第141話 苦渋


「包み隠さず教えて頂きたいのですが……」


「怖い顔。珍しいわね。侵入者でもあった?」


 アカネの独房……というには少し豪華な、窓のない部屋に入り、私は少し緊張しながら問い詰めた。


 アカネは半裸に近いような恰好で、ベッドに横向きに寝転がっている。肘をついて頭を支えていて、透き通るような白い髪がレースのカーテンのように垂れさがっている。


 気だるげな表情は、何かを取り繕うということを知らないようだ。


「ギルジア王子のことです」


「うん? アイツなら、評判通りの美男子だったわよ。アリシアちゃんと同じ、綺麗な金髪で。まあ確かに、やり手って感じだったわ」


 聞いてもいないのに、アカネはギルジア王子の印象をぺらぺらと喋った。


「何か妙な様子はありませんでしたか?」


「妙な、ね。血を分けた兄妹の暗殺を依頼するにしては、躊躇いや悲しみは感じなかったわね。でも残念ながら……それは特にクライアントにとって珍しいことじゃないわ」


「そ、それ以外に気になることは?」


「ねえ、お前は駆け引きが苦手なのよ、マリー。自覚なさい。何かあったのでしょう? まずはそれを話してみた方が、私も協力したいかしたくないかが分かりやすいんだけど?」


「うぅん……仕方ありません……」


 私が後ろ手に何かを隠して持っているのに気づいているのか、アカネは胴の方にちらちらと視線を落としていた。


 私は観念して、雑貨店で手に入れた新聞をアカネに手渡した。


「ふぅん……なるほどね。まぁ、失敗するとは思っていなかったけど」


「……どういうことですか?」


「成し遂げたってことよ。カリン、あの未熟者がね」


「カリン、あなたの弟子がこれを?」


「勘違いしないで。私が指示したわけじゃない。だけど、クライアントに命を狙われた時は……迷わず頭を一点、潰すように教え込んである。それが国の頭だろうが、なんだろうがね」


「それってつまり、カリンさんがギルジアを王子を暗殺したってことですか?」


 それはあまりに予想外のことで、すぐに納得できるはずもなかった。


「これは推察よ、マリー。私の弟子であれば誰であれ、あの王城程度の警備なら突破できる。カリンはお前からすればポンコツに見えるかもしれないけど、救いようもないような雑魚なら私はそもそも弟子に取らない。足手まといだからね」


「雑魚なんて思っていませんけど……そこまで?」


 しかし、アカネの元弟子のメイも王城に侵入して、座標を取得した実績がある。それもほとんど時間をかけずに、服に皺すらつけないほど普段通りの顔をして返ってきた。


 もちろんその頃は、そんな芸当ができるのはメイだけだと思っていた。


「懐にさえ入ってしまえば方法はいくらでもある。だいたいあの子は毒殺のプロよ。そこを見込んで弟子にしたんだもの。調合に関してはメイより上よ」


「致死性、即効性のある猛毒……あなたが私に使ったものも、もしや……」


「その通り。あの子秘伝の調合よ。魔女にも分析できないでしょう?」


「それで、王子はいたって健康だったのに突然亡くなって、病没と発表された……ってことですか?」


「推察よ、マリー。元々色々渦巻いている場所だったんでしょう、あそこは。単に身内の政争で他の人間に殺されたことだってありうる。とにかく自信をもって言えるのは、カリンにはそれなりに実力があり、私の教えに忠実だってことと、男前のギルジアはもう死んでるってことだけよ」


「そうですか……でも……本当に、亡くなったのは事実なんですよね」


「お前、どうしてそんなに落ち込んでいるのよ。愛する人間の命を狙ってきた相手が死んだのよ? 今晩はお祝いにすればいいじゃない。その時は私にもお酒のひとつでも差し入れてくれると嬉しいわ。一人寂しく、奴の死を想って月夜に乾杯するから」


「窓ないじゃないですか、ここ」


「そういう気分ってことよ。なんなら窓作ってくれてもいいのよ?」


 お祝い、か。どんな相手であれ、人の死を喜んで祝う気分になることは生涯無いと思いたい。それに、ギルジアは、アリシアの兄妹だ。


 アリシアにも伝えるのも、私にとっては辛いことだ。


「はぁ……もういいです。聞きたいことは聞けました。ありがとうございます」


「私の誠実な協力を忘れないようにね、マリー。高い物を望んでるわけじゃないのよ」


「メイに差し入れるよう伝えておきます」


「それでいいわ! あの子は私が何を欲しているか知っているんだから!」


 喜ぶアカネを置いて、私は洞窟を出た。


 ずっとあそこにいるのでは退屈だろう。たまにお酒を差し入れるくらいなら問題ない。


 メイには、また小言を言われるかもしれないけど。




 小屋に戻り、私はアリシアに話があると告げた。


「ちょっと! 話って、どうして二人っきりで話す必要があるわけ?」


 シャルロッテは不満を表明したが、私の顔を見て何かを察したようで、何も言わないうちに態度を翻した。


「……何かあったのね。別にいいわ。私も子供じゃないし」


 そう言うと、シャルロッテは広げていた本を閉じて重ねると、それを持って自室へと帰って行った。メイも何も言わずとも、キッチンの方へと歩いていった。


「何があったんですか? お姉さま」


 朝とは違って、心配そうにアリシアは尋ねた。


「アリシア、実は……」


 私は何も言わずに、新聞を渡した。


 アリシアは目を落とすや否や固まって、動かなくなった。


「そうですか……お兄様が。お兄様は健康そのものだったのに」


「アカネにも聞きましたが、こうして公にされている以上は、亡くなったのは事実だろうということでした」


 アリシアはソファに座り込んでしばらく押し黙った。


 私も声をかけられず、しばらくその場で立ち尽くした。


 実の兄弟を喪った悲しみと、その兄が自分の命を狙っていたという事実に、アリシアはどう折り合いをつければいいのだろうか。


 一体どうしてこんなことに、という思いと、深い悲しみがごちゃまぜになって、アリシアを襲っているのかもしれない。


 そんなアリシアを助け出せるような言葉を知らないから、私はそっと隣に座って、アリシアの背中を撫でた。

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