第133話 一種の呪い
「まさか」
リュアネにその提案を受けた時……アリシアは何故受けないのかと不思議そうにしていた。
しかし私は、それが取り返しのつかないことだと知っていた。
永久を手に入れるということは、終わりある人生を手放すということと等しい。
私はそれを、一種の呪いだと思う。
「お姉さまは、嫌がってたじゃないですか……」
「今、そうしておいて本当に良かったと思っています」
最後まで迷いはあったが……メイがあれだけ焦っているのを見て、私は覚悟を決めた。
私自身も、地図上でどんどんと敵が小屋に近づくのを見て、焦っていたのは確かだ。
敵が小屋にたどり着く前に、決断を下し、準備をすると言って小屋を離れた時……
リュアネの提案を受け入れ、私はとこしえの氷片を砕き、口にした。
身体に変化は無かったので、本当に効いているのか不安だったが、今まさに、その効果が嘘ではないとはっきりした。
「でも、こんなのって……おかしいです」
実際、不自然に傷が治るのを目の当たりにして、アリシアはそれを少し不気味に感じたようだ。
治癒魔法でも似たような感覚を味わうことはあるだろうが、私は致死性の毒と大きな刺し傷の影響で、先ほどまで確かに死にかけていた。
それがすぐに完治して、けろっとしているとなれば、さすがに気持ち悪いというものかもしれない。
「今はそんなことを気にしている時ではありません。アリシア」
アリシアはちゃんと剣を持って来たようだ。私はそれを指さし、そして戦っているメイたちの方を見た。
「敵は素早いです。でも私の弟子なら……捉えられます」
アリシアはその言葉を聞くと、気持ちを切り替え、真剣な表情をして頷いた。
そして剣を抜き、構える。そうすべきとわかっているのだろう。切り替えが早い子だ。
私も取り落した杖を拾って、すぐ隣に立って、構える。
「メイ、今助けます!」
アリシアは剣に雷を走らせる。首にかけた加護付きのネックレスが、自らの身体へ電気が走るのを防ぐ。私にはその効果が無いので、防護魔法で同じように飛び散る魔法を防いだ。
ほとんどの魔力は拡散せず電力としてアリシアの剣に留まり、放たれる時を待っていた。
「ふっ……!」
アリシアは綺麗な構えで、剣を突き出す。
たまった魔力が電撃として、剣先から一瞬で解き放たれる。
洞窟内は真っ白になるほど明るく照らされ、雷が空気を引き裂く音が聞こえる。
私は杖を振り、アカネと、アリシアの剣の先を結ぶように電気の通り道を魔法で繋ぐ。
こうしてしまえば狙いは絶対に外れない。ただ決められた道を進むように、すぐ近くのメイにはわき目も振らず、人間の動きでは絶対に避けられない速さで、雷魔法は真っ直ぐアカネへと向かった。
「ぐあぁっ⁉」
一瞬、こちらに気づいて受け身を取ろうとしたアカネだったが、すぐさま雷に打たれ、身体全体を電気が走り抜ける。
全身が硬直し、動きが止まり、がくんとその場に膝をついた。
「トドメだ!」
「待ちなさい、メイ!」
私は杖を振って、メイの持つナイフを吹き飛ばした。
「約束したでしょう?」
メイは驚きながらこちらを見て、動きを止める。
「……はい。お嬢様の言う準備は、だいたい察していたのですが。冷静さを欠きました」
メイは言いつけ通り、アカネにトドメをさすことを諦めた。私がとこしえの氷片を使ったことも、どうやら察していたようだ。
アカネは膝立ちのまま、ゆっくりとこちらを向いた。
「馬鹿な……化け物じゃないの? あの毒は……すぐに効くはずなのに」
アカネは傷が治っていることよりも、その即効性のある致死性の毒が効いていないことの方が驚きだったようだ。
「致死性の毒ですか……今やその言葉の意味は、この世で私にだけ効かない、という意味かもしれませんね」
「白魔女……お前、不死身だとでも言うの?」
「この通り。治癒魔法は使っていません」
私は脇腹を指し示す。破れた、血に濡れたドレスから、傷一つない肌が見えている。
「ありえない」
常に自分のペースで事を勧めてきたアカネが、取り繕うことなく呆然としていた。
「不運でしたね、アカネさん。あなたの標的は絶対に死なない。仕事の達成は不可能です。そして探していた王女もここにはいない。アリシアは……もはやあなたにすら対抗できる、立派な魔女なんです」
「……そうか。確かに、元々の標的はアリシア王女」
そう言いながらアカネは、素早く片手を胸元に動かした。どうやら悪あがきをするつもりのようだ。
しかし、アリシアも素早く、躊躇なく剣を構えた。私も迷わずそれを補助して、点と点をつなげる。
バチン! と雷が走り、再びアカネに雷魔法が直撃した。
アカネは軽く吹き飛ばされて、使おうとしていた魔石が効果を発揮することなく地面に数個、ころころと転がった。
「ぐぅっ……」
「無駄です、アカネさん。どんなにあなたが素早くとも、雷より早く動けるはずもありません」
ある意味、アリシアはアカネの天敵かもしれない。
アカネは魔法使いに対して、魔法を打たせるより早く対処することで今まで戦ってきたのだろう。先ほどの私に対する攻撃は、そんな動きだった。
しかし、素早さ勝負で雷に勝てるはずもなく、アリシアは剣の稽古をしていたこともあって、反射神経も多分、私より優れている。
メイも適度な距離で常にアカネを見張っている。メイは魔石を蹴って、アカネから遠ざけた。もしアリシアが反応できなくとも、メイがアカネを抑えるだろう。
「白魔女……化け物め。遺物の話は聞いている……そんな小娘一人のために、人間を辞めたっていうの⁉」
アカネは二度も雷に打たれてなお、よろめきながら立ち上がった。とこしえの氷片の情報を聞いていたのか、私が不老不死になったということに疑いは無いようだ。
「ええ。私はアリシアのためならば何だってします。アリシアがいつか、幸せな人生を終えるまで……そのすべてを見守ることを決めました。そして相手が国家なら、それ相応の力を手に入れる必要がありました」
「死ぬことが無ければ、国が相手でも一個人でやり合えると……本気で思っているの?」
「昔の偉い人曰く……国家は怪物です。だから、私も怪物になりました。暗殺者一人で何とかできるものではありません。では、軍隊や転生者を派遣しますか? 西側で戦争をしながら、黒森の私一人殺すために、戦力を動かせるでしょうか」
「ここが……貴女自身が、一つの国家だとでも言うの?」
「ええ。ここは……苦しみ、助けを求めた人たちの理想郷になるかもしれません。かつて、私はメイに言われました。全てを救おうとするのは、傲慢だと。だけど、今や私はそれができるかもしれない」
人ならざるものになった今、私は一つ、考えていることがあった。
アリシアも、シャルロッテも、王国で大切なものを失った悲しみを、ここで少しは癒せたはずだ。
シャルロッテを助けるのを最後にすると、私はメイに約束したが……そういう人たちを集めて、黒森に匿う方法もあるかもしれない。
「バカバカしい……貴女、神にでもなるつもり? まあ、私が何やったって無駄ってことはわかったわ」
アカネは私の無茶苦茶な考えを聞いて、ようやく諦めたように、肩の力を抜いた。
暗殺者の標的が不老不死だったのだ。これ以上不可能な仕事もないだろう。
「さて、アカネさん。最後に一つだけ、聞いておきたいことがあります」
「何……?」
「リリア王女の件に、あなたは関わっていますか?」
これだけは聞いておく必要があった。
アリシアが、微かに動揺したのを感じた。
「それは……私じゃない。私ならもっとうまくやる」
アカネは否定してみせた。
果たして信頼していいものだろうか?
「私からも……その件はアカネが関わっていないとみていいかと。現場を見ましたが、アカネの犯行ではない。雑なものでした」
メイが補足した。リリア王女を暗殺したのがアカネでないと、メイは以前から考えていたようだ。
犯人捜しを積極的にするつもりはない。ただ、アリシアの手前、聞いておくべきだと思っただけだ。
「そうですか。それじゃあ……信じます。アカネさんを解放して、二度とここへは近づかせない」
「待ちなさい。私の方は解決していないわよ、白魔女。私を、ここで殺しなさい」
「えぇ……?」
「私を殺せるのはメイだけだと思っていた。けど、貴女でもまあ、悪くないわ。だって貴女は……人間を超えた怪物だもの。だから、私を殺しなさい。白魔女。これは運命よ」
「えぇぇ……」
解決したと思ったのに、アカネがまたよくわからないことを言い始めた。
メイしかり、ネーナしかり、どうして私を目指して黒森に入ってくる人は変わった人が多いのだろうか。
私は心の中で嘆いた。
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