3 先達
武器庫の最中。薄暗いその空間。夢の中じゃ元気らしい爺は、俺を見下ろし、腕を組み、言い放つ。
「後追いでもするつもりだったのか?意味のないことは止めろ、劣等民族。死人は二度と帰っては来ない。わかっているだろう?それすらわからない程に頭が悪いのか、猿」
爺は、説教してきやがる。ああ、ごもっともな話だ。その通りだ。死人は帰ってこない。
わかってる。わかってるが……。
――テメェにだけは言われる筋合いはねえだろ!
「――――――!」
声が出ない。声が出ない。叫び苛立とうとする身体が、思うとおりに動かない。
「ストレス性の失語か?……酷いザマだな。それで本当に“クイーン”を殺した男なのか、ロイヤルナイツ」
“クイーン”を殺した?“クイーン”を殺す過程でハルに死なれた?
そう言う設定か?そう言う設定の夢か?テメェが誰も死ななかった夢に逃げ込んでクソ蟲に尻尾振って状況ごちゃごちゃにした挙句がこれだろうが。
それを、テメェが、
「―――ア、―――、」
――見下してんじゃねえよ、クソ爺。クソ爺。クソ爺……。
「――――――アァっ!」
あがいてもうめき声しか出ない。だが、それでも良い。喉を傷めつけるように無理やりに唸り、俺は起き上がり、クソ爺へと殴りかかって行った。
こいつのせいだ。こいつが何もしなかったせいだ。こいつが夢に甘えて状況を無視したせいだ。
知ってたんだろ、全部。知って、自分が心地よいセカイを見せてくれる敵に甘えてたんだろう?んな野郎に見下される筋合いはねぇ。人殺しが!
全力で殴りつける。駆けて、勢いのまま、クソ爺の顔面へと拳を振り抜き――だが、次の瞬間、だ。
「
それだけ呟いて、爺さんは俺の拳を片手で受け止めた。
そして次の瞬間――俺の頭に衝撃が走る。
殴られた?そう理解した時には俺は地面に横たわっていて……クソ爺は余裕癪癪と言わんばかりに腕を組み、俺を見下してきやがる。
「何を驚いているんだ、クソガキ。私が何年前線で生き抜いたと思ってる。お前の様な若造に負けるわけがないだろう?」
軍曹は、そんなことを言っている。
こんな世界だ。キャリアのある下級士官は大抵化け物だ。わかってる。知ってる。知ってるが……強かったのに、なんで蟲の手先やってたんだ。
いや、その理由も知ってる。
仲間が居なくなった。その敵討ちをするための足がなかった。夢に逃げるしかなかった……。
「どうした、劣等種。撫でられただけで戦意喪失か?それで特攻常習犯?やはり経歴は嘘らしいな。皇族特務の上官のナニを舐めて、守って貰って生き延びただけか。なら、死ね。お前に価値はない。死ね。あの世で女に慰めて貰え、情夫にお似合いだ」
「――――アァ!」
殴りかかる。
クソ爺が、クソ爺が、クソ爺がクソ爺がクソ爺が!
突き出す拳を躱され、蹴られる。
蹴りかかった足を掴まれ、投げられる。
タックルした足を払われ、そのまま地面に倒れ込む。
クソが、クソがクソがクソがクソがクソが……。
「後追いして喜ぶ戦友はいないぞ」
「可能な限り永らえることも、手向けだ」
「つまらない死に方をしようとするな」
お説教のように、爺さんは俺を殴りながら、言葉を吐く。
ごもっともな話だ、ああ、そうだな、一般論だ。
「――――いィ!」
吠える。殴りかかり殴られる。
「――――がァ!」
毒づき、苛立ちのままに殴りかかり、殴り返される。
「――クソ爺がァ!」
吠え、殴りかかる。そんな俺の腕をクソ爺は易々掴み取り、俺の突っ込む勢いのままに、放り投げてくる。
「がァ……クソ、クソクソクソクソクソ……」
毒づく、毒づく、毒づく――――ああ、イラつく。
俺は身を起こした。口の中に血の味がして……あァ?なんか舌の上転がってやがんな。歯か?折れたか?どうでも良いな……吐き捨てる。
血と共に歯が床に転がった。
それを横目に、すぐさま爺を睨みつけ……俺は言った。
「テメェに説教される筋合いはねえんだよ、死にぞこないが!」
「されたくないならまともな振舞いをしたらどうだ、クソガキ」
「まともな振舞いをするべきだったのはテメェの方だろうが……クソが、」
吐き捨て――手近に落っこちてたモノ。弾倉だな。そいつを拾い上げた直後に、爺さんの頭上へと放り投げる
爺さんの表情が歪んだ。手りゅう弾か何かと思ったのか?弾倉の中の弾が暴発する可能性でも脳裏を過ったのか?
それとも、ああもう、どっちでも良い。ただ、スラムで知ってる。何かを投げつけると一瞬そっちに気を取られる――。
――その隙に、俺は爺さんへと殴りかかった。
イラついた。いつも通りだ。アドレナリンが軽くハイになってる。
「ハ!」
嗤い声の欠片を漏らしながら、突き出した拳。
それを、爺さんは、クソ……やっぱ人外だったんだな、軍曹殿よォ。とにかく、結局、受け止めて来やがった。
「姑息な手だな」
「勝ちゃ良いんだよ……スラム上がりだからなァ」
「これで這い上がって見せたか。なら、それに足る振舞いをするべきではないのか?」
「あァ?」
「いつまでスラムを引きずるつもりだ、ロイヤルナイツ。……君はもう軍人だろう」
その言葉と共に、爺さんは拳を振るってくる。だが、その一撃を、俺は背後へと跳ねて躱して見せた。
ああ、身体が動くようになって来た。更にハイになって来た、スイッチが入って来た。次殴り掛かれば、この爺さんぶっ飛ばせるな。
嗤った俺を見据え、爺さんは言う。
「ガキの喧嘩の延長線上で、ロイヤルナイツまで成り上がった。それは才能だろう。だが、苛立ちのまま全て敵に回そうとすれば、君はいつまでも他人に使われるだけだ。鉄砲玉として浪費されるだけだぞ?」
鉄砲玉……。
「自殺したいと言うなら構わない。だが、その振舞いの付けを払うのが必ず君自身とは限らない。君が無茶をやらかした。無謀に“クイーン”につっ込んでいった。その対価として君が一番気に入り……君を一番気に入っていた仲間が死んだ。無謀に走った君を庇おうとして。その果ての世界が……この夢だ」
夢?
「爺さん……テメェ、」
「身を立てるために無謀に戦うのも良いだろう。男なら、個人的な理由で戦うのも良い。だが、軍人なら……引き金を引く理由が必要なはずだ。大義が、正義が、……報告書が必要だ。でなければ殺人者や兵器と同じだ。上官に殺せと言われたから殺す。総大将が唄った正義に殉じる。君がウザがっている命令には、君を守る意味もある。
「……お説教かよ」
「その通りだ。死にぞこないの小言だよ。死に方を選ぶな。生き方を選べ。なんのために生きるか、考えろ。戦闘は目的ではないだろう?手段だ。戦うことを選ぶなら、なんのために戦うか、まともに考えて、自分で決めろ」
生き方を、選べ……?
「生き抜き方選べるほど大層な生まれじゃねえんだよ」
「君はそこを抜け出したんだろう?いつもそう吠えていたはずだ。スラム上がり。スラムを、もう抜け出したと。吠えたなら拗ねずに上を見てみろ。老け込んで夢に逃げるような年ではないだろう?……老いただけの死にぞこないと同じ轍を踏むな」
それだけ言って、爺さんは俺に背を向け、立ち去って行った。
その背を、殴りかかろうとすればいくらでもやれるだろう。だが、んな気になる訳もねえ。
夢。同じ轍を踏むな。……爺さんは、ここが夢の中だってわかってんのか?
自分が、現実で死んだってことも?
軍曹殿の遺言か?ハッ……テメェの最後は確かに老いただけの死にぞこないだったよ。
……昔は、違ったのかもな。
「……ハァ、」
大きく息を吐き……口の中も顔も殴られたせいでクソ痛いまま、俺はその場に胡坐を搔いて座り込み、頬杖を付いた。
死に方じゃなく、生き方を選べ。どう生きるか。なんのために戦うか。
……この夢から覚めた後。現実は最悪だ。そこで、どう生きるか。何を目的にしてどう行動するか。
なんか……落ち着いちまったな。吐き気も、苛立ちも。
結局爺さんを一発もぶん殴れてねえのは癪だが、ああ。ハンデだな。俺も老け込んでから地獄で殴りに行ってやれば良い。
そう、生き延びる、だ。生き延びることが前提で、明日があることを前提に、何がしたいか考える。何が欲しいか。何を、……失くしたくないか。
頬杖を付いて考え込む俺の視界に、……ふと、だ。武器庫の影からひょこっと頭を出してこっちを見てくる奴らが映った。
付いて来てたのか?……なんだかんだ、世話焼きたがりだよな、あいつらも。
……ありがてぇ話だな。おかげさまだ。
そんなことを思いながら、若干ビビった様子でこっちを遠めに眺めてくるリズとシェリーを眺め、……俺は言った。
「リズ!……スープ作ってくれよ。なんか、腹減った」
そう言った俺の視線の先で、シェリーとリズは顔を見合わせて、それから、声を揃える。
「「もう吐かない?」」
俺は返事をしなかった。その代わりに、とりあえず中指だけ立ててやる。
それに、シェリーとリズは安堵したような微笑みを零す。
中指立てるだけで安心されるってのもどうなんだって気はするが……まあ、俺の普段の言動があれだったからな。
ちょっとは気にしてチンピラ直すか?……これから、な。
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