5 寂寥の雪原

 死者27名、重傷者4名、中軽傷者はまあほぼ全員。


 それが、この戦闘で発生した損害だ。“ウォーレス”にいる兵士のほぼ半分が死んだ。そう聞くと大損害だが、“大蟲厄”の被害と考えれば大分軽い方ではある。

 最も、


(明らかに“大蟲厄”じゃなかったし、被害を出した原因はほとんど、あの老体……)


「ハァ~~~~~~、」


 ビビりながら駆けずり回って流石に疲れたんだろう。蟲の死骸がそこら中に転がった雪原で、ハルがぺたんと雪の上に座り込み、大きく息を吐いていた。


 チラッと見上げた高台の上では、優秀な狙撃手が対物狙撃銃を肩に担ぎ、こちらへと合流しようと動き始めている。


『周辺に敵勢力なし。……車両は重傷者優先だから、悪いけど歩いて帰ってきて、伍長』

「ああ、」


 蟲の大群を殺し切ることは出来たから、リズも当然無事。3人とも、生かしてやれた。俺も死なずに済んだ。そう考えれば、個人的には上々だ。


(ハ、……上々か。ああ、まあ。良かったよ……)


 なんだか丸くなっちまったような気分だ。こいつら売って栄転するんじゃなかったのか、ジンくんよ。反骨心と出世欲はどこ行っちまったんだ?まったく……。


 まあ、とりあえず一安心ではある。が、完全に腑抜けきる訳には、行かない。

 何か一つ行動するごとに、訳わかんねえ情報が増えて行きやがる。探らねえとな。


 そんなことを考えながら、俺は雪原をきょろきょろと見回す。

 そこらで、兵士たちが動いてる。負傷者に肩を貸す者、真っ赤に染まった雪の中から、ドックタグを拾い集める者……。


 勝ったと言うには寂しすぎる鉄臭い雪原を歩み、見回し、俺は手近に座り込んでた奴に声を掛けてみた。この間酒場で見た覚えのあるやつだ。


「なあ、ルイ。……ルイ・カーヴィン少尉殿は?どこだ?」


 あいつは何か知ってるはずだ。最先任の一人で、この“大蟲厄”もどきを間引きと言ってた。


 定期的にこれがある。その理由を知ってるかもしれない。あの黒い老体……あまりにも人為的かつ兵器みたいに進化しちまってる蟲の事も。


 問いを投げた俺に、そいつはちらりと視線を上げると……血のこびりついたドックタグを一つ、見せてきた。


 そこには、名前が刻まれている。ルイ・カーヴィン。

 ……ハ、嘘だろ?死んだのかよアイツ……。強いって話じゃなかったのか?


「……悪い」

「お前が謝る事じゃないだろ、ロイヤルナイツ。君の名演説は効いたよ。おかげでまだ意地を張れた。だから半分も生き残った」


 気休めだな。俺が今言った言葉も、こいつが言った言葉も。

 俯いた俺に、近場にいた別の奴が声を投げてくる。


「ロイヤルナイツはああいうのも教わるのか?士気高揚の演説とか」

「いや……上司の真似しただけだ。元上司が偶にやってたのをパクっただけだ。……少尉殿は何にやられた?普通の成体にやられるような奴じゃなかったろ」

「砲撃だよ。あの黒い奴の砲撃にやられた。アレは、どうしようもない。今日、遂にルイの運も尽きた」


 砲撃……俺は運よく生き延びた。最先任の少尉殿は今日、運がなかった。それ以外言いようがねぇな。


「あの黒い奴は?たまに現れたりするのか?」

「俺は見たことない。もしかしたら、ルイは見たことあったりしたのかもしれないけど、」


 もう、聞きようがない、か。ならあと他に、何か知ってる可能性があるのは……。


「中佐殿は?基地司令殿。アイツは、いつからここにいるんだ?」


 その言葉に、俺と話してる二人は、顔を見合わせた。

 本当は中佐じゃなくて軍曹だって話だろ?ああ、クッソ……余計なブラフが多すぎる。


「キャリアだ。在任期間。今、“ウォーレス”にいる期間が1番長いのは誰だ?」


 問いを変えた俺の前で、二人はまた顔を見合わせ、それから言った。


「中佐殿だ。それから、ルイの次に長いのは……」


 言いながら、そいつは視線を雪原の一角に向けた。そこに、疲れ切ったように座り込んでいる……ハルに。


 ハルが、最先任?キャリアが長い。あの黒い老体の事を知ってたから、対応が早かったのか?いやもう、探るのは面倒だ。


「素直に聞くのが一番早いな。……お仲間に。問いただすみたいで悪かったな」

「気にするな、新入り」

「悪いと思うなら詫びに次も暴れてくれよ。お前がはしゃいでる方が生存率高そうだ」


 嘆くでもなく、落ち込むでもなく……ただ疲れ切ったように、仲間のドックタグを持ってる奴らは言っていた。


 “戦争欠乏症”。……まるで真逆の慣れ方してやがるじゃねえか。

 そうなるくらいに戦ってるのに、戦闘の記録すら残らない……。


「……クソだな、」


 小声で呟きながら、俺は向こうで座り込んでるハルの元へと歩いて行った。

 ルイが死んで、だから、最先任はハル。あの爺さんの次に、何か知ってる可能性が高い奴。


 どう聞く?いや、そんな事考えてもしょうがねえな。ハルは多分、聞いたらちゃんと答えるだろ。こいつは謀略云々に積極的に噛みたがってる訳でもねえだろうし。


 ハルがこっちに視線を向けた。それを前に、俺はあの黒い老体の事を尋ねようとして……。


「は~~~~~~い、ど~~~~んッ!わっ!?」


 真横から突然テンションがぶっ壊れてる奴が体当たりして来ようとしてきやがった。


 そんな、この雪原のどっかにネジを落としたらしい対物狙撃銃抱えたお嬢様の顔面を片手でつかみ、俺は言う。


「なんだよ、シェリー」

「なんだじゃないですよもう~~~!だから情緒がトラウマでどうしてくれるんですかこのドS!?スコープ怖いって言ってんのに人遣い!気遣い!突っ込むし!撃たざるを得ない状況にするし!そう言うとこですよジンくん!」


 うるせぇな、スパイ崩れ。


「ハル。……お前は本当に平気なのか?蟲、トラウマだったんだろ?」

「態度の差ァッ!?」


 谷に突き落としても当然のように這い出て来はしたモノの代わりにテンションがおかしくなったお嬢様は頭を抱えて叫び、それからライフルをそこらに置くと、何やらぺたぺた、俺の身体を触りだす。


「……なんだよ、」


 唸った俺の状態確認を終えたのか、


「チッ……怪我無し!」


 と言いながら、シェリーは今度はハルへと飛びかかって行った。

 ……おい、テメェ。なんで今舌打ちしてやがったんだ、あァ?


 と、睨みつけた先で、テンションがぶっ壊れてるお嬢様は猫の身体を弄り始め、


「あ、……アハハ、シェリー、くすぐったいよ、」

「怪我!してませんか!?なし?平気?良し!……柔らかい!温い~~~~~っ!」

「あ、にゃはは~~、」


 素面な猫に抱き着いて暖を取っていた。


「温い~~~~、ちゃんと温い~~~~~!」

「そうだね、シェリー。温いね~?」

「もう、聞いてくださいよ~。私一生伏射姿勢だったんですよ~~~雪の上で!?寒いし、スコープ怖いし~、フラッシュバックがスコープ越しだったのにドSが敵陣のど真ん中で遊び出すから!指でバーンとかやるんですよアイツ!狙う私が大変でしょう!?」

「そうだね~、頑張ったね~」

「なんか変なのの砲撃食らい掛けやがるし~、奇跡的に撃ち落とせたんですけどね?神業決まったと思ったらジンくん気絶するしハル突っ込んで行っちゃうし味方は大損害だし私の仕事多すぎませんか!?ねぇ?ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「は~い、どうどう……」


 喚くお嬢様を猫があやしていた。つうか、今こいつ撃ち落としたって言ったか?砲撃を?


 ……もしかして俺それで生きてんのか?マジの神業じゃねぇか。

 そう眺めた俺に、猫を抱えたお嬢様はキッと振り返り、言ってきた。


「さあ、ジンくん!女神様に何か言う事ありませんか!?」

「砲撃撃ち落とすって、お前化け物かよ」

「なんでぇ~~~~~~~~!?……さっき一瞬素直だった気がしたのに、」


 んな記憶は俺にはねえな。ハァ、……うるせぇな。騒がしくて何よりだよ、まったく。


「騒いでねえで帰るぞ。……リズ、」

『スープとお風呂温めとくね?』

「ああ……頼む」

「なんでリズには素直なんですか!?なんでこの人私にだけ妙に当たりキツイんですか?ねぇ~~~~!」

「まあまあ。反抗期なんだよ」

『……甘えたり人に頼ったりするのが致命的に下手なんだね。プロファイル的にも、多分』


 …………………余計な事言うなよ、お前ら。クソがよォ……。


 俺は結局イラつき……だが、騒がしいことに心のどこかで安堵しながら、帰り道を歩み出した。


 真っ赤に染まり、雪に蟲と、……人間の残骸が落ちている。

 そしてその人間の残骸に、生き残った奴らが火を付けていた。油をかけて燃やしてるらしい。


「……何してやがんだ、アレ」


 呟いた俺に応えたのはリズだ。


『ルイが言い出した、弔い。ドックタグ以外を回収できるような余力はないしね。蟲の餌になるよりマシ。もしくは、』


 ……パーツが蟲にくっつけられちまうより、か。

 ハッ、クソだな。ああ、あまりにクソ過ぎるな、この場所の何もかもが。

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