デートと親友とお婆

 トランスポートに乗って、気がつけばアキハバラ。

「どうしてアキハバラですの?」と親友。

「あそこ行きたいんだよ、ネットで話題沸騰の」

「もしかして、メイドカフェです?」

「いやそりゃ、古いよかなり。私が行きたいのは、ツンデレ単眼全円ロングスカート・ドラゴンカー・メイド喫茶なんだって!」

 はてさて、件のお店に到着した私。入るなり単眼メイドが伝統芸能・ツンデレをかましてくる。

 曰く、「ご主人さま、相変わらず目が二つもあって生意気なんだからっ! 今日という今日は容赦しないんだからっ!!!」

そう言ってその場でぐるりと回ると、白と黒のシックなロングスカートがふわりと舞う。

「あのう、ドラゴンカーというのは……?」と親友。

「その言葉には特に意味がなくて、なんとなくクールでイケてるぜ!的なネットスラングなんだよ」と私。

 席について紅茶の給仕を受ける最中、親友は言った。

「実は昔、メイド喫茶で働いてまして」

「えっ……? そうだっけ? っていうか私たちまだバイトできる年齢じゃないよね?」

「ああ~、そうでしたわ。なんて、冗談ですの」

「……あはは、全く、くだらない冗談言わないでよ」

「ふふっ……」

 クッキーを頬張りながら私は薄ぼんやりと親友について考える。いやはや、かなり自然な振る舞いなんだけど、どこか丁寧すぎるというか、気が効きすぎるというか、色々知ってるし、まるでおばあちゃんの知恵袋みたいな……。

 サクッと音がしてクッキーが派手に崩れる。っていうか、このクッキー、ドラゴンがワゴン車に抱きついてる。あったんだ~ドラゴンカー要素~。

「ねえ、ここ終わったらさ、もう一箇所行きたいところあるんだけど」と私。

「あらあら、とっても元気ですわね。どんなところでも付き合いますわよ」と親友。

 う~ん、なんか調子狂うな。まあ、それも次のとこで色々分かるだろうな。


 分厚い鉄扉がキーキーと音を立てると、その先は地下へと続く階段。二人でカツカツと音を立てながら下り、もう一度扉を開ける。

 その先には、何体もの人形が並んでいた。等身大の機械人形。それら全てが私たちをジッと見つめた。正直、ここに来る度、これが怖い。

「おう、嬢ちゃん、今日はなんの用だい」

 地下の奥の奥。壁で仕切られた小さな一角にその人――私はマスターと呼んでいる。本業はこの上の階でやっているバーのマスターだからだ――は居た。

「教えてもらった通りに空いてる体に、親友の遺灰を入れたんだけど、うまくいってるか気になって」

「どれ、貸してみな」

「……いや、私がターミナルいじる。教えてくれるだけでいいよ」

「ふーん、そいつを触られるの嫌か。全く、いっちょ前言うぜ。ほら、マシン、貸してやるよ」

 親友は首をかしげるばかりだったけど、素直に従ってくれた。安楽椅子に座り、手首に非侵襲の電極を取り付けて、私はパチパチとキーボードを弾く。

「ロックは解除したんだよな」

「うん、教えてもらった通り」

「バイオ・カーネル周りのデータをこっちに回してくれるか?」

「はいはい……送ったよ、マスター」

「あいよ。メモリー・ネットワークを可視化するぞ、でかいディスプレイの方、見てくれ」

「出たよ~。記憶の構造でしょ? こんなの見て何か分かるの?」

 マスターも私も立ち上がって、ディスプレイを見つめている。マスターはヒゲを手で伸ばして考え込み、しばらくして、

「お前、本当に別人物の遺灰を入れたんだよな?」

「いや、そうだけど」

「ネットワークが結合してる。こんなこと通常あり得ない」

「あり得ないっていうのは?」

「他人同士が一つの体に入ったら、普通、記憶のネットワークは分離して形成されるんだ。だけどこれは……お前の婆ちゃんと親友が、一つのものとして動いている」

「どうしてそんなことに?」

 不意に、親友の手が動いた。ダメだよ、と私が静止するのも聞かず、口をパクパクとさせ、ようやく、といった様子で発声を初めた。

「それは私から説明させてもらいます」

 そう言ったのは、まさしく親友の体だったが、話す速さや微妙なイントネーションの違いですぐに事態を飲み込めた

「……お婆!?」

「その通りです、我が孫よ……なーんて、そんなラスボスみたいなノリで喋る必要ないんだけどねぇ」

「……お婆ちゃんであってる?」とマスター。「それで、このネットワークは一体どういうことなんだ」

「この結合は、遺伝子情報を共有していないと起こり得ない、そうでしょ?」お婆はそう言って、マスターが頷く。「昔ね、私の孫の言う『親友』のお婆ちゃんにあたる人から、遺伝情報を受け継いだのよ……彼女の遺灰を使って」

「それって、どういう……」

「彼女は子供を産んだあと、若くして亡くなったの。でも私……本当は彼女が好きだったし、お互いに愛していたから、彼女の遺伝情報を私の中に宿していたくて」

「どうして、そんなこと。だったら普通に結婚して……」

「いや、当時は同性生殖技術は未確立だったんだ」とマスター。「一時期、相手の遺伝子を受け入れるってのが流行ったって聞いたことあるよ。……そうか、それでか。お前の親友は、お婆ちゃんのお相手さんの孫で、遺伝情報を共有している。ここにきてようやく一緒になれたってわけか」

 私は親友を見た。いいや、見たのはお婆? よく分からず、手近な椅子に座り込み、深呼吸をした。

「私は普段出てこないから」とお婆は言った。「だから、あんたの家で、二人で暮らしなさい。私自体はとうに忘れられてるから、私の子……いえ、あんたの両親も気にはしないでしょう」

 いや、そういうことではなくて……と私は言おうとしたが、その言葉は口から出ていかなかった。なんなんだろう、この気持ちは。その様子を察したのか、マスターは、

「ま、他人のハッピーエンドが、自分にとってもそうなるかといったらな。それでも続けるかい、人形遊び? 俺は長いから何も感じないが、まあ、求道者みたいなもんだな」

 何も言葉を返すことは出来なかった。お婆と親友の記憶の混じり合った機械の体。私はその頬にそっと口づけして、その手を引いた。さて、一体何が満たされれたのかは分からないけど、とにかく安心している自分もいる。

 家に帰った私は真っ先に巾着袋を空け、親友の遺灰を自分の口の中へ流し込んだ。悔しくて悔しくて、

「ねえ、どうして泣いているの?」

 と親友が言ったことにも気づかず、その場にしばらく突っ伏していることしかできなかった。


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おばあちゃん「ちゃんと食べたかい、親友の遺灰を?」 多田八 @tada8

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