第142話 お出かけ
アリシアの様子も落ち着いて、普段の調子を取り戻した頃、私たちはみんなで出かけることにした。
いつだったか、王都に買い物に行ったときに、メイと約束をしたことを私はずっと覚えていて、色々落ち着いた暁にはみんなで一緒に遊びに行きたいと思っていたのだった。
ラピスに頼んで安全な出かけ先をいくつか見繕ってもらい、そこから私が気になるところを選ばせてもらった。
そこは、桜の花……ではなく、それに似た瑠璃色の花が咲き誇り、ひらひらと舞い散る樹々が並んだ、山の中腹だった。
私たちはそのそばにシートを敷いて、メイが作ってくれたパンサンドや飲み物を広げて座っていた。
周りに私たち以外の人の姿はない。こんなに綺麗な場所だというのに、普通の人間にとってここまで来るまでの道のりは些か厳しすぎるようだ。
「本当に綺麗ですね」
青白い花びらが舞い降りる様子は、私も生まれてこの方見たことがなかったので、少し感動しながら景色を眺めていた。
「お気に召したのね、マリー。昔、ここに転移用の魔法陣を作った甲斐があったわ。花見、だっけ。初めて知ったけど、面白い文化ね」
「本当、ラピスのおかげです。みんなで空を飛んでここまで来るのは、少し不安ですから」
「気にすることはないわ。元々この時期になるとシオリミキの花弁を拾って、先輩のお店に卸していたのよ」
シオリミキ、というのがあの青い桜の名前らしい。実際その名前には聞き覚えがあった。その花びらは魔法の調合にも用いられるものだ。
「リサ先輩の為ならどこへでも……ですか。健気ですねぇ、ラピスは」
アリシアとシャルロッテの二人はここから少し離れたところで、花びらに風を吹かせて魔法で操り、きゃっきゃと遊んでいる。
そんな様子を微笑ましく思いながら、のんびりと私はラピスと話していた。
「そして今はマリーのためにも、よ?」
「ラピス……私はもう……」
「まあ、見ていればわかるわ。雰囲気が変わったもの」
「へ? 私がですか?」
「そうよ。何と言うべきかしら。柔和? 余裕がある? あるいは……女を知った、とか?」
「こ、この話、やめましょうか」
「やっぱり大して変わってないかもしれないわね……まあ、安心して。私たちの関係性は変わらないわ。私と先輩がそうであるようにね」
「じゃあ……これからも、お友達、ですね?」
「ええ。もちろん。私はあなたの素敵なお友達よ」
「確かに素敵ですけど、自分で言うんですね」
思わずそう答えると、私とラピスは一瞬、目を見合わせて固まると、思わず同時に吹き出して、しばらく二人で笑った。
リサはシオリミキの花びらを瓶に詰めて、軽く振ってその中身を確かめながら私たちの元へと戻ってきた。
「上々ね。マリーはいいの? 取らなくて」
「アリシア達に採取を任せたんですけど……多分取っといてくれますよ……ね?」
二人は相変わらず無邪気に遊んでいて、今は邪魔をするのも野暮だろう。
「それで? 暗殺者を間近に招いて一緒に楽しい生活を送っているおバカさんはどこかしら?」
リサは優雅にゆっくりと座り込みながら、嫌味を口にした。
「さ、さすがにここまでは連れてきてないですよ」
「当たり前でしょう? そんなこと許すもんですか」
「大丈夫ですよ、リュアネがいるし、いざとなればリサの素敵な後輩さんがすぐに転移の魔法陣で森に帰してくれるんですから」
「まあ……もう慣れたわ。一旦は、色々落ち着いたんでしょう?」
「ええ。アリシアも少しずつ、自分を取り戻しているみたいです」
「愛するお姉さまが、隣で支えているからかしら」
「もちろんですよ」
「流石の私も邪魔はできないわね。なんたって、私っていい女だから」
「ええ。リサは……いい女ですからね」
「……社交辞令だなんて。変わったわね。少し寂しいわ」
「寂しい?」
意味が分からず聞き返す。
「こっちの話よ。さ、そろそろ食べましょうか。二人を呼んでくるわね」
「それなら私が」
「いいから座ってなさいな」
リサはそう言い残して、アリシア達二人を呼びに行った。
こういう時自分から動くなんて珍しい。私は二人を呼びに行くリサを、遠くから静かに見ていた。
全員が座ると、私たちは歓談を楽しみながら、メイが作ってくれた昼食を口にした。
隣に座ったアリシアは、ちゃんとシオリミキの花びらを集めて、瓶に詰めてくれていた。
パンサンドを頬張りながら、アリシアは置かれた瓶を見て、私に言った。
「お花、とても綺麗ですね! こんなに雪みたいに降る花びらは初めて見たので感動しました。帰ったら今度はこれをどうやって調合に使うのか、調べたくてうずうずしています!」
「それは良い心がけですね。アリシアは……」
ふと、そこで何となく、私の役目は終わったのだと、急にそう思えてきた。
「お姉さま? どうかしたんですか?」
「いえ、アリシアは、一人前になったのだな、と思ったんです」
「そんな、私なんてまだまだ」
「いいえ、アリシア。知りたいことを学ぶ作法を身に着けたのなら、それはもう、立派な魔女なんだと思います。だって、そうでしょう? 私だってある日突然、専門家になったわけじゃないんです」
「それはそうですけど」
「わからないことがあったとき、ただ側にいる人に聞くだけというのをやめたのなら……アリシア。私たちはもう、隣に立って一緒に歩いていく存在になったんじゃないでしょうか?」
「そ、それじゃあ、私は、もう魔女?」
「ええ。弟子は終わりです。だから、もう、ただの……」
「ただの?」
アリシアは少し不安そうな顔をする。
「ただのこ、恋人です」
「恋人!」
アリシアの表情がぱっと明るくなる。するとシャルロッテがわざと大きな音を立てて、コップを地面に置いた。その頬は赤く染まって、むすっと不機嫌そうな顔色だった。
「あーもう! 隣で聞いてればほんっと馬鹿じゃないの! 恥ずかしいったらありゃしない!」
「わっ、シャルロッテ。なんなの、もう!」
驚いて抗議するアリシアに、シャルロッテは続けた。
「いい? アンタがマリーの弟子じゃなくなるっていうのなら、私とも正式にライバルなんだから。もう魔法に関して手を抜いたりなんかしないんだからね!」
「へ? 今までは手を抜いていたんですか?」
「はぁ!? 当たり前じゃない! 私を誰だと思っているのよ! 神童よ! この年で王宮で働いてたのよ!?」
「私だって規格外のお姉さまの元弟子なんですから! 神の弟子みたいなものですけど!」
「アンタはアンタでしょ! 確かに雷魔法は多少得意だろうけど、それだけよ!」
「シャルロッテだってお姉さまにぼこぼこに負けてたじゃないですか!」
「アンタねぇ……!」
「なんですか? やろうっていうんですか!」
リサもラピスもにやにやとしながら二人の喧嘩を見ている。私も昔だったら本気で焦ったかもしれないが、今ならわかる。二人の日常なんてこんなものだ。
何があっても結局最後は仲良しだと、お互いわかっているからこその態度なのだろう。
「ささ、うるさいガキんちょ達は放っておいて、どうぞどうぞ」
いつしか音もなく近づいて来ていたメイが、すぐ傍に膝をついて飲み物を私に差し出した。
「ありがとうございます。ちょうど欲しいと思っていたところでした。ところでこれは……?」
「お嬢様のことならなんでもわかりますよ、なに、ただの果汁ジュースです。ほら、遠慮せずに」
「え、ええ。いただきます」
パンで乾いた喉を潤そうと、些か急ぎで口に含んだせいで、私が違和感に気づいたのは、喉を液体が通り過ぎて、カッと熱くなった後だった。
「あぇ……? メイ、これって」
続いて、重力が半分になったような奇妙な感覚。
「お嬢様、私は退屈が嫌いな性質でして。時に刺激が必要なんです。よくご存じでしょう?」
メイの澄ました表情を見て、何か驚かせて顔色を変えたら面白そうだなんて、普段だったら絶対に考えないことが頭をよぎる。
「……きゃはっ!」
みんなで楽しんだお花見も、そこから先の記憶はない。
確かなのは、私がその日以降しばらく、またみんなと気まずくなって、数か月間はみんなの機嫌を取るために、色々と走り回ったということだけだ。
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