第21話 邪神の初給料

「スピカさん。これ、今日のお給料ね」

「わぁー! ありがとうございます!」

「明日も来てよ! スピカさん、よく働いてくれるし、すごく助かったから!」

「はい、よろしくお願いします!」


 夕方。

 私はお給料を受け取ってお店を出た。

 

 あーっ、楽しかったなぁ!

 可愛い服着て、お客さんたちと話して、それでお金もらえるとかすごくいいお仕事だ。邪神辞めて、こっちに就職できないかな……?


 ……あっ。

 忙しくて今の今まで忘れてたけど、ナーシャ様のお母様とお爺様が来てたんだっけ。


 全然話せなかったなぁ……むぅ、残念。

 でも、お母様はともかく、あのお爺様はちょっと変な感じだった。目つきや雰囲気が、ヴァイス様そっくりというか……。


 まあ、気にしても仕方ないか。

 次来店された時は、もう少しお話ししよう。


「んっふふー。このお金、何に使いましょう……!」


 前に広場でやった大道芸と違い、普通に働いて得た初めてのお給料。

 安易に貯蓄や生活費に回すのではなく、ヴァイス様を喜ばせたい。


 夕飯にいいお肉を買う、というのはどうだろう。

 ヴァイス様に何か新しい服を買うのもいいかもしれない。

 魔術関連の書物もありかも。


「うーん……」


 夜へと差し掛かる街並み。

 これはどうだろう、あれはどうだろうと思案しつつ練り歩く。


 帰りが遅くなっては大変だ。

 あまり悩んでいる時間はない。

 

「あっ……!」


 そんな私のもとに、これだ、という案が降って来た。




 ◆




「なぁーう」

「……なぁ、クロ」

「うにゃー?」

「俺、お前に話し掛けてるとこバレてたぞ……」

「にゃぅー、ぅうー」

「しかも花に寝言まで……あぁあ……!!」


 同居猫のクロは、俺が用意した飯を食うだけ食って、窓の隙間から外へ出て行った。自由気ままなやつだなぁ……まあ、猫だから当然だけど。


「ただいま帰りましたー!」


 玄関から元気いっぱいな声。

 ソファから身体を起こして、のそのそと歩き出す。


 ……職場に顔出したことは、悟られないようにしないとな。

 変身魔術使ってまで覗きとか、流石に気持ち悪いだろうし……。


「おかえり、スピカ。遅かったな」

「申し訳ないです……! 実は、今日からアルバイトを始めまして! いや私も、すぐに働いてとお願いされるとは思いませんでしたっ」

「そうか、頑張ったんだな。楽しかったか?」

「はい!!」


 ……ナーシャの前で色々と暴露されたから顔見たら怒りが湧くのかなとか思ったが、まったくそんなことはなかった。もう何でもいいや、こんなに楽しそうで可愛いんだから。


「んで、それは何だ?」


 スピカが抱えていた紙袋。

 その中には、何本かの瓶が入っている。


「あ、これですか? お酒ですよ、お酒!」

「酒?」

「初のお給料は、これでヴァイス様とパーッと盛り上がりたいなぁと。何か、夫婦っぽくないですか? それに私、お酒の味って気になってたんですよねー!」


 スピカと初めて会った、あの日。

 村の酒場で彼女に酒をすすめたが、すぐに怪我を治せだの物を直せだのと騒がしくなって、結局彼女は手をつけなかった。あの時のことを覚えていて、密かに後悔していたのだろう。


「だったら、何かつまみになりそうなもの適当に作るか」

「あっ! でしたら私が――」

「スピカは帰って来たばっかりで疲れてるだろうし、酒を呑んだことないのにつまみの作り方なんかわからないだろ」

「……そ、そうですね」


 と、納得させたところで、ふと思う。


『家の中では、炊事に掃除に洗濯、どれも文句の一つも言わずやってくださいます。いやもう、ちょっとくらい任せてくださいよ! って感じですよ』


 喫茶店での、彼女の発言。


 一人での生活が長過ぎて、誰にも頼らないことが当たり前過ぎて、確かに俺は何でも自分でやってしまう。それでいいと思っていたが……スピカが気にしているなら、ちょっとは考えを改めないとな。


「あ、いや……やっぱり、手伝い頼めるか? スピカがよければ、だけど」

「っ! は、はい! お手伝いします! ヴァイス様の調理スキル、華麗に盗んじゃいますから!」


 小さくガッツポーズを作って、むふーっと息をつくスピカ。


 可愛い……あまりにも可愛い……。

 こんな子と晩酌できるとか、俺は幸せ者だなぁー。






 この時の俺は、まだ知らない。

 酔ったスピカの、邪神的な破壊力を……――。




――――――――――――――――――


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