エピローグ 春先の黒猫
「ルイ・カーヴィン。ラムズ・オーウェン。ハル・レインフォード……」
柔らかな陽光が空から降り注いでくる。諸々、事務処理やらなんやら。諸々やってるうちに、いつの間にやら季節は春だ。
陽光の下。小高い丘にしゃがみ込んだ俺の視界の先で、式典が開かれてる。
勲章の授与式だ。軍服来た偉そうなおっさんが壇上に並んでて、列席者がそれを直立不動で見上げてる。その場には他にも……新聞やら広報やら、マスメディアの奴らもいる。
と、そこで、だ。ふと、列席者の内の一人が、俺の存在に気付いたらしい。
金髪の女が咎める視線を俺に向けて来ていた。
「ハッ。……お前ホント目ェ良いな」
それだけ呟き中指を立ててやり……俺は、立ち上がった。
*
“
小難しい話はまあ、分かるようになったよ。帝国の汚点隠しだろ?
内部で体勢がぐちゃぐちゃで、非人道的な研究をしてたってな汚点を、単身で“クイーン”を殺しほんの数人で巣を殲滅した英雄の武勇伝に変えちまおうって話だ。
それに俺は、乗るべきなんだろう。軍人として。あるいは、勲章を欲しがってたスラム上がりとして。
けど、どうにも……乗る気になれず。
俺は式典をサボって、故郷を歩んでいた。
帝都だ。帝国首都。向こうにスラムのガキがとりあえず憧れたバカでかい家……皇帝陛下のお城が見える。
そいつを眺めながら、……蟲と戦争してる同じ世界とは到底思えない、のどかで落ち着いた街並みを歩く。向こうに下町、その向こうにスラムも見えるそこをフラフラ、陽気の中で散歩する猫の様な気分で、歩いていく。
……ドックタグを眺めながら。
ハル・レインフォード。ハルの記録は、ただの、帝国の一兵士になった。
皇帝からすればほじくりたくないネタの集合体みたいなものだから、全部全部汚点は隠して、ただ一兵卒。ただ俺の仲間として、一緒に勲章と2階級特進。
ハル・レインフォード少尉。ハル、お前士官だってよ。ホントにそうなったら、なんだかんだ上手くやれそうだよな。それともどっかで限界来ちまうか?
「……二人で逃げよう、か」
それに頷いてたら……こうやって暢気に歩けてたのか?お尋ね者だけど、一瞬だけでも。
いや、その一瞬はもう、……あの辺境でやったよな。あの日常で酔った猫踏んづけてたから、なんか、落ち着いちまった。
「式典サボってはいるけどな……」
呟き、俺はただただふらつき……と、そこで、だ。
「少しは大人になって戻って来たかと思っていたが……見込み違いだったかな」
ふと声が投げられて、俺はそちらに視線を向けた。
その姿を見た瞬間……俺はすぐさまかかとを揃えて直立不動し、敬礼する。
「……お久しぶりです。特務大尉殿」
そう言い放った俺を、俺の元上官のスカシ野郎。
ロベルト・ハルトマン特務大尉は暫し眺め、それから言う。
「堅苦しいな。軍人で居続ける気はある訳か。なら……式典にぐらい大人しく出ろ。そもそも、欲しがってたのは君だろう?これを」
言葉と共に、スカシ野郎は俺へとなんかを放り投げてくる。
受け取ったそれは……ああ。欲しがってたもん。勲章だ。
帝国一級戦時勲章。……“クイーン”討伐のおまけだ。
それを眺めながら、俺は言った。
「……これ貰うような働き、した気がしねぇよ。何もできなかった」
「それを決めるのは君じゃない。上だ。そして客観的な評価だ。君はいらないと言うかもしれない。だが、君も、あるいは君の仲間も、先達も……君に受け取って欲しいと願っているんじゃないかな?」
「先達……」
先に逝った奴ら、か。……そうだな。あいつらは、喜んでくれるかもな。下手すれば、俺よりよ。
そんなことを思いながら……俺はスカシ野郎を睨みつけ、言った。
「どうして俺を“戦争欠乏症”に送ったんスか?」
「その人事を決めたのは私じゃない。少々、口出しはしたがね」
「口出し?」
「色々耳には入っていてね。だが、私が動ける状況じゃなかった。だからとりあえず君を送った。君がうまくやったらそれは上々だし……君が戦死したら私は陛下に休暇を申請できる。可愛がっていた部下の死地を視察したいとね」
「俺を餌にしてあの場所を探る口実を作りたかったってことかよ」
「その手間を君が省き、手柄を立てて帰って来た。……陛下は大層お喜びだよ、ジン・グリード曹長。君の出世を願ってる」
「皇帝が?……人種っスか?」
確か、そんな話あったよな。今の皇帝は人道的な路線を謡ってる、まともな無能だとかハルと話した。だから、差別人種を登用したいんだろう。それに、“クイーン”をやった俺はちょうど良いって話か。
「頭を使うことは覚えたようだね。その通りだ。君は、功績を認められて2階級特進だ。そして今後、士官の道も開けてる。希望すればすぐに少尉に上がれる。もちろん士官教育は一旦受けて貰うがね」
「少尉……」
「出世するごとにしがらみは増える。教えたろう?戦争を形作る要素は4つ。政治。戦略。戦術。戦闘。立場が上がるごとに魑魅魍魎との腹芸の義務が発生する」
クソめんどくせえ話だな。
「だが、同時に出来ることも増える。例えば、……お気に入りの“戦術支援官”と、補佐役の軍曹。それを連れ回す権利とかね。人事に多少口出しできるようになる。私も協力するし、陛下としても君の補佐役に典型的なフォーランズがいるのは喜ばしいだろう。プロパガンダだよ」
「正直、気乗りしないっスよ」
「だが、最後には乗ってくるだろう?君は出世したがってた。道筋は出来てる。士官教育を受け、少尉として任官。その後私の部下に一度戻って貰う。そこで経験を積み、更に先へ、だ。私を追い越したいんじゃなかったのかい?」
追い越したい。それはまあ、そうだな。そう、思ってた。つうかそれ見抜かれてたの大分ウゼェけどなこのスカシ野郎。
とにかく、まあ、その気はある。軍を辞める気もない。だが、もう出世自体が目的じゃない。
「偉くなったら……戦争を失くせるのか?」
「無理だろうね。だが、世界に君の意見を反映するチャンスは増える。思想、エゴ、意地。鉄砲玉では変えられないモノを変えられるようにもなるだろう」
鉄砲玉か。確かに、ああ、そうだな。俺がもうちょいうまくコネ使えてたら。どっかで、このスカシ野郎を顎で使うみたいな発想もって、手紙の一つでも送れば……何か変わってたかもな。
何かが、出来るようになるかもしれない……。
「わかった。乗りますよ、その話。シェリーとリズは俺の部下にしといてくれるんスよね?」
「ああ。根回ししておいてやろう」
スカシ野郎は頷き……それから、何やらニヤついて、こう言った。
「で?」
「あァ?なんスか」
「なんスかじゃないだろう、ジン。で?どっちが君の鞘だ?」
「ハァ?」
鞘?どっち?……なんの話してやがんだこのスカシ野郎は。
そう眺めた俺になれなれしく肩を組んできて、スカシ野郎は言った。
「大人になって帰ってくることを期待していた。その結果君は“クイーン”の首と女を連れて帰って来た。で?だから?興味があるだろう?君はどっちに収まったんだ?」
「……下ネタかよ」
「覚えておくと良い、少尉候補官。部下とフランクな関係を構築する上でこういう下世話な話は大変有用なんだ。で?どっちも行ったのか?どっちも行ったとして、で?どっちが相性の良い鞘だった?」
「……………ハルトマンって全員こうなのかよ」
ダメな方向まで軍人だ。こいつといい、シェリーといい……。
「ああ、私の親戚がいたらしいね。面識はないな。あの顔と身体……面識があったら忘れるはずもない」
「アンタは、……ハァ、」
ため息を吐いた俺に、スカシ野郎は聞いてくる。
「で?どっちだ?」
「…………本命の女はウォーレスで俺を庇って死にましたよ」
「なるほど。じゃあ、切り替えて次に行け」
「あァ!?」
苛立ちのまま、俺はスカシ野郎の胸倉を掴んだ。だが、……こいつは俺より上だ。
それでビビる訳もなく、体勢が崩れる気配すらなく……アニキは言う。
「忘れろと言っている訳じゃない。ただ、線引きはするべきだ。考え続ければ連れていかれる。それはキミを庇った女も望まないだろう?ドックタグよりもっと色気のあるモノに目を向けろ。君は生きているんだ。生きている限り、生を謳歌しろ。教訓だよ、これは」
「………………」
「ああ、それから。教訓はもう一つある」
「あァ?……なッ!?」
悲鳴に近い声が俺の口から盛れた。同時にグルンと、俺の視界が回転し……気付くと俺は、仰向けに空を見ていた。
投げられた、らしい。あっさり片手で俺を投げたスカシ野郎は、当然の権利の如く俺の腹を踏みつけながら、言い放った。
「上官の胸倉を掴むな。しつけたはずだろう?」
「…………申し訳、ありませんでした、」
クソ野郎がよォ……ゴリラの血族が。そう胸中で毒づいちまった俺を見下ろし、スカシ野郎は言う。
「どうあれ、暫く休暇だ。ゆっくりすると良い……ああ、そうだ。もう一つ君に渡すものがある」
言って、スカシ野郎は俺の胸に紙切れを置いた。
数字の書いてある紙切れだ。小切手、だな。額は……1000万。
「好きに使え。金の使い方も覚えろ。稼ぐ割に使い道すらなかっただろう?視野が広がったなら、そう言う事にも目を向けろ」
それだけ言って、スカシ野郎は俺に背を向け、スカした調子で立ち去って行った。
それを、俺は眺め、1000万の小切手を眺め……そのまま。空を見上げた。
「使い道、ねぇ……」
娯楽なんてわかんねえしな。いや、……一つ、学んだか。良いんだか悪いんだかわかんねえけど……俺は上官な訳だし?
部下に奢ってやるのも悪くねえかもな。
「ハッ……あと、墓前に、だな」
呟き、俺は起き上がった……。
*
紙袋を抱えて、帝都を歩む。
暢気な人々。のどかな街並み。それを眺めて進んで行った先にあったのは、宿舎だ。
ウォーレスは解体され。俺含めて全員、一時的に配属はなし。その間の宿舎は、基地じゃなく町中にあった。まあ、休暇用のホテルってことだろう。
特別豪華ではないが、別に質素でもない。石造りの普通の建物だ。その階段を上り、俺は一時的な我が家の扉を開き……。
と、その瞬間、だ。
「あ、サボり野郎だ!サボり野郎がおめおめと帰って来ましたよ、リズ!ほら、言ってあげてください」
「お、おかげさまで。晴れ舞台で頭を下げる羽目になりました……」
「いつまで反抗期のつもりなんですか?サボりカッコ悪いですよ?」
「あ、……余りにも、無責任だと思う」
シェリーとリズがごちゃごちゃ喚いていた。この場所に来てから毎日飲んで毎日騒いだ結果今日も案の上散らかりまくってる部屋の中で。
「うるせぇ。……掃除覚えてから文句言え」
「それとこれとは別の話だと思いますけど?」
「は、恥を掻きました。ば、罰が必要です」
「そうです、罰が必要ですよ!……ところでジンくん?風のうわさで聞いたんですけど中々良い額の小切手持ってるらしいじゃないですか?」
「い、威厳、見せて。ジンくん隊長……」
…………たかりじゃねえか。まあ、良いけどな。
「好きに飲めよ」
それだけ言って、俺は散らかってるテーブルの上に紙袋を置く。
瞬間、……酒カス共は酒瓶がぶつかる音でも聞きわけたんだろう。
ササっと紙袋によって、その中身を取り出し……。
「「………………」」
なんか、固まってやがった。
あァ?なんだよ、喜べよ。結局飲めなかった良い酒だろ?
「一人一本な。テメェらそれ位飲むだろ?」
それだけ言って、俺は紙袋からワインの瓶。“グレイス”だ。高級ワインを取り出して、それを部屋の隅っこ。
アルバムと写真立て。酒瓶抱えて暢気に寝てる猫の写真の前に、置く。
ハル。お前ホントは酒嫌いだったか?別に、そうでもねえだろ?
いつまでも、って訳じゃない。スカシ野郎に念押しされたしな。だが、今はまだ……のけ者にする気にはならねえよ。
そんな事を思った俺の背後で、シェリーとリズは言う。
「……これ一本いくらするんでしたっけ」
「お、およそ300万」
「……3本あるように見えるんですけど」
「きゅ、900万オーバー……」
そして、奴らは俺へと視線を向けてきた。信じられない、とばかりに。
なんだよ……ああ。
「一本足んねえか?……別に俺はミルクで良い。二度と飲まねえ」
「その信頼0の発言いらないんですよ今!?そういう事じゃないです!?えぇ?使っちゃったんですか~、小切手!?」
「スカシ野郎が使えって言うしよ……」
「だ、だからって、そ、そんな……こ、小金盛ったチンピラみたいな……」
……なんで高い酒おごってやって文句言われなきゃいけねえんだよ。
「別に、良いだろ。俺の金難に使ってもよ。ああ、そうだ。……また“クイーン”殺りゃ良いじゃねえか。それでまた小遣い稼ぎだ」
「小遣い……」
「は、破滅する成り上がりの匂いがする……」
「この人金銭感覚おかしいんですかね?」
「い、一匹に付き10万ボーナス。を、多分、ジンくん……」
「トータルで1000匹くらい、余裕で倒してそうですね……」
「な、何ならウォーレスだけでも多分、少なく見ても500は殺ってる」
「えぇ……?化け物じゃないですかやっぱり……」
何やら戦々恐々、シェリーとリズはこっちを見ていた。
なんだよ……つうか明らかに化け物はテメェも似たようなもんだろシェリー。あの巣で素手どころか裸でベット振り回して蟲殺したって聞いたぞ、リズから。
つうか、
「……呑まねぇのか?」
「呑みますけど!?ええ、貰います!リズ!コップ!あとつまみ!」
「う、うん……」
何やらわちゃわちゃ、シェリーとリズは酒瓶を手に騒いでいた。
なんつうか、まあ。日常だな。一人足りない気がどうしてもする。が、……慣れるだろうって気もする。その位こいつら騒がしいしな。
俺はまだまだ生きる。まだまだ生きて、山ほど、土産話と武勇伝作って……それで老けてから4人でまた飲もう。天国だろうと地獄だろうと、どこだって良い。その酒宴はきっと楽しいだろう。
写真を眺め、俺は窓の外に視線を向けた。
のどかな春の陽ざしが、街に降り注いでいる。
その一角に、黒猫がいた。のんびり塀を歩いていて……。
ハッ。欠伸してやがるな。暢気なもんだ。
「あ!あの人猫見て笑ってますよ!?」
「や、ヤバいかもしれない……。か、飼っちゃダメだよ?ま、間違えてもハルとか名前つけないで、」
…………………飼わねぇよ。付けねえよ。ほっとけよ……。
「……うるせぇんだよ酒カス共が!」
吠えた俺の前で、酒カス共はワーキャー騒ぎ、びっくりしたのか、黒猫はどこかへ逃げて行った。
まったくよォ……。
……まったく。
バッカス―ウォーレス第03魔蟲駆逐分隊― 蔵沢・リビングデッド・秋 @o-tam
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