3 雪原の蟲狩り
戦争を形作る要素は4つある。
政治。戦略。戦術。戦闘。
戦闘は勘だ。戦術はロジックだ。上二つは興味ねぇ……。
雪の中を駆ける……足場は戦術情報だ。地形もそう。遮蔽物の存在、機動性の確保、高低差、敵配置……。少なくとも雪原での戦闘は初めてだ。だが、
(砂漠に近いな、)
そっちは経験積み。思ったより踏み込みが弱まる。場所を間違えると足を取られて死ぬ。
初見で地形を完全に把握なんてできないから、そこは運。良いから俺は生き抜いてる……。
ショットガンを抱えて、確実に進んで行く。そのうちに遠くから、銃声が聞こえてきた。
それから聞き慣れた羽音――戦域管制に使われる“
地形は?
『盆地。主戦場は遮蔽のない雪原。周囲に針葉樹林。敵分布密に向けて遮蔽、高低差最大10』
「優秀だな」
『良く言われる。……口の上手い仲間が多いから。ベットメイクしとく?得意なんだ』
冗談言えるのは本当に優秀な奴だけだ。センスの良い奴なら尚の事レア。なんでこいつ二等兵なんだ?
「敵種は?」
『2種。確認した限り成体2期26。友軍8交戦中。ディナーがなくなっちゃうよ?』
「良いジョークだな」
呟き――楽しくなってきながら、俺はその戦場に辿り着いた。
敵の方へ向けて上がって行く雪原の勾配……そこに、銃撃やらチェーンソウの音。そして敵が雪を掘り返す音が、響き渡っている。
“魔災蟲”には、色々分類がある。大まかな分類として、1種2種3種……蟻とカマキリと蜂だ。それぞれのデカい番。
そして、その中でも更に分類がある。幼年1期から3期、卵と生まれたての幼虫と、羽化直前の蛹。そして成年初期後期。羽化した直後でまだ弱い奴と、そこそこ育った奴。
そのほかに、めちゃめちゃ生き延びた老年と、特別な進化を遂げた変異種。そして巣を統合する女王がいる。
基本的に俺達が相手をするのは成年後期。そこそこ育った蟲だ。
そして、今目の前にいるのは、2種成年Ⅱ期。
――馬鹿デカくて硬いカマキリだ。
「ハ、」
嗤いながら、俺はとりあえず戦場につっ込んでいった。
走りながら敵味方の分布を確認する。ばらばらの乱戦状態で……今すぐ死にそうな友軍はいない。
(……マジで練度が高いのか?クソ平和って話だったろ)
胸中呟きながら、俺は手近にいる2種成年Ⅱ期――バカでかくて茶色いカマキリへと駆け寄って行き……地を蹴った。
「ハッハァッ!」
ほとんど捨て身に躊躇いなく、手近なカマキリへとまたがりに行く。歩きながら感覚は大体掴んだ。飛距離も速度も確度も狙った通り――俺はどでかいカマキリの腹と胸の付け根にまたがり、胸に、銃剣を突き刺した。
突然またがられたカマキリは、後ろにいる俺を切り落そうと、鋭利な両鎌を振るってくる。が、構造的にこの位置は届きにくいし、万が一届いても俺は避けられる。
頭を下げて鎌をよけ……そして俺は、トリガーを引く。
ダン、と言う音と共にスラッグ弾が吐き出され、蟲の胸に風穴を開け、ぶちまけた汚い汁で雪を汚す――。
蟲の構造は単純だ。単純故に、……強靭だったりする。
頭をぶっ飛ばしてもまだしばらく動くんだ。だから、ぶっ壊してやるのは、大きく分けて三つあるメイン部位。頭と胸と腹の内、色々繋がってる胸。
そこをぶちまければ、蟲はぴくぴく震えるだけでそれ以上動かなくなり……倒れ込む。
雪の上に倒れ込んだカマキリのオブジェの上に座り込んだまま、俺はショットガンを
吐き出された空薬きょうが雪を解かすのを横に、今の今までカマキリと戦ってた同業者へとこう言った。
「10万頂き」
その俺の言葉に、その同業者――どでかいハンマーなんかもってやがるそいつは、呆れたように肩を竦めていた。
……マジで場慣れしてやがるな。戦場で遊べるのはどっか壊れる位戦った奴だけだぞ?
(どうなってる……)
疑問に思いながら、俺は軽く宙返りして死骸から降り、雪に着地し……瞬間、
『バッドニュースだよ、伍長』
“戦術支援官”の声と同時に、寒気が俺の背筋を走った。
もはや完全に歴戦の勘だ。それには素直に従った方が良いと、俺は咄嗟に横へと躰を転がし――そんな俺の真横。さっきまで俺がいた場所を、いつの間にやら近づいていたらしい別のカマキリの鎌が抉った。
間一髪って奴だ。間一髪だが……避けたらもう俺の勝ちだ。
――カマキリが俺へと、もう片方の鎌を振り下ろしてくる。俺へと迫る鋭いカマ。それを俺は冷静に眺め、ショットガンを向け、トリガーを引いた。
ダン、と言う重苦しい音と共に、スラッグ弾が放たれる。至近距離じゃなきゃほぼほぼ当たらない代物だが……俺が打つと当たる。
経験則だ。当たる距離を俺は完全に理解してる。
俺を切り開こうとした大鎌の付け根がスラッグ弾に吹き飛ばされ、黄緑の液体を散らしながら向こうへと吹き飛んでいく。
そうやって迎撃しながらも、俺は次の為に動いていた。
雪から即座に立ち上がり、回転リロード。その勢いのまま、攻撃直後で位置が固定されたカマキリの胸へ銃剣を突き立てる。そして、
「内容を聞こうか、シェリー」
その言葉と共に引き金を引き絞る。汚い汁をまき散らし、カマキリはぴくぴく動いた末、動きを止めた。
それを前にまた回転リロード。
振り向いた先にまだいたハンマー持ちに仰々しく頭を下げると、そいつはハンマーを足元に置いて拍手をしていた。
そうして気取った俺に、“戦術支援官”は言う。
『リズレット・シャテムです。……初めまして伍長』
「……今のはマジで悪かった。で?」
『バットニュースです。なんと、ボーナスが出ません』
「……酷い冗談だな、シェリー。センスがない」
『お互いにね』
その返事に笑みを零し、俺はほかのカマキリを狩りに動き出した。
ボーナスが出ない?倒しても金が貰えないのか。それじゃ、まったく……。
(戦う意味ねえじゃねぇか、)
若干下がったテンションで、だがまあ別に問題ある訳もなく、俺は蟲駆除のバイトを派手に続けた。
*
全部で7匹俺が狩った。これで70万、ボーナス。もちろん支払いがあるのなら、だが。
とにかく26体の内7体、俺のディナー。他は別の奴がやった。友軍8人、一人も欠けることなく。
(…………マジで練度が高い?どうなってる……)
残り数匹まだいるが、それは任せても良い状況だ。そう考えて無理くりくっつけた弾倉にスラッグ弾を込めながら、俺は戦場で高みの見物を決め込む。丁度良い位置に置いておいたデカいカマキリの死骸にまたがったまま。
そんな俺の耳に、リズの声が届いた。
『状況終了。さあ、伍長。懲罰のスピリットが待ってるよ。おかえり』
「いや、……まだデザートがいる」
『え?』
「わざわざ高所を取ったんだろ?蟲が。……年の功だ」
呟き、戦闘中の味方を無視して、俺は雪の斜面を駆けあがって行った。
言ってしまえばこれも勘だ、経験則、とも言う。
もう一匹いる……気がする。そして、当たるにせよ当たらないにせよ、勘には従っておいた方が得する。
『待って、老体がいるって言ってるの?なら――』
「10倍チャンスだろ?100万だ」
『……一回ゆっくり話そう、伍長。ボーナスはない。ここは特殊な場所』
「後で聞く」
いつものように“戦術支援官”の言葉を無視して、俺は、上り切った斜面の向こう。
針葉樹林へと、踏み込んだ。
(さて、……どこだ?)
ゆっくり、周囲を警戒しながら、雪原と違って積雪が少なく、そして薄暗がりになっている樹林を進んで行く。
老年。……言ってしまえば敵エースだ。
長年その環境で生き残り続け、ある程度の知恵と経験を得ると同時にその環境に適応した、強者。
保護色や擬態は基本だ。場合によっては地形を把握してたり、変な進化をしてるパターンもある。
『ジン。深追いは……』
「黙ってろ」
『……了解。アナタに女神の寵愛を』
本当に優秀な“戦術支援官”だ。駒を諦めることを知ってる。
静かになった暗い樹林の最中、俺はとりあえず奥へと進んで行く。
ザザと、音が聞こえた。巨大な何かが動いた音。付いて来ている。いや、違う……。
(逆か!)
完全に勘に身を任せて、俺はその場に深く身を屈めた。
その頭上を、轟、と音を鳴らし、殺意が通り過ぎていく。
周囲で木々がへし折られ、薄暗い樹林に光が差し込み始める。そしてその最中、姿を現したのは、昏い色合いの大カマキリだ。
雪国でありながら、保護色に黒を選んだ個体。雪に化けるより樹林に解けることを選んだ老体。この場で戦うことに慣れている。だから、知っている。
時たま、風によって樹林に被った雪が地に落ち、音を鳴らすことを。
一撃目は、回避の難しい横薙ぎの範囲攻撃。同時に、その一撃で遮蔽になる木々をなぎ倒し、万が一俺のように勘の良い奴が躱した場合――。
「――2撃目で仕留めるんだろ!」
トリガーを引く。吐き出されたスラッグ弾は、地に伏せこれ以上身動きできないはずの俺を貫く予定だった大鎌を吹き飛ばし、倒れ往く樹林の最中に、黄緑の液体でペイントを駆けていく。
「甘いんだよ!」
愉しくなってきながら、俺はバネのように身を起こし、同時に流れで回転リロード。
そして見もせずに横にぶっ放す。
3連撃目が合ったのだ。もう一度横薙ぎの、大鎌の一撃。それがあるだろうとぶっ放した結果、もう一つの鎌も派手にぶっ飛んで、残るは無防備な胴体だけ。
「……甘いんだよ、」
嗤いながら、俺は再び回転リロード。だが、その瞬間、だ。
ガキ、とイヤな音が、その場に響き渡った。
何かが詰まったような音だ。それが、気取って回したショットガンから鳴り響く。
(ジャムった?構造的に……チッ。寒冷地か)
空薬きょうは排出されている。ジャムったのは、無理くりくっつけた弾倉の方。
銃の構造は案外緻密だ。些細なことで弾はつまる。なんで温度でサイズが変わるような物体がめちゃめちゃ硬いのか俺は神に文句を言いたい。
「クソが、」
呟く俺の前で、両鎌を失った死に体の大カマキリが、それでも尚――生き方が俺並みにシンプルなんだろう。
顎で俺へと噛み付こうとして来る。見覚えのある蟻の大顎よりは小さい。だが、食われれば十分死ねるサイズだ。
それを目の前に、俺は思った。
(……死んだな、)
人生の終わりが酷くあっけないことを俺は良く知っている。その光景を良く見てきた。
そして、……勘が冴えて運が良かった俺の肩に漸く、死神の手が掛かっただけだ。だから、
(まあ、しょうがねえな)
別に惜しむほど大層な人生って訳でもない。
スラムで生まれて。食い物盗んで生き延びて。軍に身投げして訓練校で差別を受けて。それを全部腕力で黙らせた末に生き急ぎ過ぎて左遷先でくたばるだけだ。
別に死んで悲しむ誰かがいる訳でもない。俺も別に、俺の死が悲しくもない。
つまり、終わりだ。全部全部ここで終わり。
いや、終わるはずだった、――だろう。
キィィィィィィィィィィン!
全てを塗り替えていくような甲高い音が、その場に響き渡った。
直後――小柄な影が、俺の眼前を通過していった。
女だ。赤熱した――チェーンソウみたいな剣を手にした、女。
それが素早く、俺の眼前を通過した直後、俺の顔を噛み千切ろうとしていたカマキリの首が、ぽとりと、地面に落ちる。
その光景に呆気にとられた……訳ではない。眉を顰めた俺に、その小柄な影は以上に身軽に木を蹴って跳ね返ってきて――。
「はい、伏せて~」
その言葉と共に、俺を雪原へと押し倒す。
そして、直後、だ。
ダダダダダダダダダダダダ、と豪雨が傘を叩くような音が、その場に響き渡った。
雨だ。鋼鉄の雨。真横から降り注ぐ、死の雨。
それが周囲の木々を、あるいは、頭を失ってもまだ動こうとしていた大カマキリの身体を、腹を、胴体を足を貫き、粉みじんに粉砕していく。
全て全て、一瞬の出来事だ。
嵐が過ぎ去った後、周囲の木々は全てなぎ倒され、カマキリは粉砕され汚い汁になって周囲を染めていた。
その最中、……真横から鋼鉄の雨を降らせた少女が、姿を見せる。
金髪の、お嬢様然とした少女だ。上がコートな軍服姿で、流石にもうちょび髭はなく……代わりとばかりに巨大な砲門を手にしている。
ガトリングガンである。未だ空転し湯気を上げるそれを手にしながら、そのお嬢様は言った。
「当たってないですよね~?大丈夫ですよね……。避けた~?」
「避けた~!」
答えたのは、俺に覆いかぶさっている猫だ。ぼさぼさの髪で、小柄な割に発育の良い、俺と近い血統の少女。片刃の――それもその刃の部分がチェーンソウになっているトリガー付きの剣を手にした少女。
その剣には、何か文字が刻まれている。”刃狂魔”だろうか。その意味は分からないが、とにかく、……俺は九死に一生を得たらしいという事は、わかった。
だから、俺は苛立たし気に、シェリー……そしてハルを眺め、吐き捨てた。
「何しに来た。……今日、非番なんだろ?」
「反抗期ですか~?まあ可愛い。……大人しくさせたくなっちゃいます……」
ガトリングガンを構えたお嬢様はそんなことを嘯き、そして俺に覆いかぶさっている猫は、言う。
「仲間だから、……助けに来た。ってのは、どう?」
仲間?……仲間って態度、俺はとって無かっただろ。そう視線を逸らした俺に覆いかぶさりながら、猫は酔っているように満面に笑う。
「にゃは、にゃはは~~~~、」
とりあえず、酒臭い。それだけ思った俺の前で、突如、猫は真顔になった。
そして次の瞬間、
「――う。うぅ、……お、おえ、……うぇ、」
「おい、嘘だろ?嘘だよな?」
もしかしたら生まれて初めてかもしれない。恐怖を覚えた俺の目の前で、俺に覆いかぶさったまま、二日酔いの状態で急に動いた猫は血走った目で数秒静止し、……そして、次の瞬間、だ。
……俺は大変手荒い歓迎を受けた。
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