第126話 異種族間のコミュニケーション
「というわけで、ダンジョンは完成しました。どう思いますか?」
私はすっかり来慣れたリュアネの小屋で、お茶を頂きながらそう尋ねた。
対空結界、樹々で形作る迷宮、魔物の巣への誘導と、数々の罠。それらを全て仕掛け終えた私は、リュアネにそれを報告しに来ていた。
「ええ、把握しています。樹々はみんな協力的です。これで、しばらくはアリシアちゃんもとこしえの氷片も安全でしょう」
リュアネは私たちの動きまで逐一把握していたようだ。
「良かった。ひと安心ですね」
「マリーちゃん、とても嬉しそうです。いままで不安だったのですね」
「ええ。アリシアもシャルロッテも追われる身です。私とメイがいるとはいえ……いつでも黒森じゅうまで目が行き届くわけではありませんから」
「私にとっては黒森全体が私の身体のようなもの。異変があればすぐにわかります。お会いできて、良かったです」
「はい。リュアネと会えて嬉しいですよ」
「私もです、マリーちゃん」
沈黙が続いて変な空気になったので、思わず照れ笑いすると、リュアネは全てを悟ったかのような微笑みを浮かべている。
リュアネは時々神秘的で、人間とは違うのだと、こういう時に思い出す。
「これで、私たちは恋人同士ですか?」
「え? わっ⁉」
気づけば、机の下からツタがシュルシュルと伸びてきて、私の手に絡みついた。
「ちょっ……それは早計ではないでしょうか!」
ツタは手の先へと伸びていき、指の間を縫うように絡みついた。
未知の感触に、私は思わず上ずった声で叫んだ。
「違うのですね。嘆かわしい。人間って難しいですねぇ」
傷ついたような表情を浮かべながらも、恋人繋ぎのように絡みついたツタは外れようとはしなかった。
違和感を覚えながらも、それ以上のことをしようとはしないツタを、私は無理には剥がさなかった。
「ふふっ。ドリアードのツタは、あらゆることに使えるんです。攻撃にも、愛し合う手段にも。それは……でも、人間の手も同じですね?」
「そう言われればそうかも」
「人間の手よりも、感覚器としては敏感なんですよ? ほら、優しく握り返してください」
「こう、ですか?」
手を握るように軽く、ツタを握り締める。
するとリュアネはくすぐったそうに笑った。
私はそれを見てなぜか恥ずかしい気持ちになった。
「なんのことはない、異種族間のコミュニケーションですよ、マリーちゃん?」
「そ、そうですよね。親しい人と、手を握り合っているようなものですよね?」
よっぽど親しくないと、手なんて握らないけど。
「それよりはもう少し、性行為に近いです」
「あ、あの……そろそろやめましょうか」
「冗談です、ふふ……」
「どこまで冗談かわからないんですけど……」
相変わらずツタは絡んだままだ。
心を落ち着かせるために、私は空いた左手でカップを掴んでお茶を口にした。
「マリーちゃんの、人生の目的は何ですか?」
「ぶっ……」
ツタで手をつないだかと思えば、突然、深い質問を投げかけてくるリュアネに驚いて、私は思わずお茶を吹き出しかけた。
「まあ! 熱かったですか? お気をつけてくださいな」
「い、いえ。ちょっと驚いただけで。人生の……目的ですか?」
「ええ。私は生まれてしばらくすると、とこしえの氷片を守る使命を負うことになりました。だけどマリーちゃんの考え出した隠し方なら、きっとそれこそ、とこしえに、人に見つかることは無いでしょう」
「そ、そうでしょうか」
「そうすると途端に迷いが生じました。私はこれから何をして生きていけばいいのかと。参考までに聞きたくなったのです。マリーちゃんの理由を」
「私の、人生の目的は……」
大して考えるまでもない。分かり切ったことだ。
「アリシアを幸せにすること。守り続けることです」
「なるほど。でもそれって、不思議ですよね? アリシアちゃんは、他の人なのに。マリーちゃんの人生の目的になるんですか?」
「ええ。アリシアを守りたいと思っているのも、私が勝手に思っていることですし。アリシアがどう思おうと関係ないですから、やっぱり私の、人生の目的なんです。アリシアは魔女になりたいのでしょうけど、私はあまり力をつけて戦ったりとかはして欲しくないですし」
「守りたい、ですか。それが恋人ということですか?」
「恋人には限りませんけどね。他の人が生きる理由になることもあると思います」
「あらまあ。私はそのことに関して、考える必要がありそうだわ」
リュアネは少し考え込んだ。その間、私の指に絡まるツタが、少しだけ強く締まった気がした。
なるほど、確かにそんなことでも、相手の心が多少は読み取れるかもしれない。
「焦らなくても、すぐに見つかりますよ。きっと……っ?」
リュアネに語り掛けている、その最中、リュアネのツタがバチっと弾けるような錯覚を私は覚えた。
「今の、何?」
「マリーちゃん、敵だわ」
「侵入者⁉」
リュアネと同じ感覚を、私は疑似的に感じ取った。
どうやら出来上がってすぐのダンジョンに、さっそく不届き物が侵入したようだ。
「完成していてよかったです。小屋に戻ります!」
「はい。お気をつけて!」
私は箒を飛ばし、急いで小屋へと戻った。
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