6 悪酔いのスパイ崩れ

 何が何だかこんがらがって来やがった。クーデターは、ジョーク?それを中佐殿が本気にしてる?だってのに、殺人はマジ。皇族がいるのもマジ。このウォーレスは実験場で、3日後に間引き――俺たち罪人の間引きが行われる?


 その辺は正直もう、わかんねえ。今、はっきりわかったことは二つ。


 あのロケットの持ち主――皇族の隠し子は、リズだ。

 そして、下手すりゃその隠し子ごとまとめて、3日後に蟲に食い殺される……。


「クソ、」


 呟き、俺はグラスを置いた。場所は、酒場から帰ってきた“バッカス”の隊舎だ。


 グラスって言っても入ってるのはコーラだ。酒は飲んでない。ちょっと飲んだけど酔える気しねえし、泥酔して変な写真増やす気分でもない。


 視界の端っこのソファでは、ハルとリズが抱き合って静かに寝てる。眠れるまで飲んだハルに付き合ってリズ――皇女様も潰れた訳だ。


 それを眺めた俺の元に、シェリーが酒瓶を手に歩み寄ってきた。


「あったあった……ありましたよ、ジンくん!30年モノの“グレイス”です。もういっそ、開けちゃいます?」

「なんだそれは……」

「超々高級ワインです。前倉庫で見つけて内緒で確保しておいたんですよ。一回飲んでみたいですよね、高級ワイン」


 言いながら、シェリーはその瓶をテーブルに置いた。そして、その横にあったグラス――安いウイスキーの入ったそれを手に取り、俺の向かいに付く。


 高級ワイン、って奴か?正直酒の味なんざわかんねえが、……お宝っぽいそれを開けたくなる気分は、わからないでもない。


 が、俺はシェリーの言葉に乗る気なく、……ハルとリズが寝てることを横目で確認すると、こう言った。


「お前はなんなんだよ、シェリー」

「なんなんだってどういうことですか?」

「どういう立場だって話だ。なんで俺を疑ってハニートラップしようとしたんだ?割になんで俺をクーデターの首謀者様に紹介した?どうして俺に忠告したんだ?訳わかんねえ……」

「ミステリアスで魅力的でしょう?」

「見た目の割に中身最悪ってことはもうわかった。で?……つうか、お前苗字は?経歴は?なんでここにいる?何やらかしたんだ?」

「質問ばっかりする男はモテませんよ?」

「お前に気に入られる必要性を感じねえんだよ、……そう言う意味では特にな。で?苗字は?」


 腹芸なんざめんどくせえ。つうか、出来ねえ。死刑執行三日前でする必要性も感じねえ。


 正面から尋ねた俺を、シェリーは暫く観察し……やがてぽつりと、こう言った。


「ハルトマン」


 ハルトマン、ねぇ。別に珍しい苗字でもねえんじゃねえの?聞き覚えあるしな、ほら、俺の元上司のスカシ野郎とかもロベルト・ハルトマンだし?


 ………………………。


「ハァ?」

「そうやって睨まれるから言うの嫌なんですよ。確かに、面汚しです。勇猛にして、厳格。忠誠心に溢れた歴史あるハルトマン男爵家の。ですが……」


 流石に酔ってるのか。ごちゃごちゃシェリーは言ってたが……家名は今どうでも良い。上流階級様の事情になんざ興味もねえしな。気になるのは、一つだ。


「親戚にロベルトって奴いるか?」

「さあ。……家族多いので一人ぐらいいるとは思いますけど。それがどうかしました?」

「俺の元上司がハルトマンだ。ロベルト・ハルトマン。皇族特務作戦群第4団団長。知り合いか?」

「知りませんね。いえ、どこかで会った事ぐらいはあるのかもしれませんが、如何せん名乗りたがる人間の多い苗字ですし。親戚全部把握してられません。私勘当されてますし」

「男の風呂場につっ込むようなお嬢様はあまりにもふしだら過ぎるって?」

「……………色目使ってきた上官の背中撃ったからです」


 悪かったよ、怖ぇよ睨むなよ……マジでやりそうなんだよお前。

 とりあえずコーラを飲みつつ視線を逃がした俺を、何やら名家のお嬢さんだったらしい女王様は白い目で睨みつけ、それからため息を吐いた。


「ハァ……。より、正確に言えば……上層部に撃てと言われたから撃ったら、尻尾を切られてここに送られました」


 ……マジなのかよ。


「前の所属は?」

「帝国対蟲軍第6師団第2大隊……及び帝国軍内務直下特務作戦群第6団」


 所属が二つ?つうか、内務直下って……。


「スパイか?」

「軍警の一番黒い部分の一番端っこの人材ですよ。狙撃が得意……だったんです。適正審査に通ってしまった。私も一応、名家ハルトマンの端くれとして育てられましたから、帝国への忠誠心は持っていました。反乱の画策、賄賂、薬、人身売買……悪に見えたから帝国の為に上官を撃った。公式記録はフレンドリーファイアです」

「……マジで撃ったのか?人を?」

「そして私はスコープを覗くのが怖くなりました。拡大して切り取られた視界のど真ん中で人間が弾け跳ぶんですよ?私が引き金を引いた結果。ガトリングガンは素晴らしいですよね?狙わなくても当たる、多少手が震えてても関係ありません」


 そう言って、シェリーは思い切りウイスキーを煽り、頬杖を付きながら注ぎ直す。

 “バッカス”。……どいつもこいつも飲まなきゃやってられないらしい。


「リズは?なんでここに送られたって?」

「ある日理由もわからず配属されたと聞いてますよ?まあ、深く聞く気にはなりませんよ、ここでは」


 そして、シェリーは注ぎ終わったグラスを、俺の方へと押してくる。


 次はお前の番だろう?そう言いたげな、酔っても……あるいは酔ったからこそうわ面が薄らぎ鋭くなった視線で。


 それを目の前に、押されたグラスをそのまま押し返し、俺は言った。


「命令無視し過ぎた」

「その程度で送られる場所じゃないと思いますよ?」

「ああ、……俺もそんな気がしてきた。けど、マジでやらかしたのはそれ位だ。手柄欲しくて命令シカトして蟲につっ込みまくった。何回叱責されても直らなかったから、左遷された」

「皇族特務が?」

「それでやたら疑われてるのは、わからないでもない。どいつもこいつも俺をスパイ扱いしてるんだろ。もしかしたら、俺をここに送ったスカシ野郎もなんかしらそういう事企んでるのかも知れねえ。が、俺はマジで何も聞かされてない。そもそも俺がスパイできるように見えるか?」

「超絶無能か超絶有能のどちらかですね……内務直下にいた人間として言わせて貰えば」


 そう言って、シェリーはウイスキーの入ったグラスを手に取った。

 それを眺めながら、俺は言う。


「風呂場にまで入ってきた理由は?」

「イタズラです。……半分」

「もう半分の方を聞いてる」


 問いを重ねた俺を前に、シェリーはウイスキーを眺め続け、……やがて言った。


「私が蝙蝠だからです」

「ハァ?」


 蝙蝠?何言ってやがんだ?そう眉を顰めた俺を前に、シェリーは続ける。


「元の所属、元の職務の話ですよ。私が蝙蝠だってみんな知ってる。だから、表面的な情報を渡しては来る。けれど本音は皆教えてくれない。誰が何を企んでいて、本当にクーデターを起こしたがっているのは誰なのか。ジンくんは何か知ってるかと思ったんです」

「クーデター……ね。ジョークって言ってなかったか?」

「ジョークではありますよ。でも、本気でもある。ここにいる人はみんな心のどこかで考えてますよ。クーデターを起こしてやりたい。ここを抜け出したいって。ジンくんもじゃないですか?」


 クーデター起こそうとは思ってないが、……抜け出そうとはしてんな。

 そう黙り込んだ俺を前に、シェリーは続ける。


「ここにいる限り、明日死ぬかもしれない。でも、その記録すら残らない。その上……実験動物扱い。帝国を守っている訳ですらない」

「蟲を兵器にって話か?」

「元々はそう言う場所だったんですよ、ここ。15年前まで前皇帝肝入りで行われていた蟲の兵器化実験。その極秘試験の現場だったから、50年。記録に残せない非人道的な実験の為に、ここは“戦争欠乏症(ウォーレス)”に患った。皇帝陛下がご逝去為され、代替わりを果たし、ここは汚点になった。その尻拭いの為に、未だに“戦争欠乏症”。記録に残せないがある程度戦力を維持する必要のある流刑地です」

「だから、帝国に復讐する?汚点隠しの延長線上で消されるから?……あいつが間引きって言ってたのは?」

「長くいると気付くでしょう?気づかれると面倒でしょう?だから、定期的に起こる。“大蟲厄”に類する滅びが」

「……兵器化に成功してるって話か?」

「さあ。だったらそれこそここがある意味はないでしょうし……ただ定期的に蟲が大挙して襲ってくる土地ってだけかもしれない。答えがわかると思ってました?残念、無能なんですよ私も。……流刑者ですから」


 自嘲気味に吐き捨てて、シェリーはウイスキーを煽っていた。

 ……良くない酔い方してやがんな、こいつ。だがまあ、おかげで色々、情報が手に入ったな。


 クーデターはマジ、かもしれない。ウォーレスは蟲の兵器化実験の、……汚点隠し。


「それ知ってるから、中佐は皇族にビビってんのか……?」


 呟いた俺を前に、酔っ払いはふとぴたりと静止し、と思えば次の瞬間、だ。


「ハ、ハハハハハハハハハハハハハっ!」


 大笑いした。それこそ、イカレたように。

 それから、ウイスキーの入ったグラスを空にすると、どこか破滅的な、トロンとした視線を俺に向けて、言う。


「可愛いロイヤルナイツですね、ホント。……育ち良いんですか?」

「…………お前の親戚に腕力で仕込まれたかもな、最低限の礼儀だけは。なんだ?」


 問いかけた俺を、シェリーは頬杖を付きながら眺めて……それから、俺も面白くて仕方ないと言わんばかりの笑みを浮かべて、こう言った。


「軍曹ですよ、アイツ。ジンくんが中佐だと思い込んでるおじいちゃん。……ここに長年いるってだけで」


 ……軍曹?爺さんが?酔っ払いの妄言か?一体……。


「どういう意味だ?」

「アレックス・サルバス中佐殿は、……ああ。写真見たんじゃないですかぁ?あれ、そうあれです。ムカつく奴でしたね、ハハ……」

「おい、何言ってる?……消されたのが中佐って言ってるのか?」

「皆、びっくりしたんですよ。うまくごまかせたはずだったのに、ロイヤルナイツが来るもんだから……。ごまかさなきゃって。ほら、先に疑えば疑われないでしょう?だから配役が決まって、出来るからコントロールする役割だったんです私。でも、皇族……皇族ですか。フフ……」


 シェリーはぶつぶつ呟き、空になったグラスを眺めた。


「半分本気で半分冗談。グラスは満たされてたんです、不満で。でも誰も割る気がなかった。けどおじいちゃんが急に割っちゃったんです。引っ込み付かない状況になったから、皆とりあえず乗っかったんです、理由もわからずに。でも、そう、……皇族がいたからなんですね。大義が出来ちゃったんですね。だから……」

「……何を言ってるかわからない」

「はい。私も、酔ってて良くわかりません」

「わかるように話してくれるか?」

「素面で出来る話でもありません……。アルコールでも、とりあえず満たされてる気がしませんか?もう、どこまでふざけててどこまで本気なのか誰にもわからない。皆皆酔っぱらってる。悪酔いしてるんです。でも、誰も本当にグラスが砕けるなんて思ってない。望んでない……」

「……飲み過ぎだぞ?」

「はい、はい、……うん。ジンくんの言う通りですね。こんなだから内務で失格なんでしょうね、私は。だってまだ19ですよ?女の子です。ロイヤルナイツってちょっと期待しちゃいますよね?カッコ良いかなって。王子様かなって……。色仕掛けしたら味方になってくれるかなって」


 そして、トロンとした目で俺を眺めて、シェリーはテーブルに置かれた高級ワインを指で弄りながら、言った。


「開けて良いですか、これ。ねぇ~、ロイヤルナイツ~~~~、」


 スパイ崩れは完全に出来上がっていた。珍しいことに。

 それを目の前に、……俺は高級らしいワインのボトルを手に取って、言った。


「ダメだ。……これは四日後に祝杯にする。四日後に勝って、生き残って、全員で飲む。……それまでお預けだ」


 そう言った俺を、酒に飲まれたお嬢様は暫く眺め……そして次の瞬間。


 安堵と諦めが入り混じったような笑みを浮かべたまま、気持ちよさそうにテーブルに崩れ落ち瞼を閉じる。


 そしてほんの数秒後にはもう、寝息が居間に響き渡る。


 ……どいつもこいつも、飲まなきゃ安眠できないらしい。


 ハルは蟲が怖い。

 シェリーは、色々と板挟みらしい。

 リズに至っては……生まれから酔っ払いの悪い夢みたいだ。


 そして最悪な現実として、3日後に死刑の執行日が来る。


 俺も……なんだかんだ酔ってるのかもしれない。秘蔵の高級ワインを前に、思うことは一つだった。


「……祝杯、だよな」


 ……ごちゃごちゃした謀略はどうでも良い。

 俺が今一番気にして、一番目指すべきものは、一つだ。


 ハァ。……めんどくせぇ事全部スカシ野郎に投げて、雑な鉄砲玉で居られる訳じゃないらしい。なんつうか……部下ができたような気分だ。


 寝息を漏らす“バッカス”の面々を眺めながら、酒に弱い俺はコーラを傾けた……。

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