6章 孤狼―ワン・マン・アーミー―

1 吠える孤狼

 澄んだ冬空の下を一人、武器だけ抱えて歩んでいく。


 ルイと二人で冒険に出た道だ。ルイと二人でも結局、ラスボスまで辿り着けなかった迷宮への道。そこを、一人ぼっちで探検だ。しかも敵は明らかに、3年前より強いんだろう。


 蟲の戦力が整った。蟲の兵器化、兵士化の研究が終わった。だからこの実験場を放棄して、ハル――エギル・フォーランズの残党は、帝国相手に戦争を仕掛ける気になった。


 だから、軍備は拡張されてる。


 ヒューン。冬の最中でも見覚えのある道を歩み、そろそろ入り口が見えて来ようって辺りで、そんな音が辺りに響き渡る。


 砲撃音だ。曲射の砲撃。俺の基地を、俺の仲間をあっけなくぶっ殺しやがったクソ蟲野郎の攻撃。見上げる晴れた雪山の節々に、身を屈めた黒い老体の姿がいくつもあり、背中にある砲門を天に向け、羽が変質したような半透明の砲弾を、空へと打ち上げてる。


 面制圧。曲射砲撃。ああ、驚異的な攻撃だろう。


「ハッ。まともな軍隊相手ならな……。俺は一人だぞ?過剰火力だろうが、」


 それだけ呟き、ショットガンを背負って――左手にチェーンソウブレイド。

 そのトリガーを引き絞り、金切り声を冬空に混ぜ込みながら――俺は、駆け出した。


「――ハッハァ!」


 脇目は振らねえ。一直線だ。頭上にはいくつもいくつも半透明の砲弾が浮かび、周囲へと降り注ぎドンと雪を巻き上げている。


 俺の横で。俺の背後で。俺の行く先で、爆音は轟き続ける。

 だが、それらを全部全部全部無視して、俺はただただ突っ走った。


 避けねえ。わざわざ避ける必要がねえ。その程度の精度だろう?

 運が悪かったら当たるだろうぜ。そう、運だ。ただの運。腕はもう関係ないただのダイスロール。それでずっと、悪運のある目を引き続けてきたから、


「――俺はまだ死ねてねぇんだよォ!」


 吠え、駆け、周囲に降りしきる砲撃を無視し、ただただ愚直に蟲の巣の入口へ――。


 目と鼻の先にまで迫った蟲の巣の入り口。ルイと二人で冒険した悪夢の迷宮の入り口に、……出迎えの兵士の姿があった。


 蟲だ。大カマキリ。ただの成体2期が数十匹。その最中に、副腕にライフル持ってる奴が数匹、混じり込んでいる。


 そいつらの銃口が、こっちに向いている。だが、それすらも俺は無視して――。


「――当ててみせろやァ!」


 突っ込んだ俺の視線の先で、マズルフラッシュが瞬いた。


 正面からは銃声。背後と左右には、砲弾の着撃音。戦争の音のど真ん中を身を屈めて俺は駆け抜け、そんな俺の周囲を、ライフルの弾丸が通過していく。


 その射撃精度は低い。兵士が出来ました。銃を持たせてみました。ああ、結構だな。


 それで?射撃訓練はしたのか?練度はどうだ?当てられるのか?


「――俺によォ!」


 当たらねえ当たらねえ当たらねえ――見てから避ける!


 突っ込んでいく俺の周囲を、ただまき散らされてるだけの弾丸が飛び散って行く。


 だが、命中はしない。掠めるだけ。躱されるだけ。切り払われるだけ。そうして肉薄していくうちに、蟲の中から数匹、こっちへ飛び込んでくる奴らが現れた。


 成体2種。銃持ってないただの蟲だ。それが、俺へと飛びかかろうとして――。


 ――それも、俺は無視した。


 大鎌が頭上から振り降ろされる。大カマキリが、正面から俺へと迫ってくる。

 そいつのおかげで射線が切れて、奥の奴からの射撃が止んだ。遮蔽が出来た。


 出来た壁に感謝してやりながら、俺は勢いのままにスライディング。


 ダン!――俺の頭上髪一重を大がまが抉るが、俺は無傷。雪の上を思い切りスライディングした俺は大カマキリの身体の下を勢いよく滑り抜け――。


「ハッ!」


 滑り抜けざま、剣を振るう。

 蟲の足が切り落とされた。片側3本、赤熱する刃に切り裂かれ、股を潜り抜けた俺の背後で、カマキリの身体がぐらりと傾き雪に沈む。


 そうして足を奪った雑魚を無視して、勢いのまま起き上がり、そのまままた駆け抜ける。


 今のでかなり安全に、蟲の群れへと近接できた。

 近づいた俺へと銃口が迫る。だが、その銃口を、射線を逸ったただのカマキリが背中で遮っちまう。


「――連携がなってねえなァ!」


 迫る大鎌をぶった切る。それで、いちいち止めを刺さずに先へ。


 鎌を避け、顎を避け、足をぶった切り腕をぶった切り首をぶった切り――数匹あしらった末に、銃を持ってる奴の目前まで辿り着いた。


 その人間かぶれの蟲野郎は、せっかく立派な鎌が生えてるってのに、そいつを使う気配もなく銃口を俺へと向けて来やがる。


「ハッ。判断がわりいな、」


 とりあえず小馬鹿にして、俺は俺へと向けられる銃口を蹴り上げた。


 ダダダダダダ――放たれた銃弾が空へと消えていく。祝砲か?歓迎か?嬉しいねぇ、


「ありがとよ!」


 感謝を込めて俺はその蟲の副腕をぶった切った。蟲から生えてる人間みたいな腕が切り裂かれ――そいつが握ってた小銃が、腕ごと雪へと落ちていく。


 その銃身を俺は掴み取り、まだくっついてる腕を振り払うついでに銃を放り投げて掴みなおす。


 そうして手に入れた小銃を、わざわざ俺に支援物資運びに来てくれやがった兵隊かぶれの蟲さんの胸部に押し当て、俺は微笑みかけてやった。


「……おかげで弾切れの心配がねぇ」


 そしてトリガーを引く。フルオートだ。無駄か?設定変えるか?いや、後で良いだろ。


 指切りで3点バースト。勘だけで3発放たれた弾丸が蟲の胸部を貫き――それで殺せたかを確認する必要性すら感じず、俺はすぐさま駆け出した。


 駆ける俺の背後で、銃撃が鳴り響く。

 今の一瞬のうちに俺の方へと小銃向けてたらしい。狙う必要すらなく当たる距離でぶちまけられた銃弾が、真新しい蟲の死骸を打ち抜いていく。


 フレンドリーファイアは気にする。だが、死者への敬意はなし。


「所詮蟲だな、」


 呟き、いつの間にやら目の前に迫っていた大鎌をチェーンソウで切り落とし、手に入れたばかりの銃口を、背後になった蟲の群れへと向ける。


 狙うのは、銃だ。銃。銃を握ってる人間みてえな腕。もしくはその、人差し指。


 タン、タン、タン、タン――指切りで無理くり単発射撃したフルオートを、数発。


 それで、落とす。この群れの中の銃持ってる奴らの腕。手首。指――あるいはライフル自体を、ぶっ壊す。


 それで、辺りは静かになった。

 いつの間にやら俺は蟲の巣に踏み込んでて、だからもう、黒い老体の砲撃は来ない。


 銃を持ってる奴の腕を落としたから、もう射撃も来ない。


 後はただの、蟲の群れ――。

「……相手する価値もねえな」


 それだけ吐いて、俺は巣の奥へと駆け出した。


 ただの蟲が追いかけてくる。成体2種が近接してくる。

 その、駆けてくる足を撃ち抜く。蟲は転び蠢くばかり。それでもついてきた奴は敬意を払って鎌なり首なりぶった切って丁寧に無力化し、そのまま巣の奥へと駆けていく。


 巣の中は――記憶より更に汚れてる気がする。記憶っつうか夢の中だが、あの光景より更に薄汚れた汚ねぇ蟲の巣だ。


 蟲はちょいちょい現れる。俺の行く手を阻もうと、成体2種が、銃持った奴が、たびたび目の前に現れては何かする前に足か武器を奪われて地に伏せ、ネジを飛ばした辻斬りに通り抜けザマついでのようにぶった切られる。


 弾切れが近づいたら持ってきてくれた奴の腕を奪って新しい武器を借りていく。


「……意外と、頭数ねえのか?」


 俺は冷静に呟いた。

 ――通り抜けた後に何もできないのに殺されてない蟲共、まさに死屍累々な光景を残しながら。


 これだと帰る時大変か?いや、それは後で考えれば良いだろう。


 まずは、“クイーン”だ。他の何を捨ててでもここにいる悪夢の元凶を確実に殺す。それが第1目標。それ以外は後で考えれば良い。


 この悪夢を殺す。

 この悪夢でクソみてえな目に遭った俺の仲間の敵討ちをする。


 ほっとくと帝国を襲うから、それを防ぐ?ああ。それもあるだろう。


 それに、下手に“クイーン”生かすと結局どうせまた同じ悪夢を考える人間が出てくるだろ。“クイーン”を利用して研究しようって奴は絶対出てくる。絶対同じ轍を踏む。だから、そいつを防ぐ、だ。


 その為に“クイーン”を殺す。“クイーン”を殺して、可能なら生還して――。


「……1000万+勲章だ」


 念願の栄転だ。栄転して偉くなって山ほど抱えた勲章持って天寿を全うし落ちた先で先に逝った奴らに自慢してやるんだ。


「ハッ……空しい話だな」


 呟き、また現れた蟲の大がまと片足2本をぶった切る。その奥にいた銃持ってる奴の頭を潰して副腕潰してせっせと運んできてくれた新しい小銃に持ち替えて労いの弾丸をそいつにくれてやる。


 そうやってしばらく進んだ先、タラップが見えた。夢の中で探検した時、ルイとくぐった扉だ。そこに行くか……?いや、必要ねえな。直進で良い。


 この巣の中央に大穴がある。蟲の習性として、全部の道はその大穴に続いてるはずだ。


 だから、わざわざ寄り道せず、直進すれば良い。


「……だったよな、ルイ。今回は、弾切れはなしだしよ」


 呟き更に奥へ。奥へ。奥へ。

 突き進んでいくと、やがて、……いつか見た大穴だろう。


 広大な空間が目の前に広がった。電球――じゃない。何か別の発行体が壁にいくつもいくつも夥しく、集合体恐怖症になりそうなくらいくっついてる縦穴だ。


 くっついてるのは……。


「卵?」


 だろう。多分。蟲の卵だ。巨大な楕円形の白い半透明の卵。カプセルか羊膜のようなもので覆われていて、淡い光を放っている蟲の卵。


 それに眉を顰めた俺の耳に、ふと、声が届いた。


「――ヤンチャな子だね、ジンくんは。どうして、遊びに来てしまうんだい?」


 いつか……それこそ思い出の工作欺瞞行為デートの時に聞いたようなセリフが正面から投げられる。流石に、酔ってねえらしいな。素面の落ち着いた声だ。


 その言葉を投げて来てる奴が、俺の行く先にいた。


 ハルだ。卵のびっしりこびりついた縦穴を背に、まるで出迎えるようにその場に突っ立ってる女。


 そいつは、呆れたような視線を俺に向け、言い放った。


「逃げれば良かったのに。見逃してあげたんだよ?」


 そして、懐から出した拳銃を、俺へと向けてきた――。

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