第17話 邪神は帰りを待つ

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!!!」


 ヴァイスを前にして、再び咆哮。

 先ほどとは違い、千か、万か……無数の小さな隕石が降り注ぐ。


 空を覆う火球の大軍。

 この世の終わりのような光景。


 だが、ヴァイスは僅かな焦りも見せずそれら全てを撃墜、そして焼滅。

 あとには塵も残らない。


「う、嘘だろ……?」

「あり得ない……!!」

「ここまでやれるのか、〝神話級魔術師プラチナ〟ってやつは!?」


 仲間たちは、一様に驚きの声を上げた。


 プラチナの中でも、ヴァイスは別格だ。

 火の魔術を扱わせれば、間違いなく史上最強。その他の魔術も幅広く習得しており、こと戦闘において彼に並ぶ者などいない。


 ……にしても、今日は何か違うな。

 魔術にキレがあるというか、何というか。


 僕が知る彼より、ずっと強い気がする。


「……邪魔するなら焼き殺すって言ったよな? 石ころをバカスカ落として、稚樹に当たったらどうするつもりだ……?」


 エンシェント・ドラゴンの足元に立ち、高圧的な視線を飛ばした。


 ――瞬間、彼の周りで火花が散る。


 あのドラゴンが呼び出した、隕石の比ではない。

 もっと恐ろしいことになると、僕の本能が叫ぶ。


「みんな、全力で魔術障壁を張れ!! 全ての魔力を防御に回せ!!」


 ヴァイスの右手に灯った、超高密度な魔力で編まれた青白い炎の塊。


 魔術障壁越しでも肌が火傷しそうなほど痛み、その火力が尋常ではないことをうかがわせる。込められた魔力量から察するに、国一つを消し炭にしても余りある威力だろう。


「や、やめろヴァイス!! そんなものを使ったら、やつだけじゃなくここら一帯が――」

「黙ってろ。時間がないんだ」


 その時、巨大な翼をはためかせ、ドラゴンは飛び立った。

 他の誰でもなく、ヴァイスから逃げるために。


 自分よりもずっと小さな生き物から、伝説はなすすべなく逃走する。情けなく尻尾をばたつかせながら。



「――――……【き尽くせ】」



 右手を前へ。

 蒼炎は矢のように射出され、瞬く間に目標へ着弾。

 眩い光が迸り、熱波が周囲全ての雪を溶かし、エンシェント・ドラゴンは爆炎に呑まれた。


 案の定、凄まじい威力――だが、僕たちには何の被害もない。

 ヴァイスが同時に展開したドラゴンを包む球体状の魔術障壁が、周囲を炎から守る。


「すごい……っ!」


 自然と、称賛の声が漏れた。


 ヴァイスがあまりに強すぎる自身の炎から肉体を守るため、魔術障壁を極めているのは知っていた。しかし、まさかあの地獄のような業火を完璧に防ぎ切るほどとは。


 攻守ともに、文句のつけどころがない。


 一人の被害も出さず、エンシェント・ドラゴンを灰も残さず消し去った光景を目の当たりにし、彼が魔術師の頂点に君臨することを改めて理解する。


「はーっ、終わった終わった。さてと……」


 勝利の余韻に浸ることも、ひと息つくこともせず、そのまま飛び立ったヴァイス。

 ぐるぐると上空を旋回して、目を凝らし何かを探す。


 ……そういえば、ここに来たのは用事があるからとか言ってたな。


「おい、アーサー!!」

「ん? ど、どうした?」

「ここに世界樹の稚樹があるって聞いて来たのに、どこにも見当たらないんだ!! お前も探してくれ!!」

「せ、世界樹? ……見たところ、それらしいものはないが。君の魔術の衝撃波で、吹き飛んでしまったんじゃないのか?」


 そんな! とヴァイスの表情が凍りついた。


 ……君って、そういう顔をすることもあるのか。

 意外というか何というか、初めて見たな……。


「あ、あのー……」


 この土地の魔術協会の支部長が、おずおずと手を挙げた。


「世界樹の稚樹でしたら……一応、わたくし共で管理しております。最近は苗木の栽培にも成功し――」

「あるのか、ここに!?」

「は、はい! ……必要でしたら、苗木を一つ、お譲りしますが……」

「~~~~っ!! あ、ありがとう!! 頼むよ!!」


 ……えっ、ありがとう?

 あのヴァイスが、ありがとうって言った!?


 支部長とは言っても、彼からすれば何でもないただの男なのに……。


 僕と同じく、他の者たちにも動揺が走る。

 当の支部長に至っては口を開けたまま硬直しており、数十秒の後、「今すぐ持ってきます!!」とようやく動き出す。


「……君、変わったな……」

「あ? 何だよいきなり」

「いや……スピカさんには、感謝しなくちゃと思って……」

「だから、何が言いたいんだよ。鬱陶しいやつだな」


 普段通り刺々しいが、どこか温和というか、僕の知る冷たさがない。

 その黒い瞳は、もう孤独の色をしていない。


「ど、どうぞ! これが世界樹の苗木です!」

「おぉー! 本当に助かった、この礼はいつかする!」

「いやいやいや!! もう一生分のお礼はいただいてますから……!! 本当に命を……世界を救っていただき、ありがとうございます!!」


 支部長が深々と頭を下げると、他の者たちもそれに倣った。

 その中心に立つヴァイスは、何とも居心地の悪そうな顔で頭を掻く。


「んじゃ、俺はもう行くから――」

「ちょっと待て」

「何だよアーサー、まだ何かあるのか?」

「今回のことを報告書にまとめなければ。倒したのは君なんだから、君が書かなくちゃダメだろう?」

「お前、本当に腐れ優等生だな!? 俺は急いでるって言ってんだよ!! んなもん、適当にやっとけ!!」

「エンシェント・ドラゴンの討伐は偉業だぞ!? 君の字で、君が報告し、君が歴史に名を残さなくてどうする!! きっと、世界中でニュースになるぞ!! 銅像とかも建つかも!!」

「興味ねえよそんなもん!!」


 そう怒鳴り散らして、何か思いついたのか「あっ」と声を漏らし、僕以外の者たちに視線を配る。


「おいお前ら。今日ここに、俺は来なかった。あのデカブツを倒したのはアーサーだ。……そうだよな?」

「「「「「えっ?」」」」」

「あのデカブツを倒したのはアーサーだ。俺は何にも関係ない。報告書もニュースも銅像も知ったこっちゃない。……そうだよな?」

「「「「い、いやぁ……」」」」」

「さっさと同意しろ。殺すぞ」

「「「「「は、はい!! アーサーさんが倒しました!!」」」」」


 ヴァイスの気迫と脅しに屈し、全員の意思が一つになった。


「こ、この僕に、嘘の武勇を語れというのか!? そんな屈辱的なこと、僕が耐えられるわけないだろ!?」

「は? お前のお仲間たちは、アーサーが倒したって言ってるぞ?」

「だ、だから、それは違っ――」

「ちょっとは利口に生きろよ。じゃあな、伝説を倒した勇者様。あちこちでチヤホヤされて、故郷にバカでかい銅像でも建ててもらえ」


 軽薄な笑みを浮かべ、ポンと僕の肩を叩く。

 そして苗木に視線を落とし、この上ないほど安心した眼差しを作って、空の彼方へと飛び去った。




 ◆




「……まずい、遅くなり過ぎた……」


 行きで五時間、滞在十五分、帰りもまた五時間。

 家に到着した頃には、すっかり日付を跨いでいた。


「スピカ、ちゃんと寝てるかな……」


 俺が不在の間、何か起こっていたらどうしよう。

 一抹の不安を抱えつつ、玄関の扉を開く――……と、その瞬間。


「…………え?」


 家に入ってすぐのところ。

 廊下の隅で小さくうずくまる、金色の塊。


 俺の声にその塊はもぞっと動いて、ハラハラと髪が零れ落ちる。

 蒼い瞳がぱちりと瞬いて、俺を映した途端に涙が浮かぶ。


「ぅあ……ぁああああ!! ヴァイス様ぁああああ!!」

「うわっ!? ちょ、ちょっと待て! いきなり抱き着くな!」

「遅い遅い遅いですぅ! もう帰って来ないかと思いましたよぉおおおお!」

「痛い痛い痛いっ!! じゃ、邪神パワーで魔術障壁突破するのやめろ!! 死ぬっ……ほ、本当に死ぬって……!!」


 一体何がどういうことかわからないが、スピカはそのあとしばらく、俺の胸の中でわんわんと泣き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る