8 酒宴/The Door into Spring

 ああああああああああああああああああああ、あァ?


「さあ、極まって参りました分隊対抗飲み比べ大会!今日の激戦を勝ち抜いて来た猛者たちでも夜は形無し!まさに死屍累々!解説のリズさん。この状況、どう思われますか?」

「ゆ、愉快です……」

「愉快頂きましたっ!」


 なんかシェリーが喚いてやがんな。おい、お前それマイクじゃなくて酒瓶だぞ?つうかなんでちょび髭ついてやがんだ、あァ?持ち歩いてんのかよお前。


「馬鹿かよ、ハハハハハハハハハハハ!あァ?……酔ってねえよ、」

「案の定!案の上の瞬殺撃!2杯目でこの体たらくとは……流石わきが甘いことに定評があるジンくん!解説のリズさん!この状況どう思われますか」

「ほ、……吠えてもチワワ」

「ロイヤルチワワ!ロイヤルチワワ頂きました!」

「……ろ、ロイヤルは言ってない、」


 なんだよ、キャンキャンうるせぇな、酔ってんのかシェリー?リズはお前、酒強ェなマジでよ……最強かよお前。


「ハハハハハハハハハハ!……酔ってねぇよ、」

「言ってないで飲みなよ、ジン。手がピクリとも動いてないよ?飲み比べだよ?これ一応」


 ああ?なんだこのちっこい姉ちゃんは。ああ、猫か……お前なんでそんな意図的に素面に戻れんだよ、教えろよその秘訣をオレ様によォ……つうか、飲み比べ?


 ああ…………あァ?ああ……なんか酒瓶抱えて倒れる奴がいやがんなァ……ああ?


 なんか目の前で知らねえ髭面が俺にガンくれてやがるぞ?いや、見覚えあるか?ああ、こないだ殴り合ったような気がすんなこの髭面の兵士と。


 なんだよテメェ、オレに、ガンくれてやがんのか髭面、あァ?


「おい、ロイヤルナイツ……この新入りがよォ、」

「なんだよ、文句あんのかよ……酔ってねえよ!」

「うるせぇんだよ!……グスっ、うるせぇよォ、にぎやかだよォ……グスっ」


 おい、何泣いてやがんだ髭面この野郎……貰い泣きするだろうが!良かったな生き延びられてよォ……。


「グスっ……クソォ、目からスピリットが、」

「出るほどまだ飲んでないよ、ジン。それとも、本音が出たって言いたいのかい?」

「目からスピリット!目からスピリット頂きました!解説のリズさん!」

「ま、まだ理性が見えるからもっと、もっと行ける。もっと壊れて欲しい。むしろ壊す」

「むしろ壊す頂きましたっ!」


 うるせぇな、どいつもこいつも。うるせぇな……別にウザくねぇな。


 クソ……。

 クソがよォ……。なんかもう、栄転なんざどうでも…………。


 *


 ………………あァ?


「あ~~~~~~~~、クッソ。なんだ、頭いてェ……」


 呻きながら、身を起こす。クソみたいな気分だ。頭いてェ……二日酔いか?


 けど、こないだとなんか違うな。なんか違う頭痛だ。すぐ、収まって来やがる……。


「一体……」


 呟き、身を起こし、瞼を開ける。その先に広がっていた光景に、俺は、呻いた。


「あァ?」


 さっきまで酒場で仲間と飲んでたはずだ。そっから記憶が飛んでんのはまあ、良い。わかった。俺はそういう奴らしい。


 いつの間にか外にいて、外で寝てるってのもまあ、あァ。こういう事もあるだろうな。俺は大分ダメな方向に大人になった気がするぞ、スカシ野郎。


 だが…………目の前を蝶が跳んでるってのは、どういう了見だ?

 いや、それだけじゃねえ。


「…………どうなってやがる、」


 俺はその場に立ち上がる。着てるのは酒場で飲んでたまんまの格好だ。


 そんな格好で外で寝てても、凍死してない。足元に雪がない。雑草がそこらに生えてて、頭上には雲のある青空。まるで寒くなくむしろ暑いくらいで、吹く風が心地良い。


 いくら学のない俺でも春風ぐらいはわかる。むしろ家ない状態でスラムで生きてたんだ。季節は感覚的にわかる。これは寝ても死なない気温だ。春だ。


 場所は、……ウォーレスだ。多分。見慣れた基地、いや街並みの面影が見える。雪が全く積もってないことを除けば、俺の左遷先そのモノだろう。


 だが、季節が違う。何かがおかしい。


「なんだってんだ……冬眠でもしてたってか?」


 じゃなきゃ説明つかねえだろ。突然、季節が春に代わる訳もねえ。

 訳わかんねえと頭を搔いて、周囲を見回して……と、だ。


 そこに、見知った奴の姿を見つけた。すぐさま、俺は駆け足に、そいつへと声を投げる。


「ハル!……なんなんだ、これは。なんでいきなり季節が変わってんだ?俺、さっきまでお前らと酒場で飲んでたよな?」


 問いを投げ駆け寄った俺に、……ハルはどこか不審がるような視線を向けて、言う。


「……………東洋人?お仲間かい?」

「ハァ?何言ってんだお前……。ああ、あれか?飲み過ぎで完全に記憶跳んだか?酔って頭どっかにぶつけたか?」


 そう問いかけた俺を、ハル……なんか記憶と印象が違う少女は、やはり不審げに眺めてきた。


 何が違うんだ?あァ、髪か?髪型が完全にポニーテールだ。そしてぼさぼさじゃねえ。なんか気持ちキリッとしてやがるし、気持ち、なんだ……。


「……幼い?」

「何を言ってるんだい、君は。私は酒を飲まないよ。まだ15だしね。……見覚えのない顔だけど、新入りかい?そんな話聞いた覚えはないが……」


 そう言って、ハルは腕を組み不思議そうに俺を眺めている。


 酒を飲まない?ハルが?どういうことだ、別の世界にでも来たのか?いや、15って言ったか?ハルは俺と同じぐらいだろ?3年前?


「……酔っぱらったらタイムスリップだ?ふざけんなよ、んな事起こってたまるか」

「…………本当に、君は何を」

「ハル~~~~~~~っ!」


 突如、向こうで誰かが、ハルへと声を投げていた。軍人だ。場所が場所だし当然だろう。


 だが、知らない奴だ。大人だな。年上の軍人数人。そのうちの一人、女がハルへと手を振っていた。


「……仲間が呼んでる。悪いが、この辺で。ああ、……新入りで道がわからないとかなら、案内はするよ。ここは基地と呼ぶには色味が多すぎるしね」

「いや、道はわかる。迷子ではあるかもしれねえけどな。……あいつらは?アイツらの所属は?」

「ああ、……私と同じ第03分隊だ。キミの所属と官姓名は?」

「ジン・グリード。伍長だ。所属は……まだ聞いてねえ」

「そうか。なら伍長……一つだけ覚えておいて欲しい」

「あァ?……あ痛っ、」


 つま先に痛みが走った。見下ろさなくてもわかる。この猫……俺の足踏みやがった。

 そして、俺の足を踏んだまま、軍曹殿は言った。


「私はハル・レインフォード。階級は軍曹だ。お仲間の小娘を見つけたからって、上官にナンパはしないでくれ。……わかったかな?」


 ……このクソ猫が。毛並み良い時はプライド高いのか?あァ?つうか、マジで俺の事わからねえのか、こいつ。


 …………なんか、普通にへこむな。


「ハっ!……申し訳ございません、軍曹殿!」


 それはそれとしてとりあえず完璧な敬礼をした俺の足から、軍曹殿は満足げに頷き、足を退ける。


「うん。……良い姿勢だ。ここは、規律が緩いからね。そのままでいてくれると私は嬉しい」


 それだけ言って、軍曹殿は背筋を伸ばしてきびきび、仲間の元へと歩んでいった。

 そして、合流した――俺の知らない第03分隊の奴らに、何やら可愛がられてるらしい。撫でられからかわれ、困っている。


 ……3年前。昔の、第03分隊?酔わなきゃやってられなくなる前の?


 奇襲受けてトラウマだから酔ってるって話じゃなかったのか?それ原因でここに送られたって言ってたろ。


「つうか、そもそもなんなんだよこれ、」


 呟いて、俺は歩き出す。なんか、アレだな。借りてきた猫ってこういう気分なんだろうな、クソ。知ってる場所のはずなのに、全然違う場所な気がする。


 シェリーは?リズは?3年前ってここにいるのか?確実にいるのは?……爺さんか。


 まだ軍曹を名乗ってる、爺さん。いや、つうかもうマジで、訳わかんねえ。


「クソ……やっぱ二度と飲まねぇ」


 酒が悪いのかどうかはもう、わかんねえけどな。なんか……なんだこの気分は。

 こんなん知らねえよ、クソ。……寂しい。これが寂しいってことなのか?クソがよォ……。


 とにかく、歩く。歩く他ねえだろ。司令部に行くか?いや、まだ軍曹を名乗ってる爺さんは司令部で偉そうにしてねえのか?なら、どこに……。


「そこの君。東洋人。……見ない顔だね。所属と官姓名を」


 フラフラさ迷っている内に声を投げられて、俺は視線を向ける。

 その先にいたのは、……亡霊だ。


 いつぞやハンマー持ってて。いつぞや意味ありげに酒場で話し、ベテランって聞いてたのに砲撃であっさりくたばった茶髪の……少尉殿。


「ルイ・カーヴィン?」


 呟いた俺を前に、その男――ルイは眉を顰め、やがて、笑みを零した。


「知り合いかな?……死神にお礼参りにでも来たのかい?」


 そしてその言葉と共に、ルイは俺へと、拳銃を突きつけてきた。

 ……正しい、対応だな。今の俺は侵入者だろう、公的には。


 だから、俺は大人しく両手を上げ、こう言った。


「……3年後にあっさりくたばる死神様にわざわざお礼参りなんかするかよ。自意識過剰か、マッド・サイエンティスト」


 そんな俺を、ルイ・カーヴィンは値踏みするように、眺めていた……。

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