4章 蟲籠―ナイトメア―
1 ルイ・カーヴィン
基地の一角にあった倉庫。いや、工房か?倉庫半分、家半分みたいな場所だ。一応奥に寝室やら居間やらがあるようだが、見た感じ散らかってんな。
なんでこう、……掃除しねえ軍人ばっかなんだ?
……する余裕と意味が見いだせない場所だからか?とにかくまあ、そんな場所に俺は連行された。
そしてその工房……こっちはこっちで、銃器やら工具やらが散らかってる場所の隅っこ。そこに置かれた古びたソファに腰かけて、俺は俺に銃口を向けてきている少尉殿を眺めた。
ルイ・カーヴィン。3年後の世界で最先任の一人。3年後にもう、死んでる奴。
……おい。タイムスリップじゃなくてあの世とか言い出すなよ?あの世があるならせめて銃口向けられない場所であってくれよ。あとそこそこ広い家と俺の仲間を寄こせ。
いや、あの世なら別にいなくて良いか。老けた姿で出てきて欲しいもんだ。間違っても若返んなよ、クソ……。
とにかく、銃を向けられながら、俺は俺の状況を極めて端的に伝えた。
そしてその結果、少尉殿は呟く。
「3年後の未来。“大蟲厄”に類する蟲の攻勢があり、ボクは黒い老体に砲撃を受けて死んだ。キミは、生き残った仲間たちと酒場で葬儀をしていて、酔いつぶれて気が付くと、3年前にタイムスリップ……」
「クソみてぇな話だろ?訳わかんねえって……夢なら早く覚めてくれよ。二日酔いの方がマシだ」
そう言った俺を前に、ルイは暫し考え込み……やがて、銃口を下ろした。
「あァ?……おい、俺の話信じたとか言わねえよな。軍人だろ?まともな対応して見せてくれよ、少尉殿。ここにまともな軍人はいねえのか?」
「知ってるんじゃないかい?このウォーレスには2種類の軍人しかいない。まともなまま死ぬ奴と、生き延び続けて肩ひじを張る意味が見いだせなくなる軍人だ」
「テメェはもう後者だってのか?」
「ここに2年いるからね。……半月前までここには仲間が居た。6人。マルス、リーン、リンダ、ミカ、アリス、ローラ。こないだ間引かれたよ。“大蟲厄”と上が言い張る老体交じりの二種の群れにね」
「………………あ~。気ぃ落とすなよ」
チッ。クソが。他に何言や良いってんだ?だから荒れてて掃除してないんですか、とでもいうか?言って戻ってくんならいくらでも言うけどよ。
「気遣いありがとう、未来人。……今はボクの話じゃなく君の話だろう?君が夢を見ている話だ」
「夢?」
「タイムスリップしました、なら、そうだね。……救いのある話だ。未来が変わる可能性がある。だが、非現実的な話でもある。少なくともボクの知識の範囲だとね。うん……君は、ボクの話を真剣に聞く気があるかな?」
「何言ってんだ?」
「皆、話し相手になってくれないんだ、小難しいと言ってね。わからないから聞きたくない、そんな事より酒を出せってね。……もう良い思い出話だね」
「今も昔も変わんねえってか?聞くよ、聞かせてみろ。あと、酒は出すな。俺はマジで二度と飲まねぇ」
「浮気なんてしないの次位に信憑性のあるセリフだね……。少し待っていて欲しい。コーヒーで良いかな?」
「アルコールが混じんねえならな」
そう言った俺をその場に、ルイはこの建物の奥……居間の方へと歩んでいく。
ずいぶん不用心じゃねえか?俺は今武器はねえ。けど、そこらに転がってる工具は十分狂気になる。念のためドライバーの一本位くすねとくか?スラムの頃ならそうする。ロイヤルナイツ時代でもそうする。今は?
「ハァ……夢ならマジで覚めてくれよ、早く」
なんか、丸くなっちまったような気がするな……。もしくは状況がわけわかんなさすぎてビビってるかだな。テンション上がんねぇ。
な~んもくすねず、俺はソファにもたれかかって天井を眺めた。
そうこうしている内に、洗い残しが目立つカップを両手に、ルイが戻ってくる。そして俺にコーヒーを渡し、向こうに置かれてたコンテナに腰を下ろした。
そして、言う。
「飲むと良い。……おかしなものは入れてないよ?」
「面白いジョークは止めろよ。……初配属を思い出すだろ?」
そんなことを言って、俺はコーヒーをすすった。……妙な味はしねえな。
「寄生虫は入ってるかもしれないけどね」
少尉殿はジョークを投げてくる。だからスラム上がりは言った。
「消化できる奴なら別になんでも良い、」
「ジョークじゃない可能性があると言ったらどうする?」
「トイレを貸せ。貸す気がねえってんならここで全部ぶちまけるぞ?」
「安心してくれ、伍長。人体には有害ではない……可能性が高いと思われるモノだ」
………………オイ、マジでなんか入ってんのかこれ。
コーヒーの水面には確かになんか浮いてる。けど、これアレだろ?前飲んだコーヒーのカスとかだろ?
眉を顰めた俺を眺め、ルイはさわやかかつ性根が真っ黒にくすんでそうな笑みを浮かべ、言った。
「君だけじゃない。ボクも、ウォーレスにいる全員も。いや、あるいはもうすでに全人類、知らぬ間に摂取してるんだろう。だから“
「“羽虫”?」
「座学で聞かなかったかな?……アレはいわゆる思念操作だ。テレパシーだよ。蟲の意思疎通方法と同じ」
どうやら講義が始まったらしい。
確かに“羽虫”は思念操作だ。“羽虫”は“戦術支援官”のイメージ通りに飛ぶし、カメラがとらえた映像も、マイクが拾った音も、特に画面とかなしで認識できる。
俺も一応適正試験を受けた。動かせたは動かせたが吐きそうだったから二度とやんねえ。
「で?なんの話が始まったんだ、博士」
「学位は途中で諦めたよ、趣味に走り過ぎて破産して軍に身投げだ。まあ、とにかく……蟲が隕石と一緒にやってきて100年。何らかの理由で、我々は蟲の影響を受けて、知らず知らずのうちに彼らと同じ能力を一部手にし、彼らと同じように、生物として個体として強化された。……可能性がある。その要因が寄生虫、もしくは病原菌か何か……の可能性がある」
「可能性がある、可能性がある、可能性がある」
「賢い話し方だろう?裏付けの取れていない話だからね。そしてその寄生虫こそがそもそも、我々の敵なのではないか。我々が表面的に敵視しているいわゆる“魔災蟲”は、哀れな奴隷なのではないか」
「なるほど、興味深い話だな。……酒を寄こせ」
「皆この辺でそう言うね。まあ、1から10まで講義する必要もないか。……結論から言うと、この世界は誰かが見ている夢なのかもしれない」
「眠くなって来た」
「より、具体的に言うと、君がいた3年後が現実で、今来ているここは夢。女王様の夢の中に、君が何らかの要因でお邪魔している状態だろう」
「……女王様?」
「蟲のね」
「……クイーン?」
興味が戻ってきて俺は前のめりに眉を顰めた。
クイーンは、まあ蟲の女王だな。他に言いようねえだろ。蟲増やす母体で、蟲の群れの中心、巣の一番奥にいるボーナス1000万+勲章だ。
「蟲の情報共有の話を知っているかな?テレパシー、思念操作だ。だが、それは本来“魔災蟲”に備わっていた能力ではなく、それに寄生している寄生虫、のようなモノが作用した結果だ。その仮定の上で、更に同じ寄生虫に我々が寄生されていると考えると、その情報共有ネットワークに人間の意識が紛れ込んでも不思議はないという訳だ」
「……………あァ?」
「女王様の記憶に君が入り込んでいる可能性があるという事だよ。タイムスリップよりそちらの方が筋道が立つ。希望がない代わりにね。では、なぜ女王様の記憶がこれほど鮮明なのか。それは、女王様が常に我々を監視しているからだ」
「……蟲が俺たちを監視してる?」
「間引きのタイミングからしてね。そんな気がする……」
そこで、ルイはコーヒーを一口すすり、言う。
「そもそも君はこの場所をどう認識しているんだい?未来のボクから聞いたかな?ここが実験場だと」
「近いことは聞いた。けど、深く聞き出そうとしたらテメェはくたばった」
「弱くてごめんね。……疲れてたんだろう、ボクも。とにかく、ほとんど聞いていないと考えて良いのかな?」
「いや。あ~……王様が死んで有能なクソ野郎が死んでまともな無能が実験握った結果肩身狭くなった兵器実験場」
「だいたいあってるね。エギル・フォーランズの気性や能力。現陛下の能力。その辺はボクからは何も知らないとしか言えないけど……うん。そうだね。ここは蟲の兵器化実験を行っていた場所だった。12年前までは」
12年前……3年後だと15年前だ。
「それが後ろ盾失って表面だけ残ったんだったな」
「もしくは“
残党だァ?……それ掴んだから左遷にかこつけて俺の事送り付けたとかじゃねえよな、アニキ。あのスカシ野郎がよ……なんで言わねえんだよ。
…………言われてもわかんねえし命令だと俺が無視するからか。クソ、
「……上に知り合いでもいるのかい?」
目ざといな、こいつ。俺がわかりやすいのか?
「気にすんな、3年後の話だ。で?ここが兵器の実験施設で?」
「蟲に乗っ取られている可能性がある」
「…………ハァ?」
「深淵を覗く時、深淵もまた君を覗いている。蟲の実験をしようと深く蟲と理解しあった結果、エギル・フォーランズと言う絶対的支柱を失ったここの研究員たちが女王様に篭絡されたんだ」
「エロい話か?」
「性癖によるね。ボクは趣味じゃない」
「奇遇だな、まったく……。俺は女王様に押し倒された記憶はねえぞ?」
女王様ぶろうとして失敗してる先任伍長殿を風呂場で押し倒して巴投げ喰らった思い出ならあるがな。……今から大体3年後の話だ。クソが。
「それだよ。寄生虫を介して人間社会を掌握することが可能なら、我々は蟲と戦争なんてできないはずだ。無論、これ含めて蟲の生存戦略の何かである可能性もある。間引きとか、餌の獲得とか。だとしても“クイーン”を討伐出来てしまうのはおかしな話だし、だから、掌握に何かしらの条件がある。もしくは、このウォーレスにいる“クイーン”が特殊なんだ。長年実験動物扱いを受けてきた結果、人間とコミュニケーションする術を獲得したと言う訳だね」
実験受けてデータ取られまくったから逆に人間に詳しくなりました?なるほど、ありそうな話だな。
……………………。
「ウォーレスにいる“クイーン”!?」
「ああ。いる可能性が極めて高い。生んでくれなきゃ蟲の実験ができないだろう?」
「全方位にサイコパスを感じる……」
「たまにそれを言われるんだけどね。別に共感できない訳ではないんだよ。それはそれとして合理的に考えようとするだけだ。ハハハ、」
「………………………やっぱヤベェ奴だったか、」
呟いた俺を前に、ルイは肩を竦め、立ち上がる。
「普段はここまででもないよ。ただ、そうだね。ボクは今ハイなんだ」
「未来人に会えたからか?」
「半月前に同居人が一気に6人いなくなったからね。……しゃがみ込むよりも、噛みつきたい気分になってきた所なんだよ。このクソみたいな“戦争欠乏症”にね」
……そう言う、ハイか。投げやりって話だろ。まあ、いつも蟲狩りの時俺がなってるような精神状態か。
「噛み付くってのは?」
「“クイーン”を殺すんだ」
「殺す……居場所がわかんのか?」
「偵察の時に色々、調べたからね。目星はついてる。今度皆でハイキングに行こうと約束していたら間引かれた」
こっちを観察している可能性のある、蟲の女王様か。
けど、そいつを殺せれば、1000万+勲章。
いや、違うな……。
「クイーンが死んだら、ここの実験は終わるか?」
「間違いなくね。クイーンが全てを操っているなら黒幕死亡。クイーンが実験動物だとしても、実験に使う動物がいなくなって、ここを維持する意味がなくなる」
「なら、」
「ああ。キミも来ると良い。“クイーン”の居場所をキミは知るべきだ」
「……あっさり教えて良いのかよ」
「今日ボクは失敗する。ここが夢の世界ならね。だってそうだろう?3年後もウォーレスはある。3年後までボクは生きてる。ボクはキミの存在如何に関わらず女王様に越権するつもりだった。あるいは、そうだね。……全部が全部蟲の女王の掌の上なら、ボクはキミをエスコートするために操られているのかな。それでも良いさ。ノッた上で殺す。夢の中だろうと、殺してやる……」
一瞬、すべての感情を消してただただ冷たい目で、ルイは呟き……それから、ルイは工房の奥のカーテンを開いた。
「さて。……玩具が色々あるんだ。どれを握って遊びに行く、伍長?」
並んでいるのは、武器だ。自作らしい妙な武器類。その中には、見覚えのある組みかけの手持ちガトリングやら、……見覚えのある妖刀がある。
特注って言ってたな、ハル。こいつが作ってた玩具だった訳か。
そして、そいつを握ってこれから女王様を殺しに行く。失敗することがほぼ確定している行動だ。
だが……場所は知れる。
全部女王様の掌の上なら、罠の可能性がある。だとしてもノって、位置掴んで、現実でぶっ殺してやれば良い。
“クイーン”を殺せばウォーレスは終わり。
いつ死ぬかわからねえ。死んでも葬式すらねえような実験動物扱いは終わり。
俺も栄転できるし……ハルも、シェリーも、リズも。訳わかんねえ、なんの意味もねえような死に方せずに済む。
俺は立ち上がり、……見覚えのある妖刀へと歩み寄って行った。
「一応言っておくと、可能性としてはまだ、タイムトラベルの線も残ってる。仮に夢の中だとしても、死んだら何かしら肉体に影響を及ぼす可能性もある。そもそも君が体感しているこの現象がクイーンの罠かもしれない。この時系列で居場所を知らせた上で、未来ではクイーンがもう別の場所にいる可能性だってある」
「考えるより暴れる方が得意だ」
そう言って、俺は妖刀を手にした。トリガーを引いてみると、聞き覚えのあるキィィィンと言う音が鳴る。
光って回って音が鳴る玩具だ。……夢の中でぐらい好きに遊ばせて貰わないとな。
「良い趣味してるね。……ボクはこれにしよう」
そう言ってルイが手に取ったのは……対蟲用のアサルトライフルと、手りゅう弾だ。
「……どんな仕掛けが付いてるんだ?」
「特に何も。どこにでも手に入る軍の正式採用品だよ」
…………オイ。
「真面目に殺し合いに行くんだ。より実用データの母数が多い確実性の高い武器が良い。遊ぶ気になれないんだよ、ボクは今。キミはそれを使うと良い。データは欲しいしね」
しれっと言うなよ、死神。まったく……。
「…………ショットガンとスラッグ弾はあるか?」
「在庫切れだね。さあ行こう、伍長。……女王様への謁見だ」
そう言って、いろんな意味でネジぶっ飛んでいらっしゃるらしい少尉殿は、工房を後にした。
……酷い話だな。死んでから人となり知るなんてよ。
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