第12話 魔術師は家を手に入れた

 王都に来てから、早一ヶ月が経過した。


「あっ、スピカさん! こんにちはー!」

「はい、こんにちは!」


「スピカさん、見て行ってくださいよ! すごくいい服、入荷したから!」

「本当ですか? またあとでうかがいます!」


「お、スピカさん、ちょうどいいところに! パンが焼けたから持って行きな!」

「うわぁ~、ほかほかだぁ! ありがとうございます!」


 美麗な容姿と愛嬌の良さ。

 誰にでも分け隔てなく接する腰の低さ。

 愛される要素がてんこ盛りなスピカは、すっかり王都のマスコット的な存在になっていた。


 王立魔術学校の遠足で、俺の頭を思い切り叩いて殺しを阻止した話が広まったのも大きい。〝ヴァイスを尻に敷く女〟という肩書きは、俺が言うのも変だがかなり面白く興味を惹かれる。


「ヴァイス様も、ほら。パン、一緒に食べましょう」

「それはスピカが貰ったものだろ。俺はいいよ」

「わざわざ紙袋に二つ入れてくださったということは、そういうことですよ。変な意地は張らずに、ほらほらっ」

「いや、別に意地を張ってるわけじゃ……」


 強引にパンを押し付けられ、仕方なく受け取った。


 後ろのパン屋へ視線をやると、まだこちらを見ていた店主と目が合う。緊張しつつも笑顔で会釈をして、そそくさと店へ戻って行く。……悪意も害意も感じられない挙動に、背中が痒くなる。


「美味しいですね」

「……そうだな」


 いいのか悪いのか、住民たちの俺を見る目も変化しつつある。


 恐怖の対象であることに変わりはないが、嫌悪の視線はかなり減った。

 それもこれもこの一ヶ月、遠足の護衛を始め、スピカが様々な面倒事を持ち込み俺が片付けてきた影響だろう。


 そして今日もまた、面倒事の処理へ向かう。


 だが、今回は少し事情が違う。

 これは俺が持って来た案件で、スピカは一切関わっていない。


「私はとても嬉しいです! ヴァイス様が、自分の意思でちゃんとしたお仕事に取り組むようになって! 今日はお祝いに美味しいものを食べましょう!」

「んな大袈裟な……っと、ほら着いたぞ。ここだ」


 王都の中心街から少し離れたところに建つ、赤い屋根の一軒の家。

 大きな庭が付いていて、日当たり良好。

 ただ現在は誰も住んでいないせいで、草は伸びっぱなし、家の外壁にはツタが這い、落書きも目立つ。


「仕事内容はこの家の掃除。綺麗にしたら、そのまま俺に譲ってくれるらしい。あんた、花を育てたいとか料理したいとか言ってただろ? そういうのをするなら、自分の家を手に入れるのが一番だと思ってな」

「…………」

「な、何だよ、こっち見て。文句があるなら言えよ」

「……あぁいえ、ヴァイス様って何だかんだ言いつつ、素敵な旦那様だなぁと」

「はぁ!?」

「そんな一ヶ月も前に言ったこと、普通は覚えていませんよ。まして、私の願いを叶えるためだけに家を用意するとかすごいです。ありがとうございます!」


 なでなでと、俺の頭をまさぐるスピカ。

 くそぉ……褒められて、撫でられて、全然悪い気がしない。心がやわらかいもので包まれているような気分になる。和んでしまう。


「も、もうわかったから触るな! ほら、中に入るぞ!」

「はい!」


 聞いていた通り玄関の扉の鍵が壊れていたので、すぐに入ることができた。


 予想はしていたが、家の中はいっそう酷い有様だ。

 ホコリ臭いし、壁には穴が空いてるし、動物のフンらしきものもある。……これじゃあスピカも、ガッカリするんじゃないか。


「このお部屋はリビングにして、ここにはソファと机を置きましょう! おぉー、キッチン広い! ちょっと二階も見てきますーっ!」

「……お、おう」


 ガッカリするどころか、大はしゃぎだった。

 安堵から笑みがこぼれ、ほっと息をつく。


「二階にはお部屋が二つあるので、それぞれの寝室にしましょう! ささっ、早く掃除にとりかからないと……!」

「安心しろ。それはすぐに終わるから」


 壁に片手をついて目を瞑る。


「まずは、家の敷地全体に魔力を走らせて状態の把握をする。これが終わったら……不要な部分は、燃やすっ」


 害虫、落書きのインク、ホコリのひとかけらに至るまで。

 家に引火しないよう、瞬時に全てを焼き尽くす。


「えっ!? す、すごいです! こんなこともできるんですか!?」

「まだ終わってない。あとは、穴が空いてるとこや腐ってるところ、建付けが悪くなってるところなんかを修復してっと……」

「おぉー、すっごい!! し、新品みたいになっていきます!!」


 ピカピカに復活した家を見て、スピカは大興奮。


 ……元はこれ、潜伏する敵を探知したり、排除したり、罠を解除したりするための魔術なんだよな。魔術協会の禁書庫に入るために習得したけど、まさかこんな形で役立つとは。


「お庭も綺麗になっていますー! ヴァイス様、ありがとうございます!」


 庭へ走って行った彼女の声を聞きつつ、俺は階段に腰を下ろした。


 自分の家を持つなんて初めてのことだが、悪くない気分だ。

 何より、喜ぶ彼女の声を聞くのは……まあ、うん、それなりに嬉しい。


 しかし、こんな家を掃除するだけで譲ってくれるなんて、所有者のやつも変わってるな。


 この家はとか言ってたが、何が幽霊だよバカバカしい。家中くまなく把握したが、害虫以外何もいなかったぞ。


 


 だってあいつ、あれでも神なわけだし。

 しかも、一応は破壊と殺戮を司る邪神なわけで。


 それが幽霊怖さに一人で寝られないとか、漏らすとか、そんなことになったらお笑いどころの話じゃ済まない。


 いやー、いい家が手に入ってよかった。

 さて、それじゃあ家具を揃えに行くか。

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