2 セミ・ウェルカム・トゥ・”バッカス”!

「ジン・グリード。……東洋人か?」

「生憎生まれも育ちも戸籍も何も、全部大いなる帝国様だ。文句あんのか?」

「いいや、ない。……活きが良いな、若いの。入って右奥。赤い屋根の建物だ。そこがお前の住処になる。行け」


 その言葉と共に、衛兵は俺にIDカードを返し、門を開けた。


 そんな門番を横に、雪に足跡を残しながら俺は新しい職場――フォーランズ帝国軍ウォーレス駐屯基地へと踏み込んだ。


 基地ってより柵に囲われた村みたいに見える。いや実際、元々村だったんだろう。


 70年前ぐらいまではここに村があった。蟲が来て村人が逃げてウォーレスは丸々基地になった。そして、


(50年間平和。平和ボケか……)


 見る奴見る奴どっか暢気そうに見える。俺の偏見かもしれないが、あっちもあっちで俺に偏見ありありの視線向けて来てるんだから文句言われる筋合いはないだろ。


 来て早々変に絡まれるのも怠いし、ガンくれるのは止めにして、俺は大人しく新しい我が家へと向かった。


 ウォーレス駐留軍第03対蟲遊撃分隊。それが俺の新しい配属先だ。建物が余ってるからなのか、すぐに見つけた赤い屋根の建物は、かなりデカかった。


 平たい豪邸って感じだろうか。かなり部屋数がある、モーテルに近いか?まあ、少なくともテントよりマシだろ。


(乾いたテントから、雪国の豪邸ね)


 栄転じゃねえか。そこだけ切り取れば。


 まあ性分として心の中で無限に文句を垂れながら、俺はその豪邸のドアをノックしてみる。だが、しばらく待っても応答がない。


「チッ、」


 舌打ちして、俺はノブを回してみた。すると、……施錠されていなかったらしい。お上品に片付いたエントランスがいきなり、俺を出迎えた。


(規律が見えるな。……スカシ野郎に懲罰牢に入れられるぞ)


 小馬鹿にしつつ、俺は踏み込んでかかとを合わせ、きっちり敬礼の姿勢を取りながら、言った。


「ジン・グリード伍長。入ります」


 そして誰も出向かえのないエントランスに踏み込み、暫し直立不動の姿勢でその場に待った。


 ……うるせえな、しょうがねえだろ。マジで殴るんだよあのスカシ野郎。おかげさまで気分が最悪かハイじゃなければ俺は礼儀正しい軍人さんだ。


 そして鍵のかかってない宿舎に踏み込んだのに出迎えも警戒も一切ないこの場所の練度と規律の低さに俺の心の中のスカシ野郎が大変ご機嫌ななめだ。


「終わってんな、平和ボケ。難民キャンプの警備でもさせてやろうか?あァ?」


 毒づきながらその新たな住処へと俺は踏み込んでいき……そして数歩歩いた直後、この場所の規律が予想の遥か下を行くカスであることを、俺は理解した。


 エントランスは綺麗だった。3歩進んで見えた居間らしい空間がゴミ屋敷だった。

 ぎりぎりエントランスだけ取り繕うのが精いっぱいらしい、ここの連中の規律は。


 暖炉とテーブルとソファがある、居間。そこにやたら目ったら酒瓶が転がっている。なにがしかの食べ物のカスも転がっている。この場にスカシ野郎がいたら1分きっかり固まった直後部隊全員懲罰牢にぶち込んだ末自分で神経質に掃除始める事だろう。そう言う気持ち悪さのある野郎である、親愛なる特務大尉殿は。


 とにかく、人の痕跡はあるからと俺はそのリビングに踏み込む。

 すると、何やら垂れ幕が見えた。パーティでも開いていたらしい。


「……“セミ・ウエルカム・パーティ”?」


 新人歓迎パーティ、を開くことを祝うパーティをしていたらしい。


「暇な貴族かよ……」


 呆れながら俺は歩を進め……と、そこで、だ。


 天井の垂れ幕ばっか見てたから、足元への注意がおろそかになっていたらしい。俺は、何か柔らかいものをぐにゅっと踏んだ。


 そして、その柔らかい物は、鳴いた。


「むぎゅ~~~~、ぐぇ、」


 猫かカエルでも踏んづけたのだろうか。いや、違う。

 俺が踏んでたのは女だ。女の子、と言っても良いかもしれない、まだまだ若い女。


 一応軍属らしい。軍服のズボンにタンクトップで、首にドックタグを掛けている女。


 同い年かちょっと下くらいだろうか。くしゃくしゃの黒髪で、顔立ちは幼い。背は低そうだが出るところはかなり出ている。


(……東洋人か?)


 俺と同じか近い人種かもしれない。だからなんだって話ではあるし、それ以上に気になる特徴がその床で伸びてる猫みたいな奴の腕にあった。


 瓶である。酒瓶だ。

 それを抱えた、俺と同じぐらいの年頃の女が……夢見心地で床に寝ていた。


「ぐぇ。ぐぇ~~、うぅ、しぇるぃ~~、だから、踏むならブーツ、ぬいでぇ~~~、」


 そしてその酔った猫みたいな奴は俺の足に絡みついて来た。


「やめろ、放せ……つうか起きろ!なんなんだよ、お前。同じ隊の奴とか言わねえよな……」

「うにゅ~~~、」


 ……何なんだ、こいつは。何なんだこの惨状は、平和ボケってここまで酷い病気みたいになんのかよ……。


 いっそ思いっきり蹴っ飛ばしたらこの猫起きるだろうか。やって良いよな、俺の心の中のスカシ野郎はゴーサインを出してる。よし。


 と、俺が足を振り上げかけた所で、ふと、部屋の奥から、ザザっと、何かが起き上がった。


 酒瓶やらゴミやらを被ってソファに寝ていたらしい。そっちもまた、同い年くらいの女。


 典型的なフォーランズだ。金髪に青い目。背も高くスタイルも良い。着ているのはやっぱり軍服にタンクトップで、だが軍人っぽさはそこだけ。顔立ちやらなにやらに上流階級っぽさが見える。気品のある顔立ちのお嬢様って感じの女だ。


 ……その全てをどぶに捨てるかの如きちょび髭付いてるけどな。


 その金髪は、「う~ん、」とか呻きながら、せめてちょび髭さえなければいっそどっかで姫様とか呼ばれてそうな所作で眠たげに瞼を擦り、そしてその視線が、俺へと止まる。


 そして、次の瞬間、だ。


「あ!あああああああ!ジンくん!ジンくんですね!?ハル!リズ~!ジンくん!ジンくんが来ましたよ~~~っ!」


 お転婆っぽい雰囲気でこっちへと歩み寄ろうとして足元にあった酒瓶を踏んで転んでいた。


「ふぎゃッ!?」「ふにゃッ!?」


 何かに触発されたのか足元で猫も鳴いていた。……いや、この猫はもうどうでも良いや。つうか、


「ジン……くん?」

「あたた……はい、ジンくんです。だって新しい人来るって聞いてヤベェ歴戦の厳格系マッチョかと思ったら可愛い系でしたし……」


 ……………可愛い系だと?俺を?可愛い?自分で言うのもアレだが目つきから完全に故郷のスラムが漂ってる俺を?言うに事欠いて可愛いだ?


「目ェ腐ってんのかよ……」

「わ~~~。反抗期ですか?」

「そもそも年そんな変わんな……コホン。ジン・グリード伍長です。本日付で、この03分隊に配属になりました」


 軍隊で年は関係ねえ。階級の方が重要だし最初だけだとしても礼儀は必要だ。


 猫に唸られつつもかかとを無理くり合わせて敬礼した俺を前に、ちょび髭は床にぺたんと座り込んだまま、片手を上げてこう言った。


「はい、ようこそジンくん。コホン、シェリーです。えぇっと、階級は……。ええっと……。アレ?リズ~~~~!私の階級なんでしたっけ?」


 マジかよこいつ、ホントに軍人か?軍人のコスプレしてる上流階級のお嬢さんじゃねえのか。敬礼逆だぞちょび髭。フォーランズでは右だ。左はやめろ。


 そんなことを思ったところで、突如、だ。


 居間の奥。キッチンに繋がっているらしい扉が、ギィィィと音を立てて開き……これまた女が、そこから僅かに顔を覗かせた。


 今度は、年下だろう。かなり小柄でかなりスレンダー。服装は他の2匹と同じで、だが体系の凹凸が大分少ない。


 銀に近い白髪で、ショートだがやけに前髪が長く、灰色がかった瞳が僅かに覗いているだけ。


 そんなどこか存在感が希薄な女が、ギィと少しだけ開けた扉の影から俺を観察するように眺め……そして次の瞬間。ひょいっと、何かが俺に放り投げられた。


 キャッチしてみると……インコムだ。通信機。見ると向こう前髪も耳にインコムを装着している。


 付けりゃ良いんだろうかと取り付けてみると、……直後、だ。


『やっほ~、ジンくん。リズレット・シャテムです!フランクにリズって呼んでね?』


 ……やたら陽気な声が、俺の耳に届いた。向こうで膝抱えてぼそぼそ言ってそうな前髪から。


(……ヤベェ奴しかいねえのか)


 性別以前に学芸会じゃねえかもう。何なんだここは……。

 眉間にしわを寄せた俺を、前髪は気弱そうに眺め、身体を千々込めながら、言う。


『ジンくん怒んないで~。可愛い顔が台無しだぞ?』


 もう殺すか、こいつら全員。


『改めまして~リズです!階級は二等兵。よろ~、』


 よろ、じゃねえよ。俺は伍長だぞ?何なら特務だから曹長相当官だぞ?左遷されて今違げえけど……。


『で、あっちの可愛い子が、シェリー。階級は伍長』

「シェリー伍長です!ジンくん伍長、よろ~?」


 チッ。階級一緒じゃ糾弾しきれねえな。実地の先任向こうだからな……。

 そう歯噛みした俺の耳に、二等兵のふざけた声がまた届く。


『それから、ジンくん伍長が足蹴にしてる可愛い子は、ハル・レインフォード。階級は軍曹!』

「よりによってこいつが上官かよ!?失礼しました軍曹、おい、放せいい加減、じゃなくて、放して、いただけないでしょうか……」


 渋々敬って引きはがそうとした俺の足元で、


「うにゃ~~~~。シャァァァァァ~~~、」


 軍曹殿は俺のブーツを嚙みながら何かを威嚇していた。


 ……何なんだここは。どうなってる。規律以前に人間として終わってるだろどいつもこいつも。ここは本当に軍隊なのか?


 軽く頭を抱えた俺の前で、シェリーが苦笑と共に言う。


「そんなに階級気にしなくて良いですよ、ジンくん。ハルちゃんはじゃれつくのも踏まれるのも好きですし、私踏むの好きですし!」


 こんなに余計な一言初めて聞いた気がするわ。今のドS宣言絶対必要なかっただろ。


「とにかく、ここでは全部全部無礼講です!改めまして、歓迎しますよ。ようこそ“バッカス”へ!」

「“バッカス”?」

「はい。私達03分隊の部隊名です。“エンジェルズ”とか“バーサーカーズ”とか“クリーチャーズ”とかにしようかとも思ったんですけど、私達の特徴を真剣に吟味した結果、……選ばれたのは“バッカス”でした!」


 酒カスかよ。つうかエンジェル以外の候補もろくでもなかったじゃねえか……。

 なんなんだよこいつら。ここが、俺の、新しい部隊?


「他の隊員は?」

「いませんよ。ジンくん入れて4人だけです。隊長は一応ハルちゃんなんですけど、ここはアットホームな職場ですし。誰が上とか別に決めなくても良くないですか?」


 絶対軍人の発言じゃねえ。


「まあ、とにかく。新人が来たからにはまず度胸試ししないと。こちらHC。リズ伍長。リズ伍長。オーダーです。支給燃える命の水とショットグラスを」

『ヤー!』

「新人伍長はちゃんと猥談の準備しといてくださいね?」


 ……なんでこのお嬢様ダメな方向にだけ軍人色出して来てんだよ。猥談ねえよ、こっちは日々必死に生きてんだよ。つうか、


「俺は酒は飲まない」

「――そんなの人間じゃない!この悪魔!」


 おそらく悪魔はお前だろう?もしくはそれと契約して美貌と引き換えに全てを失った何かだろ。

 とにかく……もう付き合ってられるか、こんなとこ。


 俺は「うぎゃ、うぎゃ~~~~~~~~~うにゅ、」とか鳴いていらっしゃる軍曹殿の顔面をブーツで踏んで無理くり俺の足から引きはがし、一応敬礼をしながら、こう言い放った。


「至急、司令官殿に進言したいことが出来ましたので。自分はここで失礼させていただきます。では、」


 そして、俺はその場に背を向け、立ち去った。


 新しい配属先が年の近い娘だけでした?ああ、良いかもな。オフならな。命がけの職業じゃなかったならな。


 だが、軍属でこの仲間はありえない。


 いやそもそも、仲間なんか俺に必要ない。

 今、俺に必要なのは、敵だ。ストレス発散も兼ねて気兼ねなく汚い汁ぶちまけた上でボーナスが支給される、蟲。


 クソ。平和が憎い。正直な……。


 *


 雪の中を歩く。雪の中を歩く。駐屯地の最中に、足跡をつけ続ける。


 苛立ち紛れに歩き続けるオレの耳に、そういやつけっぱなしだったインコムから、声がする。


『迷った?ねぇねぇ迷った?ジンくん司令の居場所わかんないとか言う?』


 俺は一人で生き抜いて来た。指令本部くらいわかるに決まってんだろ二等兵。

 散歩してるだけだ散歩……。


『意地張らずに帰って来なよジンく~ん。ウォーレスの夜はヤバいよ?凍死するよ?帰ってくれば暖かい仲間とぬくもりのある美少女と火のついたスピリットが待ってるよ?』


 最後だけマジで理解できない。そもそも法律的には一応20歳以下飲酒不可だからなフォーランズ。全員アウトだろうが……。


『意地張っても損するだけだよ?明日が確実じゃない仕事でしょ?楽しめるウチに楽しもうよ』


 平和な土地で何言ってやがんだ。俺は死なねぇ。


『お~い。聞こえてますか~?お~い。…………え?あ、あの、私、あの、これあの、ひ、ひひ、……独り言?喋ってる?そ、そんな、……え?』


 …………………。


「コホン。コホン、コホン……」

『ジンくん優し~い!』


 ……マジで捨ててやろうかこのインコム。

 とにかくまあ、なんだ。俺は苛立ちつつ雪の中を歩いた。


 ああ、そうだよ。わかんねえよ、司令部。なまじ元が村なせいでわけわかんねえよこの基地の構造がよォ……。


「おい、二等兵……」

『はい!こちらシャテム二等兵!オーバー』

「…………………チッ。司令部の位置を、」


 と、俺が言いかけた、その瞬間、だ。


 このなんだか変な方向にネジの外れた生暖かさとは違って、俺の良く知る世界の音が、その場所に響き渡った。


 アラートだ。ブゥゥゥと、不快感をあおるようなアラート。それが、基地中のスピーカーから流れだした。


(一種戦闘配備……蟲の接近警告?)


 どういうことだ?この50年、ウォーレスに戦闘記録はないはずだ。50年越しの奇跡と巡り会えたか?んな都合の良い事あるのか?


『……パーティだね。でも、“バッカス”は今日非番だから。グリード伍長。至急宿舎への帰投を。別命あるまで待機』


 さっきまでと同じ声だ。だが、響きが違う。さっきまでのふざけた奴でも、一瞬垣間見えたコミュ障でもない。


 場慣れした“戦術支援官”の声だ。現場の奴に作戦の為に死ねと冷静に言えるタイプの冷たい声。


 どっか別の場所で”戦術支援官“だったのか?もしくは……ここがそもそもきな臭いのか。


「関係ねえな。蟲が来たんだろ?なら、駆除に行く」

『命令無視?懲罰があるよ』

「上等……。電気椅子まで俺は変わらねえ」

『……プロファイル通りだね。了解しました。伍長、装備の保管庫へナビゲートします』

「必要ない。持ち歩いてる」


 それだけ言って、俺は荷物をそこらに捨て、その中から必要な物……銃剣付きのショットガンとスラッグ弾の予備を取り出すと、言った。


「蟲はどこだ。教えろ。これは上官命令だ、二等兵」

『了解しました、伍長。……お手並み拝見』

「ハ、良いね。その方が良い……」


 愉しくなって来た。俺は笑って、使えそうな“戦術管制官”の道案内ナビゲートに、従った。

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