第9話 邪神は服を買った


「俺を笑わせた褒美として、お前を殺すのは最後にしてやるよ」


 このオレを前にして、薄笑いを浮かべながら啖呵を切って見せた護衛の男。


 いい度胸だな。

 そういうの好きだぜ、オレ。


「だったらオレは、お前を最初に殺してやる!! ――【火球ファイアボール】!!」


 最大火力の炎の塊を放つ。

 こいつをまともに食らって立っていられたやつには、今まで会ったことがない。


 命を無駄にしやがって。

 黙っておけば、悪いようにはしなかったのによ。


 …………って、ん?

 あ、あれ……?


「第二のヴァイスとか言うからどの程度かと思ったら……マジかお前、まさかそれで本気とか言うなよ?」


 心の底から呆れ果てた声。

 オレの魔術を正面から食らっても、その身体には傷一つない。服すら焦げていない。


「アニキ……あ、あれ……!!」

「ゆ、夢じゃないよな!? これって現実だよなぁ!?」


 仲間の二人が、情けなく膝を震わせながらオレの肩を叩いた。


 怯えるのも無理はない。

 オレもたった今気づき、全身から嫌な汗が噴き出した。ガタガタと奥歯が鳴り、上手く声が出せない。


 どうして、こんなところにいるんだ……!!

 何でこんなひとが、本物のヴァイスが、子どもの遠足の護衛なんかやってるんだよ!?


「本当の【火球】がどういうものか、お前らに見せてやるよ」


 大き過ぎず小さ過ぎない、リンゴほどのサイズの炎の塊。

 それはオレたちの乗り物を掠め、遥か後方の雲の中へ。


 爆音。そして、熱風。


 彼の放った【火球】は雲を蹴散らし、大気を揺らし、威力も練度もオレとは桁違いであることを否応なく理解させられる。


「――――あっ」


 掠った影響だろう。

 絨毯がぐらりと傾き、オレたちは船の上へ真っ逆さま。


 勢いよく尻もちをついて悶絶する中、オレたちアウトローの頂点に立つその男は静かに歩み寄る。


「こんにちは、第二のヴァイス。んじゃ、さよならだ」


 ……あぁ、終わった。




 ◆




「殺しちゃダメでしょうがぁああああ!!」

「痛っっっっっった!?」


 スパァンとスピカに頭を叩かれ、俺は悶絶した。


 すげぇ……こ、これが邪神の力か。

 全身に魔術障壁を纏わせているはずなのに、衝撃で頭がぐわぐわする。


「……い、いきなり何するんだよ。襲ってきたこいつらが悪いんだろ……?」

「だとしても、状況を考えてください! ほら、後ろっ!」

「ん?」


 言われて、頭をさすりつつ振り返った。


 俺を見る、複数の目。

 怯えと困惑の色。

 講義の最中は尊敬の眼差しを向けられていたせいか、そのギャップに思わず息が詰まる。


「……あぁもう、わかったよ。殺さない、殺さないから……」

「「「本当ですか!?」」」


 さっきまでの威勢はどこへやら。

 縮こまって、仲良く声を揃える襲撃者たち。……うわ、汚ねぇ。揃いも揃って漏らしてやがる。


「言っとくが、妙な真似したら問答無用で消し炭にするぞ。ここで俺に焼かれるのと帰ってから憲兵隊に突き出されるの、どっちがいいかよく考えて行動しろ」

「「「はい、ありがとうございます!!」」」


 すっかり態度を改めた三人を見下ろし、小さく息をつく。


 そんな俺の頭をスピカは撫でて、「ちゃんと護衛のお仕事できて偉いですっ」と声を弾ませる。……あぁくそ、バカみたいに可愛い。可愛すぎる。


「……あれ? し、師匠、船が……!!」

「ん?」


 ナーシャの声に、船が傾き始めていることに気づいた。

 本来の軌道を外れ、下の岩山へ猛スピードで突っ込んで行く。


 原因は、おそらくこの襲撃者バカども。

 俺たちの前に現れた時に感じた、あの衝撃。きっとあの時こいつらは、船体に穴でも空けたのだろう。


「はぁー……余計な仕事増やしやがって……っ」


 憂さ晴らしに殺してやりたい気分だが、生憎、それよりも先にやらなければならないことがある。


「報酬、少しは上乗せしろよ」


 教師陣にそう伝えて、俺は船首に向かった。




 ◆




「うわぁああああ!! 死ぬぅうううう!!」


 自称第二のヴァイスの絶叫を聞きながら、あたしは師匠の背中を見つめていた。


 迫る岩山。

 それでも師匠の立ち姿は、ここが住み慣れた自室かのように落ち着いていた。


「――――【せろ】」


 先ほどの【火球】など比較にならない、高密度の魔力で編まれた真紅の塊。

 それは山々の中心で爆ぜ、岩という岩を、地面という地面を飲み込み、巨大なクレーターを作り出す。


 この威力の魔術を、たった一瞬で……!?


 あり得ない。

 通常なら、数十人が協力して行使するのがやっとのレベルだろう。


 何よりあり得ないのは、これだけのことをやってのけて、師匠に少しの疲労も見られないということ。……たぶん、まだ全力の一割も出していない。


 これが、全ての魔術師の頂点。

 一体どれほどの研鑽を積めば、この領域に到達できるのだろう。


「ちょっと運転が手荒かもだが、文句言うなよ」


 直後、船はコントロールを取り戻す。

 師匠の炎を推進力として飛行しているらしい。


 数秒前までの動乱が嘘のような、いたって平和な空の旅。

 ようやく震えの止まった足で立ち上がり、あたしは師匠のもとへ急ぐ。


「師匠、すっごい!! ありがとうございます、師匠ー!!」

「う、うるさいな。そりゃまあ、仕事だし……ってか、その師匠ってのやめ――」

「「「「「ありがとうございます!!」」」」」


 あたしに続いて、クラスメートたちも師匠を揉みくちゃにした。

 師匠はすごくうざったそうにしていたけど、嫌だとは一言もいわなかった。




 ◆




「うちの子が大変お世話になりました……!」

「本当に、何とお礼を言っていいか!」

「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ」


 野盗の襲撃に船の故障と、遠足を続行できる状況ではないので王都へ戻った。


 学校の校庭で待っていたのは、事態を聞きつけて集まっていた保護者たち。

 俺を見て何を言うのかと思ったら、それは文句でも罵倒でもなく、感謝の言葉だった。


 一様に俺の手を握って、バカみたいに頭を下げる。

 涙を流すやつもいて、ものすごく反応に困る。

 岩山を焼くのも船を飛ばすのも造作もないが、こういうのが一番疲れる。


「お金、たくさん貰えましたね」

「……そうだな」


 保護者の対応やその他の事後処理が片付いた頃には、すっかり日が暮れていた。

 当初設定されていた報酬よりもかなり上乗せされた額を受け取って、俺とスピカは街を歩く。


「今度は魔術の講師として来て欲しいと、先生がたがおっしゃっていましたよ。よかったじゃないですか」

「何がいいんだよ。別に面白くもない」

「本当に、本心から、そう思っています?」

「…………まあ、あんたが綺麗な金じゃなきゃ嫌とかワガママ言うから、稼ぎ口として使うのはありかもな」


 ポケットに突っ込んだ札束。

 俺にとってはたいした額じゃないが、なぜだかとても重たく感じる。

 思い返すと、こういうまともな仕事で対価をもらったのは、生まれて初めてかもしれない。


「これで今夜は、まともな宿で寝られそうだ。あと、美味いもんも食おう。それとスピカ、何か欲しいものはないか? 買い物したいとか言ってたし、何か買ってやるよ」

「本当ですか!? それでしたら、新しい服が欲しいです!」

「服? あぁ……そう言えば、ずっとそれ着てるよな」

「天界の素材なので半永久的に清潔なのですが、周りから見れば不衛生ですし……。それに私、オシャレというものに興味がありまして……!」


 オシャレなぁー。

 女って、そういうの本当に好きだよな。


 服なんて、暑さと寒さをしのげりゃ何でもいいだろ。

 買うと言った手前、文句は言わないけど。


 はぁー、早速無駄金か。

 バカバカしい。






 一時間後。


「ど、どうでしょう、ヴァイス様? お店の方のオススメを購入したのですが……」

「…………」

「こういうヒラヒラとしたのは初めてで……に、似合います?」

「…………」

「ちょ、ちょっとー! 何か言ってくださいよー!」

「…………」


 ん゛ぅうううううううう!!!!


 か、可愛いぃいいいいいい!!!!

 うわぁ~~~~~~~~~~!!!!


 待て待て待て!!

 何だこれ、天使か!? 天使だろ!? 天使じゃなかったら何なんだよ!!

 

 ……あ、いや、邪神だった。


 と、とにかく可愛い。

 可愛いが可愛いで可愛すぎて可愛い!!


 くそっ……ニヤけちゃう……!!

 顔がぁ!! 顔が変になっちゃう~~~~!!!!


「……スピカ」

「はい?」

「追加で金やるから、もっと色々買って来てもいいぞ」

「えぇ!? ……つまりこの服は、お気に召さなかったということでしょうか?」

「違うっ!!!!!!!!」

「んにゃ!? び、ビックリしたぁ……声、大き過ぎですよっ」

「とにかく、好きなものを好きなだけ買って来い。これは出資者としての命令だ。わかったな」

「よろしいのですか? じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……!」


 愛らしいワンピースを見せつけるようにその場で一回転し、ルンルン気分で服屋へ戻って行くスピカ。


 今日の稼ぎの大半を手放してなお、俺の心は晴れ晴れとどこまでも澄み渡っていた。

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