第124話 命の欠片


 黒森の最奥、そこではスライムやハウンドなど及びもつかないような、致命的な魔物たちがひしめき、数歩、歩むごとに命を刈り取られかねない攻撃が襲ってくる。


 地上を歩けば困難だが、魔女ともなればひとっ飛びだ。まさに結界が重要だということがよくわかるだろう。


 私とシャルロッテは一緒に黒森の奥の奥、リュアネから聞いたその場所に訪ねてきていた。


「黒森って……もしかして思ったよりヤバい場所なんじゃない? ねえ、マリー」


「ええ。奥に行けば行くほど、危険度は増します……私たちの住んでいるところは、まだ白森寄りですから」


 空から地上を見ているだけでも、けたたましい魔物の鳴き声や、人の悲鳴にも聞こえるような、聞きたくない音、何かの大きな足音、不自然に揺れる樹々などが垣間見えて、恐怖心をそそってくる。


「結界内の出来るだけ高いところを飛んでくださいね、シャルロッテ」


「う、うん。今にも何か飛び出してきそうで怖いわ」


「何かあれば対処しますが……用心してください」


 広大な黒森の最も奥、山に連なるところまでやってくると、私達は徐々に高度を落とした。


 細く、しかし背が高い塔がそこにあり、私たちはそのそばに着地した。


 遺跡のようなその白い塔は、かつてはもっと高くそびえ立っていたものが、月日が経つにつれて折れてしまったようだ。


 その正面の勾配がついたところに、埋まってしまった洞窟がある。


 斜面に開いた、巨大な洞窟の入口に、少しだけ真新しい色味の瓦礫が積もって、行く手を塞いでいる。


「手伝ってください、シャルロッテ。瓦礫をどけましょう」


「ええ。わかったわ」


 シャルロッテは少し不安そうにしながらも、私の言う通りに杖を使って、少しずつ、上から瓦礫を魔法でどかしていった。


 ふたりで続け、瓦礫をどかしきると、洞窟のそばにはどかした瓦礫で大きな山ができた。洞窟は入口が開いて中に入れるようになったというのに、光を吸い込む物質でも充満しているかのように、中の様子が見通せなかった。


 洞窟はかなり奥の方まで続いているようだ。


「は、入るのよね……」


「ええ。少し、待ってください」


 私は杖先に光を灯すと、それを振って杖先から振り払った。丸いボールのような小さな白い光が、私たちの周回軌道上をぐるぐるとまわって、辺りを照らす。


「行きましょう」


 その自動的に私たちの周りを照らしてくれる光のおかげで、もし何かあっても私たちは杖を自由に使うことができる。


 少しずつその洞窟を、私たちは進んだ。


 シャルロッテも杖を構えながら、私の手を掴んですぐそばを歩いた。


 洞窟は長く続いていたが、意外にも罠や魔物の類はいなかった。


 入口が塞がれていたので魔物は入って来られないだろうし、黒森それ自体が罠のようなものなので、この洞窟でさらに何かする必要もないということだろうか。


 洞窟の中には壁に紋様が刻まれており、祭壇のようなものがいくつも設置されていた。その文字は現在使われていない古代の文字のようで、私にも読み取れなかった。


 つまりここは何者かの侵入を防ぐ施設というよりは、宗教上の遺跡のようだった。


「ねえマリー、もう引き返しましょう? どうしても行かなくてはならないの?」


「ええ。必要なことなんですよ、シャルロッテ。怖いなら……引き返して、小屋まで送りましょうか」


「い、嫌よ。そうしたら、アンタここに一人で来るってことでしょ? ダメよ、そんなの。私がついてないと駄目なんだから」


「頼もしいです。ありがとうございます」


「と、当然よ」


 喋れば声が反響し、自分たちの声にさえ驚きそうになる。


 しかし、歩を進めると、徐々に前方が青白い光で明るくなってくるのを感じた。私が使っている、辺りを照らす魔法とは別の光だ。


 そこが、洞窟の最奥だった。


 今まで歩いて来た道よりも、軽く広いドーム型の空間に出た。その中心には円形の祭壇があり、不思議な力で宙に浮かんだ青い物体から発された光で、辺りが照らされていたようだ。


「何、あれ……氷?」


 リュアネが言った通りの場所に、"とこしえの氷片"はあった。


 文字通り、氷のかけらのようなそれは、両手でしか持てないほどで、思ったより大きかった。


 自ら発光し、その複雑な氷らしい形の中で光を乱反射しながら、ゆっくりと回っている。


 その大きな氷片の周りにも、放射線のようにいくつかの小さな氷片がくるくると回っていた。


「あれが……とこしえの氷片……」


「それって何よ、マリー」


「不老不死になれるという、”神の落とし物”。誰もが探し求める、遺物です」


「嘘でしょ……本当にあったの? とこしえの氷片……」


「知っているんですか?」


「知っているも何も、十数年前から王が血眼になって探しているって代物よ? でもみんな、本当に存在するのかって、少し王のことを疑っているくらいだったの。口には出さないけど……」


「そんなに有名なものだったんですね」


 私は氷片に近づき、そっと手を触れようとする。


 すると周りを回っていた小さな氷片は、上手に私の手を避けて本体の氷片の周りをまわり続けた。


「どうするつもりよ? それ」


「もっと安全な場所に隠そうと思います。リュアネと相談して決めたんです」


「ここより安全な場所なんて、あるわけ?」


「こうやって、私達で来られてしまっているくらいですから。この洞窟には罠も何もありませんでしたし……」


「小屋になんて置かないでしょうね?」


「もちろん。これは、”入っているのに入ってない箱”と、リサの暗闇魔法を使って、厳重に保管します」


「”入っているのに入っていない箱”? なにそれ」


「不思議な箱なんです。それに物を入れるところを見ていた人が箱を開ければ、その物はちゃんと入っているのですが……物を入れるところを見ていなかった人が箱を開けても、何も入っていない状態になるとんです」


「何よそれ。でもそれって何だか……私たちの”集合住宅”と似ているわね?」


「ええ。空間魔法の応用です。その箱の周りを、リサの設置型の暗闇魔法の罠で覆ってしまえば……誰もたどり着けないというわけです」


「思ったよりも安全そうね」


「あはは……もうちょっと信頼してください」


 とこしえの氷片を手にしながら、私はふと洞窟の中を見回した。


「ここも何かに使えそうですね?」


「何かって何よ……?」


「わかりませんが……あとはメイに相談してみようと思います」


 メイとともに、罠の設置を相談。それを終えれば黒森のダンジョンは完成する。


 完成してしまえば……私達も少しは安心して過ごせることだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る