第19話 邪神は頑張りたい
「ヴァイス様、今から寝室のお掃除を――」
「さっきやっといた」
「では、洗い物は――」
「もう終わった」
「……ご、ご飯は?」
「もう夕食にするのか? じゃあ俺が――」
「い、いえ! 私が作ります!」
ヴァイス様と一つ屋根の下で暮らし始めてから、半月が経った。
前回体調を崩してから、妻として何かしなければと改めて感じたが、現状上手くいってない。
というのも、ヴァイス様の生活能力があまりに高く、私の介入する余地がないのだ。
掃除も洗濯も、魔術で一瞬で片付けてしまう。
料理だってできて、今朝も起きたら朝食ができていた。
食事の用意くらいはとキッチンに陣取り、まだ練習中の拙い手つきで調理開始。見栄えは悪いがどうにか完成し、テーブルに並べて夕食を開始する。
「下手くそで申し訳ないです……つ、次はもっと、上手くするので!」
「別に焦る必要はないから、ゆっくりやれよ。それに十分美味しいし、料理始めて間もないのにこれはむしろ才能あるだろ。スピカは本当によく頑張ってると思うぞ」
「っ……うぅ……」
「ど、どうした!? 大丈夫か!?」
顔を覆う私を見て、ヴァイス様はガタッと立ち上がった。
大丈夫じゃない。まったく大丈夫じゃない……!
嬉しくて、恥ずかしくて、顔をあげられない……!
今更だが、この人はすごく優しい。
私がそう振る舞うよう矯正した側面も確かにあるが、おそらくは元来こういう性格なのだろう。
……それが一体どういう経緯で、皆に恐れられる存在になったのか。
い、いや、今それはいい!
とにかく、顔が熱くて仕方がない!
「また体調が悪いなら、今日はもう寝とけよ。家事は俺がやっとくから」
「…………」
このままだと無限に甘やかされて、きっと私はダメになる。
そうなったら、流石のヴァイス様も愛想を尽かしてしまうだろう。
「なーぅ、うにゃー」
自由気ままにこの家を出入りする同居猫のクロさんが、俯く私の足に身体を擦り付けてきた。私を見上げるその黒い瞳は、お前も何かしろよ、と語っているような気がする。
……うん、そうだ。何かしないと。
確実にヴァイス様のお役に立てて、喜ばすことができて、なおかつ明日にでもすぐにできることを……!!
◆
「え、えーっと、つまりここは――」
「なあ」
「は、はい!!」
「そこ、間違ってないか? 三桁目の数字が違うぞ」
「えっ? あ、あぁ! あり、ありがっ、ありがとうございます!」
翌日の昼下がり。
王立魔術学校初等部のとある教室にて、俺は治癒魔術の授業を受けていた。
「し、師匠……!!」
「あ?」
「何であたしたちに混じって授業受けてるんですか……!? メチャクチャ浮いてますし、先生、汗ダラダラですよ……!?」
「治癒魔術を基礎の基礎から学び直そうと思ってな。どうせなら授業受けとこうかなって。……それよりお前、喋るなよ。ちゃんと集中しろ」
正面を向けと、前の席に座るナーシャの額にデコピンをかました。
一応他人を師事したことはあるが、こういった形で魔術を教わるのは初めて。
子どもに混じって、というのは少し気になるけれど、それはさておき中々に面白い。
「きょ、今日の授業はここまで! それじゃ!」
授業が終了するのと同時に、教師は教室からすっ飛んでいった。
よほど俺に見られるのがプレッシャーらしい。こっちは学ばせてくれって言ってるんだから、もうちょっとドシッと構えてくれていいのに。
「今日はもうこれで学校終わりですけど、師匠、何か用事ありますか? あたし、変身魔術を教えて欲しくて……」
「変身? んなもん覚えて、何に使うんだよ」
「今度実家に帰った時、大人なあたしに変身してママをビックリさせようかなって!」
「くだらねえ。俺は図書館に行く、治癒魔術について調べないといけないからな」
俺が教室を出ると、「えぇーっ」とナーシャは不貞腐れながらついて来た。
「魔術はオモチャじゃねえんだぞ。何のために学ぶのか、もうちょっとよく考えろよ」
「それはそうですけど、多少は遊びがあってもいいじゃないですか! あたし、普段はちょー真面目ですし……!」
他の生徒を見ていると、確かにナーシャは真面目だ。
最初会った時に言っていたように、自分がただの農家出身なことを気にしているのだろう。
だが、それは俺がこいつの遊びに付き合う理由にはならない。
「じゃあ、こういうのはどうですか。二人で変身して、スピカさんのバイト先、コソッと見に行きましょうよ!」
「ダメなもんはダメだ――……って、え? バイト先? 何の話だ?」
「知らないんですか? 学校近くの喫茶店でスピカさんが働いてたって、先生たちが言ってましたよ?」
思い返すと今朝、「私もヴァイス様のお役に立ちたいので、今日から頑張ります!」とか何とか言っていたような……。
家事を頑張るとかそういう意味かと思ってたが、まさか収入を増やそうってことだったのか?
「俺が行ったら店の客が怖がるし、そうなったらスピカの雇い主も困るだろ」
「えぇー……」
「それであいつがクビになったら可哀想だし、そもそも他人が働いてるとこ覗く趣味なんかねえよ」
「そう、ですか……」
「くだらねえこと言ってないで、ナーシャもしっかり勉強――」
「そこの喫茶店の制服、すっごく可愛いのになぁ。スピカさん、メチャクチャ似合ってると思うけどなぁ」
………………ほぅ?
って、違う!! 何が、ほぅ、だよ!? バカか俺は!!
あいつが可愛いのは、もはや認めざるを得ない事実。
だが俺は、それにつられて勉強を放り出すようなバカではない。
「スカートがフリフリで、ちょっと危ないくらい短くてぇー」
「…………」
「胸元なんかも少し開いてて、スピカさんみたいな超絶スタイルのお姉さんが着たら似合うだろうなぁー」
「…………」
「じゃあ、師匠は図書館に行ってください! あたしはものすごく可愛いスピカさんを見に行くので!」
「…………ま、待て」
と、ナーシャの手首を掴む。
「……別に制服には一ミリも興味ないが、もしかしたらスピカが、厄介な客にちょっかいを出されるかもしれない。そうなった時に、何かしてやるのも夫の務め、だと思う……」
「でも、師匠が行ったら他のお客さんが怖がるんじゃ?」
「……わかったよ。変身魔術、教えてやる」
「わーい、やったー!!」
上手いこと手のひらの上で転がされたな、と思いつつ……。
俺の頭の中は、ものすごく可愛いらしいスピカのことでいっぱいだった。
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