第137話 嵐のように
夕食後、満たされたお腹に、みんなが幸福感を感じて、自然に雑談が続くような、そんな
普段なら、そんな温かい時をすごせるはずの時間帯も、今や冷え切っていた。
「あ、あの。アリシア?」
無視。アリシアはぷいと顔を背けて、食器を片付け部屋へと戻っていってしまう。
「うぅ……」
アリシアはメイとも口を利かない。メイはというと普段通りで、アリシアの分の食事も当然のように用意するが仲直りは決してせず、口もきかないという冷戦状態だ。
「メイ……」
「何か?」
「い、いえ」
私に対しては普段通りだというのに、その話題に触れようとするとメイの目つきは鋭くなる。
「はぁ……全く、見てられないわね」
食事を終えたシャルロッテが、私に問いかけるように言った。
「で、いつまで続けるつもり? 私もいい加減、疲れちゃうんだけど」
「だって話しかけても無視されるんですよ……」
「……仕方ないわね」
「シャルロッテ?」
「私が、話を聞くように説得してあげる」
「本当ですか!」
本当に助かるけど、シャルロッテがそんなことを言い出すとは予想していなかった。
「何よ、その顔は。疑ってるわけ?」
「ち、違います。珍しいなって思って……」
「はぁ!? 人がせっかく手伝ってあげるって言ってるのに!」
「いえ、馬鹿にしてるわけじゃなくって……」
珍しい、とか思った時点で失礼ということなんだろうけど。これ以上何か言うだけシャルロッテが苛立ってしまいそうなので、私は口をつぐんだ。
「そんなに変? その……好きな? 人同士が仲良くしていて欲しいっていうのは」
「えっ……い、いえ、そんなこと……嬉しいです」
「……そ、そう」
なんとなくむずがゆい沈黙。
「それじゃ、まあ、機を見て話しとくから。それまでは大人しくしてなさいよね」
「わ、わかりました。本当、ありがとうございます、シャルロッテ」
こうして、私たちのぎこちない関係を修復するため、シャルロッテが手助けをしてくれることになった。
それからは、私はしばらく出来るだけアリシアに干渉せずに、シャルロッテを信じて日々を過ごした。
アリシアはというと、小屋の居心地が悪いのか、リサや ラピスの元へ出かけて行ったりしていた。危険だと声を掛けたこともあったが、大事な用事だと言って聞かなかった。
不安だったが、私の言葉に聞く耳を持つような状態ではないことはよくわかっていたし、頼みのメイとすら冷戦状態なのだから、どうしようもなかった。
そんなある日。
薄暗い小屋の中、魔石のわずかな明かりで、私は雨音を聴きながらソファに腰かけて、ただ本を開いていた。
すると窓から一瞬、閃光が差し込み、直後に大きな音が響いた。
「きゃー、雷です、怖いですお嬢様ー」
棒読みでメイが悲鳴を上げ、ソファに飛び込んで素早く私の腰へと抱きついてきた。
「全然怖がっていないでしょ、メイ……」
「なぜバレた」
「いいから離れなさいぃ~」
すんなり離れようとしないメイの頭を押さえて私は無理やり抱きつくメイを引きはがした。
「いいじゃないですか、二人きりの時くらい」
「そう考えてあんなことした結果、今みたいになってるんですから……」
そんな時、勢いよく玄関の扉が開き、壁越しにしか聞こえなかった雨音が直接部屋の中になだれ込んできた。
「はー! 何て雨! びしょ濡れよ!」
聞いてみると存外大きな雨音にも負けずに、シャルロッテの悪態は部屋中に響いた。
「大丈夫ですか!? 風邪を引かないように、さあ着替えて」
「あー! もうここで脱ぐわ! そんなことより……」
シャルロッテは水を吸った上着を脱ぎ、べちゃりと床に投げ捨てながら言った。メイはすぐに駆け寄ってタオルを渡し、濡れた服を回収する。
「……アリシアと二人でリュアネの所でお茶してたの。話はしておいたわよ。今ならマリーが話しても、少しは聞いてくれるんじゃない? まあ、許してくれるかまでは知らないわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
シャルロッテはようやく、アリシアを説得して、私の話を聞いてみてくれるように言ってくれたらしい。
「行くなら早い方がいいわよ。アリシアの心の中は……」
その時、再び稲光が走り、轟音が腹の底に響いた。
「……今ちょうど、こんな感じなんだからね」
「う、うわぁ……」
アリシアの心が嵐のように荒れ狂っているのはわかっている。でも、私はその中心に少しでも穏やかな場所があることに望みをかけて、進んでいかなくてはならない。
「アリシアはアカネの洞窟の近くで、魔法の練習をしているわ」
「こんな雨の中で……! 危ないじゃないですか!」
「何か、その方が都合がいいみたいよ。帰ろうって言ったんだけどね」
「すぐに行ってきます!」
私は手元に箒を引き寄せ、扉を走った勢いのまま押し開けて、外へと飛び出した。
そのまま助走して素早く箒に横座りし、私は飛び立った。
すると大粒の雨が強く打ち付けて、服を一瞬にしてびしょ濡れにしてしまった。
こんな雨の中……修行? 雷も危ないし、風邪を引いてしまうかもしれない。
私はアリシアが心配になり、結界の中をぎりぎりまで高く飛び、アリシアがいるというアカネが棲む洞窟の方面へと箒を飛ばした。
……確かあそこには、白亜の石で作られた、遺跡のようなものがあった。少し開けており、修行に程よい広さだったことには違いない。
顔に直接打ち付けてくる雨のうちほとんどは大きな帽子のつばが請け負ってくれるが、それでも空を飛ぶのにうってつけの天気とはとても言えなかった。
雷は見てわかるほど近い樹々に落ちることもあり、その轟音は思わず身体が縮こまるほどに迫力がある。
結界は許可なき者の侵入を防いではくれるが、自然現象を弾いたりはしない。一見災害級のこの雨も、黒森の木々にとっては必要な、貴重な水分なのだ。
目的地に近づいた時、一際明るい光が、私の視界を覆った。
「あ」
危ない、と思う間も無かった。
光は視界を白で埋め尽くた。
それと全く時を同じくして頭の上から脚の先まで、激痛が駆け抜ける。
筋肉が硬直し、箒が燃え、焦げ臭い匂いを意識の最後で感じ取った。
荒天の日に、魔法での防御がなく高い上空を飛んではならない。
……それは魔法使いの学校では、結構初歩的な教えらしい。
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