6 薄氷の上の安住

 人の死は俺も見慣れてる。そもそも死体が山ほど転がりだした戦場に後から投入される救援部隊が、俺のいた皇族特務第4団ロイヤルナイツだ。


 ただし、助けるのは人じゃなく戦線。士気高揚にヒーローぶるのは、瓦解した戦線の残存兵力を有効に利用する為。もう一度戦場に立たせて頭数を揃えるため。


 そう言う意味じゃ、それこそ死神みたいなもんだろう。

 そして俺はそんな死神の鉄砲玉だ。くたばった他人の事なんざ一々気にしてなかった。興味すらなかった。死んだ奴の名前をいちいち覚えたりもしない。


 だが、

(ルイ・カーヴィン……)


 最先任がくたばったらしい。一番長くここにいた奴。一番多く、情報を持ってた奴。


 そう、結局今だって、気にしてんのはルイ本人の死じゃない。アイツが持ってただろう情報が手に入らない事の方だ。一瞬酒場で話しただけの野郎に思い入れ持てる訳ねえだろ。


 ただ…………。

(漠然と、次があると思い込んでたな)


 話す予定だった。俺の中ではな。“大蟲厄”を上手い事切り抜けて、その後、アイツから情報を聞き出す。


 悠長な話だ、我ながら。元々はこんな悠長じゃなかったはずだ。


 いやそもそも、他人から情報を引き出そうとか、そう言うめんどくさい事を考えずに生きていた。それが今や、考えざるを得ない状況になっちまってる。


 なんのためにごちゃごちゃ考えてんだ?栄転の為?ただの好奇心?それとも……。


「……あ、あの。の、飲まないの?」


 ぼんやり考えこむ俺の目の前に、気弱そうな少女の姿があった。


 リズだ。テーブルの向こうに突っ立ってるリズ。テーブルには湯気が立つスープが置いてあった。雪の中戦って、戻ってきたら大体用意してあるスープ。


 快適だな。腑抜けたのか、俺は。左遷された先の牢獄を気に行っちまったのかもしれない。


「いや、貰う。……ありがとな、」

「う、うん……」


 どこかおっかなびっくり呟いて、リズは向かいに腰を下ろす。

 それを眺め、スープをスプーンですくいながら、俺は部屋の外に視線を向けた。


 眺めるのは風呂場……の、ある方向だ。ハルとシェリーは戻って早々風呂場に行った。女王様がなんか暴れてるのか、ちょいちょい猫の悲鳴が聞こえてくる気がするが……まあとにかく、奴らは今この場にはいない。だから、内緒話をするには、良い状況かもしれない。


 ……次がないかもしれないしな。

 そんなことを思った俺を、リズは伺う様に眺め、言った。


「の、……覗き?するの?」

「しねぇよ……。お前も、雰囲気大人しそうなだけで大概中身アレだよな」

「た、多分、素で性格一番良いの、は、ハル、だから……」

「自覚あるならもうちょいうまく猫被ってくれよ……皇女様?」


 そうだ。話せるウチに話した方が良いだろう。そう眺めた俺を前に、リズは視線をさ迷わせる。


「そ、その話……内緒、だよ?」

「けど知ってる奴は知ってるだろ?少なくとも皇女が紛れてるってのは知られてる。俺が考えなしにバラしたし……そもそも疑われてたんじゃねえのか?本物の中佐殿に」


 問いを重ねた俺の前で、リズはふと、眉を顰めた。あの爺さんが偽物って知らない訳もねえだろ。だから、……俺が気づいてることに驚いたのか。


 ハァ、ダメだな……。


「腹芸したい訳でも、脅したい訳でもねえんだよ、俺は今。……友好的な真面目な話の仕方がわからねえ」

「だ、大丈夫。チ、チワワ……だと、思ってるから」


 それは俺の醜聞が大丈夫じゃねえんじゃねえのか?おい、誰がチワワだァ?……クソがよォ、舐め腐りやがって……。


「ハァ……。もう、良い。好きに思っとけよ。で?とりあえず聞きたいのは一つだ。……本物の中佐を殺したのはお前か?」

「ち、違う……」

「じゃあ誰だ?シェリーか?ハルか?」

「ら、ラムズ・オーウェン」

「オーウェン?」

「い、今、中佐を名乗ってる、軍曹……」


 あの爺さんの本名か。それが、ラムズ・オーウェン……。


「あの爺さんが殺した?なら、お前がロケットの持ち主だって……」

「し、知らないと思う。あ、アレックス……本物の中佐は、私達が本気で、く、クーデター起こそうとしてるって、し、信じてた。だから、あの……任務で誰も家にいない時、や、家探し、されてて……」

「中佐本人が家探し?」

「そ、そう言う人格。神経質で、他人をまず疑う、ね、ネズミみたいな、出世欲」


 ネズミみたいな出世欲の、流刑地の看守長に飛ばされた神経質な中佐?

 なんか妙にイメージしやすいな。……声で戦況伝える“戦術支援官”だけあるってか。


「それで?」

「か、帰ってみたら、家。荒らされてた。さ、探したら宝物なくて……。そ、それで。次の日オーウェンが中佐を殺したって、言って……」


 そこにロイヤルナイツが送られてきて今、か。


「上官殺しを隠すために、基地全員で口裏合わせた?」

「け、けど、オーウェンは、こ、皇女探してるから……。そ、それはみんな、聞いてなかった」


 俺の疑惑を他に向けるために爺さんが適当吹いた。

 もしくは……爺さんは爺さんで、一人で、なんか腹に思惑抱えてる。まさかこのまま中佐として栄転できるだなんて思ってねえだろうしな……。


「爺さんが何考えてるかわかるか?」

「わ、わかんない。けど、……オーウェンはここに一番、昔からいる。こ、皇女使って、大儀を掲げて、名誉のために、クーデター、とか」

「名誉?」

「ぷ、プロファイル。さ、寂しいおじいちゃんだから。せ、戦友皆死んじゃって、ひ、一人だけ生き残って。そ、それで……でも。戦ったのに、く、勲章もなくて……」


 記録に残らない土地で死んだ戦友の為に、デカい反乱起こして無理やり歴史書に名を刻み込みたい?


 ないより汚名のがマシってことか?わかんねえ……。


(訳でもねえ気がするな)


 今日死んだ奴らが名誉のために死んだことになる。皇女を守って死んだ、ロイヤルナイツになる。せめてものはなむけってか?


「ここは結局なんなんだ?実験場か?」

「し、……知らない。ち、近くに別の、基地があって、そこに実験の拠点があるって、みんな言ってる。でも、だ、誰も見つけ出せてない」


 結局また真相は闇の中、か。自力で調べるか?それとも、爺さんに尋ねてみるか?答えが来るとは思えねえけど……。


「す、スープ。さ、冷めるよ?」

「ああ、そうだな。……そうだ。そういやお前はなんで、ここに送られたんだ?皇女ってバレたからか?」


 スープを口に運びながら、俺は問いかけてみる。メシ食いながらする話じゃないかもしれないが、聞く機会がなくなるより良いかもしれない。別に言いたくないならそれでも良いしな。


 そんな事を思った俺の前で、気弱そうな雰囲気で視線をさ迷わせながら、リズは言った。


「て、手籠めにしようとしてきた、奴。撃ったら、貴族だった……」


 …………………こいつは俺が口に入れたモノの味奪い取る趣味でもあんのかよ。

 いや、違うな。わかった。


「その冗談流行ってんのか?」


 シェリーの真似してるとかそう言う感じだろ。そうに違いねえな……。だよな?

 と、軽い気持ちで尋ねたことを後悔しだしたチワワを前に、……前なんで笑ってんだリズ?冗談だよな?そうだよな?


 そう思った俺の前で、リズはふと立ち上がると、俺の背後に回り込み……両手で俺の視界を遮る。そして、インコム越しに話してる時のように耳元で、“戦術支援官”は言った。


「娼館で育ったからさ。遊べると思われたんだ。でも、タダでなんてムカつくでしょう?」

「……冗談だろ?」

「ベットメイクが得意って言ったでしょう、伍長?」


 ……アレ、ジョークじゃなかったのかよ。


「マジ、なのか……?」

「マジだよ?……手籠めにされそうになって反撃したのは。そしたら、私が悪いことになった。そしてここに送られた。“戦術支援官”としては優秀だったし」


 そこで……よくよく考えるとまあ確かに。境遇からして半生がかなり壮絶でもおかしくなさそうな、雰囲気気弱そうな皇族の隠し子は、俺の向かいへと座り直した。


 そして、気弱そうに視線を逸らしながら、言う。


「だ、だから……。こ、ここにいる理由。う、生まれとは関係ない、よ?」

「そうか……」


 なんか、急に怖くなってきたような気がしやがる。味わったことのない恐怖が今目の前に座ってる気がする。風呂場でシェリーにハニートラップされかけた時と同じ?いや、アレとは比べ物にならないプレッシャーがある。つうか……


「……3分の2悪女かよ、」

「ち、違うよ……?シェリーは、あ、悪女ぶろうと頑張るだけで根底の育ちは良いから、……あ、悪女は私だけ」

「自分は否定しねえのかよ……」


 ……クソ、どこまで冗談でどこまでマジなんだよ。アレだよな?軍隊慣れがブラックジョークに集約されてるってだけの話だよな?


 味のしないスープを口に運んだ俺を、リズはニコニコ眺めていた。

 ……性格悪い事だけは間違いないのか?


 と、俺が思ったところで、だ。どうやら風呂から上がってきたらしい、下着にタンクトップっていうラフさ極まる恰好で、濡れた髪をタオルで拭きながら、見た目だけ完璧なお姫様が踏み込んでくる。


「ふぅ~~~~、温まりました!あ、ジンく~ん……一緒に入らなくて良かったんですか?背中流してあげたのに……タ・ワ・シ・で?」

「……なんかお前がまだ可愛い気がしてきた」

「ななな何を言い出してるんですか!?可愛い!?いきなり!?もう、わかんない!わかりませんよ!?ジンくんは私をなんだと思ってるんですか!?私に何を求めてるって言うんですか!?私はどうしたら良いって言うんですか……?」


 シェリーは頭を抱えて蹲っていた。戦場のハイテンション引きずってんのか?

 いや、こいつ元からこんなだった気がするな。初見でちょび髭つけてたしよ……。


 そんなことを思いながら残念なお嬢様を眺めた俺の視野に、猫が姿を現す。


「ふにゃ~~~~~、」


 すべての緊張から解き放たれたんだろう。酒瓶を傾けながら、軍曹殿はゆらゆら歩いてらっしゃる。


 が、どこぞの残念なハニートラップと違ってちゃんと服は着てる。酒で全てをごまかしつつも軍属でありながらちゃんと羞恥心を持っているらしい。


 つまり……。

「確かに一番性格良いのかもな……」

「ふにゅ~~~~?」


 その性格酒に溶けてるけどな。


 まあもう、……なんでも良いか別に。アットホームな職場ではある、気がするよ。

 俺の経験からしたら、相対的にな。ああ、天国みたいな場所だ。


 そんな事を思った俺を横に、シェリーはふとため息を吐き立ち上がると、言った。


「ハァ……。なんだと思われてても別に良いですけど。それより、ジンくん。お風呂空きましたよ?温まったら……外に飲みに行きましょう?」

「祝勝会でもやんのか?」

「はい。祝勝会。……兼、葬儀です」


 ……アットホームで、何となく居心地が良い気がするこの場所は、とことん……薄氷の上にある訳だな。


 栄転は……もう別にしなくて良い気がしてきやがる。けど、ここにずっと、投獄されっぱなしってのもな……。

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