第10話 魔術師とお披露目会
大通りに面した、昨日よりはずっと上等な宿屋。
その一室で一人、俺は息をつく。
「何やってるんだよ、俺は……」
今日の稼ぎの大半をスピカの服代に溶かした結果、手元に残ったのは宿代のみ。
金なんて腐るほど持っているが、路上生活が長過ぎたせいか、俺は浪費というものを一度もしたことがなかった。
当然、他人のために大金を溶かしたのもこれが初めて。
スピカと一緒にいることで、どんどん自分がおかしくなっていくのを感じる。
……でも、嫌じゃない。
今だってバカなことに金を使ったなとは思うが、しかし後悔はない。
「ヴァイス様、見てください! 一階のレストランの方が、こぉーんなに豪華な料理を作ってくださいましたよ!」
残った小銭を握り締め食べ物を買いに行くと部屋を出て行ったスピカが、大きなステーキが乗った皿を二つ持って戻って来た。
「何をどうしたら、あの小銭でこんなのが買えるんだよ。もしかして、誘惑でもしたのか?」
「し、失礼なっ! 私は何もしていません、ヴァイス様のおかげです!」
「俺の……?」
「今日捕らえた人さらいたち、あちこちで悪さをしていたそうで、シェフの親戚の方も被害に遭われたとか。なので、これはお礼だそうです。ありがとうと、そうおっしゃっていましたよ」
「…………」
むず痒い。
背中がゾワゾワして、気持ちが悪くて仕方がない。
……まあ、タダで肉が食えるなら何でもいいか。
金払って食う肉より、払わずに食う肉の方が美味いし。
「おっ、これは中々……」
上等な肉だ。味付けも焼き加減も完璧で、文句のつけどころがない。
今日一日慣れないことをして疲れた身体に、塩気と脂がよく沁みる。
「んしょっ……んっ、あれ? それっ! ……あ、あれぇ?」
ナイフとフォークをメチャクチャな持ち方で構え、肉と悪戦苦闘するスピカ。
彼女は俺の視線に気づき、ハッと目を見開く。
「し、仕方ないじゃないですか!! 天界には簡素な食べ物しかないので、この手のは嗜好品みたいなもので慣れていなくて……!!」
「別にバカにしたいわけじゃない。わからないならそう言えよ、教えるから」
「うっ……そ、そうですね。お願いします……」
年上としての威厳を見せたかったのだろうか。
それとも、完璧な妻を演じたかったのだろうか。
どちらにしても、わからないことを笑う趣味など俺にはない。
「ほら、こうやって持って。余計な力は必要ないから……そしたら、スーッと切って」
実際に俺がやって見せると、彼女はフンフンと頷き実践に移った。
やや苦戦しつつも、さっきよりは格段に上手い。
って、おいおい……肉、大きく切り過ぎだろ。
……あっ、食った。そんな小さい口しといて、よく入るな。
「んぅー!! おいひぃれふー!!」
もちゃもちゃと咀嚼しつつ、幸せいっぱいの表情。
あどけないその笑顔につられて、俺の唇からも力が抜ける。
「――……可愛いなぁ」
無意識のうちに、魂から声が出た。
まずい、何とか誤魔化さないと。――そう思って頭を回す中、ふとスピカに注意を向ける。
目を丸くしたまま、もぐもぐごっくんと口の中のものを飲み込むスピカ。
一向に言葉を発さず、しかしその頬は徐々に赤みを増していき、ついには耳まで火照らせ両手で顔を隠す。
「な、何とか言ってくれよ! もしかして俺、まずいこと言ったのか!?」
予想外のリアクションに不安が押し寄せ、思わず尋ねた。
彼女は小さく首を横に振って、手をどけて遠慮がちに俺を見る。
「……可愛いと言われたのが、初めてで。それが思ったよりもずっと、う、嬉しくて。あぅ……照れちゃって顔、変になる……っ!」
そう言って俯くスピカが可愛すぎて、たぶん俺じゃなかったら目が潰れて死んでいたと思う。俺ですら呼吸困難に陥るのだから、こんなの常人は絶対に耐えられない。いや、そもそも俺以外には見せたくないから、耐えるとかどうとか関係ないけど。
「もしかして、私にたくさん服を買うよう勧めてくださったのは、可愛かったから……?」
「……お、おう」
「そう、ですか……うぅ、ううぅーっ! 照れちゃう~~……!」
今更誤魔化しても仕方がないので正直に頷くと、スピカは再び顔を隠してもだもだ。右へ左へ身体を揺すって、可愛いという可愛いを部屋中へ振り撒く。
――もっと稼ごう。
もっともっと稼いで、オシャレでも何でも、好きなだけさせてやろう。
俺の頭の中は、明日は何の仕事をするかでいっぱいだった。
食後。
「ヴァイス様! これはどうですか? か、可愛いですか……!?」
「……っ……いいんじゃ、ないか?」
「そうではなくて! そうではなくて! かっ……かっ……?」
「……か、可愛いと、思う……」
「へっへー!」
今日購入した、大量の服。
スピカはあれこれ身につけ、着回して、上機嫌にお披露目する。
可愛いと言われるのが嬉しいらしいが、俺としては口に出すのが恥ずかしくて仕方がない。あんたが可愛いのは誰よりも理解してるつもりだから、そろそろ勘弁してくれよ……。
「次、これはどうですか? 私的には、このリボンがちょーお気に入りです!」
「あぁ……そ、そうか……」
「…………ヴァイス様?」
「っ! か、可愛いって! だから、そんな目で見るな!」
「えへへーっ!」
このやり取りは、夜が更け街が寝静まるまで続いた。
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