爺さんが言った。本当に優しい人たちだ。


「はい、俺は帰らないといけないので。」


 一刻も早く迷宮を抜け出して、元の場所に帰りたい。


「じゃあ、これを持ってお行き。」


 お婆さんが箱に入った団子をくれた。


「ありがとうございます。またいつか会いましょう。」


 二人に見送られながら俺は出発した。


「ちょ、勝手にいかないでよ。もうちょっとゆっくりしたかったんだけどぉ。」


 頼果が慌てて追いかけてくる。まだ団子を頬張ったままだ。


「お前はずっとあそこにいてもよかったんだぞ。俺はそっちの方が楽だからな。」


「何それ、私が邪魔者みたいな言い方やめてよね。」


 十分、邪魔だ。

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