復活の日?
で、親友のお葬式から四十九日後……なんて書くとゾンビモノのタイトルみたいだけど、そうではなくて。
「はーい、イスミちゃん今日から復活でーす」と朝のホームルームで先生。その言葉通り、私の親友は教壇の上でペコリと挨拶をし、私の元へとやってきた。
「ごめんなさい、寂しくなかったかしら?」と親友。
私は泣いて抱きついた。そんなこと無意味だって知ってるのに、体が反応せざるをえなかった。死んだ人間のサイボーグに。
「最近では口にしたDNA情報は、脳が死ぬまで記憶しているという研究もあるらしくてね、私は眉唾だと思っているんだけど、そのエビデンスが……」
「センセー、もうチャイム鳴ってますよ」
「あー、いけない、こんなことやってるとまーた偉い人たちに叱られ……それはともかく!」
ワハハ、と笑うクラスメイトたち。
「今日やったとこ、はっきり言ってアレに出るから。社会倫理の単元。遺された人間に対する死の需要に対するケアプログラム」
「あの、なんか斎場見たいな名前?」とお調子者。
「和らぎ」と先生。「和らぎプログラム。実物が近くにいるんだから、いい経験よ。じゃ、日直さん挨拶して」
「起立……礼」
全ての授業が終わり、帰りのホームルームも消化。はてさて帰りましょうかという段になったところで、私の親友の周りに人だかりが出来ていた。
「イスミさん、ご機嫌いかがかしら」とモブ女(私にとっての)が言う。
「もちろん元気ですよ」
「でしたら一緒に帰りませんか?」とモブ女②。
連れて行かれそうになる親友。だーっ、そういうとこあるよね、あんたって。断れなくて、すぐ人の願いを聞き入れて、あー!もう!!
「ちょっと、私と帰るって約束してたでしょ!!!」ダッシュで親友に近寄り、私はその手を無理やり引いた。
「で、私のこと、どこまで覚えてるのさ」と私は親友に聞いた。
「それはもちろん、誕生日、血液型……あとは他の人に言えない様々なことまでですわ」
彼女の部屋だった。私のすぐとなりに住んでいるから、そこまで引っ張って行って、ご両親に挨拶して、いや、その両親もすっかりいつも通りで、実の娘が死んだっていうのに、どういう態度なんだ。五十日立てば、もう悲しむ必要もないなんてノリで、いやいや、死者が帰ってくるのはお盆だよ、まだ一ヶ月あるって!
とにかく。人が死んだら悲しいものなんだって私は知っていた。それはおそらく小さなころに、おばあちゃん――私はお婆って呼んでたんだけど――が復活するのを拒否したからだと思う。
ある日不意に人が消えることはすごく悲しいはずなのに、こうやって復活することで、うまくシステムができているのだろうけど、私たちは死者を少しずつ忘れることができるようになった。
美しい思い出だけがゆっくりと象られるようになって、それがいいことなのか、悪いことなのか、私は判断できないけど。
「……四ヶ月前の二十日は?」
「もちろん、水族館に行きましたわ。大きなマンタをずっと眺めていたら、しびれを切らしたのかあなたは……」
「……あーあ、もういい。いいってば、口にされると子供っぽくて恥ずかしいから」
いやはや、こんな他愛もない会話で、すっかり私は政府の偉い人たちに感謝したい気分だ。やっぱり、大好きな人がある日ふと消えるなんて耐えきれない。喪失を苦に自分を殺めてしまう人の気持ちも分かっちゃうよね。
「思い出はいくらでも語れますわ。たとえば夏の花火の火……」
「えーと、うん……」
「川辺から天を見上げて、私たち、手をつなぎましたよね」
「……そ、そうだね」
「一緒に家に帰ってきて……私の部屋で」
「ああっ、それ以上言わなくていいから!」
「どうしてですか? あんなに楽しく遊んだではありませんか」
「……楽しく遊んだ? まあ、楽しくはあったけど」
「トランプをして、私が勝って……」
「……? そ、そうじゃなくて」
「あら、もしかして、怒ってらっしゃいますの?」
親友の瞳が、私を覗き込む。美しい瞳。あの夜と変わらず……。
「ねえ、あんた、事故の前の夜……」
「ふふっ、一緒に遊びましたよね」
どうやら、大事なことは覚えてないらしい。違うんだな、という感覚。この子は親友じゃない。
「イスミ」であって、もっともらしく再現されたに過ぎないのだ。
「ねえ、あんたの遺灰、全部使ってないよね? 残ってるよね?」
「うん、残ってるけど……それがどうかしたの?」
私は自室に戻って、目の前に置いた巾着袋をじっと眺めていた。
あの子、親友でないイスミをうまいこと言いくるめて(性格が似ているから簡単だった。あくまでも似ているだけなんだけど)、遺灰をもらってきた。奪ったわけではない、あくまでも平和裏に貰ってきた。
さあ、親友、あんたをどうしてくれよう。
答えはすぐに思い浮かんだ。押し入れの中をガサゴソと掘り返し、台車をゴロゴロと回して机の横につける。
それは人体だった。性格には、人体を模した機械の体。
私はその一部に入出力電極を取り付け、ターミナルを起動した。画面に表示された名前は私の祖母……お婆のものだった。
これも例の好奇心の一部だといえば納得してもらえるだろうか。政府から供給された機械の体の内部へアクセス(普通はできないんだけど、こういうの得意なんだよね)、年齢と容姿の設定、思い出のインプット行う。
お婆は私には優しかったが、一族からは除け者にされていた。「和らぎ」を動かさなかった理由の一部がそこにある。まあ、お婆が拒否したのが一番大きいのだけど。
この体を返す義務は特になかったから、自然消滅を待つばかりだったわけで。
さて、しゅわ~と体が青白く光初めた。容姿の適用は、一晩程かかるはずだ。前に試したから、そこらは心得ている。前はちょっとした遊びに過ぎなかったけど、今回は本気だ。この体を起動するためには、死者の遺伝子情報が必要だ。
そのための遺灰。この和らぎプログラムを揶揄するとき、歩く納骨堂なんて言う人もいる。いや、私が勝手に考えたんだけどね。
「カチカチ……ッターン!」などとアホ丸出しの擬音を私が口にするのは乗ってきた証拠だ。
ガタガタとコンソールを叩き続け、全ての工程が終わる頃にはもう午前二時。
ああ、もう眠すぎるや。色々あったしさ。
「あの……起きてますの?」
夢の中のように思考がぼやけ、その姿を認めるのにはあまりにも時間がかかった。
「……んぁっ……?」
その姿、雰囲気には妙な懐かしさがあった。思わず私は目を見開く。
「ふふっ、おはようございます」私の唯一無二の親友はそう言った。
死人の入ったヒト型のそれが、果たしてアンドロイドというのかロボットというのか、そんな数百年まえの概念を未だに引きずっているのが、科学者とか技術者の悪いクセだと私は思うのだが、やはりこのときばかりは感謝したものだ。
私がしっかりと調整した、欠落のない親友。
「ねえ、出かける準備してよ」と私。
「いいですけど、一体どこへ?」
「デートだよデート。他の人に邪魔されちゃ叶わないから遠くへ行こうよ」
「ふふっ、もちろんついていきますわ」
「そうだ、今日も私が化粧してあげるよ。道具はうちに置いてあるしね」
支度をして、彼女と真正面で向き合う。そうだ、生きているときもこのようなことが何度もあった。当たり前の手付きで私は親友に化粧を施していく。ああ、やっぱり、今親友の家にいる方はニセモノで、こっちがホンモノなんだろう、なんたって私が調整したのだから。
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