2 悪夢へ

 正式採用品のライフルを抱えた少尉殿の後を、妖刀“刃狂魔”を握って歩んでいく。


 いや、“刃狂魔”っていう文字まだついてねえな。ハルが付けんのか?それとも試作品だから銘が付いてないとか?


 とにかくまあ、知った景色だが雪化粧してないせいでどうにも違和感がぬぐえない街並みの中を進んで行き、たどり着いたのは司令部横の倉庫だ。いや、屋根付きの駐車場か?


 並んでる数台のジープの内の一つにルイは歩み寄って行き……と、そこで、だ。


「やっぱり来たね、ルイ。……悪いが、お出かけは中止だ。ラムズが呼んでた。話したいことがあるんだって」


 待ち構えてでもいたかのように、この場の隅っこから声が投げられた。

 いたのはハルだ。やっぱり酔った様子0で酒瓶を持っていない、偉く毛並みの良い猫。


 壁に背を預けて腕を組み突っ立っているハルに、ルイは視線すら向けずジープに乗り込んだ。


「クーデターの件だろう?悪いがボクはボクの都合で動く。ボク抜きで進めるよう伝えておいてくれ」

「ルイ。……後追いは」

「しないよ。後追いじゃない。けじめだ」


 言い放つと共にルイはジープのキーを回し、エンジン音がその場に響き渡った。

 そして、ルイは俺へと目配せしてくる。乗れってことだろう。


 どうするか。3年前の時点で爺さんがどんなかとか、クーデターの話とか聞きたい気もするが……それより“クイーン”の居場所の方が優先順位高いよな。


 そんなことを考えながら、俺はルイの乗ったジープへと歩み寄り……だが、だ。

 歩む俺の前にふと、ハルが立ち塞がり……咎めるような視線で俺を見上げてくる。


「キミは、……新顔だろう?ルイの無謀に付き合う義務はないはずだ」


 この頃はホント優等生みたいだな、こいつ。いや、素面の時はいつもそうか。

 とにかく、俺は言う。


「アイツの事情に付き合う訳じゃねえ。俺も、俺の事情で動くだけ」

「事情って言うのは?」

「話せば長くなる。あとでゆっくり話そうぜ。……3年後ぐらいにな」


 そして、俺はハルの横を通り過ぎ、ジープの助手席に飛び乗った。

 ハルはそんな俺、あるいはルイを眺め……やがてため息一つ、俺の乗る助手席へと歩み寄ると、そこに肘を乗せ、言う。


「3年後じゃなく半日後だ。無茶はせずに戻って来てくれ。今夜にでもゆっくり話そう。ルイもね。……後追いも深追いもなしだ」

「「ハイ、軍曹殿!」」


 お小言にノリノリに答えたらルイと被った。そんな俺たちを前に、素面の猫はため息一つジープから身を離していく。


 それを横目に俺は眺め……ジープは発進する。


 春先の街並みを進み始めるジープの助手席で、俺は何となく、さっきまでいた倉庫を眺めた。


「気に入ったみたいだね」

「ああ?……ああ、別に。そんなんじゃねえよ。お仲間は珍しいからな。妹見つけたようなもんだ」


 それだけ答えてそっぽを向いた俺を横に、ルイは何やら笑ってやがる。


「……なんだよ、死神。何がおかしい?」

「いや、別に。ただ、ボクは今……ハルが君を気に入ってると、話したつもりだったんだ。だが君が拗ねたからね。そうなんだ、と思っただけさ。3年後にはよろしくやれてるのかい?」


 ……………………クソがよ。


「んな事よりクーデターの話だ」

「逃げ腰か……よろしくやれてないのかな?」

「クーデターの話だ!……ラムズって、ラムズ・オーウェンだろ。爺さん」


 無理くり話を進めた俺を横目に笑い、ルイは頷く。


「ああ、そうだね。3年後も健在なのかい?」

「まあな。……で?クーデターってのは具体的になんだ?俺たちの行動とは別なんだろ?」

「……言ってしまえば、脱走計画だね。集団脱走」

「脱走?」

「前提にこの基地の司令部の占拠と通信設備の破壊がある。その後、貨物や人員輸送用の汽車を制圧し、皆で仲良く脱獄だ」


 ……それが、多分。3年後まで続いてるクーデター計画か。


「実行するのか?」

「そのつもりみたいだね、ラムズは。この間の間引きでいよいよ古株が減って来たし、群れへの忠義より仲間の命が勝ったんだろう、オーウェン軍曹の中でもね。けど……そうか。3年後も、ラムズはここにいる訳だ」


 そうだな。脱獄計画を立て、実行しようとした。だが、失敗したから3年後にも爺さんはウォーレスにいる……。


 クーデター。脱獄計画は失敗するんだろう。そして、爺さんは中佐の皮を被る。


「アレックス・サルバスは?」

「誰だい?」

「いや、わからないなら良い」


 アレックス・サルバス中佐はまだいないらしい。まあ、いない奴は他にもいるか。


「リズレット・シャテム。あとシェリー……は?」

「知らないね。少なくとも今、この基地にはいない」


 あの二人は3年後の今はまだ、ここにいない。リズがいないから皇族がいる云々はまだ、なし。だが、ここで実験を起こしてるのはエギル・フォーランズの残党……。


 ごちゃごちゃしてやがんな、クソ。考えるの苦手なんだが、……もうそうも言ってらんねえのか?


 基地の出口。憲兵のチェックの末、ジープは基地の外を進み出す。


 当然雪はない。青々とした草原と、木々、山々。申し訳程度に舗装された土の道路。


 ここが到底夢の中とは思えない涼しい春風を浴びながら、俺はいっそ聞いてみることにした。


「エギル・フォーランズの隠し子って知ってるか?」

「有名な噂話だね。それが?」

「3年後にウォーレスにいるって言ったら、どう思う?名前を変えてやらかして、ここに王様の後継者がいるとしたら?……何が起こる?」

「不思議な質問だね。答えようがないな。どの思想を持った人間がどの程度その場にいるかで状況は完全に変わる。その後継者が何を思うか次第でもあるだろうし、」

「後継者はその事実を伏せてる。司令部は後継者がいる手掛かりを見つけて、特定したがってる。司令部は何を考えている?」

「ウォーレスの独立かな。……いや、もう一つ情報を足すと面白いシナリオになるかもね」

「お前が面白がるってことは、多分クソみてえな話なんだろ」

「蟲の独立国家だ。いや、正確に言うと蟲の傀儡政権かな」

「やっぱクソみてえな話だな。訳わかんねえ……」

「この場所の真の管理者が“クイーン”だと仮定する。“クイーン”の人間観察の中では、おそらくエギル・フォーランズが神に近い絶対者として認識されてる。研究者はエギル・フォーランズの配下で、その信奉者たちが、自分を使って研究してるんだ。子は親に似るんだ。知らずに思想をコピーする。白猫が多数派な孤絶した島で暮らすと、アルビノが普通で有色の通常種が突然変異に見える」


 なるほどな……。


「お前の話が分からないことはわかった」

「そしてその仮定の元、“クイーン”が自身の管理下にエギル・フォーランズの後継者を発見すると、その価値を実際より高く認識する。結果、神の後継者を要した独立国家を制定し、その独立国家こそ正当なフォーランズと名乗り、仮にフォーランズを制圧する。その場合、このウォーレスの女王様(クイーン)は、実質的にフォーランズの支配者まで成り上がれる」

「わからねえって言ってんだろ?わかるように言ってくれ」


 言い放った俺を横に、ルイは呆れた様子で暫し考え込み……やがてこう言った。


「蟲の後ろ盾を得て隠し子が皇帝にまで成り上がる。もしくは、“クイーン”が隠し子を皇帝にするために蟲の兵隊を貸すってことだ。だから、……クーデターだよ」


 クーデター、ねぇ。


「どいつもこいつもそればっかか?」

「皆自分が置かれてる状況を変えたいんだろう。クソみたいな場所だからね」


 どこか仄暗い瞳で、自嘲気味に、少尉殿は吐き捨てていた。


 クソみたいな場所。まあ、そうだな。もはや何のために戦ってるかわからない。大義を見失った戦場だから、各々好き勝手自分の事情で動いてる訳か。


(俺も含めて、な……)


 左遷されたから見返して、栄転したい。それが俺の目的だ。いや、目的だった、か。


 今、……別に栄転したくなくなったって訳じゃねえけど、俺一人だけこの場所抜け出したいと思ってる訳じゃねえ。


 クイーンを殺ればここの実験は終わるんだろう?そうなれば、……いつの間にか居心地よくなっちまったこの場所から、全員、連れ出せる。


 ぼんやり考えこみ、道と方向を記憶しながら、ジープに揺られていく。

 そのうちにやがて、ルイは言った。


「ついたよ、伍長。アレだ。多分あれが、……この実験場の管理者の家だ。さあ、女王様に謁見しに行こう」


 ルイが顎でしゃくった先……木々の合間、山々の合間。そこに隠れるように……洞穴の入り口が、見える。


 あそこが、この場所で実験してる奴らの根城か。

 もしくは……クイーンのいる、蟲のねぐら。


 まあ、どっちでも良いか。とにかく、手に入るだけ情報を手に入れる。


 そしてそれを使って……栄転だ。このクソみたいな“戦争欠乏症”を、終わらせてやる……。

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