第121話 天然物のドリアード


「色々……よくご存じなんですね」


「黒森のことなら、全部知っていますよ。あなたが最近、黒森にしていること以外は」


 少し怖い答えだが、リュアネの表情に陰りは無い。単純に事実を述べているという感じだ。


「それを聞くために、こうして小屋に招いたんですか?」


「普段だったらすぐに攻撃します。だけど、あなたの評判はそんなに悪くないんですよ。小屋の周りの樹々からも。小鳥にも優しいみたいですし」


「それはよかったです」


 小屋の周りの木々は時折魔法で言うことを聞いてもらったりもしていたが、どうやら悪く思われていなかったようだ。


「あー、あぁー。今日は、いい天気ですね?」


「……へ? そ、そうですね?」


「はい、とてもいい天気です!」


 リュアネは突然話題を変えて、私が同意すると満面の笑みを浮かべた。


「お姉さま、この人大丈夫でしょうか?」


「ちょっとアリシア……」


 アリシアに失礼なことを言われたというのに、リュアネはぼーっと窓の外を眺めている。


 首を傾げてしばらくその様子を見ていたが、リュアネは突然魂がどこかへ飛んでいったかのように、私が発言するまでそのまま戻ってこなかった。


「あのー……リュアネさん?」


「よかったら、召し上がってくださいね」


 リュアネは窓の外を眺めたまま、こちらに一瞥もくれずにそう言う。


「あ、あー、はい。頂きます」


 お茶に混ぜ物は特に無さそうだ。私はカップに口を着けて、少しだけお茶を飲む。しかし同じように飲もうとしたアリシアには目配せして首を横に振り、飲まないようにと示した。


「えー?」


 小さな声で嫌そうに言いながらも、渋々アリシアはカップを下ろした。


 何が恐ろしいって、リュアネがその間もずっと窓の外を見ていることだ。


「リュアネさん、外で何かありましたか?」


「外は、とても天気がいいです」


「……そうですね。とてもいい天気です」


 何となく、理解した気がする。この人……いや、魔物は、こういう性質なのだろう。


 私達に合わせさせるより、私達が合わせた方が、話は進みやすいかもしれない。何となく、私とは波長が合う気がする。


 私はふと、さっきアリシアと二人で空を飛んでいたときに、景色に見とれて箒の上でぼーっとしていたことを思い出した。この人? もきっと、そういうことなのだろう。


 アリシアはずっと不思議そうに首を傾げているけど。


「お茶、とてもおいしいです」


「本当ですか? 嬉しいです! 人間の口に合うものを作るのは、時間がかかりましたが、あの人も気に入ってくれたんですよ」


「以前に居た魔女様ですね」


「最初のころは、苦いって言って、よく小屋の外にお茶を捨てられて泣いたものです……」


「あはは……リサのお師匠らしい……」


 どうやらお師匠様もリサに似てエスっ気のある人物だったようだ。私だったら我慢して飲み続けてしまいそうだが、今や美味しい味になっていることに関しては、正直だったリサのお師匠に感謝だ。


「それで、私が刻んでいた魔法陣に関してなんですけど……」


「まあ! 忘れてました。酷いことをしてたんですね、許せません」


 リュアネは怒りを思い出したらしい。そんなに一瞬で忘れる程度の怒りなのかといえば、そういうわけではないようだが、やはりどこか天然という感じがする。


「いえ、今まで小屋の周りにいた時に使っていた魔法と同じで、少し力を借りる物にすぎません。今回は侵入者を撃退するために、力を借りようと思ったんです」


「そうですか。それならいいんです。ところで、アリシアちゃんも魔女なんですか?」


「はい、そうです! 私はお姉さまの一番弟子です! あと恋人でもあります」


「まあ! ちっこいのに、恋人なんですか?」


「ちっこくありません! 何言ってるんですか!」


 ……いやいや、待って。リュアネは魔法陣を刻んだことを、やっぱりあんまり怒ってないかもしれない。なんかさらっと流されてしまったんだけど。


 アリシアもちょっと静かにしていて欲しい。話がこんがらがるんだから。


「あの、もうちょっと聞きたいこととかあったら、答えますけど。敵意は無いっていうことは、分かって欲しいんです」


「はい。敵じゃないことはわかりましたよ。聞きたいことですか……じゃあ、一つお聞きしても?」


「何でも、どうぞ」


 一つ問題は残っている。要ともいえるこの大樹に魔法陣を刻むことは……つまり樹の精霊であるリュアネ自身に印を刻むことも同然だ。


 さすがにそれは許してもらえないかもしれない。しかしそうすると、ダンジョンの計画が狂ってしまう。ここは黒森の中心だし、そこを自由に敵に動かれてしまっては困る。


 それはリュアネにとっても危険なことだと、説明してわかってもらわなくてはならない。


「私も、アリシアちゃんの恋人に、なれる?」


「全然、無理。絶対無理」


「あらぁ……残念」


「言っていいことと悪いことがありますよ、リュアネさん」


「じゃあじゃあ、マリーちゃんとは?」


「駄目に決まってるじゃないですか! お姉さまは私のです!」


 私が何か発するより前に、アリシアがガタッと立ち上がって叫んだ。


「あらあら、人間って複雑なんですね。よくわかりません。二人は恋人なのに。どうして私は駄目なんでしょう?」


 さっぱりわからない、とリュアネは首を傾げている。


 私はアリシアの袖を軽く引っ張って、とりあえず座らせる。


「何で恋人が欲しいんですか?」


「私、男の人が苦手なので、女の子がちょうどいいんです。面白いこともいっぱいできますよ? ツタを使ったりとかして……」


「ツタを使って何をするんですか?」


 アリシアが不思議そうに尋ねる。


「縛ることを喜ぶ人もいますし、樹液を使って滑りをよくして……」


「はい、そこまで! そこまでです、リュアネさん!」


「突然どうしたんですか、お姉さま」


「不思議な人ですねえ、マリーちゃんは」


 不思議なのはリュアネの方だよ。そう言いたくなるのを何とか堪える。


 冷静さを保ち、私は話を本筋に戻すことにした。

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