3 ハニートラップ

「ハァ……。はぁ~~~~~~~~~~~~、ふぎゅっ」


 任務を終えて隊舎に帰り着いた瞬間に軍曹殿は酒瓶を抱えてソファに丸くなった。


 なんつうか……もう好きなだけ飲めよゲロ猫。お前の境遇聞いた上でその幸せの源取り上げる気になんねえよ、もう。いやそもそも取り上げる気は元からなかったけどな。


 とにかくまあ、寒い外から戻って早々、猫は酒で暖を取り始めた。そして俺は、風呂場に向かう。


 どうやら、リズが沸かしといてくれたらしい。まあ、それに関しては今回だけじゃなく戦闘の時もだが、基地に入る分出迎えの準備をしてくれている。


 そこだけ切り取ると快適かもしれない。女に囲まれて、とかではなく、単純に生活の質として快適。豪邸と言って良さそうな広い家に住んで、酒は幾らでもある。俺は飲まねえけど。


 食い物もまとも。……スラム暮らしからは考えられない程、快適ではあるだろう。

 皇族特務の頃は?そもそも戦地飛び回っててほぼ野営だったしな。

 だから……。


「フゥ……快適、か」


 呟き、俺は湯船に深く身を沈めた。浴槽があるってのも軍隊じゃほぼないような境遇だが、元が民家だからなんだろう。


 風呂も浴槽もやたら広い。数人足伸ばせるぐらいのデカい風呂だ。これも含めて考えると……。


(……流刑地って割に待遇良いよな)


 死刑囚に最後の楽しみを、ってな感じなのか。もしくは、それなりの待遇を用意して脱獄を考えないようにさせてるのか。


(そもそも、なんなんだここ。なんでわざわざ記録されない戦地を作ってるんだ?蟲がやたら来る立地に。忠誠心怪しい奴ばっか集めて)


 俺は命令無視。ハルは敵前逃亡。死刑にするには軽い罪人の流刑地。だが、……皇族の隠し子も、いる。それは、偶然か?


(元々そう言う用途?爺さんが聞かされてないだけで、……そもそもここに送る決定してるのは爺さんじゃないって話だし……)


 なんかやっぱきな臭い気がする。訳アリばっか送られてるのか?

 公式記録に残さない戦闘を繰り返させる意味は?


(…………実験?)


 なんのと言われるとわからないが……何かしらの実験地にされてて知らない間に協力させられてる、可能性がある。


「……頭使うの嫌いなんだよ、めんどくせぇ」


 なんでこんなごちゃごちゃ考えなきゃなんねえんだよ。蟲見つけて殺すだけの気楽で終わってる日々に戻してくれよ。つうか、戻るために頭使わなきゃなんねえんだけどな。


「ハァ……」


 俺は深くため息を吐いた。と、そこで、だ。


 ふとガラっと、風呂場の戸が開いた。


 そうしてこの場に踏み込んできたのは、シェリーだ。金髪のお嬢様っぽい容姿の少女。スタイルの良い体躯に何も身に着けず、垂らしたタオル一枚だけで辛うじて体を隠している女。


 そんなシェリーは、湯船につかっている俺を眺め、呟いた。


「あ~~~~、まあ良いか」

「良くねえだろうが!?何考えてやがんだお前は!?」

「そんな興奮しないで下さいよジンくん。……怖いですよ?」

「怖いのはお前の行動だろうが……」


 マジで何考えてやがんだこの女。何しに風呂場に突入してきやがった。

 睨みつけた俺の前で、シェリーは普通に浴槽に身を滑り込ませると、一応タオルで胸を隠し続けながら、「フゥ……」と息を吐く。それから、その視線を俺に止めると、言った。


「イヤ~ン、」

「イヤ~ンじゃねえよ!マジで何考えてんだお前は……」

「まあまあ、落ち着いてくださいジンくん。もしくはもうちょっと露骨に動揺してください。せっかく身体張ってるのにリアクションが中途半端で面白くないですよ?私はツンツン跳ね返ってそうな子の醜態が見たいだけなのに……」

「何言ってやがんだお前……」

「娯楽の少ない場所じゃないですか~。お酒くらいしか楽しみないと思ってたら玩具が配属されてきたから……」

「誰がてめえの玩具だ」

「反応しちゃったらもう自供してるようなモノですよ?」


 ………………クソがよォ。


「出てけ。……つうか、わかったもう良い。俺が出てく」

「まあまあ、ジンくん!そう言わずに、もうちょっと仲良くしましょうよ~。ハルちゃんとは仲良くデートしたじゃないですか~」


 そんなことを言いながら、シェリーは立ち上がろうとした俺へとさっと近づいて来た。


 いや、近づく所ではない。ほとんど抱き着くような距離にまで、密着してくる。

 タオル一枚でギリギリ身体を隠したような恰好で、だ。


「な、何考えてやがる……」


 それだけ言って逃げようとした俺へと更に詰め寄り、俺の目をまっすぐ覗き込みながら、シェリーは言った。


「デートの話聞かせてくださいよ、ジンくん。浮いた話ってテンション上がるじゃないですか~?だから、ね?……聞かせてください」


 そこで、グイっと、何か硬いモノが、俺の腹にめり込んだ。硬質の、円筒形の物体。


 視線を下ろしてみる。谷間があった。豊満なバストを抱えるような腕と胸の間にタオルが挟まっている。そして、そのタオルの裏に隠し持っていたらしい銃口が、風呂場で何も身を守る物を持っていない俺の腹に押し当てられていた。


 そして、この状況をなんとも思っていないらしい女は、俺の目をまっすぐ覗き込みながら、問いかけてくる。


「……ハルから何を聞きましたから、皇族特務」


 その雰囲気、問いを前に……俺は漸く今どういう状況か理解した。


「ハ、ハニートラップかよ……」

「あァ、良いですね。萎えてますね。がっかりしてますね。声上ずっちゃってますね~。体面維持しつつも期待してたんですね、フフ……で?素直に吐いた方が身のためですよ?」


 軍属故に体を張ることに抵抗がないドSはニコニコしながら俺の腹に銃口を突きつけ続ける。


「吐くも何も、俺はなんも……」

「ジンく~ん?……痛い思いするかイイ思いするかの二択ですよ?ジンくんは、賢い子ですよね?」


 シェリーは俺に身を預け、胸を押し当ててくる。……その下で、銃口はさらに深く、俺の腹に押し当てられていた。


 あらゆる意味で選択肢がない2択である。つうか、どっちに転んでも俺もうこれ殺されるんじゃねえか?


 どうする……。いや、とりあえず正直に答えるか。


「酔わなきゃ戦えない。蟲にトラウマがある。人種的な問題で敵前逃亡扱いされてここに送られてきた、アイツは」

「それ以外は?」

「聞いてねえよ、なんも……」

「ふ~ん……」


 呟き、シェリーは身を離す……ことはなく、まだまだ俺の目を覗き込みながら、続けた。


「じゃあ、質問を変えます。今朝、呼び出されてましたよね。……中佐に何を吹き込まれたんですか、」

「……ッ、」

「あら~~。やっぱりちょっと弱らせると素直ですね、ジンくん。で?おじいちゃんに何を言われたんですか?」


 クソ、疑惑の元そこか。けど、呼び出し一個でここまで過剰反応するってことは……こいつは確実に探られると痛い腹がある。なら……居間この瞬間は逆にチャンスか?


 シェリーが皇女なのかはわからないが、反乱側の人間ではあるだろう。なら、


(……取り入れば、)


 ……手掛かりに近づける。

 暫し考え込み、俺は言った。


「殺人事件があったんだろ?」

「殺人?」

「……司令部の人間が殺されたんだろ。兵士の反乱を探っていた奴が。その話を、聞かされた。死んだ奴が、……皇族の忘れ形見持ってたとかな」


 俺がそう言った瞬間、シェリーは戸惑ったように「皇族……?」と呟き、視線をさ迷わせる。


 こいつが皇族じゃねえのか?いやそもそも、皇族の話を知らなかった?

 まあ、良いさ。ああ、とりあえずしおらしくしとくのはここまでだ。


 シェリーが俺から視線を離すと同時に、腹部に押し付けられてる硬い感触が、緩んだ。


 その一瞬の隙を見つけた瞬間に、俺は動く。


 俺の腹に押し当てられている銃。それをタオルの上から掴み取り、シェリーの手首をねじるように、奪い取ってそこらに放り投げる。


 同時に、完全に油断してたらしいシェリーの首を逆の手で取り、その場に力づくで押し倒した。


「あ、ぐ……」


 うめき声をあげるシェリーの首を掴んだままに、その体を湯船に沈めてやる。

 そして数秒そのまま湯船に押し込んだ後、俺はシェリーの首を掴んだまま、その顔を水面から出してやった。


 お湯でも飲んだのか、シェリーが盛大に咳込んでいる。

 それを見下ろしながら、俺は言った。


「それから反乱の話だ。皇族を中心にしたクーデターを目論んでる奴らがいるかもしれない。それを探れ、皇族特務。うまくやれば中佐と俺、二人でこの辺境から栄転だ。そういう……取引の話をしたんだよ。だから、良い勘してやがんな、シェリー」


 呼びかけた俺を、立場が逆転して俺に優位性を奪われた女王様は、めちゃめちゃ苛立たし気に睨み上げてくる。

 それを見下ろしながら、俺は続けた。


「けど、俺はそれにノる気はない。むしろクーデター自体に興味深々だ。デカい反乱起こすんだろ?楽しそうじゃねえか……俺も俺を左遷した帝国様にムカついてるからな」


 嘘である。クーデターなんざ1ミリも興味ねえ。だが……取り入るってのはこういう事だろ?嘘ついて仲間のふりして情報引き出せば良いってだけだ。


「碌な人生歩んでないスラム上がりだ。……のし上がる道なくなったってんならぶっ壊してやる。俺も仲間に入れてくれよ、シェリー。誠心誠意頼んでるだろ……?」


 細い首を掴んだままそうお願いした俺を、シェリーは睨み上げ……そして、次の瞬間、だ。


「グスっ……」


 ……涙ぐんだ。そして次の瞬間、蚊の鳴くような声で呟く。


「……イタズラしてただけだったのに……」

「…………………ハァ?」


 イタズラしてただけって……体張って玩具(オレ)で遊んでただけだって言いたいのか?


 そんな言い訳……こいつに限ってないとは言い切れねえ。

 そう思った俺の手から、力が抜けたのだろう。その瞬間、だ。


「チョロいですね、ジンくん!」

「あ?……アァ!?」


 俺の視界がグルっと回転した。俺の身体が宙にある……巴投げを喰らった?

 と、勘付いた直後に、投げ飛ばされた俺は湯船につっ込んでいた。


 一瞬上下がわかんなくなったが俺はすぐに水平感覚を取り戻し、ざばっと湯船から起き上がった。


「テメェなァ……おわっ、」


 唸りながらシェリーを睨みつけようとした俺へと、何かが飛来して頭に当たる。


 銃だ。さっきまで俺に突き付けられていた銃。いや、銃にしてはおかしい。湯船に、浮いてる……?


「仲間になりたいなら、3つ覚えといてくださいね、ジンくん」


 声に視線を向けると、タオルを改修したらしいシェリーがそれで体を隠して、風呂場のドアの前に立っていた。


「1つ、女の涙はまずとりあえず疑うべき。2つ、……皇族は初耳です。情報流す時は相手がどの程度把握しているか確認しながら吐くべきです。そして、最後に、一番重要なことが、3つ目」


 そこでシェリーは風呂場のドアを開けながら、言う。


「……私押し倒されるの嫌いです。次やったら潰しますよ?」


 そして、シェリーはバンと大きく音を鳴らして風呂場の戸を閉め、消え去って行った。


 それを見送り……俺は目の前に浮かんでいた銃を手に取り、そのトリガーを引いてみる。


 ピュ~っと、お湯が放物線を描いて飛んで行った。


「……紛らわしい玩具持ち出すんじゃねえよ。つうか、結局どっちなんだよ……」


 イタズラだったのか?ガチでハニートラップだったのか?どこまで酔っ払いのジョークでどっから軍人の行動なんだよ、わかんねえよ……。


 俺は一つため息を吐き、静かになった風呂場で伸びをすると、とりあえず一つだけ確実なことを思い出して、呟いた。


「巨乳だったな……」


 もう、とりあえずそこだけ覚えとけば良いだろ。どさくさに紛れて触ってやれば良かったか、クソがよォ……。


 いろんな意味でもうこの風呂出たくねぇ……。どう転ぶにしても後が怖すぎるだろうが。

 ハァ……。


 *


 で、結局どこまでが冗談でどこまでが本気だ?


 皇族の事は初耳だと言っていた。つまり、皇族中心のクーデターじゃない?だが、シェリーの言っている内容的に、クーデター自体はありそうで、シェリーはそちらの人間。


 ハルとの会話の内容を気にしていた辺り、ハルもそちら側?そして、中佐とは暗に敵対状態?


 ……水鉄砲だったせいでマジで本気度がわからない。脅す気はあったが殺す気まではなかった、とかか……?


 そんなことを考えながら、流石にいつまでも引きこもっている訳にも行かず、俺は風呂場を後にした。


 そして廊下に踏み出た……その瞬間、だ。


「ふぎゃっ……」


 猫を踏んだ。視線を下ろしてみると、酒瓶を抱えた軍曹殿が廊下でゴロゴロしていらっしゃった。


「……何してんだよお前」

「おふりょで、ぷりょりぇ……フにゃぁっ!?」


 トロン、とこっちを見上げた軍曹殿が悲鳴を上げて固まった。

 そしてしばらく目を見開いて俺を見上げた直後、なんか一瞬だけ素面に戻ったらしい。そ~っと視線を横に逃がしながら、こうおっしゃる。


「どうして……服、着てないんだい……?」


 どうして俺が服着てないか?どうして下着まで没収された結果タオル1枚腰に巻いて風呂場を後にしてるかだって?んなもん決まってんだろうが……。


「女王様押し倒したら腹いせに服隠されたんだよ……」

「やっぱり、裸族なのかい……?」

「聞けよオイ……」


 そしてちらちら見上げてくんなよ俺のショットガンをよ。見るなら見るで堂々と見ろや、軍属だろ軍曹殿も。


 と、そこで、だ。


「あ、あの……」


 気弱そうな声と共に、物陰から顔を覗かせたリズが、服を手に俺の元へと歩み寄ってきた。


 そして、服――と言うかコートを俺に差し出しながら、言う。


「しぇ、シェリーが。……たまには、そ、外で飲もうって……」


 どこか気恥ずかしそうにそう言って、リズはどこか逃げるように、物陰へと駆けて行った。


 服を持ってきてくれたらしい。やっぱりリズはこの空間で唯一の良心だと最初は俺も思ってたが違う。なんだか悲しいことにリズもまた軍隊の雑なノリに染まり切っている。


 渡された服を眺めて、俺は呟いた。


「……この状況でコートだけ渡されてどうしろってんだよ、クソが……」

「………………………」

「軍曹殿はいつまで覗き込んでるんですか、あァ?」

「へ?あ、……ふにゃ~~~~~~、」


 ごまかすように猫は酒瓶を抱えて丸くなった。

 向こうの物陰で、立ち去ったと見せかけて物陰に潜んだリズがこっちを覗き込んできていた。


 更にその物陰の下の方には、伏射姿勢でストロボカメラを構えている女王様の姿があった。


 ……俺は、コートに袖を通した。

 どう考えても気まずくなるよりマシだろうが、クソがよォ……。

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