4 酒場の報せ 前

「酒場なんてあったのかよ……」


 夕暮れの基地の最中、さっき撮られたばかりの写真。腰にタオルだけ巻いて裸コートで切れてる俺に踏まれながら俺のタオルの奥を興味深々と覗き込んでる軍曹殿の写真を眺めながら、俺は歩いて行った。


「ふにゃっ。にゃっ……シャァァァァァァっ!」


 おのれの沽券でも取り戻したいらしい猫にじゃれつかれつつ背伸びして写真に手が届かないようにしてやったりしながら。

 そんな俺に、先導していくシェリーが言う。


「はい。まあ、基地内の食堂なんですが、ほぼほぼ酒場みたいになってます。美味しいんですよ、料理もお酒も」

「へぇ……」

「シャァっ!……ハァ、届いた……。まったく……」

「あ、足元のところだけ切って、ハ、ハルだけ、写ってないことにして、とっとこ?」

「にゃ~~、」


 やっと写真を奪取した猫と表に出てこないだけで大分黒いオペレータが俺の変態的ほぼ裸コート写真を捏造する企みを繰り広げていた。

 そして女王様は振り返り言う。


「……後、名物はクーデターの画策ですね」

「そいつは平和な話だな」


 適当に皮肉を言った俺の前で、女王様は酒場の中へと消える。

 その中へと、俺も踏み込んでいった。


 外から見た限りは普通のレストランだった。軍の建物とは思えないガラス張りで、それこそ普通のレストランをそのまま使ってるんだろう、酒場。


 中は、酔っ払いでにぎわっている。


 全員軍服を着ている。別の分隊の奴らだろう。酒瓶を片手にカードで遊び、たばこを咥えてダーツに興じ、従業員が料理を運んでいる。


 そして、その中から数人、声を投げてくる。


「おい、……珍しいな!お嬢さんが来たぞ!愛想振りまいてくれよ、シェリーちゃん?」


 女王様は笑顔で中指を立てていた。ハルとリズへのヤジもあり、それらをハルは無視。リズは苦笑していた。


 いつもこの調子なのか?友好的なのか舐められてるのか半々だな。

 そんなことを思った俺へも、ヤジが飛ぶ。


「お~い、女の子増えてんじゃ~ん」

「可愛いな新入り~、上官に可愛がられそうな顔してんな」

「銃より別のモン握った方が似合いじゃねえのか?」


 …………ほう。人種に対する言及がねえな。まだマシな方の基地かもしれない。ハルがなじんでる場所だからか?


 まあ、それはそれとしてだ。


「なんだとクソが!おい、今言った奴表出ろよォ……二度と舐めた口聞けないようにしてやるよED野郎が」


 中指立てて挨拶したら大笑いが返ってきた。そして、指をぽきぽき鳴らしながら、何人かがこっちへと歩み寄ってくる。


 腕を組んで俺は奴らを睨みつけ……そしてそんな俺と野郎どもを無視し、シェリーたちは何事もなかったかのようにテーブルに付いてメニューを眺め出した。


 ………………止めねえのか?


「まとめて舐められるとめんどくさいのでちゃんと絞めといてくださいね、ジンくん」

「なにのみゅ~~?」

「う、うん。……と、とりあえずウォッカ」


 そして従業員たちはスペースを開けようとするようにテーブルを退かしていた。

 そうか。喧嘩は日常茶飯事か。まあ、だろうな。


 もはや納得しかないまま俺は腕を組み、新人歓迎会を開こうと腕をまくってくる男達を睨みつけた……。


 *


 まあまあ強かった。やっぱ腕の良い奴が集まってきてやがんのか。

 それとも、強い奴だけ生き残ってるから、動ける奴ばっかりなのか。


 とにかくまあ、3人ぐらいぶちのめしたところで、俺の自己紹介はもう十分らしい。


 挑戦待ちの奴らは当たりだなんだ言いながら席に戻って行き、俺にぶちのめされた奴の内意識のある一人が、好きなもん頼めと言って俺にコインを投げてきた。


 それを受け取り、「まいど」とだけ返事をして、俺はシェリーたちのいるテーブルに歩んでいく。


 数分目を離しただけで早くもテーブルは酷い有様になっていた。

 なんで開いたジョッキが5個ぐらいあるんだ?なんでウイスキーの瓶が半分空になってるんだ?


「ふにゃ~~~、」

「は、はい……ぴ、ピーナツ……」

「ふにゃ~~~、」


 ソファに横になった猫に膝枕しながらリズが餌付けしていた。まあ、結局いつも通りだな。隊舎でやるか酒場でやるかの違いしかない。


 が、……外だからだろう。知らない奴がいる。


 パチパチパチと、歩み寄った俺に拍手してる男だ。茶髪で長身。割と理性的な顔をしてる男。どっかで見た覚えがあるな……ああ。


「ハンマー持ってた奴か?あの武器使いもんになるのか?」

「微妙だったね。大味な割に機構が複雑すぎた。また別のアイディアを試そうと思うよ」

「ふ~ん、」


 適当に返事をしながら、俺は男の向かいに腰かけ、視線を横――さっきまでこの茶髪と何か話してたらしいシェリーに向ける。


「ルイ・カーヴィン。……この基地の最先任の一人ですよ」

「最先任……古株か」

「ここに来てもう5年くらいだね。ボクは、ルイ・カーヴィン少尉だ。よろしく、ジン・グリード伍長」


 その言葉と共に、茶髪――ルイは、敬礼をする。

 それを前に、俺は慌てて席を立ち直立不動の姿勢を取った。


「ハッ!ご挨拶が遅れて申し訳ありません、少尉殿!ジン・グリード伍長であります!」


 この俺が敬礼を忘れた?スカシ野郎に仕込まれた上に下手に忘れると人種の問題で一層目の敵にされるからそこだけは徹底してた俺が?忘れた?


 腑抜けたって言うのか……。

 内心ショックを受けた俺を前に、ルイ少尉は言った。


「かしこまらないでくれ。ここで階級を持ち出しても仕方ないしね」

「ハ!……はい。ですがあの、少尉?士官まで送られるんですか、ここは」

「たまにね。……上に黙って新兵器使って実戦で試した末、大失敗で損害を出した狂人とか。ハハハ、」


 ハハハじゃねえよ、笑えねえよ……。

 頬を引くつかせた俺へと、シェリーが言う。


「新兵器暴発させて味方の武器庫壊したらしいですよ。それでここに送られてきたから、過去の失敗を教訓に自分で新兵器作って使って失敗したら持ち前のフィジカルで生き残る系の自称技師です」

「いろんな意味でやべえ奴じゃねえか……」

「あと、……クーデターの首謀者です」

「ジョーカーで出来たフルハウスかよ……」


 命令を無視する少尉で。新兵器を作るマッドサイエンティストで。しくじっても自力で生き残る人外で。かつクーデターの首謀者……。


 どこまで本気なんだ?


 疑い混じりに眺めた俺に、少尉殿は笑顔と共に言った。


「若い頃は死神ってよく言われたよ、味方からね」

「味方から呼ばれんのはマジでやべえだろ……。つうか、クーデター……」


 俺はシェリーに視線を向ける。これはいわゆる面通しなのか、と。

 そんな俺から視線を逸らし、シェリーは言った。


「お風呂場の記憶は消えました。屈辱の余り」


 めんどくせえ部分だけ女残してんじゃねえよこのクソ女王様がよォ。流せよ水によ……裸コートしてやっただろうが。


 と、睨みつけた俺を横に、口を開いたのはルイだ。


「クーデターに興味があるのかな?まあ、この基地にいる人間は皆そうだろうね。だから代々、クーデター計画が継承されてる」

「継承……?」

「ジョークなんだよ。こんな場所逃げ出してやるっていう、囚人の冗談。キャリアが長い者が代々クーデター計画のボスになるんだ。酒を片手にね」


 そう言って、ルイは酒の入ったコップを片手に持ち上げた。

 するとそれが合図になったように、酒場にいた兵士たちが同じように酒を掲げ、口をそろえて歌い出す。


 酒場の唄だ。あるいは、暇を持て余した軍人が行軍中に歌う唄。

 蟲を狩れ。死を恐れるな。死を恐れろ。自由を寄こせ。敵は南に、反旗を起こせ。


 音程も何も無茶苦茶な歌。それが大音響に、酒場を包む込む。

 そして唄が終わればまた大爆笑の酒場の賑わいだ。


 それを見回した俺に、ルイは言った。


「……その気がないんだよ、誰も。ここにいれば少なくとも、酒には困らない」

「じゃあ、なんで……この流行り唄の事は、中佐は知らないんスか?」

「いいや、知らないはずはない。だが、君……ロイヤルナイツには相談した。中佐殿ももうお年だから、耄碌していらっしゃるのかもしれないね」

「耄碌……全部爺さんの妄想?」


 じゃあ、俺の栄転はどうなる?皇族のクーデターって話は?つうか、


「職員が殺されたって話は?あの写真はマジだろ?ロケットも……」

「ロケット?」

「殺された職員が、写真付きのロケット持ってて。その写真が、エギル・フォーランズっていう……」


 言いかけた俺の足にふと、痛みが走った。蹴られたのだ。シェリーに、テーブルの下で。


 それに文句を言おうとした俺の前で、シェリーがふと立ち上がり、言う。


「あ~~、ジンくんの飲み物ないじゃないですか~。は~い、特別に注いであげますね……。二つ目、」


 ボソッと、俺に酒を注ぎながらシェリーが言ってくる。押し倒した時と同じくらいのキレ具合な目をしながら。


 二つ目?ああ、あの時の教訓2か?なんだっけ?やたら情報漏らすなとか?


 …………おい、どうしてこの場でその話出てくんだよ。面通しじゃなかったのか?どんだけごちゃついてんだよこの基地……。


「エギル・フォーランズ……。の、写真が入ったロケット。へぇ……」


 ルイが呟いていた。興味深いと言いたげに、その視線を鋭くしながら。

 どういうことだ?こいつにも情報漏らさない方が良いのか?いや、聞いてみるか。


「そのエギルなんとかは有名なんスか?」

「知らないのか?……皇帝になれるはずだったのに謀殺された男だよ。それに近しい人間が、この基地にいる……?」


 知らなかったらしい。皇族中心のクーデターじゃない?いやそもそもクーデター起こす気もなかった?


「殺された職員って言うのは?犯人は?」

「見つかっていない。彼は……そうだね。彼こそクーデターを熱心に調べていた。止めなければならないとね。そしてある夜に、殺された。ボクたちを囚人と見下す人間だったし、別にボクらも追及しなかったんだが……。大規模な調査がなかった理由はそれか?」


 考え込むルイを横に、シェリーがチラッと視線をこちらに向けてきた。咎める視線だ。余計な事言いやがって、と言わんばかりな。


 そうやって睨みつける位なら先に口裏合わせてくれよ。つうか、お前の立場もわかんねえよ。どうなってやがんだ一体……。


 眉を顰める他にない俺へと、ルイは視線を止め、問いかけてくる。


「君はなぜここに送られて来たんだい、ロイヤルナイツ」

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