第20話 魔術師、萌える

「スピカさん、あっちのお客さんにこれ持って行ってあげて」

「はい、わかりました!」


 何かヴァイス様のお役に立たなければと一晩悩んだ結果、私は働くことにした。


 現状、我が家の財政を支えるのはヴァイス様のお給金。

 そこで更に私も働けばかなり楽になるし、ちょっとした贅沢もできる、彼にプレゼントを贈ることだってできる。


 ということで今朝、何度か客として訪れた喫茶店の扉を叩いた。

 マスターにお願いすると、ちょうど人手不足だったらしくすぐさま採用。接客係として、店内を右往左往している。


 それにしてもこの制服、本当に可愛いなぁー。

 ここへ来るたびにいつか着てみたいと思っていたから、採用されてよかった。ヴァイス様にも見せてあげたい。


「あ、いらっしゃいませー!」


 チリンとドアベルが鳴り、一組の男女が入って来た。

 どこかで見たような赤髪の女性と、目つきの悪い茶髪の老人。


 二人とも初対面なのに、どこか見覚えがある。


「あたしたちの顔に何か……?」

「えっ? あ、失礼しました! 知り合いに似ていたもので……!」


 ペコリと一礼して、「席にご案内しまーす」と歩き出す。


 何だろう、この既視感。

 絶対に会ったことがある気するけど……まあ、街ですれ違ったとかかな?


「スピカさーん! 次、これお願いしまーす!」

「は、はい! ただいまー!」


 いけないいけない!

 お仕事に集中しないと!




 ◆




「いやぁ、ビックリしましたね師匠。スピカさん、初見で見破りかけてましたよ」

「…………」

「師匠?」

「…………」

「おーい、師匠ーっ」

「……ん? お、おう。そうだな」

「何も話し聞いてなかったでしょ」


 席へ案内されてから、俺の目はスピカに釘付けだった。


 白と淡い青で構成された、可愛らしい制服。

 それを着たスピカは言うまでもなく可愛くて、もう尋常ではないほど可愛くて、たぶんこの世に可愛いという概念がなかったとしても可愛いと感じてしまうほどに可愛かった。


「ご、ごめんなさい。メニュー、まだお渡ししてなかったですね。はい、どうぞ!」


 パタパタとやって来たスピカにメニュー表を手渡され、俺は軽く会釈しながら受け取った。彼女はニコリと笑って、黄金の髪と短いスカートを揺らしながら去ってゆく。


「し、師匠? 大丈夫ですか? 口、開きっぱなしですよ……?」


 そう言われて、ハッと唇を閉じた。


 ……いやもう、こんなの仕方ないだろ。


 だって、あんなに可愛いんだぞ!!

 あんなにあんなにあんなに、あぁぁぁぁぁんなに可愛いんだぞ!?


 店主、全メニューの価格を改定しろよ!!

 スピカのあんな超絶可愛い姿をタダで見られるなら、茶も飯も今の十倍の値段だって繁盛するに決まってる!!


 少なくとも、俺は週10で通うぞ!!!!


「すみませーん。コーヒーを二つ……一つは、ミルクと砂糖、山盛りいっぱいつけてください」

「かしこまりました。少々お待ちください!」


 注文を取る姿まで可愛い。


 あんな可愛い子が、俺の嫁なんだもんなぁ。

 いやぁ、世界を滅ぼす力とかわけわかんねぇ願い叶えなくてよかったー。


 …………って、いやいやいや!!


 それはそれ、これはこれだろ!?

 世界を滅ぼすのは……ちょ、ちょっと今、休憩しているだけ!! 別にどうでもよくなったりしてないんだからな!!


「…………ん?」


 俺の目が、今まさにスピカの尻に触れようとするオヤジの手を捉えた。


 この俺の眼前であいつにセクハラかまそうとか、いい度胸してるなおい。

 どうする……灰にするか?


 いや、それだとスピカに迷惑がかかる。彼女に免じて、今回ばかりは手加減してやろう。


「痛゛った!!」


 大袈裟に声をあげて悶絶するオッサン。

 そりゃあ痛いだろうな。今伸ばしてたその手を、軽く火傷させたんだから。


 この程度で済んで、ありがたいと思えよ。


「師匠……ちょっと過保護じゃないですか……?」

「夫としての仕事をしただけだ」


 ナーシャは俺を半眼で睨む。

 その刺々しい視線を躱しつつ、俺はスピカの働く姿を網膜に焼き付ける。


「お待たせしました、コーヒーです。……っと、こちらがお砂糖とミルクです」

「わぁ、ありがとうございます」


 注文の品を持ってきたスピカ。

 ナーシャは苦いものが飲めないのか、砂糖とミルクをどばどばと投入していく。……そんな彼女を、なぜかスピカはジッと見つめる。


「あ、あのー、お客様。失礼ですが、私たち、どこかでお会いしたことがあるような……」

「えっ? あ、あたしですか?」

「はい……あと、そちらのご老人も。最初は何かの見間違いかなと思ったのですが……えぇ、絶対に会ったことがあります! 間違いないです!」


 ……驚いたな。


 俺の変身魔術は二流がいいところだが、それでも見破るのは容易ではないはず。ナーシャは本人をベースとしているから既視感があって当然でも、俺なんて元の面影もないだろ。


「えーっと……あっ、もしかしてスピカさんですか? 娘のナーシャから話は聞いています!」

「へっ? む、娘ってことは……ナーシャ様のお母様!?」

「はい! んで、こっちはあたしの父です!」


 誰が誰の父だ。

 勝手に設定作るなよ。


 ……まあ、状況的に仕方ないから乗るけど。


「ナーシャの祖父です……うちのバカ孫が、おたくの旦那さんに大変ご迷惑をかけているようで……」

「えっ、お父さん? ナーシャ、そんなに迷惑かけてるの? すごくいい弟子だって聞いてるけど」

「いやいや……ちょろちょろと付いて回って、ヴァイスさんも心底鬱陶しいと思っとるだろうなぁ。程々にしろと言って聞かせないと……」

「お爺様、それは違いますよ。ヴァイス様はナーシャ様のことを、とても大切に思っています」


 いい機会だから言いたいことを言ってやろう、と思っていたのに……。

 スピカが口を挟み、事態が一変した。ナーシャはしたり顔で俺を見て、「へえ」と勝気な声を鳴らす。


「この前も夜遅くまで、ナーシャ様からの質問に答えるべく本を読み漁っていました」

「そ、それはたぶん、何かの調べ物のついでだったんじゃ――」

「ナーシャ様だけでなく、他の学校の生徒さんからの質問に幅広く対応するため、時間を見つけては図書館に通っています。誰かに教えを乞われ、それに応えることが、とても楽しいのでしょう」

「別に、た、楽しいわけじゃないと、思うがなぁ……? あの男は、そういう柄じゃないだろう。もっと小汚くて、粗雑で、乱暴で――」

「失礼ですが、お爺様」


 とんっ、と。

 スピカはテーブルに手をついて、諫めるような視線を俺に送った。


「ひとには様々な側面があります。完璧な善人が存在しないように、完璧な悪人もまた存在しない。ヴァイス様に仄暗いところがあったとしても、それは数ある中の一面でしかないのです」

「あ、あの、その……」

「先ほど申し上げた通り、学校では素敵な先生をされています。家の中では、炊事に掃除に洗濯、どれも文句の一つも言わずやってくださいます。いやもう、ちょっとくらい任せてくださいよ! って感じですよ」

「えっ? ……ご、ごめん」

「他にも素敵なところ、たくさんありますよ! うちの猫さんにこっそりニャンニャン言葉で話しかけていたり、私が植えた庭の花の成長を密かに観察していたり、寝言で私のことを呼んでいたり――」

「スピカさーん! ちょっと来てー!」


 言いたいことだけ言って、店主に呼ばれ小走りで去って行った。


 俺は恥ずかしくて、居たたまれなくて、今すぐ消えてしまいたくて、テーブルに肘をついて頭を抱えた。

 そんな俺を見たナーシャは、「これ飲んだら、出ましょうか……」と苦笑いを浮かべた。


 あぁもう、殺してくれぇ……。

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