バッカス―ウォーレス第03魔蟲駆逐分隊―

蔵沢・リビングデッド・秋

1章 戦争欠乏症―ウォーレス―

1 ジン・グリード

 ――バカでかいペンチみたいな大顎が、そのギザギザで血やら粘液やらの滴る内側を晒しながら、俺へと噛み付いてくる。


 怪物の大顎だ。デカい蟲の一撃だ。見上げるサイズの大蟻の、喰らえば当然頭を押しつぶされてくたばるだろう純然にして絶対の死だ。


 だが――、

「――当たるかよォッ!」


 吠える余裕すらありながら、俺は噛み付いてくる大蟻へと自分から駆け寄って、その巨体の真下へと、躊躇いなくスライディングで突っ込んでいく。


 ガキン!聞き慣れた身の毛のよだつ硬質の音と共に、俺の目と鼻の先で大顎が閉じる。


 だが当然、スライディングで躱した俺がその一撃を喰らうはずもない。身体が滑り止まった真上にあったのは、大蟻――魔災蟲Ⅰ種成体Ⅱ期の、無防備な胸部。


 そこへと俺は抱えていたショットガン。ポンプアクションかつ銃剣のついたそれを思い切り突き立て、トリガーを引いた。


「……餌をやるよ、クソ蟲がァ!」


 巨大な実体弾が固い蟲の殻を砕き、汚い汁をまき散らしながら大蟻の胸をぶっ飛ばす。


 スラッグ弾って奴だ。普通のショットシェルじゃない。そのサイズ丸々実体弾の、飛距離精度0殺意マシマシの蟲殺しの玩具。


 そいつを胸に喰らった大蟻の身体が、俺の頭上でぴくぴく震え、すぐさま横へ転がり出た俺の横で、黄緑の雨を散らしながら、大蟻が崩れ落ちる。


 それを横に、俺はノってきて銃剣付きショットガンを手首を返して回転リロードスピンコック


「ハッ、」


 嗤いながら、次の獲物を探した。


 最も、探すまでもなく、次の獲物はたらふくいる。荒れ果てた茶色い大地の真上に、見上げるサイズの茶色い蟻が何匹も何匹もうじゃうじゃと。


 それに立ち向かうオレの様な兵士が、そこらで蟲を汚い汁に変え、逆に蟲に赤い汁に変えられている。


 日常風景だ。見慣れた景色だ。兵士になったその瞬間から、最初に前線に出たその日から、銃声も阿鼻叫喚も全部全部、見慣れた景色。


 とりあえず手近な蟻を殺そう。一匹殺るごとにボーナスで10万。殺れば殺るほどもうけが出るし、100匹もやれば勲章貰えるかもしれない。


 だから殺ろう。俺は職業軍人だ。人類を守るとか御大層な名目よりも金のために殺す。出世のために殺す。駆除する。世紀の害虫、“魔災蟲”を。


『グリード伍長。オーダーです。後方第3陣地の友軍に甚大な損害。第4団全兵は該当地点の援護へ――』

「うるせえな。おっさん達がやるだろ、」


 インコムから聞こえる”戦術支援官オペレータ”の声を無視し、俺は蟻へと突っ込んでいった。


『……またですか。そろそろ目に余ると団長が零していましたよ。アナタは職業軍人です。腕は認めます。ですが、少しは協調性を――』

「うるせぇんだよォッ!」


 吠えて大蟻へ飛びかかる。死んだ誰かの赤い液をぴちゃぴちゃ舐めるのに夢中だったその大蟻は、俺の接近に送れて気付いたが、もう遅い。


 軽々と飛びあがり、ガリと銃剣を突き立てながら、俺は蟲の真上に着地する。


 大蟻の目が俺を見た。いくつもいくつも、細分化された複眼に、蟲の返り血を浴びて派手に嗤う奴らにとっての悪魔が見えた。


 ああ、良いさ。悪魔で良い。それこそ勲章だろ、敵からそう見えんのは。

 だから、俺は躊躇いなく、


「――ハッハァッ!」


 トリガーを引き絞る。


 *


 カン!偉そうな服を着た奴がちっちゃいハンマーを振り下ろす。


 広いテントの中だ。目の前に大層学があるんだろう偉そうなヤツ。両脇には襟章に勲章をつけたマジで偉い方々。


 直立不動で視線だけそっぽを向けた俺に、偉そうなやつが言い渡す。


「独断専行、命令無視。作戦への理解の欠如。大局的視野の欠如。忠義の枯渇。……ジン・グリード伍長。君の武勇は我々も認めている。だが、精神性が幼稚過ぎる。軍属足りえないと我々は判断した。よって、現時刻を持って君の原隊を解除――」


 *


「……要は左遷っスか」


 蟲狩りの後。そして軍法会議の後。

 上級士官の拠点らしい、やたら片付いて物品の揃ったお上品なテントの最中、上官を前に俺はそう言った。


 そんな俺を冷静に眺め、その上官。金髪に青い目でさぞかし生まれも何もかも良いんだろう、代々軍人な名家の生まれらしいそいつ。


 ロベルト・ハルトマン特務大尉は、言う。


「その通りだ、ジン。言ったはずだよ。次従わなければクビだと。わかった上で暴れたんだろう。だから、私はもう庇わない」

「今日のパーティは終わった。けど、戦線はまだ終わってないっスよね。俺無しでやれるんスか?」

「いない方がむしろスムーズに済む。私の騎士団に脳の足りない鉄砲玉はいらない。必要なのは磨き抜かれた刃だ」

「騎士団っスか……」


 お上品な話だと笑った俺を、特務大尉殿は冷たく見据え、言ってくる。


「鼻で笑ったそれになりたいんだろう、君は。だから生き急いでいる。だが、鉄砲玉は何人貫こうと結局最後には地に落ちて捨てられるだけだ。名剣にはなれない。鞘に収まることを覚えろ。頭を使うことを覚えろ。……頭を冷やせ。それが命令にして、訓示だ。辺境だろうと励めば、手柄は取れるぞ」


 そう言って、特務大尉殿は俺へと辞令を差し出してくる。

 この上官殿に無理くり仕組まれた通り、俺は敬礼して歩み寄ってかかとを合わせて訓示を受け取って、行先を見る。


 そこに書いてあったのは……。


 *


「……ウォーレス。“戦争欠乏症ウォーレス”ねぇ、」


 コートを着込んで乗り込んだ汽車。その窓に頬杖を突き、俺はそう呟いた。


 窓の外にはちらほら雪のチラつく寒村が見える。


 この世界――もしくはこの国は歪だ。戦争絡みばかりやたら技術が発展してる。それこそ“装着型通信機インコム”があるのに、一般の交通機関が蒸気機関車ってくらいに、戦争ばっかだ。


 その理由は、蟲だ。だいたい100年前に隕石と一緒に降ってきて、この大陸の東半分を食い尽くし、今尚餌を求めて攻めてくる怪物、“魔災蟲”。たまに大挙して訪れるそれと永遠争ってた結果、軍備だけが拡張した。


 そして中でも、この国、フォーランズ帝国は特に軍備の発展した大帝国だ。


 領土もデカく、今みたいに北へ向かえばほら、窓の外は真っ白で、蟲なんざ生まれる前に凍えて死にそうな景色になる。


 それを眺める俺の視界に、窓に、俺が映った。


 目つき悪いガキだ。18だが、まだガキだろう。ガキ扱いされてきた。それから、……劣等種扱いか。


 黒い瞳に黒い髪。実年齢より幼く見られる顔立ち。この金髪やら赤毛の奴らが覇権を握る軍事国家で低くみられる東の血が入った顔。生まれ落ちた瞬間から、蟲に怯えて国を捨てた少数派で劣等民族。


 その上孤児だ。スラム上がりだ。後ろ盾もない。クソみたいな人生を抜け出すために軍に身売りして、死ぬ気でやって訓練校でトップを取って、ボーナスとその先の勲章目当てに一生懸命蟻の駆除に励んでた結果、左遷。左遷。……左遷かよ。


「チッ。…………ウォーレスねぇ」


 身から出た錆って言われたらそれまでだが、だとしてもクソみたいな話である。


 ウォーレス。俺がこれから行く場所は、ここ50年くらい、“魔災蟲”が出た記録がないらしい。つまり獲物がいない。敵がいないんじゃ軍人なんて廃業だ。


「……敵がいないのにどうやって手柄立てろって言うんだよ、スカシ野郎が」


 吐き捨てる息は汽車の中とは言え、そろそろ白くなっていた……。

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