第135話 ラスボスの誕生
「つまり、私がこのダンジョンの最後で待ち受けていて、私と同じようにここに辿り付いた侵入者を倒せ、と?」
怪訝な表情のまま、アカネは私にそう聞き返した。
「そ、そういうことになりますねぇ。だって、きっとアカネさんが王都に戻らなければ、もっと強い人をここに送り込まなきゃって、第二王子さんは思うかもしれませんし」
「それを待っていれば、自ずと私は張り合いのある敵と戦うことができるって言いたいわけ」
「そ、そうですねぇ。でももちろん、檻から自由に出歩かれると、私も困りますし。檻の中にいるのは、過去の罪への懲役刑で? あくまで囚人として、ほら、侵入者と戦うことで、贖罪もできて一石二鳥的な……?」
尋常じゃない量の汗が流れて来た。言ってること、合ってるよね……?
とんでもないことを言っている自覚はあった。当然のごとく、メイは反対を表明した。
「貴女という人は! 自分が何を言っているかわかっているんですか! ついさっきアカネを牢から出して、痛い目を見たばかりじゃないですか!」
まずい。いつもは冷静で私に反対することなどめったにないメイが、完全にお説教モードに入っている。
「ま、まぁまぁ」
「まぁまぁじゃありません! 考え得る限りで最も最悪な提案をしているって、わからないんですか⁉ 馬鹿じゃないんですか!」
「ば、ばかって……」
側にいたアリシアも、私の袖を軽く引いて不安げにこちらを見た。
「お姉さま、本当に大丈夫なんでしょうか? 私、今みたいなことが起きたら、例えお姉さまが不死身でも、嫌ですよ……?」
「ま、まぁまぁ……大丈夫ですよ、ちょっと、痛かったですけど……」
「お嬢様!」
やっぱり一番怒っているのはメイのようだ。その様子たるや、アカネでさえもしばらく口をつぐんでメイに発言の機会を譲るほどだった。
「いいですか、お嬢様。この世の中にはお嬢様が知らない薄汚い裏切りに溢れた世界が、地面の下に地上より深く広がっているんですよ! 世間知らずなお嬢様が、ちょっと不老不死になったからって、無力化する手段なんていくらでもあるんですよ! 例えば重石を着けて海の底に落とされたら、たとえ不老不死だって……どうするつもりですか?」
「うわ、それ怖いですね……」
死ねないまま溺れ続けるのだろうか、怖すぎる。
「そういう発想ができる人間が世の中には溢れていて、アカネもその一人なんですよ、ですから申し上げているように」
メイは大声かつ早口でまくし立てる。私は苦笑いして宥めながら相槌を打つことしかできない。
そんな様子を見ていたアカネは、いつしかしかめっ面を崩し、くす、と笑いをこぼした。
それを見て、メイは思わず喋るのを止めたようだった。
「ぷっ……ごめんなさい。メイのこんなに慌てたところ滅多に見なくて、あまりに面白くて、つい」
アカネは口元を隠して、笑った。
その様子は暗殺者らしからぬ、あまりにも、ただ一人の女性の笑い方でしかなかった。メイも、アリシアも同様に感じたのか、驚きながらアカネが笑っているのを黙って見ていた。
「な、何よ」
アカネもその場のみんなから笑っているところを見られているのが恥ずかしくなったのか、頬を染めて気まずそうな表情を浮かべた。
「……ま、いいわ。メイがこんなに反対するんだったら、答えは一つよ」
アカネは先ほどの等身大の笑いとは違い、悪戯っぽい笑みを浮かべて、言った。
「乗った。私がこの迷宮の、
「んなっ……⁉」
メイは衝撃の表情を浮かべ、言葉を失う。私自身、すんなり受け入れられるとは思っていなかったので、少し驚いた。
「な、何よ。お前が提案したんでしょ、白魔女。私はここで過ごし、王国の面倒なごたごたからは保護される。そして強敵は勝手に向こうから来てくれる。退屈すればメイもいるし、白魔女、お前もいる。私にとっては、都合がいい話よ」
「そ、そうですよね。えーと、ご飯とかは、気が向けば、元弟子のメイドがこちらにも届けてくれるかもしれませんし……?」
「な……にを……言って……私がっ……この女に……はぁっ⁉ お、嬢様……⁉」
「ま、まぁまぁ」
「っ……か……はぁ……?」
メイは最早、目を見開いたまま、呼吸の仕方さえ忘れてしまったようだ。
可哀想に……私のせいなんだけど。
でも私にはわかっている。こう言いながらも、メイはアカネを見捨てたりはしないだろう。
「じゃあ……いいですね、アカネさん。あなたはここで囚われの身として過ごし、ダンジョンの最後の難関の役目を果たす。何人たりとも、通してはなりません」
「ええ。当然。そうなれば手を抜くつもりはないわ」
「過ごしやすくなるように少しはここを改築しますが、自由に出歩けるわけではありません。外の空気を吸いたい時は、私とメイが一緒に……」
「お前、お人よしが過ぎるわよ。檻から出られるなんて思って無いわ。いいから、手洗い寝床、着替えにシャワー程度あれば、お前たちも不快に思わずに過ごせるんじゃないかしら。まあ食事は……可愛い元弟子が運んでくれるとして。それで……他に何かある?」
「いえ。それじゃあ……」
一度息を吸い込み、私は覚悟を決めてアカネとの約束事を口に出した。
「私はゆっくりとそっちに歩きます。そして仲直りの握手をして、それから私はアカネさんをもう一度牢に入れて、メイとアリシアと一緒に安全なままここを離れます。それって……いい関係性ですよね、私達って?」
私は先ほど言われたアカネの言葉をなぞり、少し皮肉を込めて、今度は裏切らないようにと釘を刺したのだった。
「はい、はい。参りました。ぜひそうして欲しいものね」
アカネは皮肉に気づいて、両手を面倒そうに上げて、今度こそは本当に降参だと示した。
私は軽く笑うと、メイの不服そうな視線を必死で無視しながらアカネに近づき、握手をした。
アカネは裏切ったりはせず、何か言いたげな目で私を見ながら、ただ手を握り返した。しかし何も言わずに再び両手を上げると、くるりと背を向けて、自ら牢へと戻っていった。
「じゃーね、不老不死の魔女。そして落ちぶれ暗殺者のメイドと、元お姫様の魔女弟子様。ハァ……自分で言っててうんざりするほど、お前たちは無茶苦茶な集団ね」
「個性豊か、と言って欲しいです。ね、アリシア?」
アカネに背を向けて、アリシアの方へと歩く。アリシアはようやく、疲れたように笑った。
「いいえ、お姉さま。お姉さまは、やっぱり無茶苦茶ですよ」
「え……」
助けを求めるようにメイの方を向くと、メイはつん、と素っ気なく、そっぽを向いてしまったのだった。
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