2章 日常―イン・ゲージ―

1 日常

 緩やかに降り注ぐ雪の最中、“羽虫ドローン”が何匹も枯れた林の中へと飛び去って行く。そしてインコムから、その“羽虫”を操ってる“戦術支援官オペレータ”の声。


『2種成体2期、確認数8。林の中100メートル先を中心に分布、非警戒状態。現地点からの制圧射撃と誘い込みを提案』

「了解です、リズ。ハルとジンくんも良いですね?」

「ふにゃ~~~~、」


 林から僅かに距離を取った雪原の上。


 コートと弾帯をオシャレに着込み、それこそ大きなカバンを持つ良いトコの女学生かのような雰囲気で黒光りするバカでかい回転式機関銃ガトリングガンを持ったお嬢様の言葉に、チェーンソウブレイドを持ちながらも今日も酔っぱらってる猫がふにゃふにゃ答えてやがる。


 それを横目に、……俺はショットガン片手に、雑な足取りで林へと歩み出す。


「めんどくせえな、8匹だろ?リズ、位置を教えろ。俺が適当に突っ込んで全部――」

「――ステイ!ジンくんステイですよ!」


 ……犬かよ、俺はよォ。


「あァ?」


 苛立ち全開で振り返った俺へと、本来設置して使うはずのガトリングガンを無理やり手持ちにしてしかも片手で普通にもってやがるお嬢様は、ふと懐から写真を取り出し、言った。


「反抗期止まらないですね、ホント。……この時は素直だったのに。ねぇ、ジンくん?」


 何やら黒い笑みを浮かべたお嬢様が俺に見せびらかしてきやがるのは……クソがよォ。


 俺の写真である。酒に飲まれてトランクス一丁の俺が地面に四つん這いになってピースサインしてる。そしてそんな俺の上にお嬢様が普通に腰かけて高笑いしてる、写真……。


「まだもってやがったかクソが!……寄越せ」

「返して欲しければ~……ね?わかるでしょ、ジンくん。ね?私が先任ですよね伍長?」

「………………チッ。クソがよォ、」


 心底苛立たしく唸った俺を、ドSはニコニコ眺めてやがった。


「くしょぎゃよ~~~~~~。にゃはははは!」


 なんか猫も鳴いてたがお前、これから戦闘なのにマジで酔ったまま行くのかよ軍曹殿。


 終わってんな。


『どんな写真?伍長、報告して。どの写真だった?“俺、シェリー様の椅子ですから!”思い出写真?それとも、“ブーツの裏美味しいっスぺろぺろ”?ねぇねぇ』


 ………………ねぇねぇじゃねえんだよ。覚えてねえよ。マジでやったのか俺……。


「二度と飲まねぇ……」

「はいはい、じゃあ今日も帰って祝杯を挙げるために~、張り切って、始めましょう!」


 そのお嬢様の言葉と共に、その手にある武骨なガトリングガンが、ぐわんと騒音を鳴らし空転を始める。


 その横で、トロンとした目を一瞬だけ鋭くした猫が、「にゃ~~、」とか鳴きながらトリガー式らしいチェーンソウブレイドを起動し、キィィィと言う甲高い音と共に刃が赤熱していく。


 それを横に、首輪嵌められ始めたような気分のまま、俺はショットガンを回転リロードスピンコック


「クソがよォ……、」


 呻き、その日常戦場は始まった――。


 *


 あの日以来俺は飲んでいない。が、奴らは毎日飲んでいた。


 この“ウォーレス”。中でも03分隊“バッカス”の日常は、戦闘か酒宴のどちらかだけだ。


 2日に一回ほど、蟲がこの基地に近づいてくる。ここはフォーランズ帝国の辺境、外れも外れで、更に北に行った場所は完全に人の手の入っていない蟲の世界。そこから餌を探して結構な頻度ではぐれがやって来るらしい。


 対処は基本的に分隊ごとの交代制。1回駆除に出たら次の対に番が回り、今ここにいる分隊は全部で8だそうだ。16人いる隊もあれば、“バッカス”のように戦闘人員3人の隊もある。


 それがだいたい週1で戦闘。確かに、警備任務としてはかなり頻度が高い。

 そして、だからだろう。少なくとも“バッカス”にいる奴らはかなり優秀だ。


 ずっと酔っぱらってるゲロ猫軍曹殿は指揮能力としてはゴミ以下だが、わざわざ近接武器使うだけの度胸と腕がある。


 ドSお嬢様は実質この隊の隊長みたいなもんだろう。ガトリングガンで制圧射撃だ。雑にばらまいてはいるんだが俺かゲロ猫が突っ込むとその方向には射撃してこない。味方の支援より味方へのフレンドリーファイアを避けて、その方向任せるってスタンスらしい。


 そのスタンスに対応できる奴しか配属できないから人数が少ないのかもしれない。

 そして“戦術支援官”は視野が広く警告が的確。スタンドプレー3人が隙なく動けるのはその支援が的確だから。


 どいつもこいつも、俺の古巣にいてもおかしくない位の場数と腕のように見える。

 そして――。


 *


「……うまく取り入れているかね、伍長。ロケットの持ち主の手がかりは?」


 数度戦闘を行い。夜には酔っ払いに無限にダル絡みされ昼間はスカシ野郎にしつけられたせいで隊舎を掃除してその夜にまた酒乱が散らかすと言うクソの一言しかない日常の末、呼び出しを受けた俺は司令部にいた。


 この間と同じ、基地司令のオフィス。葉巻をふかし、デスクに置かれた写真を眺めている爺さんを前に、俺は言った。


「見つけていません。そして奴らの中に姫と呼びたいような奴は一人もいません」

「君の願望の話を聞いている訳じゃない」


 爺さんはぴしゃりと言い切ったが……うるせえな。お上品なお姫様なんざあの酒カス集団にいる訳ねえだろうが。


「ゲロ猫はゲロ猫。お嬢様は人の弱み片手によって一生ダル絡み。リズだけましかと思ったら一生燃える水勧めてくるしアイツが一番量飲んでる。何なんスかあの集団は」

「クーデターの中心人物が潜んでいる集団だ」

「その計画練ってるようなトコ見てないって言ってるんスよ。本当に皇族があん中にいるんスか?」

「年齢、性別。隠し子の候補に合致する人材は君の同居人しかいない」

「そもそもその疑惑が間違いなんじゃないんスか?全部アンタの勘違いとか」

「だとしたら君も一生、この牢獄暮らしだな。栄転はなし。ボーナスもなし。それともなんだ?今の境遇に満足したか、皇族特務。女を侍らせるのは気分が良いだろう」

「……あァ?」

「跳ね返って文句を言う前に働け、伍長。報告がないなら話は以上だ。取り入って情報を引き出して来い」


 そう言って、爺さんは優雅に葉巻をふかし続けた。

 クソ、どいつもこいつも……。


 *


(取り入れって言われてもよォ……)


 俺は蟲狩り専門だって言ってんだろうが。


 確かに取り入ろうとはしたさ。その場になじんで情報引き出してやろうって酒に付き合ってやった結果俺は二度と酒を飲まないと心に誓った。


 じゃあ他にどうしろってんだ、あァ?節穴かよ爺さんがよォ……俺が器用に他人と仲良くできるタイプに見えるか?


「クソ、」


 司令部を後に、雪の積もった駐屯地を歩み、隊舎へと戻る。

 そして、帰り着いた足でそのまま、俺は居間と言う名のゴミ屋敷へと向かった。


 今朝早く呼び出しで目覚め、チラッと見た時酷い有様が見えたのだ。つうかなんで俺が掃除してんだよ……なんで女3人いんのに誰一人日常に掃除が組み込まれてねえんだよ。良いトコのお嬢様かよ。


 ………………いらん所だけ皇族アピールして来てんじゃねえよクソが。


 苛立ちのままに、俺は居間へと踏み込んだ。すると……珍しいことに、まだ昼前だと言うのに奴らは目を覚ましていたらしい。


 居間の奥のキッチンで、リズが何やら調理をしている。シェリーはソファに腰かけどんな写真入ってるか見たくねえけど今度隙見て燃やしとこうとは思うファイルを眺めていて、部屋の片隅にしゃがみ込んだハルが、ブーツの紐を結び直していた。


 そして、踏み込んだ俺へと、シェリーとゲロ猫が同時に視線を向けた。

 珍しくマジメ……つうか、警戒したような視線を。


「…………なんだよ、」

「いえ。別に。……名指しで呼び出しでしたね。ジンくん何かやらかしたんですか?」

「規律が乱れすぎてるからどうにかしろって歎願して、そのお返事に時間取ってくださったんだよ。諦めろだそうだ。終わってんな、この基地……」

「ふ~ん、」


 呟き、シェリーはページを繰る。……警戒されてる?疑われてる?

 スパイ疑惑が掛かったか?その疑惑を掛けてくるってことは、見た目通りにシェリーが皇女?


 いや、皇女は一人だがクーデターを一人で画策してるとも考えられない。全員、反乱企ててる一味の可能性があるのか。


 なら、……そこに疑われるのは、チャンスじゃねえか?上手く疑いを躱せれば、反乱分子に取り入れるかもしれない。


 そんなことを考えた俺の視界の端で、靴ひもを結び終えたらしいゲロ猫が立ち上がり、ぼさぼさの長い髪を頭の後ろで結わえながら、こちらへと歩みよってきて、言う。


「伍長。……食事は?」

「あァ?……食ってねえけど」

「なら、済み次第仕事だ。“蟲鈴”の点検任務がある。位置の共有をする。一度で覚えろ」


 それだけ言って、ゲロ猫――いや軍曹殿は、軍人然と背筋を伸ばしたまま、俺の横を通り過ぎていく。


 その手に、酒瓶がない。……つうか、酔ってない?


「いや、待て。……誰だお前。本当にゲロ猫か?どうした、おい。酔って頭でも打ったのか?衛生兵……」


 呟いた俺を、軍曹殿はふにゃ~、ともふぎゅ~共鳴かずまるで理性が存在するかのような目で眺め、それから、まるで人間のようにため息を吐いた。


「ハァ……。話はあとにしろ、伍長。吐きそうなんだ」


 そしてキリッとした表情のまま、ゲロ猫は確かな足取りで、トイレへと消えていった。

 それを見送り、……俺は思わず呟いた。


「二重、人格……?」

「素面なだけですよ~?酔ってられる状況じゃないってことじゃないですか?」


 シェリーはそう言っていた。酔ってられる状況じゃない?戦闘任務でも酔った状態でやってるのに、今は違う。


 それだけ警戒されてるのか……。いや、


「……点検任務って話だったな。お前らも来るのか?」


 シェリー、あるいは出来上がったらしいスープをテーブルへと運んできていたリズに、俺はそう問いかけた。

 そんな俺へと、二人は答える。


「あ、あの、ええっと……い、行ってらっしゃい」

「ハルちゃんと二人きりで雪原デートですよ?……遭難、しないと良いですね?」


 オペレータは視線を泳がせ、ドSはほくそ笑んでいる。

 ……全員グルで、スパイ疑惑の掛かった俺を、遭難に見せかけて始末する気か?

 それとも……。


「ぶ、無事、……帰って、来てね……?あ、暖かいモノ、作って、ま、待ってるから……」

「無事帰って来れると良いですね……。フフ、フフフフフフフフ、」


 ……ふざけてるだけなのか?わかんねえよもう……真面目に嵌めようとしてるのか?ふざけて嵌めようとしてるのか?どっちにしろろくでもねえけどよ。


 とりあえず、トイレで猫は鳴いていた。


「おろ、おろろろろろろろ……」

 

 ハァ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る