4 安息
まずは、情報収集。だったよな、ルイ。まあこの世界でルイ生きてるんだからこの呼びかけなんなんだって話だが……細かいことは良いだろ。
とにかく、リズが作った温かい……これが食い納めになるんだろうスープを飲みながら、俺は言った。
記憶喪失だ。正直、錯乱してる。何があったのか教えてくれ。
「“クイーン”を倒したって?俺が?」
「はい。言い出したのも、止め刺したのもジンくんですよ?」
「だ、“大蟲厄”の後。く、“クイーン”がいるって。い、居場所を知ってるって言い出して。ラムズを説得して、皆を煽動して、……“
“大蟲厄”の後、クーデター。……なんのことはない。蟲の奇襲を受けなかった場合の、その後の未来みたいな感じか。爺さんの足がついてたり、ルイの女が生きてて子供が出来てたり、そう言うご都合主義だけ歪んではいるが……。
「……それで?ハルは?どう死んだんだ?」
そう言った俺を前に、どことなく心配そうな雰囲気で、シェリーとリズは顔を見合わせている。まあ、……さっきの俺の醜態ヤバかったしな、我ながらよ。
「問題ない。受け止める覚悟はできてる。もう、無駄に喚かねえ。……教えてくれよ」
そう言った俺の顔色を暫し窺った末、シェリーは言った。
「ジンくんを庇ったんです。蟲の巣の、一番奥で。ジンくんが“クイーン”につっ込んで行って、倒しはしたけど、不意打ち喰らいそうになって。それを、ハルが身を挺して……」
ありえそうな話だな。俺の命令無視の付けを、ハルが払ったってか。
ただただスープに映った自分の顔を眺めた俺へ、ふと、リズが言った。
「で、でも。あの……ハル。後悔とか、恨んだりとか、してなかったよ?」
「気休めか?」
「違くて、あの……。これで良いんだって。満足してた。通信で聞いた、だけだけど」
これで良い?身を挺して仲間を守れて満足?……そんな願望持ってるくせにどうして裏切ったんだ?いや、待てよ?
……願望?
「リズ。お前、……ハルの身の上知ってるか?銀のロケット」
「銀のロケット?なんの話です?」
どうやらいろんな方向から表面的な情報だけ与えられて誰からも確信聞かされてないらしいスパイ上がりのお嬢様は、首を傾げていた。
それを横目に、リズは少しためらった後、言う。
「しゃ、シャロン・フォーランズ」
「ああ。……聞いてたのか?」
「う、うん。あの……シェリーが、ここに来る前。銀のロケット、みつけて。聞いたら、教えてくれた」
「自分がエギル・フォーランズの隠し子だって?」
「隠し子!?」
と、シェリーは喚いていたがまあ、ほっといて良いかこほ本人なりには頑張ってるスパイ崩れは。
「う、うん。あの、東洋人の使用人に、お手つきして。生まれて。人種の問題で隠されてて。でも、唯一エギル・フォーランズの直系だから。後継ぐように、教育されて。社交性を学ぶために、こっちに、送られたって」
……わざわざ学ばなきゃいけない位社交性とは程遠い育ち方したって話か。
俺と同じだって言ってたな。ここに来て初めて自分が人間だと知った。
3年前。夢で見たハルは毛並みが良かった。仲間に可愛がられてた。
けど、それを裏切って自分で全部ぶっ壊した。エギル・フォーランズの後を継ぐよう教育されてたから、それに従って。
そして、……気付けば髪はぼさぼさで、いつも酒飲んでなきゃままならない。
「なんか、言ってたか?“クイーン”倒しに行くって決めた時」
「ゆ、夢みたいだって。あ、あと……これで罪滅ぼしになるとは、思わないって。ど、どう転んでも裏切り者とか」
どう転んでも裏切り者、か。
仲間を裏切るか、自分を育てた思想を裏切るか。
「板挟みだったんですかね~。ね?」
半分くらい話が分かってないんだろう。シェリーはキョロキョロしながらそう言っていた。
板挟み。板挟みの状態で、……自分を育てた思想の方を選んだのか。
なんでそっちを選らんだ?いや、もう選んでたって言ってたな。
少なくとも3年前にも一度、裏切ってる。3年前にも裏切ってるのに今更、自分の望みを優先する気になれなかったのか。
死人は戻って来ない。3年前、仲間を全員裏切って殺して壊したのに、……今更、自分が幸福になる道を選べない、か。
「なるほどな。ここは、……俺の夢じゃねえわけだ」
俺に都合の良いセカイじゃない。多分ここは、ハルにとって都合の良い、ハルの夢見た空想の世界だ。
ここにいるのは全部、ハルが壊したもの。足が付いてて頼りがいのある爺さんも……まだ生まれてなかったルイの子供も、か。
そして、その理想の世界の中で、……ハルは死んでる。
静かに考え込んだ俺を、シェリーとリズは不思議なモノを見るように眺めていた。
なんだよ。イラついて文句言ってない俺がそんなに珍しいのか?……まったく。
「そういや。あ~、……思い出したんだけどよ。こないだ、あ~……“クイーン”倒しに行く前。ハルに、全部忘れて二人で逃げようって言われたんだけどよォ、」
「「…………………」」
「歯向かうのはなしだったのに逃げるのはありってどういうことだ?」
「「…………………」」
シェリーとリズは何やら白い眼を俺に向けていた。……あァ?
「なんだよ……」
「いえ。……リズ、この人ホントに18歳なんですかね?」
「た、多分……生まれから人種から生き方まで、苦労しか知らない子だから」
「あァ?」
何言ってやがんだこいつら。つうかまあ、ハルの心情をこいつらに聞いても仕方ねえのかもな。
「ハァ……」
ため息を吐き、スープを啜る。夢の中では温かいスープ。現実ではもう飲めないだろうモノ。
夢から覚めたら、どうする?どう、生きる?何を目的に生きる?
目下は、決まってんな。こんな悪夢はぶっ壊しちまえば良いんだ。
だが、だから焦ってこの夢から覚めようって足掻く必要もねえだろ。裏側まで見ると胸糞悪い悪夢だが、……表面的には温かい。ああ、居心地の良い場所の続きだ。
スープを飲み切り、立ち上がる。そして俺は、言った。
「もうちょい食いてえな。よし、酒場行こうぜ、お前ら。……遊びてえんだよ、ちょっと」
そう言った俺を、シェリーとリズはやはり変なモノを見るように見上げ……こそこそ言っていた。
「……この人の精神年齢どうなってるんですかね?」
「わ、若いうちに苦労し過ぎて、し、思春期とばした……?」
暢気だな、まったく。悲しいし寂しいな。けど、吠えて戻ってくるって訳でもねえんだろ?
冷静に。喚かず。生き方を選ぼう……。
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