4 チェーンソウとスピンコック

 雪の中を駆けていく。バカでかい黒い蟲。そいつに一人抗ってる、小柄な影の元へと――。


『乱戦状態。老体への対応にハルが行って、損害はマシになった。けど、』

「やられたらヤベェから走ってんだろ!」


 ヤベェ……じゃねえな。悲しいだ。

 お仲間と同じ隊になったことはねえしな。


『老体の状態を共有します。特筆すべきは背部の器官。おそらく羽の変形したもの。砲弾に類する速度で準硬質の物体を射出して来る。精度は微妙。それから発射に姿勢固定が必要な模様。よって近接すればあの器官は無視できる。それから――』


 戦闘情報を共有してくる“戦術支援官”の声を耳に、俺は雪原を駆け抜けた。

 焦るな。クールに。走り方はもう覚えてる。ああ、問題ない。身体も動く。


 眺めた先――

 ――剣の上げる金切り声が、近くなっている。


 ハルは、苦戦してるらしい。身軽に巨大な大がまを躱して、身体の内側まで肉薄は出来ている。それでも倒せないってことは、チェーンソウが殻に通らないのか?


 いや、違う。


「――――ッ、」


 老体の懐まで飛び込んでいったはずのハルの身体が、吹き飛ばされていた。あの位置じゃ大鎌は届かないはず……別のなんかがある?


 見えた。胸部から足が生えている。いや、鎌、か?小さい鎌が本来の足とは別に2本、胸部の内側に生えている……。


「近接対応用の副腕?」

『そう。……殺意高いよね?』

「どう進化したら……」


 んな兵器か要塞みたいな器官体得するんだ?いや、今はそれを考えてる場合じゃない。


 副腕に吹っ飛ばされたハルが雪に転がり、どうにか身を起こそうとしている。

 そしてそんなハルへと向けて、黒い老体は大鎌を振り上げてやがる……。


「シェリー!」

『硬くて効かないんですよそいつ!』


 ぼやくような声と共に、俺の頭上を弾丸が通過していった。対物狙撃の弾だ。頭部に命中したそれによって、老体の身体が僅かに揺れる。が、……サイズの分だけ殻が固いらしい。


 頭が吹っ飛んだりしねえ。ちょっと傷がつく程度だ。


「マジかよ……クソがァ!」


 吠えながら駆け抜け、俺は老体へとショットガンを放った。まだまだ距離はある。まだまだ威力が出る距離じゃない。そもそも狙ったところに飛ぶ距離でもない。


 が、スラッグ弾は老体の身体をかすめた。同時に、老体は駆け寄る俺を認識し、俺の方へと身体を向けてくる。


 シェリーの狙撃と俺の射撃。それで注意を逸らしてヘイトを取って……ハルにとどめを刺すのは止めにしたらしい。


 それは上々だ。で?その後はどうする?

 離れると砲撃。近づくと副腕。外皮が固すぎて狙撃が通らない……。


『伍長、策は?』

「とりあえず突っ込む!」


 基本的には、蟲の外側より内側の方が殻は薄い。だから、懐に潜り込んで、いつものように0距離でスラッグ弾をお見舞いしてやれば……倒せるかもしれない。


 倒せなかったらそん時はそん時だ。


「う、……」


 雪に剣を突き刺して、片膝を立て、ハルが頭を振っていた。クラついてるんだろう……俺がつっ込めば意識回復する時間ぐらいは稼げんだろ。


 雪道を駆ける。ハルの横を通り過ぎ、駆け抜ける俺へと老体はバカでかい断頭台みたいな大鎌を振り上げ、間髪入れず振り下ろしてくる。


「――ハッハァ!」


 俺は一瞬でハイになった。その位確実な死が目の前にあってアドレナリンが出まくったって話だ。


 ハイに嗤って、ショットガンを胸に抱えながら……左に一歩、大きく跳ねる。


 ダン!半ば地鳴りか爆発みたいな音が俺の右から響き渡り、衝撃と共にまくれ上がった雪が、俺へと降りかかってくる。


 それを、

「ハハハハハ!」

 ――完全に無視して、俺は老体の懐へと飛び込んだ。


 5メートルくらいある。近づけば近づくほどデカいかまきりだ。しかも背中に大砲背負って、胸から副腕が生えてやがる。


 そして、邪魔なのはその副腕だろう。だから、


「除去だ!」


 俺はショットガンを放ち、俺へと伸び掛けた副腕。その根本へとスラッグ弾をくれてやった。


 正直、当たるかどうか微妙な距離だ。だが、


「当たるから俺はまだ生きてんだよォ!」


 願掛けだ。確信だ。運任せのギャンブルに近い。だから、当たる!


 グチャリと気色悪い音を鳴らして、副腕が一本根元から吹き飛んで、胸に出来た穴から汚い汁が飛び散ってやがる。


 それ眺めながら、回転リロードスピンコック。そしてまだくっついてる方ではなく、今吹っ飛ばした汚い汁の噴き出る穴へと俺は駆け抜けていき……。


「そこなら殻ねぇよなァ!」


 今腕ぶっ飛ばしてできた穴に銃剣とスラッグ弾ぶち込んでやるよ。あァ、それで弱い中身がズタボロになんだろう?


「ハッハァ!」


 ハイテンションに俺はジョットガンを、銃剣を突きだした。副腕がこっちに動いてるが、間に合わない位置だ。勝った。殺した。


 ……そう、確信した。だが、だ。


「あァ!?」


 次の瞬間、俺の手からショットガンがすっぽ抜けていた。何かに弾かれたのだ。


 いや、何かもクソもねぇ。鎌だ。まるで懐に飛び込んでくる奴を殺すためだけにあるかのような、胸部から生えた副腕。


 その本数が、増えていた。さっき一本だったはずなのに、今は4本……。


(増えた?いや、折り畳んでた……?)


 最初から4本あったんだろう。その内一本は吹き飛ばしたから残りは3本。


 鎌が3本、十分、俺に届く距離だ。それを目の前に、ショットガンを弾かれた俺は、素手。


「クソが……」


 呻いた俺へと、鎌が迫ってくる。いや、鎌じゃない。

 折り畳まれてた副腕は、鎌じゃなく、別の形をしている……。


 その光景に動きを止めた俺へと、やたら兵器みたいなデザインしてやがる老体は副腕を伸ばしてきて……同時に、だ。


「――ジン!」


 声と共に、何かが俺の足元へと放り投げられた。雪に突き刺さったそれ――を、目撃した瞬間に俺は迷わず掴み取り、トリガーを引く。


 キィィィィィィィィィン!甲高い叫び声が俺の手から響き渡って、俺はすぐさま、その妖刀を振り上げた。


「クソがァ!」


 赤熱する刃。チェーンソウが、俺へと迫る副腕、左側2本をバターのようにあっさりと両断し、返す刀で、右側の残り一本へも、俺は妖刀を振り下ろす。


 キィンと言う高音、火花と共に、俺へと迫っていた副腕3本全てがぽとりと雪へと落ちていき、汚い汁が周囲を染める。


 後は止めだ。表面ぶった切って死ぬかは知らねえが、他に武器ねえし。


「借りるよ、背中。……届かなくてね、」


 声と共に誰かが、……俺の背中を踏みつけて来やがった。


「オイ、」


 と、呻きながらも身を屈め、足場になってやった俺の真上で、人を乗り物か足場とでも思っているらしい猫が、クソ蟲へと銃剣を突き立てる。


 ガン!……聞き慣れた銃撃音と共にスラッグ弾が老体の胸部を打ち……だが、よほど硬いらしいな。貫通せず大きくへこむだけだった。


「……君の玩具、効かないよ?」

「使い方が悪いんだよ。穴開いてんだろ、汚い汁ドボドボ出てる穴が」

「……ああ、なるほど。下品だね、」


 いつか人にゲロぶっかけて来やがった猫はすました調子で回転リロードスピンコック

 ……なんでお前スピンコック出来んだよ。結構難しい上に習得する意味ほぼねえぞその技術。


 呆れた俺を足蹴にしたまま、軍曹殿は吹き飛んだ副腕の付け根へと銃剣を突き立て、トリガーを引く。


 ぐちゃッ。銃声に混じって、肉が引き裂かれシェイクされるような音がその場に響き渡る。


 けれどそれで油断するでもなく、確殺したいのか軍曹殿はショットガンをガコンとリロードし、もう一度トリガー。


 びちゃ。再びかき回された蟲の中身がそんな音を鳴らし、老体の巨体が大きく揺らめく。


 そして次の瞬間、老体はその動きを完全に止めた。漏れ出る体液の勢いが弱まり、雪にその巨大な大鎌を突き立てた姿勢で、老体は動かなくなる。


「……殺せたと思うかい?」

「触角は動いてるか?」

「動いてないね」

「じゃあ、死んだろ」


 そう言った俺の上から、軍曹殿はひょいっと飛び降りると、ショットガンを眺めて、言った。


「初見で良く倒し方を、とは感心するけど……やっぱり剣の方が良いかな。返してくれるかな、伍長」

「別に良いけどよ……。つうか、何やってんだよお前。ビビってんなら大人しくしてろよ」


 ショットガンを受け取り、音を鳴らして光る剣の形の生かす玩具を返してやった俺を前に、その妖刀の状態を確認しながら、ハルは言った。


「君は、勘違いしてるよ」

「あァ?」

「私は、確かに。蟲が怖いお嬢さんだ。けれど、……蟲に味方が殺されるのを黙って見ていることの方が、なおの事トラウマなんだ。何もせずに見送る方が怖いんだよ」


 そしてそれだけ言うと、ハルは落ち着いた雰囲気で、俺へと微笑みを投げ、言う。


「過保護にしなくて良いんだよ、ジンくん?」


 そしてそれだけ言って、猫は駆け出して行った。

 それを俺は、ただただ、何となく見送り……やがて、クソ。頭を搔く。


「うるせぇな。ビビり過ぎて素面になってんのに、良く言うな……まったく」


 そして、俺はハルの行く先に視線を向ける。向こうでまだ、大カマキリの群れと友軍が戦っている……。


「リズ。……状況は?」

『追加の損害は軽微。立て直したね。老体も殺ったし、ほっといてもこの戦場はもう勝てるよ』

「そうか」


 まあ、だからって全部友軍に任せきりって訳にもいかない。残党狩りには行く。軍曹殿はもう向かってるしな。


 だが、その前に、だ。

 俺は、さっき切り落した副腕。雪の中に落っこちてるそれを一つ、足で掘り返してみた。


 蟲の足。カマキリの鎌を小さくしたような副腕が、そこには確かにある。が、それ以外の二つ……折り畳まれ隠れてた副腕。


 掘り起こしたそれに、指が生えていた。硬質な殻に覆われている。確かに、蟲の身体の一部だ。だが、蟲の足と言うには関節が多すぎて、まるで人間の手のように、5本の指が生えている。


「見てるか、リズ」

『正直見たくないけどね』

「説明できるか?遠距離砲撃。近接対応用の副腕。しかも1セット人間……少なくとも蟲じゃねえ」

『噂がいよいよなんじゃない?……後でゆっくり話そうよ、伍長。まずは戦闘』


 その“戦術支援官”の言葉に、俺は一旦疑問を呑み込んで、友軍の元へと向かった。

 まだ、戦闘は終わってない。……疑念やら陰謀に向き合うのは、戦闘が完全に終わってからだ。


 なんか知ってるだろう奴には、心当たりがあるしな。

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