7 酒場の葬送
「カイ・ルース。……マルコ・フォーゲル。……ジェシカ・シモンズ」
酒場のカウンター席に、ドックタグが置かれていく。そしてそのドックタグの横に、多分、そいつが好きだった酒なんだろう。グラスが一つずつ置かれていき……やがて、最後の一人の名前が呼ばれた。
「ルイ・カーヴィン。……勇敢に戦った今日の勝者たちに」
そう言って、ドックタグを並べてた奴は手に持っていたグラスを掲げ上げ……酒場に集まっていた“戦争欠乏症”の面々は、同時にグラスを掲げ上げて、言った。
「「「乾杯!」」」
そして一斉にグラスを煽り、……次の瞬間、ざわざわとそこら中で騒ぎが始まる。
酒の肴は思い出話だろう。その光景を見回しながら、俺は問いを投げた。
「葬儀は?これだけなのか?軍葬は?」
「戦闘なんてなかったでしょう?ここはウォーレスです」
「……クソだな、」
心の底からそう呟いて、ついこないだと比べてずいぶん……広くなったような気がする酒場の一角で、俺はグラスを傾けた。
そうして眺めた先で、ドックタグの横に置かれたグラスを、何人かが手に取っている。
「……飲んじまうのか?」
「一番仲の良かった人が飲むんです。英雄が好きだったお酒を」
呟き、シェリーはグラスを傾けていた。流石にもうハイな時間は終わったのか、いつも通りの雰囲気だ。それを横目に、俺は言う。
「……お前は飲みに行かないのか?ルイの奴」
「一番仲良しではないですよ、別に。同じ分隊の人が飲むべきです」
平然とシェリーは言っている。それを眺めた俺に、シェリーは言った。
「慣れてるんです、誰かがいなくなることに。囚われたら次に連れていかれるのは自分になるでしょう?だから、明るく送り出しましょう。出所を」
「出所、ねぇ……」
これ以上死の恐怖におびえることはなくなった、か。クソみたいな話だな。
「と、いう訳で……フフ、フフフフフフ……」
そこで、シェリーは何やら笑みを口元に、何やら持参したカバンから酒瓶を取り出し……そして次の瞬間だ。シェリーはテーブルの上に立つと、酒瓶をトロフィーか何かのように持ち上げて、声を上げる。
「派手に騒ぎましょう!……総員、ちゅうも~くっ!ここになんと~~~30年モノの“グレイス”があります!」
「「「おぉ…………」」」」
「今日の勝利を祝って~~~開けちゃいますっ!」
「「「おおおおおおおお、」」」
「飲みたいですか~~っ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
「え~、でも、どうしよっかな~、全員分はないしな~~~」
とか勿体ぶりながら、お嬢様は酒瓶を手に騒ぎの中心へと歩いていった。
4人で飲むって話じゃなかったか?まあ、別に良いけどよ。多分、騒いで切り替えたいんだろ。シェリーは交友関係広そうだし、知り合いが今日何人もいなくなったのかもしれないしな。
「ぐ、“グレイス”……“グレイス”……」
何やらうわ言のように呟きながら、リズが引き寄せられるように、シェリーの後をフラフラ追いかけて行った。
……お前実は一番酒好きだろ、リズ。涎垂れてんぞ?
とにかくまあ、向こうで騒ぎが大きくなる。なんか、ゲームでも始めるらしい。
それを眺めて……俺は同じテーブルに残ったもう一人に、視線を止めた。
「お前は?行かないのか?」
「ふにゅ~~~~~、味にゃんてわかんにゃ~い……」
呂律が回らないままに、猫は俺の膝の上にぐで~っと溶けた。
……味より酔う事の方が大事らしい。末期軍だな、完全に。
そんなことを思った俺の膝で、溶けた猫はふと呟く。
「シェリーは、……あきゃわいん」
あきゃわいん?……赤ワインか。そういや、“グレイス”も赤ワインだな。
「りじゅは、うぃすき~。ろっきゅ~」
ウイスキーのロックか……ガチだな皇女様。ただただ酒飲みじゃねえかアイツ。
「で、お前は?」
「みりゅきゅ~~~。……あの世は酔わずにしゅみゅばしょが良いきゃりゃにぇ~~、」
確かに、あの世でぐらい呂律回る人生が良いかもな、猫。
水の入ったグラスを傾けた俺の膝の上で、何やらもぞもぞ動いた末、猫は俺の顔に視線を止めた。お前は何にする?と言いたげに。
「……最初に飲まされたあの燃える水、なんだっけか?」
「しゅぴりっと~~、」
「なら、スピリットだ。……生きてるうちに二度とアレを飲む気ねぇからな。つうか、二度と飲まねぇ。俺は死なねぇ。お前らの好きな酒も、覚える気はねぇ。もう、忘れた」
言い放った俺を眺めて、ハルはふと身を起こすと、椅子に座った。
そして、向こうで騒いでるこの基地の奴らを眺めながら、言う。
「もたないよ、頑張り過ぎると。……刑期が短くなるだけ」
「絞首台の前に立たされる前にぶっ壊してやれば良いだけだろ?」
「……カッコ良いね」
「ロイヤルナイツ様だからな」
「…………スカした野郎だね」
「根底がスラムのチンピラだからな。意地張らなきゃ飢えて死ぬんだよ」
そんなことを呟き、隣……酒をちびちび舐めてる猫に視線を止める。
酔っているのか、いないのか。酔っぱらいたくて酔ったフリしてたが、しんみりしちまって素面に戻ったのか。とにかく、機会がなくなる前に、だ。
「あの、黒い老体はなんだ?お前、知ってるか?」
そう問いかけた俺を横に、ハルは暫し黙り込み……それから、言った。
「……対人兵器だろうね。その完成品、いや、少なくとも実用の目途は立った実験体かな」
「“
「都市伝説じゃないよ。……少なくとも15年前までは、その実験は本当に行われていた」
15年前?っていうと……。
「エギル・フォーランズが死ぬまで?ここに隠し子がいるっていう皇族様が?」
「そうだね。……まあ厳密に言うと、エギル・フォーランズではなく前皇帝が死んで、かつその跡目がエギル・フォーランズじゃないと確定した瞬間からだ」
「どういう事だよ」
「蟲の兵器化の実験をここで行っていたのは、前皇帝陛下だ。その極秘実験にエギル・フォーランズも噛んでいた。だが、その有力者二人が連続してなくなった事で、この場所の実験は後ろ盾を失った。非人道的な実験で、今皇帝の椅子に座ってるのは表面的には人道的な路線を唄ってる人間だ。ここで実験をしていた者たちは、自分たちの首が怪しいと思ったんだろう。だから、被検体……兵器化した蟲のデータ取りに使っていた懲罰部隊という表層だけを残して、この場所を継続した」
なるほどな……。何言ってやがんだこの猫は。
「おい、……スラム上がりにもわかるように話せ」
そう言った俺を、ハルは呆れたように見上げ、ため息と共に言う。
「ハァ……そうだね。ええっと……王様が一人と王子様が二人いただろう?」
「おう、」
「その王子様の内の片方が、敵を殺せるなら何しても良いっていう思想で、王様と仲良く、みんなに隠れて人体実験をしていた訳だ」
「ほう……クソ野郎だな」
「そのうちに王様が死んだ。跡目を継ぐのは王子様のどちらか。そして、その席に近いと思われていたのはクソ野郎の方で、けれどクソ野郎だったから暗殺されて、まともな王子様が王様になった」
「無能な方が?」
と、相槌を打ったら猫は笑っていた。あァ?だって無能だろ多分。人道無視して必要な事やったクソ野郎と、平和ボケして何もしなかったから殺されなかった末に良い椅子に付けた無能じゃねえの?
「不敬だね。……まあ、とにかく。そうだね。立派な理想だけ語って現実を変えられないまともな無能の方が玉座に付いた。そうなると、有能なクソ野郎の下でニコニコ人体実験していたマッドサイエンティストたちは困るだろう?実験ができなくなる、下手したら投獄だ」
「なるほどな……それで、ごまかした結果が今この場所か?」
「そうなるね。実験は続けたい。かといって、その実験はまともな無能の許可を取れない。だから、人体実験の素材を手に入れるためにやっていた、懲罰部隊。“
「で?あの黒い老体はそのマッドサイエンティストの作品か?」
「おそらくね。僻地の1研究機関が暴走したって話だよ」
ほう……。なんかやっと、具体的な話を聞いた気がするな。だが、それはそれで気になることがある。
「ずいぶん詳しいじゃねえか」
「長くいると興味を持って調べるからね。だから“大蟲厄”と偽って定期的に間引くんだ。単純な数と、初見では対応が難しい老体。それで、殺される。邪魔な奴からね」
「ハァ?」
「今日最初に狙われたのは君だった。何か密命を帯びている可能性のある、ロイヤルナイツ。シェリーの話だと、次に狙われたのがルイだ。キャリアが長く、情報を多く握っていたベテラン。突っ込んでいったからわからないけれど、その次に狙われる予定だったのは多分私だろう」
「……黒い老体の砲撃に、か?」
「狙撃で始末するなら邪魔な奴から順番に処理するだろう?」
「そこまで蟲を制御できるってのか?」
「勿論、ただの偶然の可能性もあるけどね。ただ、兵器として大分完成度が高いようにも見えた。もし完成したら……マッドサイエンティストは何を考えるんだろうね?」
兵器が完成したら?使うだろ、そりゃ。
いや待て……元々エギル・フォーランズの後ろ盾があった場所にその隠し子が送られてきてて、どういうつもりかもうわかんねえけど、あの爺さんはそれが誰か特定したがってる。
「蟲を兵士にして、お姫様を立ててクーデター?」
「そんな絵空事を描いているのかもね。……お姫様がそれを望んでるとは限らないけれど」
リズが自分を旗印にしたクーデターを望んでいるかどうか。まあ、望んでたら売らないでくれなんて言わないよな。
「……お前は、知ってるか?銀のロケット。誰の持ち物か」
「さあ。知らないし、調べる気もない。誰でも良いじゃないか、隠し子なんて。別の名前で別の人生を生きてるんだ。私とシェリーとリズだ。今更シャロンなんて名前、誰も持ち出されたくないだろう?」
知ってるような口ぶりだな。そもそも同じ隊舎で暮らしてた訳だし、ハルがどっかでリズの持ち物を覗いたとしても不思議じゃない。
そして、それを騒ぎ立てる気はない、か……。
「言っただろ、居心地が良い場所だって。だから、裏で何かやってたとしても別に、私は友達がいて酒があるこの場所が嫌いじゃない。けど……そろそろ明日がおぼつかない気がするよ」
「そう思う根拠は?」
「別に。……次は私の番かもしれない。だから、怖くなったってだけだよ」
呟いて、ハルは向こうの騒ぎを遠巻きに眺めていた。
30年モノの“グレイス”を掛けた騒ぎだ。どうやら飲み比べで決着をつけるらしい。
一番多く飲めた奴が一番良い酒を手に入れる権利を得るらしい。……それ良い酒に辿り着くころには味わかんなくなってるだろ。まあ、騒げればなんでも良いのかもな、アイツらは。
飲まなきゃやってられない。騒がなきゃやってられない。……クソみてえな場所だ。
だが、そこに暮らしてる奴らがクソって訳でもない。
「では~~~~分隊対抗!30年モノの“
「「「おおおおおおおおおお!」」」
酒ぐらいしか娯楽がない僻地で、毎度大騒ぎしなきゃもたない位に、知り合いがいなくなることが多い。
……いや、それは意外とどこでもそうか?少なくとも俺が流れてた場所は全部、明日が確かじゃない戦場だった。だから、ここが特別悲惨って訳でもないんだろう。
「ただ、……俺が見ようとしてなかっただけか」
「なんだい、伍長。酔ってるのかい?」
「今飲んでるのは水だ。酔う訳ねえだろ?」
「いいや、君は酔ってるよ。……自分にね」
……俺は何も言わず立ち上がってやった。
「フぎゃっ!?」
俺の膝の上でどや顔していた猫は地面に転がり落ちる、……寸前で起用に身をひねって酒を零さず四つん這いに着地していた。マジで猫なのかよお前は。
とにかく、俺はそんな猫をまたいで、向こうの騒ぎへと歩み寄って行く。
「…………?なんだ、自分から混ざりに行くのかい?さっき二度と飲まないと言ってたろう?」
「………………悪ィかよ」
「誰もそうは言ってないだろう、ジン。私としては嬉しいよ?……酔った君は面白い感じになるしね」
そんなことを言いながら、猫が俺の後を付いて来た。
面白い感じだァ?
「ハッ、そう何度も酔いつぶれてたまるかよ。俺が同じ相手に二度負ける訳ねぇだろうが。……俺は二度と酒に負けねぇ!」
「おおっと、ここでロイヤルナイツ!既に何かに酔っ払ってるロイヤルナイツの登場ですね!リズ!バトンタッチ!」
「う、うん……あの。お水、です」
近づいた瞬間に、司会進行してたらしいシェリーが声を上げ、リズが俺にショットグラスに入った燃える水を差しだしてきた。
それを手に……既に何人かダウンし始めている、他の分隊の奴ら。いや、同じ基地の戦友たちを眺め……俺は、ショットグラスを一気に傾けた。
わーわーヤジが飛んでくる騒ぎのど真ん中で、焼けるような燃える水が俺の喉を伝って行く。
だが、俺はこないだこれをコップ一杯飲まされたんだぞ?今更あああ、お前。ショットグラああああああああああああああああああああああああああああ……あァ?
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