7 目前の災厄

「人員配置に口出しさせろだと?」

「はい。……俺には“大蟲厄”を生き抜いた経験があります。効率的な配置を提案できるかと」

「越権行為だな、伍長。士官にでもなったつもりか?」


 翌朝。夜が明けても終わらない悪夢が目前に迫る最中、意見を言いにやってきた司令部で、爺さんは葉巻の煙と共に吐き捨てていた。


 アレックス・サルバス中佐。いや、シェリーの話だと軍曹らしい。


 本当の中佐殿は、ここに来た最初に見せられた写真の奴。そいつに成り代わってこの爺さんは中佐の役をやってる。理由は……中佐を殺した直後に俺、元皇族特務が送り込まれてきたから、警戒した。


 先に疑えば疑われない。反乱の首謀者がそれを止めようって持ち掛ければ、俺がマジで密命帯びてた場合はごまかしが利くし、俺がどこまで把握したかを俺に報告させることが出来る。


 密命なしで俺がこのまま反乱に乗ったら、ただお仲間が増えるだけ。


(……二日酔いみたいな気分だな)


 別にマジで二日酔いって訳じゃねえけど、頭痛がするって話だ。叩けば叩くだけきな臭い埃が出て来やがる。だが、


(……その話は後だな)


 お優しいお嬢様が下さった教訓2、情報を漏らすときは相手がどの程度把握しているか確認した上で、漏らせ。


 今俺が爺さんを問いただしたら、間違いなく面倒な悶着が起こる。“大蟲厄”直前に。


 それは避けたい。だから一旦、その疑惑は無視だ。だが、中佐が本物の士官じゃないってんなら……作戦立案能力に疑問がある。


 だから、俺はいつもの調子で言った。


「無能な上級士官をたくさん見てきたもんで。中佐殿は、“大蟲厄”に遭った経験はおありで?」


 挑発的に話す。……いつも通りに。

 そんな俺を爺さんは静かに眺め、それからデスクの写真に視線を止めると、言う。


「私は叩き上げだ。下士官から成り上がった。“大蟲厄”も経験済みだ」

「それは昔のお話なのでは?戦術は進歩するモノですよ?」

「ここに配属されてからも数度、指揮したよ。“大蟲厄”に類する規模の蟲への迎撃を」

「類する規模、……ですか?そのモノじゃない?」


 問いを重ねた俺を爺さんは静かに、やはり観察するように眺め……それから言った。


「何が言いたいのかな、伍長」

「疑問があります。“大蟲厄”は、蟲の引っ越しだ。巣穴が破壊された場合に、幼体や卵まで連れて進行方向を全部餌にしながら進んで行く災害。だから進行は通常の蟲に比べて遅いし、巣穴の破損やら引っ越しの準備やら、予兆は幾らでもある。通常は1週間前には察知できるはずだ。逆に、まったく察知できなかったのであれば、突然アラートが鳴って地獄が始まる」


 これは、俺が知っててもおかしくない話だよな?陰謀論吹き込まれたっていう要素抜きにしても、元皇族特務――それも蟲狩り専門の伍長として、俺が言ってもおかしくない範囲。


 俺のだいたいなんでも噛み付いて文句垂れる性格込みで、な。


「だから……3日後になんて急に言い出したのは不思議だ。蟲鈴の範囲もこないだ軍曹殿とデートして把握してます。アレに掛かったなら即反応でしょう?別の警戒網に掛かったって言っても、この周囲に基地はないはずだ。少なくとも“大蟲厄”の行軍速度で3日の範囲には。あったら“戦争欠乏症(ウォーレス)”の欺瞞が剥がれる。だから、……どうやって察知したんスか?」

「偵察隊からの報告があった」

「偵察っスか……そんな業務があったなんて聞いてないっスよ?別の基地の奴っスか?」

「……諸君らとは別の指揮系統の者だ。罪人がいるなら、看守もいるだろう?」


 看守?……この実験を監視してる奴らがいる?


「そんな奴に会った事ないっスよ」

「ここにはいないからな」

「……近くに別の拠点がある?」


 呟いた俺を前に、爺さんは葉巻を灰皿において、……鋭く睨みつけてくる。


「君が知る必要のない話だよ、伍長。……君の歎願は通らない。越権行為だ。重罪だ。軍法会議にしても良い。だが、ここで今更軍法会議を開いたところでな。代わりに君の誠意を問いたい。プリンセスは見つけたかな?」


 爺さんは皇女が誰かまでは知らない。これもブラフだったりするか?

 いや、どっちにしろ今俺が言うセリフは変わらない。


「わかんないっスね。蟲狩り専門なもんで、腹芸は出来ないんスよ。見たらわかるでしょう?」

「フン、」


 つまらないと言いたげに鼻を鳴らし、爺さんはまた葉巻を咥える。

 それを前に、俺は問いかけてみた。


「つうか、……お姫様死んじゃうんじゃないんスか、“大蟲厄”で前線に出たら。俺は一人でも割と生き残れますけど、ハルとシェリーは怪しい。負けでもしたら、アンタとリズもだ。判明する前に死んだらどうするんスか、俺たちの栄転は」


 問いかけた俺を前に、爺さんは引き出しから紙を取り出し、俺へと差し出してくる。


 受け取ったそれは、地図だ。戦域マップ。予定される部隊配置と蟲の侵攻方向が書いてある、簡略化された地獄のパンフレット。


 それを眺めた俺を横に、爺さんは言う。


「後程ブリーフィングで話す内容だ。見たらわかるだろう、伍長」


 確かにわかる。この基地の部隊総出だ。予備兵力はなし。俺たち“バッカス”の配置は……隅の隅。功績が上げにくい……逆に言うと損害が出にくい位置。


「03分隊は人員が定数を大幅に割っていることを理由に、通常配置としては運用しない。多少は蟲が絡んでくるだろう。その場合は、忠誠を見せてやれ皇族特務ロイヤルナイツ


 なるほど……絡まれにくく、かつ損害も出にくい場所においてやる。絡んできた分は俺がお姫様を守れってか。


 ……そいつは皇族特務じゃなくて皇族親衛隊ロイヤルガードのお仕事だ。キャリアと学の底が見えますよ、軍曹殿。が、……俺としては都合が良いかもしれない。


 通常配置としては運用しない。ってことは……俺が好き勝手やっても後ろで困るやつがいないってことだ。


「ハッ、……疑って申し訳ありません、中佐殿。合理的な配置だと思います。お互いにとって」

「ロイヤルナイツに褒められるとは光栄だな。……退室しろ」


 言い放った爺さんへと、俺はかかとを揃えて敬礼した。

 こいつは結局中佐なのか?それとも軍曹なのか?……どっちにしろ上官だから、俺の敬礼は淀みない。


 敬意を表しておいてやるよ。……少なくとも、表面上はな。


 *


 雪道を一人歩いていく。考えることは諸々だ。ごちゃごちゃだ。


 最初は、ここが“戦争欠乏症”だと聞かされた。

 次に、それが嘘でここが流刑地。皇族を中心にしたクーデターが画策されていて、その皇族を見つけ出して一緒に脱出しましょうとおじいちゃんに誘われた。


 だが、それは嘘で。クーデターは半分冗談で半分本気な酔っ払いの愚痴で。その愚痴零してた奴の一部が完全に本気になって、皇族探しを始めた。


 いや、皇族がいる可能性に気付いたから、本気にしたのか?こんな地の果てに一生縫い留めたことに対する八つ当たり染みた復讐。それに、皇族の為っていう正義がくっついた。


 それから、中佐って名乗ってた奴が、実は軍曹。反乱の真の首謀者。だが、皇族は探せって言ってた。シェリーも、後アイツ……ルイも、皇族の話は知らなかった。爺さんも今のところ、誰だか把握まではしてないらしい。


 そして、それが誰かを、俺は把握してる。リズがあっさり耳打ちしてきた。

 なんでリズは俺にバラした?


『だってまだ19ですよ?女の子です。ロイヤルナイツってちょっと期待しちゃいますよね?カッコ良いかなって。王子様かなって……』


 リズはもうちょい年下だろうしな。疑われるくらいなら味方にしたかったのか?由緒のありそうな王子様を。


 とにかくまあ、なんつうか……。


(意外とウザくねぇな、色々)


 我ながら発見だ。俺が爺さんの言葉を蜘蛛の糸に思ったように、アイツらも他に選択肢がないような状態なんだろうが、諸々ごちゃごちゃ絡み合った末に、頼られてる気がする。


 多少なりとも信頼されかけてる気がするって話だ。不思議とな。


 生まれてこの方立ったことのない立場にいる気がするってな話だ。

 生きてるだけで石投げられるスラムの被差別人種のガキじゃない。


 文句言ってくる輩全部腕力で黙らせて完全に孤立した訓練校時代とも違う。


 スカシ野郎に目を掛けられて、同僚のエリート共に情婦だお気に入りだ後ろ指差される元居た部隊とも違う。当然、配属数週間俺をサルだのなんだのイビるだけイビってあっさり全員蟲に喰われた最初の部隊の奴らとも、違う。


 俺は雪道に足跡を残し、隊舎に帰った。そう、帰る、だ。


(……死にたくねぇな)


 生まれて初めて思った気がする。スラムから今まで真後ろに死神が付きっ切りの人生の中で。いや、流石に盛ったかもな。どっかしらで一瞬ぐらい、生きてて楽しかったこともあっただろうよ。


 だが、こっちは多分初めて思った。


(……死なせたくない)


 俺にある程度好意的だったのは、訓練校時代の教官とスカシ野郎だけだ。どっちも殺しても死なないタイプだし、そもそも俺より上の奴だ。


 まあ、お嬢様方が俺より下かって言われれば正直、そうでもない気がしないでもないが。


 隊舎の……我が家の戸を開けて、居間へと歩んでいく。

 その先に、お嬢様方がいた。この世の終わりみたいな雰囲気のお嬢様方だ。


「……ウェ。……うにゅ、……んく、んく、ぷはぁ……。ウェ、」


 ビビり猫は部屋の隅っこで、顔を真っ青にして吐きそうになりながら酒を飲んでいる。


「………………フ、フフ。全部、全部吐いた気がします。……乙女と酒に飲まれた……」


 反対側の部屋の隅っこで、スパイ崩れが自己嫌悪していた。

 そして、


「……え、ええっと……」


 両サイドに最悪の二日酔いを配置された皇女様が、困り切っていた。


 なんつうかホント、どうしようもねぇ奴らだな。俺もそのどうしようもない奴の一員なのかもしれないが……少なくとも素面の間はまだマシだ。


「おい、」


 声を投げた俺に、猫とお嬢と皇女様が、視線を投げてくる。

 それを目の前に、スラムからロイヤルナイツまで腕力で生き抜きのし上がったイキり野郎は言った。


「次の蟲狩りまで、俺がボスだ。俺に従え。そうすれば勝てる。……ノるか?」


 もう、癖だな。挑発するみたいに、笑いながら……。

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