5 ゴー・イントゥ・ザ・”バッカス”!
昔話に興味はない。小難しい話にも興味はない。
やる事はシンプルだ。あの3人に取り入って、クーデターに賛同するふりをして、お姫様を探り当てれば良い。
……やりたいかやりたくないかで言えば正直やりたくない仕事だ。別に、報酬が良かったから皇族特務にいただけで、スラムのある国の王様に忠義誓うほど俺に教養はない。
だが、下っ端に仕事はえり好みできない。全部あの爺さんの妄想ってんじゃないなら、俺は確かに栄転できるだろう。うまくすれば勲章も、貰える。なら、
(やるか……、)
諸々めんどくさいことを考えこみながら、俺は03分隊。“バッカス”の宿舎に戻り、この建物の中に敬意を払うべき人間は一人もいないだろうと全て略式に雑に建物の戸を開け……と、その瞬間、だ。
「おっかえり~~~~~っ!」
異常に身のこなしの素早い酒臭い物体が俺へと飛びついて来た。
何考えてんだかわからないがとりあえずムカついた俺はその跳びついて来たゲロ猫の頭を片手で掴み取り、ゲロ猫は鳴いた。
「むぎゃ……おえ、」
「お前ふざけんじゃねえぞゲロ猫。俺はてめえのトイレじゃねえんだよ、吐くなら俺じゃなく便器に顔つっ込んでろ人間の恥が……何考えてやがる」
小難しい全てよりもゲロ掛けられた苛立ちが勝った俺は、吐き捨てた。
吐き捨てた俺にアイアンクローを決められ続けながら、ゲロ猫は言う。
「……仲にゃおりのはぎゅ~~~、」
……酒臭ぇしろれつ回ってねえぞ、こいつ。マジか?吐いた上でまた飲んでたのか?
「仲直りする気はねえぞ?そもそも直すほどの仲をてめえと育んだ覚えがない」
「そりぇが~~、命の恩人に言う事かにゃ~~~~?」
「助けてくださいってお願いした覚えもねぇ」
「ほうほう。そりぇが~~~~……上官への口の利き方かね、伍長?」
……………クソが。クソがよぉ、なんでこいつ軍曹なんだよ。なんで俺伍長のままなんだよ、功績上げてるはずだろクソが。クソが……クソ。命令無視の付けが、こんな所で……。
俺は軍曹殿へのアイアンクローをやめ、歯を食い縛りながら、言った。
「……申し訳、ありません。このクソ軍曹殿がァ……」
ゲロをぶちまけられるのと同じくらいの屈辱に震えながら見くだした俺の足元で、座り込んだゲロ猫は「にゃはは~~」とか笑ってやがった。
と、そこで、だ。
「あ、あぁ…………、」
そんな何かか細く熱を帯びた声が、建物の中から響いてくる。
視線を向けた先にいたのは、お嬢様だ。いや、容姿がお嬢様なだけで中身がヤバい何かのクリーチャーだ。
そのクリーチャーは、見られてる俺の背筋が冷たくなるような熱を帯びた視線を俺に向け、ぺたんと、居間の入り口あたりに座り込み、こう供述した。
「良い……良いなぁ、うらやましい。そんな、そんな悔しそうに敬って、ハァ、ハァ……あああああああ!?私も出世しておけば……ジンくんで遊べたのに!」
どうせ酒入ってるんだろうテンションで、日と踏むのが好きと供述してたお嬢様は床を叩いていた。
と思えば次の瞬間、見た目だけ姫は勢いよく身を起こし、叫ぶ。
「あ、ジンくん!良く考えたら私先任ですよ!さあ、私の事も悔しそうかつイヤそうに敬って!」
……確かに、階級が同じなら先にその隊にいた奴の方が基本上だ。が……
「お前の交戦回数は?」
「忘れました!」
「俺は256回だ。先任分考慮で同格ってことにしといてやるよ」
「あ、ああ……。へし折りたいです……」
奴にだけは絶対にマウントを取られる訳には行かないな。俺の尊厳が破壊される予感しかしない。つうかゲロ掛けられた時点で尊厳もクソもって話だが……。
チッ。ゴミしかいねえな。
俺は酔っぱらって首を左右に振ってるゲロ猫と酔っぱらって「調教したい……」とか供述しているやべえ奴を見下した。
そこで、俺は気付く。居間の影から、前髪が隠れた少女がこっちを見ていることに。
暫し俺の事を観察したリズは、やがて軽く拳を握り締めると、俺の元へととことこと駆け寄ってきた。
そして、通信越しなら饒舌だが、面と向かったコミュニケーションは苦手なのだろうか。
「あ、あの、……お……かえり。あの、……水、です……」
リズはその言葉と共に、透明な液体の入ったコップを、俺へと差し出してくる。
そうして俺の前に容疑者が揃った。この3人の中に、クーデターの首謀者にして帝国の姫がいる。
「ふにゅ~~~、ウェ。ん、んん……ごくんっ、」
「美味しそうで可愛い子なのに…………出世、しておけば……クぅ、」
「あ、あの……お水、です。どうぞ……。お水です」
完全に一択だな。ゲロ猫とサドと帝国の姫だ。
「ああ。ありがとう二等兵」
一人だけ敬意に値するだろうリズに、クーデター計画を暴くのも込みで俺は俺基準では比較的好意的で穏便な対応をし、受け取ったコップを口に運ぼうとして……気付いた。
「……おい。これ、ホントに水か?なんか、変なにおい」
「お、お水です……」
「これ本来ショットグラスとかで飲むもんじゃ」
「お、お水です……」
リズは断言していた。長い前髪の向こうからじっとこっちを見据えながら。
……消去法でまだマシだな、まだ可愛い。ゲロとサドよりまだマシだろう。
「一気、一気~っ!にゃはは~~!」
「ぐいっと!はい!ぐいっと!そしてべろんべろんに尊厳を脱ぎ去ってハァ……」
「い、命の、御水様です……」
いや、本当にマシか?最悪と醜悪と凶悪とかじゃねえのか?結局全員酒カスじゃねえか……。
とにかく、このどれかを旗頭にする帝国を揺るがすクーデターって、やっぱクーデターなんか信奉する奴は頭がおかしいな。爺さんの妄想じゃねえだろうな。
そんなことを考えながら……結局逃れられない軍隊式新人歓迎会の圧の中。
……俺は命の水をあおった。
これは、計画的な行動だ。こいつらの中から皇女を探り出す。そのためには、こいつらにある程度取り入る必要があるだろう。その為に…………。
*
「あああああああああ~~~~。ああああああああああああああああああああああ~~~、舐めんなよ、スラム上がりをよ~~~~、んにゃもんよ~、ジュースだろ、じゅーしゅ……」
なんか視界がぐわんぐわんだ。わんわん。あァ?酔ってねえよ……酔う訳ねえだろ。俺だぞ?今スパイ任務中だろうが、あァ?あああああああああ~~~~~。
「にゃ~~、しょ~にぇ?じゅーしゅにぇ~~~にゃは!どんどん行こどんどん行こ」
「酔ってねえぞ……おぉ……?」
どこだっけここは。なんかあんま見覚えねえ場所だな。ソファだ。俺の横にいる酔っ払いが俺のコップに茶色い液体注いでる。なんだこの変な色のじゅーしゅ。何でも良いか、もう。
つうか横の奴誰だっけ?良くわかんねえけどデケェな胸。東洋人?お仲間じゃん。酷い目に遭ってそうだな、おい……。
「は~い、ぐいっと、ぐいっと~~~、」
「酔ってねえよ……」
俺はなんか言って茶色いなんか……茶だな、多分。茶色いのは大体茶だろ。それをグイっと煽っておおおおおおおおおおおお~~~~~おい、ぐるぐるすんぞ。
「酔ってねえよ……」
「あら~~~~~~。あら~~~~~~~、」
なんか金髪がこっちに歩いて来た。チッ、優良人種様がよォ、見下しやがってよ、
「酔ってねえって言ってんだろうがよォ……」
「……おもしろ。ここまで玩具になります?」
「飲みにゃれてにゃい、じゃにゃ~い?にゃは~~~~!」
なんかくっついて来たな。でけえな。やわらけえぞ。なんだこいつ。ああ、お仲間か、下等人種様だぞ?あァ~~~?寂しいよなぁ……。
「俺は出世する!」
「あ、はい」
「豪邸に住んでやるよ、見下しやがってよ~~。てめえら使用人にしてやる。俺だぞクソがよォ……」
「あら~~~、ジンくん出来上がってますね」
「ボーナス出ないとかよォ、ふざけんじゃねえぞ……舐めんにゃァ!」
「にゃめんにゃ~~!」
「そうだよな~、よしよし」
「にゃ~~~~、」
なんだこれ、ネコか?酒くせえななんか。うぅ、酒?猫?うぅ、頭が……。
「にゃは~。どうぞどうぞ」
「ああ、どうもどうも、」
猫に注がれたお茶を俺はあおった。いや~~、うまい茶だな。どんな葉っぱ使ってんだ?やべぇ葉っぱか?愉しくなってきやがるからな!
「ハハハハハハハハハハハ!」
「うわ~、出来上がってますね……。この醜態を素面に見せつけて上げたい……あァ、」
なんか金髪の巨乳がもだえてる。おい、こいつも巨乳だな。巨乳しかいねえな、天国かおい。
「あ、あの…………シェリー。ストロボならあるけど……」
なんだ、貧乳もいるのか……。でもなんか可愛いなアイツ。イヤ顔見えねえけど。前髪切れや、あァ?
「あァ?」
「あ、あ~~~。はいはい。ジャーキーあるよ?」
「あァ?おう……」
なんだよ有能かよ貧乳。場慣れしてやがんなさては、酔っ払い相手によォ。食いたかったよジャーキー……ジャーキーってなんだっけ?
「ハハハハハハハハハハハ!」
「まさか本当に尊厳脱ぎ捨ててくるとは思わなかったんですけど。ストレスたまってたんですかね……?」
「こ、ここ、来るくらいだし……」
巨乳と貧乳がなんか言ってるな。ストレスだァ……?
「溜まってるよォ……あァ?評価がよ~、色眼鏡でよ~、……無理くりやらなきゃのし上がれねえだろうがよォ……。別によォ、良いんだよ~~、偉くなりたい訳じゃねえんだよ……。舐められっからよ~~~。金と勲章はどいつもこいつも無視できねえだろうが。ふざけんなよ、スラム上がりの下等人種じゃねえよォ、ロイヤルナイツだぞごるぁ……特務だぞ~~?アニキ、味方じゃなかったのかよ、なんで左遷なんだよ、庇えよ俺をよォ。あああ、ああ、」
「にゃ~~。よしよし、よしよし。お茶のも~ね~?」
なんだよ、慰めんじゃねえよ猫がよォ……ありがとう!
「んぐっ、んぐっ……プハァ、」
「今サラっと特務って言い出しましたか、この人。妄想ですよね?前の所属じゃないですよね?」
「じゃ、ジャムらならければ……老体一人で、倒してた……」
優良人種様な巨乳と貧乳がなんか言ってやがる。なんだぁ、テメェら。
「あァ?」
「いいえ、ジンくん。長生きしそうで良かったねって話ですよ?」
「……蟲の餌より。飲み過ぎで死ぬ方が幸せだから」
なんだぁ?何言ってやがる……悲しい話か?泣いちゃうだろうがよォ……。
「グス……おりぇは死なねえ……蟲なんざこわくにぇえぞクソが!」
「くしょぎゃ~~~~!」
猫がびん握って傾けて叫んだ。
「「くしょぎゃ~~~~!」」
巨乳と貧乳もなんか言ってた。ああ、うるせぇ、頭痛ぇ。ああ……。
ああああああああああああああああああ~~~、……なんか、幸福な気がするな、クソが。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ……。
*
「…………あァ?」
ふと気づくと朝の陽ざしが窓から降り注いでいた。
そして俺は床で酒瓶とゴミにまみれて寝ていた。クソ頭痛ェ……頭が割れそうだ。クソが。
「あァ?なんなんだ、クソ……」
身を起こした俺はトランクス一丁だった。なんで脱いでんだ俺は。つうか、なんで床で寝てんだ俺は。
昨日確か、燃える水を飲んで。“ウエルカムパーティ”が始まって、それで……。
「クソ、思い出せねえ……」
呻き身を起こした俺の視界に、テーブルの上のカメラが映った。
ストロボだ。現像機付きの奴。
多分、二日酔いだろう。ずきずきする頭を抱えながら、俺はテーブルによろよろ歩み寄って、そこにあった写真を手に取った。
そこには、バカが映っていた。トランクス一丁でバカみたいな表情しながらカメラにダブるピースしているバカだ。
なんか見覚えのある女を侍らせている。膝の上に見覚えのあるゲロ猫を乗せ、片側に見覚えのある絶対に弱みを握らせちゃいけないだろうクリーチャー。逆側に大人しそうな雰囲気でありながらスピリットの瓶を持っている女を抱えた、調子乗ったバカな若者そのものな写真。
全員カメラ目線でピースサイン浮かべている。いぇ~い、とか言ってそうだ。
それを眺めた直後に俺はショットグラスの合間にあったマッチに手を伸ばし、まるで身に覚えのない記憶を燃やした。
……俺は何にも覚えてないし証拠はこの世に何も残っていない。何か言われてもそれは全て酔っ払いの妄言だ。
「よし。……クソ、頭いて……」
二日酔い止めるのに何が良いんだっけ?ミルクか?あんのか?
とか考えた俺の視界の端で、誰かが笑った。
「フフ……フフフフフフフフフフフフフ、」
見た目だけお嬢様な金髪が、ソファの影からこっちを見ている。なんか、……写真みたいに見えるカードを何枚か手に持って。
そして、そのお嬢様の皮を被った悪魔は言う。
「弱みって、探るモノじゃないんです。作る物なんです。私が先任ですよね、伍長?」
……………………………頭痛ぇよ、いろんな意味でな。
俺はその場にしゃがみ込んだ。そんな俺の耳に、寝言が聞こえる。
「にゃは、にゃはは~~、」
「ん、んん~~、」
ソファでゲロ猫とリズが身を寄せ合って寝入っている。一見すると平和な光景である。
……めちゃめちゃ酒臭いけどな。
とにかく、俺は諸々を経て、一つだけ、心に誓った。
「…………二度と飲まねえ」
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