2 蹂躙と強敵

『ノルマは一人一匹。……残りの98匹を私が狩る。それで損害0で完勝だ。楽な戦場だろう?』


 スカシ野郎――ロベルト・ハルトマン特務大尉殿はちょいちょい、その台詞を吐いていた。


 士気高揚の演説って奴だ。皇族特務――蟲狩り専門のエリート部隊の常で、送られる戦場は大抵旗色が悪い。元々あった敗戦に引っ張られて蟲の大群に包囲されるってのもザラだ。


 特務にいる奴は包囲にも地獄にも慣れてるが、末端の奴らはそうじゃない。戦う前からもう死んだって顔をして、そいつらを無理やりにでもやる気にさせるために、スカシ野郎は気取るのだ。


 そして俺はそれを冷めた目で見てた。


 ほっといても生き残るやつは生き残る。死ぬ奴は死ぬ。カッコつけのスカシ野郎が、周りのやる気引き出さなくてもテメェはどうせ一人でも生き残るだろうが。


 それしか思わなかった。目上だって腕力で知らされたが、だからって尊敬なんざするはずもねえ。目障りな上の奴だ。勲章貰いやがって。人の事拾いやがって。説教垂れやがって。カッコつけやがってよォ……。


 ムカつく野郎だ。

 そのムカつく野郎は、地獄みたいな戦場で大体いつも先頭に立って、ヒーロー気取りに友軍に背中を見せて、そしてカッコつけて無駄な動作を一つする。


 ――回転リロードスピンコック


「ハッハァ!」


 ハイになって、心臓が高鳴って――血は踏みしめる雪より冷たい。


 駆け抜ける勢いのまま、カマキリの懐へと躊躇いなくスライディング。俺の頭上を大ガマが掠め、俺の真後ろの雪を掬い上げるが……残念、それだけだ。


「遅ぇんだよッ、クソ蟲がァ!」


 吠えて背中のばねで飛び起き、その勢いのまま銃剣をカマキリの胸部へと突き立てる。


 ガリ、と浅く刃物が殻に突き刺さる。銃口の位置が固定される。0距離、絶対に殻をぶち抜いて汚い汁をまき散らせてやれる場所。そこで俺は引き金に指を掛け、


「ハァッ!」


 トリガーを引く。スラッグ弾をぶっ放す。目と鼻の先でカマキリの殻が砕け散り、汚い汁が俺へと降りかかる。


 そうして殺したカマキリを無視し、俺はショットガンを回転リロードスピンコック


 ――してる間に両脇からまた別のカマキリが2匹、こっちへと近寄ってきやがる。より取り見取りだな、


「クソ蟲がァ!」


 ハイテンションに俺は右側に銃口を向け、トリガーを引く。

 同時に半歩、後ろへと下がる。そんな俺の目の前を、左のカマキリの大ガマが通過し、雪へと深々突き刺さる。


 右手側では、頭を半分ぶっ飛ばされた大カマキリが、汚い汁をまき散らしながら後ずさっている。


『……見ないで良く当てるよね。どうやったの?』

「経験則」


 リズへと返事をしてやりながら、回転リロードスピンコック


 雪から大鎌を引き抜いたカマキリの胸部へとショットガンを突きつけ、トリガーを引く。


 ダン――雪に銃声が響き渡り、また一匹胸部に風穴の開いた汚い噴水が出来上がる。


 それを見ながら回転リロードスピンコック。勢いのままショットガンを肩に担ぎ、銃口を真後ろに向け、振り返りもせずにトリガーを引く。


 頭を撃っても蟲は死なない。ただ一瞬、動きが止まるだけ。だから、頭を半分ぶっ飛ばされた大カマキリは、早くも俺へと復讐に動いていて……だが、その復讐は失敗だ。


 ずん、と、俺の足元に大カマキリが倒れ込む頭半分の他に、胸部にも風穴の開いた大カマキリが。


 特に意味もなくその頭を踏みつけてやりながら、俺は言った。


「リズ。これで何匹殺った?」

『23匹』

「あと190匹か……」

『冗談じゃなくやれそうだね、伍長。……弾さえ切れなければ。ちゃんと把握してる?』


 なんだ、ちゃんと数えてやがったのか俺の残弾。相変わらず優秀だな。


「手持ち全部で後48発。……困った。142発足りねえな」


 言いながら俺はショットガンに無理くり付けた――こないだジャムった失敗もあってちゃんと弄っておいた弾倉を投げ捨て、代わりの弾倉を手に取り……と、そこでだ。


『伍長、お客さん』

「ああ、見えてる」


 また一匹、俺へと近づいて来てる大カマキリがいた。奴らに仲間意識があるのかは知らないが、まあ、結構な勢いで迫って来てやがる。


 それを横目に、弾倉交換を続けながら、俺は言った。


「シェリー。……リロード」

『リロードじゃないんですけど……退く事覚えましょうよ!』


 なんかしらに追い詰められてそうな女王様の悲鳴がインコムから響き渡り――俺へと迫って来てた大カマキリが、次の瞬間弾け跳んだ。


 狙撃だ。対物狙撃銃での、高所からの遠距離射撃。スラッグ弾より威力あるそいつを喰らって無事ですむわけがない。


 手とか足とか頭とかが、汚い汁と共にその辺の雪に落ちてくる。

 どうやらちゃんと胸部に命中させたようだ。トラウマだなんだほざいてたが、やらせて良かったな。


「良い腕だな、ハッ!」


 嗤って、弾倉交換を終え、回転リロードスピンコック


 かなり奥深くまで突っ込んだはずだが、俺の周囲に動く大カマキリの姿はない。

 周りと後ろにその残骸が汚い汁をまき散らして雪の色を変えてるだけだ。


 もちろん、まだこの戦闘自体が終わった訳じゃない。向こうでまだまだ、他の分隊の奴らがカマキリの群れと戯れてる。


「友軍の損害は?」

『現状ナシ』

「ほう……優秀だな」

『珍しく士気高いからね。イキった新入りのガキに舐められんなって』

「そいつは良かった、吠えた甲斐あったな」


 呟いた俺の視界で一匹、こっちへと近づいてこようとするカマキリがいやがった。

 そいつへと向けて、俺はショットガン――ではなく人差し指を差し出して、呟く。


「……バーンッ、」


 瞬間、明後日の方向から飛来したライフル弾が大カマキリの胸部を粉砕し、俺の人差し指の先で、死骸がまた一つ、雪を汚い汁で染め上げた。


「ハッ……おい、なんか楽しいなこれ。なぁ、シェリー?」

『こっちは必死にやってるんですけど!?なんで私に対しての扱いそんな雑なんですか、このドS!?』


 まだまだ余裕で働けそうだな。根性あるお嬢様だ。信頼してやる。ああ、信頼だ。


(……悪くねえな)


 狙撃支援が俺の方に向く事なんてなかったからな。単独で特攻し過ぎて大体見捨てられるしよ。だからまあ……悪くない気分だ。


 ヒーローごっこして、偉そうに吠えて、お仲間が居て。


(余裕で勝てそうだしな……これで“大蟲厄”?)


 肩透かしも良いトコだ。最低この10倍はいるもんだし、もっと悲鳴だらけのはずだ。幼体がいねえし、クイーンもない。それに、老体も……。


『チェック4……退避ッ!』 


 突如警告の声が響き渡った。リズじゃない。シェリーからの警告だ。高台から見てて何かに気付いたらしい。


 一瞬油断してた俺は、遅れて警告の方向に視線を向ける。

 その先にいたのは、案の上カマキリだ。大分遠い距離にうずくまり、こっちを睨んでやがる、他の奴ら――成体2期よりも一回りも二回りもデカいカマキリ。どこか焦げたみたいな黒い体色で、身体の形状がおかしい。


(老体……?)


 蟲の中でも強い個体だ。長く生きて、環境に適応した個体。

 あるいは、戦闘に適応した個体、とも言えるかもしれない。


 老体と一言で言ってもピンキリだ。結局個体ごとに適応、いわゆる変態を繰り返すから、細かく分けてたらキリがない。老体の中でも弱めな奴もいれば、ヤバい奴も中に入る。


 そして、……今俺が眺めている老体は、多分ヤバい奴だ。


 デカい。雪原にいるってのに保護色を捨てた黒。そして背中……元々羽なんだろう部位が、おかしな形状になっている。


 前に突き出てる。まるで腹からカマが二つ追加されたみたいだ。

 イヤ、もしくはそいつは、……砲台だったのかもしれない。


「悪い冗談だな、」


 呟く俺へと、発射された半透明の何かが、それこそ弾丸みたいな勢いで迫っていた。


 カッター?羽?なんだかわけわかんねえ、見た覚えのない何かだ。

 目と鼻の先まで、その半透明の飛翔体はもうすでに迫って来ていて――そして次の瞬間。


 衝撃に撃たれて、俺の身体と意識は、雪のど真ん中で吹っ飛んで行った……。

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