第136話 立派な牢屋


「うーん、なかなかのものですね……」


 アカネの襲撃から数日かけて、私はリュアネとメイからも協力してもらい、檻の設備を整えた。


 ベッドやシャワー室などを設置して、まともに過ごせるようになった檻の中は、もはや快適な場所にさえ思えた。


 アカネが小屋の前から転移してくる場所と、アカネの生活スペースは檻で隔てられていて、アカネが鍵を持って行き来できるようになっている。


 そんなアカネの新居で、リュアネがどこからか持って来た絨毯の上を歩きながら、私は呟いた。


「私がここに棲むというのでもいい気がしてきました」


「感謝してるけど、そこまでじゃないでしょ。牢屋は牢屋よ。じめじめしてるし、窓もないから、魔石で照らしているとはいえ、陽の光も入らないし」


 ベッドに腰かけたアカネは、呆れたような半開きの目で私を見て、そう言った。


「そ、それがいいんじゃないですか。薄暗い部屋に、静かな孤独……かつての生活が思い起こされます……」


「本当に大丈夫なの? こいつは」


 アカネは私の側のメイに問いかける。しかしメイはメイで、複雑な立場だ。


「ふん、お嬢様は朝も夜も晴れも雨も愛せる女性なんです。お前なんかとは違って」


「お前も変わったわね、メイ」


 まともなことを言っているのに、変な連中に囲まれているのでアカネも諦めるしかないと考えたようだ。


「まあ、せいぜい気楽に過ごさせていただくわ。それじゃあ、夕飯を楽しみにしておくわ、メイ」


「はぁ……今日も食べられるといいですね。全ては私の気分次第なんですから」


 まだアカネをここに置いておくことを納得できていないのか、メイはあくまで辛辣だ。


「まぁまぁ、メイ。もう決めたことなんですから。アカネさんはここを守ってくれるんですから、優しくしてあげてくださいよ」


「そう簡単に納得ができるわけないでしょう。お嬢様、いい加減にしないと、お嬢様の晩御飯も抜きにしますよ」


「そ、それは困ります……」


 しっかりメイドに叱られている私を見て、アカネは頭に手を当てて、ベッドに倒れこんだ。


 どうやら私に対するイメージをはき違えていたことに、気づき始めてしまったようだ。メイもアカネの前でくらい、私を強そうに見せてくれればいいのに……




 私とメイはアカネを洞窟に残して、箒に二人乗りして、小屋へと向かう道を飛んだ。


「そう言えば、リュアネさんとダンジョンの今後のことも話したんですよね? 敵の細かいこともわかるようになったとか」


 私の腰を抱いて、すぐ後ろで箒にまたがっているメイが尋ねた。風の音に逆らう様に、メイは少し声を張り上げていた。


「ええ。リュアネはドリアードですから、黒森の中であれば遠く離れた他の樹々とも意思疎通ができるそうです」


「かなり長く生きた種のようですね」


「だから、新しい魔法を学べば、私も樹々を介してリュアネさんと離れていてもおしゃべりすることができるようになるらしいですよ!」


「そうなれば、黒森の中のことは全部手に取るようにわかるわけですね」


「あくまで、リュアネの力を借りるまでですけどね!」


 幸い、リュアネは黒森の大樹から生まれた魔物なので、遠くに出かけることはない。だから常に、私はリュアネを介して黒森で起きていることをいつでも何でも知ることができるというわけだ。


 会ったばかりなのに親しくして協力してくれて、リュアネには感謝してもし足りない。


「じゃあ当面の問題は……アリシア姫のご機嫌だけというわけですね」


「……ひどいです、メイ。アリシアがついて来たのに気づいていたのに、黙っていたなんて……」


 あの日以来、アリシアはまともに口を聞いてくれない。


 黙ってとこしえの氷片を使い、不老不死になってしまったから


 ……ではない。


 私が……メイにキスをしたからだ。


 アリシアが覗いていたところからは、私とメイの会話の内容は聞こえず、単に私が自分から、いきなりメイにキスをしたところだけを目撃してしまったようだ。


「……私はアリシア様に良かれと思って言わなかっただけです」


「それは……わかってますけど。それなら、ちょっと上手に説明して、アリシアの誤解を解いてくださいよ……」


 私が悪い。それはわかっているけど、メイがそうして欲しいって言ったのに。


 少しはアリシアの機嫌を直すのを手伝ってくれてもいいのに、それどころかメイとアリシアの二人も、あれ以来喧嘩しているかのように口をきこうとしない。


「横並びですよ、お嬢様」


「はい?」


 横……? メイは私の後ろで箒にまたがっているはずだけど……


「アリシア様も、お嬢様とキス止まりのはずです。そうでしょう? それに……お嬢様からしてくださったんですから。私はもう、遠慮しませんよ」


「……メイの嘘つき。私とアリシアの仲を良くする条件で住み着いたはずでしょう?」


「いいえ。悪いのはお嬢様です。そんな私を誘惑して、口づけまでしたんですから」


「うっ……」


 命の危険が迫っていたことを言い訳にしたいところだけど、そんな理屈はアリシアには通用しない。


「責任、取ってくださいね?」


 メイは後ろからぎゅっと強く抱きつき、やわらかい頬を肩に擦りつけた。


「あぁ……今日、晩御飯食べられないかも……」


 お腹が痛くなってきた。とにかく、アカネのことが落ち着いたのだから、これからしばらくは、アリシアに機嫌を直してもらわなくては。

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