第129話 最後の罠


 小屋に戻った私は、アリシア達を自分の部屋へ戻らせようとした。


「集合住宅へ戻ってください、仕組みを知られていなければ、一番安全なんですから!」


 アリシア達の部屋は、空間魔法で現実の書斎が拡張されたものだ。仕組みにさえ気づかれなければ、侵入者は書斎を目にして終わりだろう。


「嫌です、嫌です、嫌です! 私だって、魔女だから戦います!」


「そうよ! 私だってアンタが思ってるより戦えるのよ!」


 アリシアだけではなく、シャルロッテも意固地になって部屋に戻ろうとしない。


「だ、駄目です。戻ってください」


「お嬢様、敵は沼地を抜けました。そもそも小屋の方へ迷宮は形作られませんが、黒森を一周されてしまえばいずれここにたどり着くかと」


 メイは地図を見て、敵の現在地を伝えてくる。


「こうなったら……」


 私は杖を抜き、アリシアとシャルロッテの方へ向けた。


 もう、こうするしかない。時間がない。それに、この子たちが下手なことさえしなければ、私は事態を何とか出来る。


「マリー、アンタ、本気なの?」


 不安げに、シャルロッテは聞き返す。二人とも杖は抜かない。戦うつもりはないみたいだ。


「本気も本気です。アリシアは剣も持って。部屋に戻りなさい」


「私たちに、無理やり言うことを聞かせるっていうの?」


「も、戻りなさい、シャルロッテ」


 できるだけ威圧感を込めて、私はそう言った。


「……わかったわ。マリー……でも、もし最悪のことになったら……メイの言う通りだと思うわ。みんなで、逃げよう? きっとここじゃなくても、みんなで幸せに暮らせるから……」


「はい、きっと……そうですね」


 私がそう答えると、寂しそうに笑って、シャルロッテはアリシアの袖を引っ張った。


「行くわよ、わがままお姫様」


「触らないで!」


 アリシアは珍しく感情的にシャルロッテの手を振り払った。シャルロッテは肩をすくめると、自分の部屋へと戻る。


 扉を閉じる前、シャルロッテは名残惜しそうにこちらを見た。私が軽く頷くと、シャルロッテは諦めたように部屋へと戻っていった。


「アリシアも、戻って」


「ひどい、お姉さま、まだわからないんですか? 私にとってはお姉さまだけが一番大事なのに」


「ありがとうございます、アリシア」


「側に居させてください。私はどうなったって構いません。ただ側に居られればいいんです」


「私は……今は側に居たくありません」


 危険な目に合わせるくらいなら、側にいて欲しくなどない。しかし、その言葉は口にしてみれば、想像以上にアリシアを傷つける言い方だった。


「っ……ひどい……!」


「……さぁ部屋に戻ってください」


 私は杖を構えたまま、アリシアに剣を取って部屋に戻るようにと目配せする。


「私、忘れませんから! お姉さまがそばに居たくないって、そう言ったこと!」


 アリシアは涙目になりながら、最後には言うことを聞いた。


 今すぐでも遅くない、抱きしめて大好きだと伝えよう、と身体が勝手に動きそうになるのを何とか堪えて、厳しい顔でアリシアが部屋に入るのを見守った。


「お姉さまのバカ!」


 そう言い捨てて、アリシアは自分の部屋へと戻った。納得は少しもしていないようだけど……時間がないのだ。


「敵はもうかなり近くまで接近しています。仮にここがただの平地だったとしても、常人ならあり得ないスピードです。お嬢様……しかし、よろしかったのですか?」


「……何がです?」


「ふっ……いえ、お嬢様はアリシア様のこととなると、突然強情で、柔軟な考えができなくなりますね。普段だったら絶対しないことを平気でするんですから。脅して言うことを聞かせるなんて」


「酷いことしてますよね、私」


「溺れている人を落ち着かせるために、助ける人間は一度沈めてから救助することがあるそうです。お嬢様はそれを酷いと思いますか?」


「……それで二人とも助かるのなら……そうした方がいいです」


「その通りです。私でもそうするでしょう」


「相手は強いんですよね。何かわかったことはありますか?」


「敵は…… 一人です」


「たった一人⁉」


「部下がいたようですが、そちらは雑魚でした。問題なのはもう一人。お嬢様、一度、最後の罠にかけましょう。敵の神経を擦り減らすことくらいには繋がるはずです」


「何を……」


 最後の罠で、神経を擦り減らすだけ?


 そんなはずはない。小屋の前に仕掛けた罠は、もっと致命的で残酷なものだというのに。


「まずは、それに賭けましょう。残念ながら……入念な準備をする時間は無さそうです」


 地図を見るとダンジョンの形成は終わりに近づき、敵が小屋の近くまで来ていることが分かった。


 私たちは口を閉じ、小屋のカーテンを閉めて回ると、じっと外の様子を伺い、時を待った。




 しばらくすると、小屋の外に人影が見えた。


 それを確認すると、私は壁に背を預けて気配を消そうと努めた。


 心臓が破裂しそうなほど早く鳴り、必死で息を殺す。


 メイは静かに扉の前に立っている。凄く、落ち着いているように見える。


 外の木が、風で揺れる音が妙にうるさく聞こえる。


 静寂に耐えられず、不安に駆られてメイを見ると、軽く手を挙げて動かないよう制される。


 すると、窓の外から青白い光が響き、魔法陣の罠が発動したことが分かった。


 メイはそれを見てすぐに扉を蹴り開ける。


 私もそれに続いて、外に出る。


 地面の魔法陣は青く光り、転送が成功したことを示していた。


 あたりに人影はない。


 最後の罠は無事発動した。


 この小屋の前にたどり着いた不届き者は……かつてとこしえの氷片が置かれていた洞窟に転送されることになっている。


 そこには格子が設けられ、檻が作られている。


 そして、その中には……暗闇が広がっている。


 闇の魔石とリサの助力を借りて作り上げた、暗闇魔法に包まれた、暗黒無音の牢獄だ。

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