5 酒場の報せ 後
「君はなぜここに送られて来たんだい、ロイヤルナイツ」
酒場の最中。ルイ・カーヴィンは問いかけてくる。
なぜ、俺がここに送られたか?
「命令無視常習し過ぎたんだよ。それが?」
「何かしらの密命を帯びてきたんじゃないのかい?この基地の内部調査とか」
「そんな命令受けてたとしてもてめえらに言う訳痛ェ……。おい、シェリー、蹴んなよ、なんだよ……何なんだよテメェは!」
「なんなんだよはこっちのセリフですけど?なんで一々敵を増やす方の喋り方しちゃうんですか、ジンくんは」
「ハァ……?」
敵を増やす喋り方……?んなこと言われてもよォ。
「知らねえよ、んな細かい事。俺は蟲狩り専門だって言ってんだろ?敵は蟲だ。人間は基本全部味方。ちげぇのか?少なくとも軍隊入ってから、俺はそのつもりでいる。優良人種様は違うのかもしれないけどな」
そう言った俺を、シェリーは何か言いたげに眺め、……脇でリズにあやされていた猫が、「にゃ~~~っ、」とか言いながら俺の膝の上に移動してぐで~っとなった。
なんだよ、軍曹殿。同意してくれんのか?まあ、こいつも俺も被差別人種だしな……。
なんか照れくさい気がしてきたな。飲むか、俺も酒。飲んでも良いかもしれねえな。
そんなことを思いながら手にある酒を眺めた俺へと、ルイが言う。
「重い言葉だね。差別された末の願いかな?」
「別にそんなんでもねえよ。いちいち背中にまでビビっててもキリがないってだけだ。殴られてから殴り返す分には、やるけどな」
「リアリストだね、意外と。そしてロマンチストでもある。現実を見た上で願望を口にしている。だが、世の中はだいたい、願いとは逆の方向に進む」
「俺はジャムった銃と舐められることと説教が大嫌いだ」
「説教じゃないよ。……君は、この可能性を考えていない。君が絶対的な敵と考えている蟲が、」
と、ルイが言いかけた、その瞬間、だ。
ふと、酒場の戸が開き、一人の人物がその場に踏み込んでくる。
老人だ。襟章をつけ、コートに袖を通した、老人。
その姿に、……流石に司令官相手には直接無礼講じゃないんだろう。酒場にいた兵士たちは全員敬礼し直立不動の姿勢も取る。
俺もまた習い……その拍子に俺の膝に解けていた猫が地面に落ちた。
「ふぎゃっ!?もう、にゃに~~~~?はぎゃっ!?」
そして猫も慌てて敬礼していた。……敬礼は良いんですが、一度酒瓶は置いた方が良いんじゃないでしょうか、軍曹殿。
そんなことを思った俺の耳に、入ってきた老人――中佐殿の声が届く。
「楽にしろ。……長話をしに来た訳でも、諸君らの団欒を邪魔しに来た訳ではない。ただ、諸君らに報告すべき事象が発生した。“
その言葉に、酒場のそこら中で戸惑うような声が漏れる。
それもそのはずだ。“大蟲厄”――言ってしまえば蟲のお引越しだ。何らかの理由で巣を失った蟲の大群が、別の住処を求めて移動する現象。その進行方向上にある性別は大抵、食いつくされる。食欲旺盛な幼体が、移動と言う運動をこなすために、無作為に何もかも。
「現状で“大蟲厄”と断言できるものではない。が、それに類する規模の2種の移動が発見された。進行方向上にこの基地がある。現在確認された限り、その数は300。3日後に迎撃任務を行う」
3日後?……急な話だな。つうか、
「……中佐殿!この基地、単独でですか?“大蟲厄”なら、最低師団規模は動員されるはずですが」
そう声を上げた俺に、爺さんは鋭い視線を向け、言う。
「普段通り、この戦闘は記録されない。……3日後に蟲狩りだ。総員、そのつもりでいるように」
それだけ言って、爺さんは酒場を後にしていった。
マジでそれだけ言いに来たらしい。司令官様が直々に。いや、だが、……それに足る事件ではある。
“大蟲厄”の迎撃は、地獄だ。普通にやったら師団が半壊する戦闘だぞ?それを定員割れの分隊8つ……多く見積もっても中隊規模でやる?
衝撃的な話だったからだろう。さっきまで騒がしかった酒場は静まり返っていて、俺の横にぺたんと座り込んだハルは、酒瓶をラッパ飲みしていた。そうでもしなきゃもたないんだろう、このビビり猫は。
俺はその隣にぺたんと座り込み、コップを傾けた。禁酒とか言ってられる場合じゃない。
「……俺は3回“大蟲厄”につっ込んでまだ死んでない。勝ち方までは知らない。生き延び方なら知ってる」
俺の気休めに、ハルは酒瓶を下ろして頷き……そしてすぐまたラッパ飲みを始める。
そこで、俺の前を誰かが横切った。ルイだ。俺とは逆に飲む気分じゃなくなったのか……つうか、
「さっきの話は?さっき何言い掛けたんだあんた」
そう言った俺に、ルイはちらりと視線を止め、言った。
「間引きだ、これは」
「ハァ?」
「……話す気分じゃなくなった。悪いね。あとはシェリーに聞いてくれ」
そして、ルイは歩み去っていく。間引き?
「……どういうことだ、シェリー」
問いと共に視線を向けた先。ずいぶん様になる調子で頬杖をつきウィスキーを傾ける女王様は、言う。
「ここ。“ウォーレス”。なんだと思います?」
「どういう意味だ?」
「コスパ悪いと思いませんか?蟲と人間、1対1交換でまだ良い方なんて。資源の無駄です」
「だから?」
「蟲を兵器にできれば良いのにって、思いません?」
「それがどうここに繋がるんだ?」
「実験場が必要でしょう?……非人道的でしょう?兵器には仮想敵が必要でしょう?定期的にあるそうですよ?今回みたいな、“大蟲厄”に類する規模の蟲の侵攻が」
「……人為的なもんだって言いたいのか?」
「噂ですけどね。……それこそ、クーデターと同じような噂話です」
そして、シェリーは席を立つと、地面にぺたんと座ったハルへと抱き着いていた。
……いよいよ、死刑宣告された罪人みたいな気分だな。
俺はグラスのウイスキーを一気に飲み干して、椅子に座り直す。
“大蟲厄”。……3回生き延びたって言っても、精鋭の一員としてだ。ハルとシェリーが同じくらい動けるとしても、3人。3人か……。
飲むしかねえよもう、クソが。
俺はボトルへと手を伸ばし……と、そこで、だ。
大人しく椅子に付いていたリズがボトルを手にし、俺のグラスへと注いでくる。
戦闘中基地にいるだろうから、リズは生き延びる公算が高いか?いや、進行ルート上にこの基地があるなら、どっちにしろか。
注がれるウイスキーを眺めた俺に、リズはふと、警戒するように周囲に視線を散らして、そっと耳打ちしてくる。
「あ、あの……内緒話、して良い?」
「なんだよ……」
耳を近づけた俺に小声で、リズは囁く。
「あの、あの……話、戻るんだけど。ロケットって、銀色の奴?」
……………………色言ったか俺。言ってねえよな……。
ゆっくり視線を向けた俺へと、長い前髪の向こうで、どこか困ったように視線を逸らしながら、リズは小声で言う。
「あの、……あ、ええっとね。誰にも言ってない、これ。だから、あの……」
そこで、リズは俺の顔を覗き込んで、小声でこう囁いた。
「裏切ったら、わかるから。あの……売らない、でね。ロイヤルナイト」
そう囁いて、リズはまっすぐ、困ったように俺を見据えていた。
……頭痛の種しか目の前に散らばってない。ああ、飲まなきゃやってられない。
だってのに……グラスを傾けても、ちっとも、酔える気がしなかった。
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