3 悪夢の巣Ⅰ 片鱗
洞穴。薄暗い、自然に出来たらしい洞窟を進んで行く。いや、完全に自然に出来たのかどうかはわかんねえが、少なくともわざわざ人間が掘ったって訳じゃないんだろう……蟲が十分出入りできそうなサイズの、洞窟。
そこを暫く進んで行くと、やがて奥の方に、明かりが見えた。
洞窟の壁にケーブルが止められ、裸電球がポツンポツンと灯っている。そして、物資でも入っているらしいコンテナが見えた。
「秘密基地って感じだな……わくわくしてきた」
「玩具もって言ってると説得力あるね、ジンくん。コンテナは新しい。支援物資は届いてる。けど、目立った警備はない……。コンテナの中身は?食料か」
呟き、ルイはどんどんと奥へと進んで行く。
クイーンに操作されて、どんどん奥に進んでんのか?いや、元々のルイの行動がこうだったんだろう。
とにかくずんずん進んで行った末、行く手に扉が見えた。
洞穴はまだ奥まで続いている。その途中にタラップがあり、その上に人口の扉。
「どちらに進みますか、少尉殿」
「情報のありそうな方だね」
言って、ルイはタラップを登って行った。扉を開け、影に隠れたまま手鏡で中の様子を確認する。そして、ルイは呟いた。
「衛兵がいないね……」
「穴倉に引きこもって蟲の世話する生活に嫌気がさしたんじゃねえの?」
「当たらずとも遠からずかもね」
扉の奥……そこはどうも、洞窟ってより研究所って感じだ。一気に大分薄汚れてはいるが、近代的になった四角い通路が奥へと続いていて、そして、踏み込んですぐ横にはどうも受け付けっぽい部屋があった。
窓で仕切られて、衛兵だか受付だかが常駐してたんだろう、部屋。
そこに、……骸骨があった。椅子に座ったまま息絶えている、軍服来た骸骨。傍には拳銃が転がっていて、横の壁が黒く染みている。
「自殺するぐらいなら逃げちまえば良いんじゃねえの?」
「……逃げるとバレるとか、かな?」
「ハァ?」
「警備がないんじゃなくて、する必要がないんだ。ここが“クイーン”の管理下なら、女王様はここやウォーレスに踏み込んだ人間の位置を把握できるはずだ。だから、わざわざ見張りを置く必要がない。邪魔モノが入ってきたら個別に対処すれば良いだけだ?」
「俺たちは?」
「招かれたんじゃないのかい、だから。あるいは……逃げられない位奥まで招き入れてから殺すとか?」
「性格悪い話だな」
「それに……エギル・フォーランズが死んだのはもう12年前だしね。そこから、物資と研究材料以外隔絶してるなら、衛兵もまた良い年だろう」
「俺らより待遇悪い牢獄にいるみたいに聞こえるな」
「自分で望んで入ったんだろう?少なくとも研究してる側の人間は」
言いながら、奥へと進んで行く。
めぼしいモノはない。ただ、掃除が行き届いていない廊下と部屋があるだけ。途中で地図を見つけたが、めんどくせえからルイに押し付けた。
ルイは3年後もいた。同行していれば、情報掴んで脱出までは行くんだろう。
途中で何を見るにせよ……。
とか考えてる間に、目の前に新たなロケーションが現れた。
扉を開けた先に、……妙に明るい広大な空間がある。
壁に裸電球が括り付けられ、通路やタラップ、そして扉がそこら中に配置されてる、巨大な縦穴。
「……伍長。伏せ」
「犬じゃねえんだぞ、クソがよォ」
小声で吠えながら俺は大人しく少尉殿の指示に従った。
少尉殿もまた身を屈め、扉から身を乗り出し、足場と柵の間から、周囲を確認する。
俺もまた似たように視線を巡らせて……下を見る。
底の方が明かりが多いらしい。ずいぶん高さがあるが、見下ろせる。
縦穴の底にあったのは……コンテナだ。運び込まれてるらしい物資類。
だが、その物資を運んでいるのは人間じゃなく……。
「蟲?」
「2種だね。小型の……なんだあの手は、」
嫌悪感をあらわに、ルイは呟いていた。俺も同じところに視線を向けて……言いたくなる気持ちがわかった。
この間の黒い老体と同じだ。胸部の内側から、五本指の副腕が生えている。蟲に無理くり人間の腕くっつけたみたいな気色悪いデザインで、そいつらが何匹か、物を運んだり機器を組み立てたり、そう言う作業をしてやがる。
「アレが研究結果か?兵器じゃなくて奴隷を作りました?」
「副産物として出来上がった存在、かもね。ここは多分、蟲の巣だ」
「見りゃわかんだろ、そんなん」
「そうじゃない。構造が蟲の巣なんだ。メインシャフトの縦穴がある。最上部と最下部に、横に、部屋と入り口が広がる。間に縦穴があっても蟲は登れるから困らないし、人間の様な外敵は困る」
「巣を改造して研究施設にしましたってか?占拠して?」
「ずいぶんな犠牲を払っただろうね。もしくは……いや。進んでみようか?」
「どうやって?」
「階段は下まで続いてる。……開き直って堂々と行こうか」
「お好きにどうぞ」
雑に答えた俺の横で、ルイは立ち上がって普通に歩き始めた。隠れる気0で。
……現実でもこうやってたのか、こいつ。つうか、ついこないだ部隊の仲間が全滅してある意味無敵状態の死神様だしな。
俺を戦力として数えてる訳じゃないだろうし、堂々と言っても生き延びられるだけの自信があるんだろう。
奇遇だな、俺も早々死ぬ気はしない。
階段を降りていく。下りるごとに縦穴の底の様子が目に入る。コンテナの合間を歩んでいく蟲。……その間に、人影がある。
白衣の爺さんだ。白衣だが髭も髪もぼさぼさで、ずいぶん汚らしい。蟲の横で普通に伝票にサインしてやがる。その手前にあるコンテナは、……かなりデカいな。その中に蟲が入り込んで、何かを抱えては出てくる。
抱えられているのは……。
「人間の死体?」
「…………餌かな。もしくは、研究材料かもね。強い兵士を作るんだよ」
「蟲と混ぜてか、クソ野郎が……」
底が近づいて来た。もう、飛び降りればショートカット出来る位置。
そこで、俺とルイは一端身を屈め、下の様子を確認し……ルイが呟く。
「一番大きな入り口の先が、女王と卵の部屋に繋がってるはずだ」
「乗り込むのか?」
「いや、先に情報を収集したい。職員がいるってことは、人間の居住スペースがあるはずだ。まずはそこを制圧して、」
と、ルイが言いかけた、その瞬間、だ。
「あ、ああああああああ!?あああああああああああああっ!?」
絶叫。恐怖に駆られたような悲鳴が、その場に轟いた。
見ると……蟲に抱えられてる死体と思ってた奴が、狂ったように絶叫を上げている。
生きてんのかよ……眠らされてここに連れ込まれたのか?
叫んでるのは、女だ。気色悪い蟲に抱えられながら手足をばたつかせ、逃げようとしても逃げられないままに、奥へと連れていかれている。
それを目にした瞬間――俺は動いていた。
「あ、……待て!」
背後でルイが声を上げているが、関係ねえ。反射的に動いちまったから、もう止まらねえ。
一足で足場から飛び降り、地獄の底に着地すると同時に、駆け出す。
叫び声を上げてる女。そいつを抱えて奥へと運んで行こうとする気色悪い腕生えたクソ蟲へ、肉薄だ。
俺が持ってる武器は?妖刀“刃狂魔”。光って回って音が鳴る楽し気な玩具だ。
こいつを使えばまあ派手にバレるだろう。が、今更止まれるかよ。
キィィィィィィン!
トリガーを引いた瞬間、俺の手にあるチェーンソウブレイドが金切り声をあげ、すぐそばにいた職員が、驚いたような視線をこっちに向けてくる。
耳をつんざくような音だ。他人からすりゃ、やかましくて騒々しい、嫌悪感すらある音かもしれない。だが、俺にしてみれば……もはやこの音が心地良いくらいだ。
この剣の元の――これから3年後の持ち主のせいだな。
この音を俺が最初に聞いた時、俺はこの音に命を救われた。拾いあげられたんだ、直後にゲロぶっかけて来やがったゲロ猫に。
俺はその恩返しでもしたいのか?んな明確にごちゃごちゃ、考えてる訳でもない。
ただ、わかることが一つ。
「――テメェは多分見捨てねぇよなァ!」
叫ぶ剣を手に、叫び声を上げ……俺は叫ぶ剣を振るった。
剣技なんて習ったことはねえ。そんな細かい技術は、この剣に必要ねぇ。
振って当てれば鉄でも両断する、妖刀だ。
キィィィィィィィィィィィン!
一際大きい音を鳴らして、妖刀が蟲を両断する。頭を飛ばし鎌を飛ばし……胸部を真っ二つに引き裂いていく。
カマキリの体が崩れ、そいつに運ばれようとしていた女が地面へと倒れ込み、呆然と、こちらを見上げてくる。
「……大丈夫か、アンタ」
「あ……ああ、」
蟲の返り血を浴びた女は、ただただ目を見開き俺を見上げ、呻くばかりだ。
錯乱してるのか?まあ、目覚めたら蟲の腕の中だったんなら、イカレても無理はねえだろ。
落ち着くまで待つ……暇もねぇか。
「ハッ!……やっちまったしなァ、派手に行くか!」
戦闘でちょっとハイになり始めながら、俺は妖刀を構えて周囲を眺めた。
そこらにいた蟲。人間の腕の生えたカマキリ共が、触角を動かしながら俺を眺めていた。
襲ってくるか?戦闘か?まあ、良いぜ。とりあえずここにいる蟲全部殺してクイーンのとこまで無理やり突っ込んで行ってやるよ。
そんなことを思ってたんだが、……次の瞬間。
……カマキリ共は何事もなかったかのように、元の作業へと戻って行った。
「あァ?」
「……自由に見学して良いって事かもね。“クイーン”がボクらを監視しているなら、ボクらの侵入にはもう気付いてるはずだし」
背後で、ルイがそんなことを言っていた。振り返ってみると……いつの間にやら俺に付いて来ていたルイが、すぐそばにいた研究員を寝かしつけて、その持ち物を漁っていた。
俺の行動を止めはしたが、早々に諦めて目撃者を黙らせる方向に動いたのか。
つうかまあ、ルイはルイでムカついてもいたんだろう。寝かしつけられた研究員の顔面にぶん殴られたような青あざが出来ていた。
そして、ルイは研究員の服からカードを取り出すと、言った。
「とりあえずIDは借りて行こう。……その人は?」
「ああ。……おい、」
呼びかけてみても俺が今助け出した女は、呆然と俺を見上げるばかりで、動こうとしない。もしかしたら、睡眠薬ついでに何か別の薬でも盛られてんのか、目の焦点が合わなくなってやがる。
「すぐには動けそうにねぇな」
「なら、……申し訳ないけど、置いて行こう。どこか物陰に隠れて貰って。ボクらは見学の続きだ」
言って、ルイは女を担ぎ上げ、運んでいく。それに、目の焦点の合わない女は、蟲に運ばれていた時とは違って抵抗せず、ただただ運ばれて行き……。
と、思えば次の瞬間、だ。運ばれていく女の目の焦点が、俺に合った。
「……好きに見学しろ、ロイヤルナイツ。暴れたところでどうせ夢だ」
「あァ?」
言い知れない不気味さに呻いた俺へと、ルイが不思議そうに振り返ってくる。
「どうかしたかい?」
「いや……お前。今の聞いたか?」
「今の?」
「…………いや、なんでもねぇ」
ルイに運ばれていく女の焦点は、また、合わなくなってる。
だが、今のはなんだ。アイツは何を言った?どうせ夢?いや、そもそもロイヤルナイツって……なんで俺の事知ってる。なんで、夢の中だって知ってる。
この女じゃなくて、別の奴が、その女の身体で話しかけてきた。
(“クイーン”?……監視してるってのは、マジなのか)
とにかくまあ、……いよいよ悪夢じみて来やがったな。
周囲で、蟲が作業を続けている。何事もなかったかのように、俺やルイへと近づいてくることなくただ、生きてるのか死んでるのかわからない人間を、運び続けている。
それを眺めた俺に、物陰に女を隠してきたらしい。戻って来たルイが、言った。
「さて、見学の続きと行こうか、伍長。ああ、それから。……見逃されるからって暴れまわるのはなしだ。その武器はスニーキングに向かないしね。うるさい」
「……作ったのテメェなんだろう?文句言うなら音出ないようにしとけや」
「イヤだね。……機械音がないとロマンがない」
少尉殿はそう言い切って、……この場所の奥。“クイーン”がいるらしい一番デカい通路じゃなく、蟲が人間を運んでいく通路の方へと、歩いて行った。
ロマン。ロマンねぇ……。
「お前もしかして手持ちのガトリング砲とかも作るか?」
「開発中だよ。……あと、バンカーハンマーが長年の夢なんだけど、3年後には完成してたかい?」
「……使ってる奴はいたよ。まったく、」
こいつ結構楽しんで生きてやがったのか、このクソみたいな場所で。
もしくは、おかしな兵器開発するぐらいしか娯楽がなかったとかか。
まあ、なんつうか……。
「……もうちょいテメェと話しとけば良かった」
「今話してるじゃないか」
「3年後の話だ」
それだけ言って、俺はルイの後を追って、……クソみたいな研究所の見学を、続けた。
蟲の女王様に、監視されながら。
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