第134話 最後の難関


「だから、殺さないって言ってるじゃないですか……」


 暗殺者のアカネをこの森から追い出して、それで終わり。元々そういう考えで、私はアカネを檻から出したのだ。


「わかってないわね、白魔女。お前は私が人生を賭けて真剣に悩んでることを、まるでバカバカしいって言ってのけたのよ」


「はぁ……それは一体どういうことでしょうか」


 いまいち言っていることがわからない。私はアカネをそこまで馬鹿にしたような発言をしていないはずだ。


 そんな私の反応をみて、アカネは察しの悪い私にうんざりしたように、嫌々心の内を口に出した。


「私は死に場所を探していたのよ」


 アカネはメイと殺し合いをしたがっていた。その口ぶりを振り返ってみれば確かに、まるで自分が殺されても構わないと考えていたように思えた。


「痛みだけが私に生を実感させた。そして痛みをとことん突き詰めれば、最大の心と体の痛みとは死だと気づく。痛みの裏返しが快楽なら、死こそが、生の裏返しよ。だから私は求めた。最強の私が、納得して死ねる場所、死ねる理由を。そうして得た死こそが、私が生きた意味になるのだから」


「えぇ……? うーん、わかるような、わからないような」


 言っている意味はわかるけど、どこにも共感はできなかった。それは幾度も死線をくぐり抜けて来たアカネのような人間だけが達する境地なのかもしれない。


「それを……その私の考えを、お前はめちゃくちゃに愚弄したのよ」


「でも、馬鹿にした覚えは無いのですが」


「いいえ。したわ。白魔女、お前は死を克服した。死こそが生だと、人生を賭けて信じた私の目の前で、不老不死の人間がのうのうと生き続けられるって、証明して見せたのよ。うんざりするくらい無防備でとろい、他でもないお前がね」


 アカネは私に近づこうとしたが、メイが素早くナイフを構えたのを見て、すぐに脚を止めた。


「だから……お前が責任を取って終わらせるべきよ、白魔女。私の人生は、考えは間違っていたんだって、お前が叩き潰してくれれば、私も納得して人生を終えられる」


「い、意味が分かりません!」


 暗殺者と話していたと思ったのに、いつの間にか哲学者と話していたような気分になってしまった。アカネ教授の言っていることはとても難解だし、どう考えても私には関係ないことだと思う。


「そうするのが嫌なら、私はお前が私を殺さざるを得ないようなことをしたくなるかもしれないわね」


「どうしてそうなるんですか。私たち、もう戦う必要はなくなったはずです」


「そう思っているのはお前だけよ」


 そう言って、肩をすくめるアカネ。メイは殺意をむき出しにしているものの、口を挟まない。アリシアは……本当にアカネが言っていることの意味がわからないといった様子で首を傾げている。


「うううーん……」


 アカネを追い詰めたはずなのに、なぜだかアカネは状況を逆手にとって私を脅している。


 落ち着け……アカネのペースに乗ってはいけない。アカネが出した選択肢から、答えを得る必要はないはずだ。


 アカネは、どうやら最強の暗殺者になったというのに、自分が生きる意味がわからなくなって、いつか自分を超える者に倒されることこそが、自分の生きる意味だと考えるようになった……らしい。多分。


 でも自分を超えた私……白魔女は、アカネを殺さなかったし、アカネが私を殺すこともとこしえの氷片のせいで絶対に不可能になってしまった。


 私が不老不死をやめることはできないことだから、せめてアカネを殺すことで、アカネの望みを叶えてくれと言っているのだろう。


 だとすれば、そもそも論で誤魔化すしかない。


「えーと、そもそも……」


「ん~?」


「アカネさんは、最強じゃなかったんですから、最強になるために努力をすべきだと思います!」


「……は?」


 アカネは信じ切っていたことを否定されて、目を丸くして私の方を見た。


「わ、私はその、倒せないかもしれませんけど、それはとこしえの氷片でずるをしたからそうですけど。でも、メイの言う通り檻から出さなければ、別にそれでも倒せていたと思います……!」


「つまり私が檻に囚われた時点で、私の負けだと?」


「そ、そうです。それにメイと直接戦ったって、メイが勝ってた可能性だってあるって、自分で言っていたじゃないですか。メイも手加減できないとは言っていたけど、倒せないとは言ってないですし」


 そこまで言った時にはアカネの鋭い眼光に耐えられなくなって、私は一度口を閉じた。


「おい、続けなさいよ。最後まで聞いてあげる。話すのが苦手そうな白魔女が、必死こいて話してることだしね」


 アカネに急かされ、私は再び口を開いた。


「つ、つまり、私が不老不死で、ズルしたから勝てなかったみたいな言い方してますけど、アカネさんより強い人たちだって、もっといるんじゃないですか? 私が知っている魔女たちだって、凄い人がいっぱいです。だから……アカネさんが終わりにしたかったのは人生じゃないのではないでしょうかっ……」


「だったら、一体何を終わりにしたかったっていうの?」


「暗殺稼業を、です」


「私が、殺しを……辞めたいって?」


「ええ。暗殺という枠組みに囚われれば、確かにアカネさんは最強かもしれません。そのせいで、アカネさんは自分の人生にもう新しい領域はないって、そう思ってしまったんです。でも、違います。アカネさんはダンジョンの攻略を、失敗したんです。冒険家や、探索者としては、最強じゃありません」


 アカネは眉間に皺を寄せて、視線を逸らした。部下も、味方も見捨てて、ひたすら前進して来たがゆえに、最後の罠を見抜けずにアカネは失敗してしまったのかもしれない。


「メイは私のメイドです。もう暗殺者じゃありません。アリシアは王女じゃありません。あなたと渡り合える立派な魔女です。みんな同じ生の中で過去の自分を捨てて、違う自分を見つけたんです。だから強いんです! アカネさんと違って」


「……クソ。言いたい放題言いやがって」


「す、すみません。でも、だからアカネさんは……まだ生きてすべきことがあると思います。ここで私がアカネさんを終わらせなきゃいけない理由なんて全くないです。そうですよね……?」


「わかってないわね。私が過去を捨てて生きようと思えば、私は王国から追われるのよ。心を入れ替えて善行を積んで生きろとでも言うつもり? そんなことをすれば、待っているのは王国からの処刑だけよ。そんな死に方するくらいなら、ここで死にたいって、そう言ってるの」


「うううーん……」


 私自身、それもそうか、と思ってしまった。今まで数多の人を殺めてきているわけだし、これからは足を洗って幸せに過ごしました、というのもおかしな話だ。


 だからといって、陰謀渦巻く王国の、第二王子にアカネが処分されるのも、私にとっては癪だった。


「あ」


 ……そうだ。いいこと考えた。


 私は思わず、メイの方を見た。続いてアリシアの方を向いて、最後にアカネに向き直った。


「……やっぱりアカネさんには、檻が必要です。だけど、檻に入りながら、最強を目指せばいいんじゃないでしょうか」


「はぁ? いい加減、何を言っているかわからなくなってきたわよ、白魔女」


「まさか、お嬢様。お嬢様?」


 メイはいつだって察しがよくて、先回りしてくれる。だからこそ……今は凄く焦っているようだ。明らかに顔が青ざめている。


「つまり、私が言いたいことは……ここで命を終わらせることもなく、かといってここから出ていくこともなく、この檻の中やそばで、迷宮の最後の難関ラスボスとして、ここに残ればいいのではということです」


「迷宮の……難関ラスボス……?」

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