第131話 ある提案


 時間が流れ、日が落ちた。


 メイと目が合うと、メイは静かに頷いた。


 そうして私達は、同時に重い腰を上げた。


「じゃあ、そろそろ解除、しますよ?」


「やりましょう」


 メイはナイフを取り出して、構えた。


 そして、私は牢屋の中の暗闇を解除するために杖を振った。


 光を通さない黒いもやが消えていき、徐々にその中の様子が明らかになる。


 ドーム状の空間の中で、壁に背を預けながら静かに、落ち着いた様子で女性……アカネが目を閉じて座っていた。


 純白の髪の毛はまるで絹の糸を垂らしたようにさらさらとしており、わずかな光を集めてまばゆく反射している。肌も病的に白く、暗殺者とは思えない白いシャツもフリル付きのスカートも汚れ一つ無く、全身が後光を受けているようにさえ思えた。


 周りに音が戻ったことに気づいたのか、アカネはゆっくりと目を開いて、こちらを見た。


 瞳は真っ赤で鋭く、しかし激情は感じられない、落ち着いた様子だった。


「待ちくたびれたわ」


 水面に雫が落ちるように、小さくても妙に響く声で、アカネは言った。


 何も答えずにいると、アカネはおもむろに立ち上がって、埃を払った。


「メイ、暗闇魔法で音と光は完全に遮断されていたはずですよね……?」


 あまりにも平常通りなアカネの様子を見て、私は思わず確認してしまった。


 するとアカネはこちらに歩いて近づきながら、くくっと笑った。


「暗闇に潜むのが我々の仕事だよ? 心が落ち着くことはあっても、苦しむことなんてあるわけないじゃない。ねぇ、メイ?」


「……あなたがおかしいだけですよ、アカネ」


「あら、もう師匠とは呼んでくれないのね」


 格子越しに、アカネはメイ目の前に立って、手を伸ばした。メイは一歩下がって、軽く距離を取る。


「こんなところまで何をしに来たんですか?」


「わかってるでしょ? お姫様の暗殺よ」


 やはりアカネはアリシアの情報を掴んだ何者かに寄こされた暗殺者のようだった。


「そう易々と目的を吐かれては、かえって信憑性が落ちますよ」


「ねえ、ほら、わかってるでしょ? メイ。易々と話すのは、私が目的を成し遂げるのは決まり切った未来だからよ。あるいは……貴女が私を殺す日がついに来たのかしら?」


「私は貴女を殺さない」


「……じゃあそっちが死ぬだけよ。わかんないの? こうして巡り合えるなんて運命じゃない。ついに私たちのどちらかが死ぬ日が来たのよ。貴女が出ていった時、私と貴女の運命は決まったのよ。いつかこうして巡り合って、どっちかが死ぬまでやり合うってね」


「殺さないと約束しましたので」


「ハッ……冗談でしょ? 貴女どうしちゃったのよ? 命のやり取りの中に、生を見出すことを忘れた者から……脱落していくのよ。忘れちゃった? お~い?」


 じっとアカネを睨みつけるメイをあざ笑うように、アカネは正気を確かめるようにメイの目の前で手を振って見せる。そして首を軽く回して、私の方をじっと睨んだ。


「白魔女。得体の知れない強大な力を持ってる。森の中を要塞みたいにしたのは面白い発想だった。結構楽しめたわよ」


「最強の暗殺者を閉じ込められるほどには頑張ったつもりです」


「最後の罠は中々だった。普通の人間なら、気が狂っているはず。でも相手が悪かったわね。で、どうする? 私が餓死するのを待つのは、結構大変じゃない? ここを開けてよ」


「その前に色々と、話してもらうことがあります」


「ハァ? 話を終えたら出してくれるって?」


「はい、そうです」


「そう~……舐められたものね」


 余裕の表情を浮かべていたアカネが、初めて不快そうな声色で、そう言った。


「誰から依頼を受けて、アリシアを狙っているのですか?」


「第二王子よ! 最初の暗殺未遂ももちろんそう! 最初から私に依頼していれば、こんな面倒なことになっていないのにねぇ?」


「……ここにアリシアがいるという情報はどこから?」


「白森の街に……お姫様と外見の一致する少女の目撃情報があった。噂を聞き込むと、少女は森の白魔女の元に匿われているらしい、ってね。本人だって確信は無かったけど、王子は私たちを送り込んだ。もしアリシアはいなくても、白魔女は殺して来いってさ?」


「随分、横暴なんですね」


「王子様だからね。当然よ」


 アリシアがいようが、仮に人違いだろうが、アカネは私とその少女を暗殺するよう依頼されていたようだ。身内を襲わせるくらいなのだから、酷い奴だとは思っていたが、想像以上だった。


「それを知って、どうするつもり? 白魔女さん。第二王子を打ち倒すために、城に攻め入ったりでもする?」


「……わかりません。ただ犯人を知れただけで今は……いいんです」


「そう。じゃあ……終わり? 私のことを殺す時が来たのかしら?」


「いえ……殺しません」


「じゃあどうするのよ。ねぇ、邪魔しないでくれる? 貴女はそこで見ていればいい。私はメイとやり合う。そして……私が終わるのならそれでもいい。私を殺せるのは、あの子だけだからね」


「メイには殺させません。私も……殺しません。死ぬのは駄目ですよ」


「あはは! 甘いわねぇ。でもお忘れ? 私はもう何百、何千人もこの手にかけてきた。殺してきたのよ。そんな奴、死ぬべきだと思わないの? 私を野放しにしていたら、さらに多くの人が死ぬわよ。どうするの? 正義の味方さん?」


「それでも……そうかもしれませんけど……私はメイに生きていて欲しいから」


 メイもこの師匠と同じことをしてきたのかもしれない。しかし、私はメイが嫌いじゃないし、罰を受けるべきだと言うこともできない。


 ここでアカネが罰を受けて死ぬべきだと言ってしまうのは、メイにそう言ってしまうのと同じことだ。


「だから、あなたも死ぬべきじゃないと思います。これからのことは……暗殺稼業はやめて欲しいですけど」


「はぁ……?」


 言っていることが理解できないようで、アカネは理解の助けを求めるようにメイの方を向いた。


「お嬢様は本気です。私ももちろん。私は確かに師匠に育てられた。傷つけあい、殺し合うことで理解し合ってきた。だけど……もう終わりです。私はお嬢様と、別の方法で理解し合える。師匠と関わり合う必要は無くなったんです」


「そう……そうなの。何だか傷ついちゃった」


 本気か、あるいは演技か。アカネは悲しそうな顔をして肩をすくめた。


「それじゃ、甘々な白魔女と、可愛くない弟子にちょっとした提案でもしてみようかしら」


「提案……?」


「そうよ、とっても素敵な、全部が綺麗に解決する提案」


「それは、一体なんですか?」


「私が、第二王子を、暗殺してあげる」


 アカネはそう言って、妖艶に微笑んだ。

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