2 対蟲警戒網整備任務

 “蟲鈴”。それは、言ってしまえば警報器だ。基地の傍や蟲の襲来が頻繁な地区に設置される、事前に敵の襲来を知らせるためのアラート、センサー。


 “蟲鈴”も“羽虫ドローン”も、あるいはインコムも全て、蟲を調査研究して作られた代物だ。蟲の能力――広域察知や飛行、あるいはテレパシーの様なトップダウンの意思疎通を研究して模した代物。


 蟲由来とはいえ装置だから、定期的な調整や点検は必須。“蟲鈴”なんて一番重要だ。それがなければ戦う準備を整える前に全員蟲に食われて死ぬんだから。


 だから、その点検に向かうために、俺はゲロ猫と二人、コートを着込んで雪道を歩いていた。


 葉の代わりに雪の生い茂った枯木の立ち並ぶ、真っ白く酷く寒い景色。

 インコムは付けてる。だが、通信はオフ。ただの点検任務だから、“戦術支援官”が常時ついてるわけじゃない。


 実質二人きりだ。……どちらかが消えても、雪道で遭難したって嘘が通せる状況シチュエーション


 俺の手にはいつものショットガンがある。装填はしてない。

 ゲロ猫の手にあるのはチェーンソウブレイドだ。装填は必要ない。トリガーを引けば蟲の殻すら熱したバターみたいに出来る刃物。俺のショットガンにも一応銃剣はついてるが、受け止めようとしてできるものでもないだろう。


(拳銃でも持ってくれば良かったか?趣味じゃねえけど……)


 そんなことを考え、警戒しながら歩むこと暫く。軍曹殿はちらりとこちらに視線を投げると、呆れたように呟いた。


「ハァ……。悪かったよ」

「あァ?なんの話だ?」

「君に盛大にマーキングした話。アレでずっと怒ってるんだろう?だからって、殺気まで向けてこないで欲しい。怖いよ」


 マーキング?ああ、ゲロぶっかけて来やがった話か。


「別に怒ってねえしまるで根に持ってねえよゲロ猫」

「ならその呼び方を変えて欲しいね。ハルだよ、ハル・レインフォード。……ああ、アレだね。位置、記憶して。あとこれ持ってて。トリガーは引かないように」


 そう言って、軍曹殿は俺へと手に持っていた武器――刃がチェーンソウになった片刃の剣を渡してきて、枯木の内の一つ。そこに設置されている“蟲鈴”へと向かって、それこそ猫の様な身のこなしで木登りを始めた。


 傘と蟲の目のついたカメラ、と言った形状の物体だ。普通傘はついてないんだが、雪が積もるからこの地形限定で付いてるんだろう。


 とにかく、軍曹殿は器用に、木を登って行く。俺に武器を預けて。

 ……警戒し過ぎだったか?


 とにかく俺は渡された武器。チェーンソウブレイドとも言うべきそれを眺めて、持ち手の上部分に付いていたトリガーを引いてみた。


 途端、キィィィィンと言う音と共に刃が回り、赤熱する。……悪くねえかもな。


「ハァ。やめろって言ったよね?……ヤンチャな子だね、ジンくんは」

「ガキ扱いされる謂れはねえだろ。で?おい、この武器、俺も貰えるか?」

「悪いけど特注だよ。……ほかに使いたがる人がいないからね」

「なんだよ……。これは?このなんか書いてある文字はなんだ?」

「なんかカッコ良い文字」


 冷静……いっそ気だるげな雰囲気で軍曹殿は言って、ひょいっと木から飛び降りる。


 そして、やはり猫のように音もなく着地すると、チューンソウブレイドを俺から没収し、そのまま次のポイントへと歩いていく。

 その後をついて歩きながら、俺は言った。


「お仲間の文字だろ?読み方は?」

「……ハグルマ」

「ハグルマ、ねぇ……」


 刃狂魔。ハグルマ。へぇ……。


「意味は?」

「ギアだよ。それをもじって、ちょっとそれっぽくしただけのキャラクター。……そんなに興味持つことかい?」

「お仲間にあんま会わねえ生活だったしな。お前は違うのか、ゲロ猫」


 そう言った俺にどこかむっとした風に視線を投げ、何も言わず、軍曹殿は雪の中を歩んでいく。

 その後も、俺はついて歩いて行った。


 酔ってねえからか、ずいぶん知性があるように見える。まあ普段がアレ過ぎるからそう見えるだけかもしれないが……そもそもだ。


「で?お前はなんで酔ってねえんだよ。戦闘は酔ってもやるけど点検は真面目にこなしますってか?」

「……そうだよ。その通り。生命線を酔った状態で弄る趣味はない」

「生命線?」

「だろう、“蟲鈴”は。これが無ければ蟲の接近に気付けない。気づけなければ基地は奇襲される。最悪そのまま壊滅だ」


 そう言って、次のポイントに辿り着いたのだろう。玩具貸せよ、持っててやるよと手を差し出した俺を無視して、軍曹殿は妖刀“刃狂魔”を持ったまま、するすると木を登って行き、熱心に“蟲鈴”を弄りだす。

 それを見上げて、俺は言った。


「トラウマでもあんのか?“蟲鈴”が壊れてたせいで酷い目に合ったか?」

「………………」

「つうか、そもそも何やらかしてお前はここに送られてきたんだよ。飲み過ぎて規律違反か?」

「………………」

「シェリーとリズは?何やらかしたんだ?全員命令違反で投獄な訳ねえだろ」


 問いを投げ続ける俺を、軍曹殿は何も答えず木の上から見下ろし、やがて点検が終わったのだろう。


 やはり身軽に、木から飛び降りる。同時に、どこか警戒を深めたような眼で俺を見据え、こう言った。


「質問が多いね。……何を探りたいんだい、ロイヤルナイツ」

「……俺の経歴知ってんのか?」

「酔った君がペラペラしゃべってたよ。脱いで傷跡見せながら武勇伝を得意げに、ね」


 ……だから俺トランクス一丁だったのか。悪かったな、他に誇るもんがねえんだよクソ、二度と飲まねぇ。

 まあ、とにかくだ。


「別に探る気なんかねえよ。皇族特務ではあった。だが内偵よりじゃない。蟲狩り専門。仲間と仲良くなろうって頑張ってるだけだろうが……」

「仲良くしようって態度には見えない。……今朝の呼び出しは?内容は?特別任務でも貰ったのかな、特務崩れ」

「待遇の改善を要求し続けてるだけだ。……なんだよ、皇族特務に探られると痛い腹でもあんのか?」


 挑発と笑みを投げ、俺は肩にかけていたショットガンを手に取った。

 そんな俺を鋭く見据え、ハルは指をチェーンソウブレイドのトリガーに掛ける。


 ……隠し事があるってリアクションだ。こいつが皇族?人種的に可能性が低い気はするが、少なくとも反乱には噛んでるのかもしれない。


 雪が、まばらに降り注ぐ。風が吹き地面の雪が舞い上がり、大気が凍えていくせいだろう。身体がどんどん冷えていく。血が冷たくなっていく。


 緊張感の最中、俺はゲロ猫と睨み合い……と、そこで、だ。


『もしも~し。デート中のお二人にニュースです!』


 俺の、あるいはゲロ猫の耳のインコムから、陽気な声が届いた。

 リズだ。通信ではハツラツとしてるリズ。二人同時に耳に手を当てた俺とゲロ猫へ、リズは言う。


『ポイント6で“蟲鈴”が反応。お客さんだよ。今日は非番だし、別の隊がもう動いてるから迎撃の必要はなし。その場で待機』

「へぇ……ポイント6ってどっちだ、リズ」

『待機って言ったよね?』


 そんなリズの言葉を聞きながら、俺はショットガンを回転リロードスピンコック

 そして苦々し気な表情を浮かべているゲロ猫を視界の隅に、俺は言った。


「通信状態が悪いらしいな。聞こえねえ。で?ポイント6は?」


 腹の探り合いも良いが、それより蟲狩りの方が好みだ。ボーナスは出ねえが、だからってお客さんを無視する気にはならねえ。


『ジンくんは本当に……ハァ。軍曹!軍曹のご意見は?』

「……待機。友軍が蟲の排除を終えるまで待って、点検任務を継続」

「ハァ?……なんだよ、ゲロ猫。らしくねえな。ビビってんのか?」


 挑発を投げた俺を、ゲロ猫は苛立たしく眺めて、やがて言った。


「……その通りだよ。蟲が怖い。怖くて怖くてたまらない。素面じゃ戦えない。夜も眠れない。だから私はいつも酔ってる。だから私は今、蟲を見たくもない」


 ふざけて言ってる……訳じゃねえらしいな。蟲が怖いから酒でごまかしてるらしい。

 そんななるくらいなら軍隊なんざ……辞める自由がある場所じゃねえな、ここ。

 とにかく、ビビってんなら仕方ねえ。


「リズ。で?ポイント6ってどっちだ?」

「『話聞いてた?』」


 二人同時に言ってきやがった。が、知らねえな……。


「ゲロ猫が怖いからお留守番って話だろ?俺は行く。近くに蟲がいるのに確認も警戒もしないなんて、そっちのが俺は怖い。良いから案内しろ。行くぞ、ゲロ猫。確認だけだ。敵の規模と種別の目視確認。必要だろ?」


 そう言った俺をゲロ猫はいっそ恨みでもこもっていそうな視線で眺め、……やがて言った。


「リズ。……確認だけだ。偵察だけ。エスコートを」


 *


 遠くに見える巨大なカマキリ数匹。それが、雪の最中枯れ木の合間を歩み、基地の方向へと進んで行く。


 それを丘の上。雪にまみれて姿を隠しながら眺め、俺は言った。


「また2種か。……この辺は2種しか出ねえのか?」

「そうだね。蟻やら蜂は見ないよ」

「蟲にもテリトリーがあるってか。……なんでこんなやたら蟲きまくってんだ?巣でも近くにあるのか?」

「…………知らないよ、」


 呟き、俺の横で雪にまみれている軍曹殿は、水筒を傾ける。が、その中身が期待した気付け薬じゃなかったからだろう。苛立たし気に水筒を睨んでやがる。

 あるいは、怯えたように、か?


「マジで酔わなきゃ怖くて蟲も見てられませんってか、お嬢さん?手でも握ってて上げましょうか?」

「本気にするよ?」


 おい、やめろよマジで。シンプルに弱るんじゃねえよ。やめろよ小娘……調子狂うだろうが。


「ハァ……。負傷扱いで除隊できるだろ、心的外傷も」

「“ウォーレス”以外ならね」

「ここに来る前にって話だ。送られる前に逃げちまえばよかっただろ」

「来てから知ったんだよ。素面だと竦んで体が動かない」

「……軍規違反と同時にトラウマ持ったのか?何やらかしたんだ?」


 問いかけ、遠くに見える大カマキリを眺める。


 身体が動かないレベルの恐怖なら、初陣で味わうはずだ。流石の俺も初陣はビビった。ビビッて切れて変なスイッチ入って戦闘中ハイになるようになった。


 わざわざ近接武器持ってる奴は大体そう言うタイプだと経験的に思うんだが……。


「“蟲鈴”が壊れてね。蟲の大群の接近に気付けなかった。私が元居た部隊、元居た基地の話だよ」

「その“蟲鈴”のチェックしてたのがお前って話か?」

「違うよ。今ほど熱心ではなかったけど、任務は全部真面目にやってた。けど……君は怪物に奇襲された経験はあるかな?」

「4,5回位ならな」

「…………よくまだ生きてるね」

「巣の攻略戦とかで野営してたらちょいちょいあるしな。やたらうるさくて目覚めてテント出たら目の前に大蟻がいて目が合ったとかあるぜ。アレは笑ったな……蟻の頭殴ったら骨折してよォ。固いよな、アイツら」

「…………………………」

「あと3種の大群とかもあったな。蜂。気づいたら包囲されてて……しかもアイツら飛ぶ上に毒液飛ばしてくんだろ?こいつは最悪の天気だっつって……笑ったなァ、」

「…………………………」

「それから幼体の群れがお引越し中で、気づいたらテント中でかくて白いぶよぶよがいて、」

「……笑ったんだね?」

「ああ。……笑うしかねえだろ、地獄過ぎて。だいたいハイになる」


 そう言った俺を横に、ゲロ猫は小さく息を吐き、言う。


「私は君程強くないんだ。基地で休んでいて、アラートで目覚めたら阿鼻叫喚でね。武器が手元にある訳じゃなく、……隠れる他になかった。匿われたんだよ、部隊の仲間に。倉庫に入れられてね。隙間から、……仲間が食われるのを見続けた」

「笑えない話だな、」

「ああ。トラウマの話だ。結果的にその基地は、救援によって解放された。けど、その時にはもう、基地の生き残りはいなかった。私以外ね」

「………………」

「そして、救出された私に待っていたのは軍法会議だ。敵前逃亡と言われてね。仲間はもう一人もいない、あらゆる意味でね。人種的に、私の発言権はないに等しい。だから……私はここに送られた。臆病を払しょくして死ぬまで戦えとね」

「…………クソみてえな話だな」

「君がここに送られた理由は?」

「命令違反の常習」

「それも、クソみたいな話なんじゃないのかい?」


 ……人種的差別か。ない話じゃねえだろうな。まあ、俺の場合はほぼほぼ自業自得な気もするが……。


「脱走とか考えねえのか?逃げようと思えばできなくないだろ」

「逃げてまで会いたい人がいる訳でもない。それに、私は今の暮らし自体は気に入ってるんだ。蟲が怖い。けどそれにさえ目を瞑れば、生きてきた中で一番快適かもしれない」

「快適?」

「ルームメイトに恵まれてね。君も、少しぐらい思わないかい?女に囲まれて役得だろう」

「酒カスでさえなければな……」


 万感の思いを込めて呟いた俺の横で、ハルは小さく笑みを零した。

 この暮らしが気に入ってる、か。皇族特務出身の俺にそう騙ってるだけか。それとも本気で言ってるのか……。


 そんなことを言いながら眺めてる間に、視線の先で戦闘が始まった。


 今日警戒任務だった分隊の奴らが、カマキリを駆逐する。敵の数が少なかったこともあって、殲滅はあっという間だ。ずいぶん手馴れてるな、やっぱり。


「リズ、状況は?」

『敵沈黙。……周辺に伏兵なし。ただのはぐれの集団だったみたい。最近多いね』

「元から多いんだろ、ここ」


 呟き、俺は身を起こした。そしてハルへと視線を向けると、言った。


「さあ、もうこの辺は安全ですよお嬢さん?……仕事の続きと行こうぜ。真面目にな」


 そう言った俺をハルは暫し眺め、それから手を貸せとばかりに片手を差し出してくる。

 その手を取って、俺はハルを助け起こした。


 握った手は酷く冷たく……そして震えていた。クソ……なんか調子狂うな。


「……他にはぐれがいたら俺がやる。だからそんなビビんなよ……つうか、そん時玩具貸してくれよそれ」


 そう言った俺を前に、ハルは呆れたようなため息を吐き、妖刀“刃狂魔”を俺へと差し出してきた。


「任せることにするよ、荷物持ち。……さあ、デートの続きだ」


 そして、ハルは雪原に足跡を残し始める。その後ろを俺はついて歩いた。

 とりあえず今だけは預けて頂けた、妖刀“刃狂魔”を手に。


 たまに無駄に回して、酔ってさえなければ背筋が伸びてるらしい軍曹殿に窘められながら。

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