6 悪夢/目覚め
来た道を引き返していく。独房の群れを通り抜け、ベットの群れを通り抜け、ひたすら歩んでいく。
その道すがら、小銃を手に周囲を眺めながら、ルイは言った。
「害蟲が見当たらないね。イカれたクソ爺も……逃げたのかな?」
おぅ、……大分キてんな、ルイ。スラム上がりみたいな発言してやがる。
「喧嘩売ったから防御固めてんじゃねえの?蟲の女王様の」
「それは楽しみな話だね。……憂さ晴らししたくて仕方がないんだ」
「冷静にな?」
「ああ、冷静だよボクは。……キミがいて良かったよ、伍長。一人だと吠える気力もなかった。3年、……何もせず蟲籠の中で生きてたらしいしね」
「玩具みたいな武器握ってな」
「消極的な自殺かな。……うん、このトラウマを誰とも共有できず抱え込んだ。結果的にボクは抵抗を諦めた。けど……逃げようとはしなかったんだね、」
歩みながらルイはぶつぶつ呟き、考え込む。
「逃げなかったって?」
「ウォーレスからだよ。ラムズのクーデター……脱走計画はやっぱり失敗したのか」
脱走……そういや、そう言う話もあったな。ルイと、ハル。それから爺さんは3年後もウォーレスにいる。脱走は出来なかった。“クイーン”に妨害されたのか?
まあ、良いさ。
「3年後に調べといてやるよ」
「その時系列だとボクはもう死んでるんだろう?」
「調べた事墓前で報告してやる」
「じゃあまず、墓を作る所から始めて貰わないとね」
「そういや、そうか。クソだな」
「ああ、クソだね。未来でしっかり壊しておいてくれ」
ルイはそんなことを呟き……そこで、未知の終わりが見えてきた。
この悪夢の底の、最初の場所だ。コンテナが色々積まれている、バカでかい縦穴。
それが視界に入った、その瞬間。
「……害蟲が、」
呟いて、ルイはそのまま、縦穴へと駆け出していく。
「あ、おい……」
呼びかけた俺に振り返る気配なく、小銃を抱えた少尉殿。玩具みたいな武器を握って消極的な自殺を試みながら、結局ほぼ不意打ちの砲撃食らうまで死ねなかった奴は、縦穴へと突っ込んでいき……そして、次の瞬間、だ。
銃声が響いた。一発じゃない。フルオートでもない。3点バーストだな。
イラついてる時に蟲を見かけたから突っ込んで行っちまったらしい。スラム上がりみたいな事してやがんなァ、まったく。
一瞬遅れて、俺も駆け出し、縦穴に踏み込む。
そこには、……蟲がいた。さっきまでいた作業用の、人間の腕がくっついてる奴じゃない。
見慣れたカマキリだ。ああ、……もはや一周回って安心するな。胸糞悪いパーツがくっついてないただの蟲だ。
そいつらを、少尉殿が蹂躙していた。
ライフルで足を飛ばして動きを止め、その隙に近づいて来てた奴の胸部に接射し殺し、また別の近づいて来た奴の大鎌を飛ばし、思い出したように最初に足飛ばした奴の胸部に弾丸をぶち込み……。
「死ねッ!害蟲がァ!」
……少尉殿が吠えていらっしゃった。大分頭に来てるらしいが、動き自体は冷静だな。俺は周辺警戒だけしとくか。
その場にいる蟲はみるみる数を減らしていく。増援は、なし。そもそも戦闘用の蟲が成体だけだとすると、物理的に通れるのは、一番デカい通路。“クイーン”のねぐらに繋がってるらしい場所だけだ。
あとまあ、縦穴だから上から降ってくることもありそうだが……今のところそれはなし。
そうこう観察してる間に、少尉殿は縦穴を制圧したらしい。
「ハァ……。さあ、伍長。次を殺しに行こう」
蟲の死骸を足蹴にしつつ、弾倉を捨てて取り換えながら、少尉殿はおっしゃる。
「デカい通路の先に女王様がいるんだったな?」
「通常の巣の構造ならね。女王のねぐら。それから卵があるはずだ。女王様の手足をもいで無力化してから、丁寧かつ徹底的に卵を全部割ろう」
…………いや、流石にキマり過ぎだろ。
「趣味悪くねえか?」
「合理的なんだよ。女王を殺すと卵が一斉に孵化して、今度こそ本当に……」
言い換えたルイの言葉が、視線が、止まる。……空を、天上を見上げて、だ。
俺もまた上を見上げてみる。するとその先に見えたのは、……大群だ。
この縦穴に付いている横穴と言う横穴。そこから、何匹ものカマキリが姿を現し、垂直の壁をこちらへと降りてきている。備え付けられた階段をぶっ壊し、俺とルイの逃げ道を奪い取りながら、何匹も何匹も何匹も……。
「どうする、少尉殿?全部無視して女王様の元まで突っ込んでくか?」
「それも厳しそうだね。そっちにも、お客さんがいる」
言いながらルイがライフルで指した先。一番デカい通路からも、わらわらと蟲が這い出てきている。
「ハッ、……歓迎してくれてるんだ。踏みにじってやろうぜ」
蟲の群れを前に……アドレナリンだな。ちょっとハイになってきて、俺は妖刀のトリガーを引いた。
キィィィィィィィィンと、金切り声が辺りに響き渡る。
そんな俺を前に、ルイもまたライフルを持ち上げ、言った。
「行けるとこまで行こうか。どうせ夢だ……。ジン、夢から覚めたら」
「現実で女王様を殺す。ここでも、女王様を殺す。それでこのクソみたいな場所は終わりだ」
言い放った俺を前に、ルイはふと笑みを零し、言った。
「……任せるよ。じゃあ、可能な限り案内人で居ようか。ボクが先導する。キミは可能な限り巣の構造を記憶するんだ。持ち帰った情報をうまく使うんだ。良いね?」
「おう。御託は良いからさっさと行こうぜ、地獄の底になァ!」
そう言って、俺とルイは、デカい穴へと突っ込んでいった。
行く先から蟲の群れが現れ、空からも蟲が降ってきて、挟み撃ちだ。
どこを見ても蟲ばっか。どこを向いても地獄な悪夢。
その中を、ルイと二人で無理やり突っ切って行く。
構造を覚えながら。風景を記憶しながら。無理やり突き進む。
ルイのライフルの弾が尽きるまで。
俺の手の剣が、切り過ぎて動かなくなるまで。
……死ぬまで。俺とルイは悪夢の底へと突き進んでいった。
*
「うゥ……クソ、」
毒づき、瞼を開ける。途端、俺の視界に飛び込んできたのは……酒場の景色だ。
酒宴の後で乱れ切った酒場。そこら中で酔いつぶれた兵士が暢気に眠りこけてやがる。
窓の外は、……白い夜だ。積もった雪に光が反射して、やけに明るく輝いてやがる、冬の夜。
夢から覚めたらしい。最後の記憶は?ああ、確か、あの地獄の底の奥深くで、もう一歩で“クイーン”がいるんだろう広間が見えるくらいまで辿り着いて……。
そこで、ゲームオーバーだ。ルイのライフルの弾が尽きて、俺の剣のチェーンも切れて、二人仲良くハイになりながら、まだまだ絡んできた蟲の群れに素手で突っ込んだ。
で、死んで、現実で目覚めた……。
「クソみてぇな夢だったな」
死人とドライブして仲良く蟲の巣の奥に特攻かける夢だ。
死人……ああ、死人だ。夢の中で一緒に特攻した奴が、現実では今日の昼間、死んでる。
なんだか、……おかしな気分だ。
「マジで死んでんのか、ルイ。……なんで俺は生きてんだよ」
夢にリアリティがあり過ぎたせいだろう。状況の変化にどうも頭が付いて行かず、俺は額を抑え軽く頭を振り……そして、立ち上がる。
と、その瞬間、だ。
「……ふぎゃっ、……にゃ~~~~~~~、」
猫の鳴き声が後ろから聞こえた。振り向いてみると……俺に寄り掛かって寝てたりしたのか?酒瓶抱えた猫がソファの上で鳴き、酒瓶を抱えたまま丸くなった。
ハルだ。改めてみると……髪とかぼさぼさだな。酒瓶抱えてるし。
「なんでお前、こんななったんだよ、」
言いながら猫の頭をつついてみるが、どうやらお休み中らしい猫は「ふにゃ、にゃ~~、」とか鳴くだけで目覚めない。
なんか、平和だな。すぐそばにこの世の地獄みたいな狂気があるってのに、平和だ。
いや、それ知ってるから、こいつは酒に逃げてるのか。
「…………わかんねえな」
わかんねえことがまだある。だが、わかったこともある。
俺は酒場の中を見回してみる。ハルはソファで寝てて……シェリーとリズの姿も、その酒場にあった。
ちょび髭つけたシェリーがリズを抱き枕にして床に転がっている。リズは大分寝苦しそうだな。二人とも、もちろんハルも、身体が蟲になってる訳じゃない。あの狂気の果ての娼館にいる訳でもなく、悲鳴を上げるでもなく暢気に寝てる。
わかったことは、なんだ?
この場所の近くに“クイーン”がいる事だ。巣がある。その巣でクソみたいな実験をしてる。
エギル・フォーランズが主導してて、その王様がいなくなった後、蟲の女王様にほとんど乗っ取られたようになってる、狂気の研究所。
そして、……あんな夢見せてくる位だ。寄生虫だか病原体だかなんだかルイが言ってたように、“クイーン”はこっちに干渉出来て、監視してる。
俺を夢に招いた理由は?……俺の事スカウトしたがってたな。
(なんでわざわざ……スカウトなんてするんだ?)
それが、わからない事だ。他にもある。ハルが何で酒に逃げてんのか。3年前計画してたっていうクーデター……脱走計画はどうなったのか。
俺に皇女を探させた理由は何か。
エギル・フォーランズ。死んだ皇族。その実験場と、後継者……。
蟲の傀儡政権と、クーデター……。
「訳わかんねえな。……俺には小難しすぎる」
それこそルイがいれば、……きちんと全部教えてくれたかもしれねえな。それ聞いたところで俺にわかる言い方になってるかは知らねえけど。
そんなことを思いながら、寝静まった酒場を横断し、カウンター席の端に歩み寄る。
酒場中乱れ切ってるのに、妙に片付いたままのカウンターだ。グラスとドックタグが置いてあるその端で、俺はドックタグを眺めた。
ルイのドックタグだ。まったく、おかしな話だ。死んでから仲良くなった、……気がする。
と、そうして眺める俺に、静かにゆっくり、騒ぎの後片づけをしてた酒場の店主が、何も言わず酒を一杯差し出してくる。赤い酒だ。ワインかなんかか?それともカクテルか?
「これは?」
「勇敢に戦った今日の勝者たちに」
それだけ言って、店主はまた片づけに戻って行った。
ウォーレス流の葬儀、か。仲良かった奴が飲むんだっけ?
「勇敢に戦った……勝者に」
ああ、勝者だよ、ルイ。お前はな。俺が勝者にしてやるよ。夢の中で大冒険して、巣の位置と女王様に越権する道を知った。この後俺が女王様をぶっ殺せれば……テメェも勝者だ。
グラスを傾ける。残念ながら、飲み慣れてねえんだ。文句ならいつもいつもいきなりスピリット飲ませるバッカス共に言ってくれ。わかんねえよ、うまい酒なのかどうか。
だが……気合は入ったな。
ごちゃごちゃ、どうせ考えても良くわかんねえ事に悩んでも仕方ねえだろ。
やることは一つだ。
「ハッ。クイーンを殺って、1000万+勲章。で、ここぶっ壊して栄転だ」
そうと決まればさっさと殺しに行くか。と、言いたいところだが……。
(……鉄砲玉じゃ届かねえだろうな)
ルイと二人で突っ込んで行っても結局、“クイーン”の面を拝むことすら出来なかった。
今から鉄砲玉が一人ハイテンションにつっ込んでったとしても、……結果は同じだろう。
政治。戦略。戦術。戦闘。戦争を形作る要素はその4つだ。
その内、鉄砲玉が気にしてたのはほぼほぼ戦闘だけだ。一人で適当に突っ込んで行って雑に暴れる。戦術、部隊運用は知識くらいはあったがまともに向き合う気もなかった。
だが、俺の居場所を守るために必要だったから、やった。士気高揚の演説の真似事。
そして今、俺が向き合う必要があるのは……戦略だろう。ああ、スラム上がりには小難しい話だ。だが……ロイヤルナイツなら、皇族特務なら。その辺まで理解して、進言しないといけないのかもな。
たく、めんどくせぇ話だ。めんどくせぇ話だが……勝つためには、そうも言ってられねえ。
一人で威勢よく吠えてるだけじゃなんも変わんねえしなんもできねえんだって、流石に学習したんだよ。
「根回し……いや、説得からか」
俺一人じゃ、勝てない。
だから、軍勢が必要だ。数が少ないとしても、精鋭ばかりの軍勢が。
俺はグラスを置いて、……仲間たちが暢気に寝てる酒場を、後にした。
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