第123話 甘え上手


 リュアネとの一件の後、きちんと迷宮の壁が形作られることを確認した私たちは、無事小屋に戻ることができた。


 それから何度かリュアネの小屋へ通って私とリュアネはかつてのリサの師匠のように親交を築きはじめた。


 後日、ご機嫌斜めのシャルロッテを早朝に誘って、私はアリシアに怒られる前に二人で家を出た。起きてくる前に家を出てしまえば、厄介なことにはならない。


 帰ってきたら文句を言われるかもしれないけど……頬を膨らませて嫉妬するアリシアをも可愛いと思ってしまう私は、やっぱり性格が悪いのだろう。


「ふふっ……」


「あ、今アイツのこと考えてたでしょ! わかるんだからね!」


「え、えぇ……読心の魔法まで習得していたんですか?」


「そんなものなくても分かるっての。私といるときは、私のことだけ考えてなさいよ、失礼だと思わないの⁉」


「は、はい。ごめんなさい……」


「全く、もう」


 アリシアより先にシャルロッテの頬を膨らませてしまうとは。


 シャルロッテは私の隣を箒で飛んでいる。私たちは黒森の、小屋とある地点を取り囲むように、対空結界を張るために出てきたのだった。


 ちなみにアリシアと一緒にシャルロッテにも対空結界の講義は終えている。きっと、アリシアも自分で描いてみたかったに違いない。やっぱり後で怒られそうだ。


「ねえ、マリー?」


「はい、ごめんなさい……」


 シャルロッテのことだけ。シャルロッテのことだけ考えなくては。シャルロッテは知らないらない間に心を読む魔法を覚えたみたいだから。アリシアのことを少しでも考えたらバレてしまう。


 対空結界を張ってしまえば、侵入できなかった敵は、下の道を通らざるを得ない。道なんて限られているし、道なき道を歩いてたどり着こうと思えば、自然の迷宮に阻まれて終わりだろう。


「あそこね、降りるわよマリー」


 シャルロッテは先導するように、私の少し先を進んで、徐々に高度を落とした。その先には少しだけ開けた場所があり、すぐそばに小川が流れていた。


「刻んでいい? 杖を貸してちょうだい!」


「はい、はい。少し待って……」


 背負っていた杖を袋から出して、私はシャルロッテに手渡した。意外にも出番の多い、地面に魔法陣を刻むためだけの長い杖だ。


「見てなさい。完璧にやってみせるんだから!」


「そう気張らなくても……」


 シャルロッテは嬉しそうに杖を使って、対空結界を地面に刻んでいく。魔力の強弱も、記号の正確さも問題ない。


 シャルロッテが完成させた魔法陣は、私の修正が必要ないものだった。


「よくできました!」


「当然よ! 私を誰だと思っているの」


「さすが神童」


「馬鹿にしてるでしょ!」


 シャルロッテは走ってきて、ばしっと私の肩を叩いた。


「痛い、痛いですよ。叩いちゃ駄目です」


「ふん、本当に褒める気があるなら、ちゃんと褒めてよ」


「ええっと……こうですか?」


 期待するように身を寄せるシャルロッテの頭を、できるだけ優しく私は撫でた。


「よろしい」


 手を引っ込めると、シャルロッテが睨みつけてくる。


「ええ……? 何で怒ってるんですか?」


「短い!」


「あ、はい……そういうことでしたか」


 シャルロッテが満足するまで、私はしばらく優しく頭を撫で続けた。


 シャルロッテは心地よさそうに目を閉じて、私に身体をすり寄せてくる。まるで小動物のようで、撫でている側も、何とも言えない心地よさを感じた。


 起動すべき魔法陣はいくつもあったので、いくつかの目星をつけた場所に移動しては、そのたびシャルロッテが魔法陣を設置した。


 そしてそのたびに、撫で撫でタイムが始まるので私も少し苦笑してしまった。さすがに毎回やらなくても。


「最後にまとめて、とかではだめなんですか?」


「駄目よ、それじゃあ一回しかしてくれないじゃない。何サボろうとしてるのよ」


「撫でサボりですか……」


「そうよ、こまめに撫でることが肝要なの」


「まあ、いいですけど」


 そうして最後の魔法陣を設置すると、魔力を注ぎ込み、対空結界を起動した。


 魔法陣から両側に勢いよく魔力の波が進み、ドームの円形を形作っていくのを確認。


「できたわね! これで私たちは向かうところ敵なし、かしら?」


「ええ。迷宮は樹々によって形作られ、自然の魔物たちが敵の行く手を阻む……あとは、人為的なトラップを、深度に応じて配置する仕事……だけでしょうか」


「それも私がやるわ!」


「いえ、それはメイに頼む予定です。侵入者側の視点から、設置されたくないものに関して意見を貰う予定なんです」


「あっそ。まぁいいんじゃない」


「あれ、意外と、すんなり引き下がってくれた」


「私を何だと思っているのよ。得意不得意くらい、わきまえてるつもりよ」


 魔法の分野には自信あり、メイに任せるべきところは身を引く、ということだろうか。自信過剰かと思いきや、シャルロッテなりに自分の実力を正確に測っているのだろう。


「じゃあ、今日はおしまい? 私もうちょっと……その、一緒にいたいんだけど」


 シャルロッテは素直になれない子、というイメージは今や吹き飛び、甘え上手もここまで来ると怖いくらいだ。さすがにこんなに素直に甘えられると、私も突き放すわけにはいかなくなる。


「ええっと……じゃあもう一か所だけ。手伝ってもらえますか? アリシアにはあまり教えたくないので、秘密で」


「本当⁉ 絶対言わないわ! 二人だけの……秘密の場所?」


「そう言われるといかがわしいですけど……調べたいところがあるんです」


 すっかりご機嫌になったシャルロッテとともに、私は再び箒に乗って、黒森のある場所へと向かった。

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